54 / 396
第1章 少女が統べる国と嘱託補導員
049 旅立ち(のお供)
しおりを挟む
「ううぅぅ! イサクぅ、セトぉ!!」
号泣である。
早朝。十二歳になる年の四月に村を離れて学園都市トコハに向かう掟に従い、俺の弟のセトと従弟のダン、友人のトバルが今正に旅立とうとしているのだが……。
「うぐううううぅ!!」
母さんが凄いことになっていた。
涙は滝のように溢れ、鼻水も垂れっ放し。アニメの過剰表現みたいな泣き顔だ。
ちなみに俺の名前まで呼んでいるのは、俺もまた三人のお供として都市に向かい、そのまま彼らの傍で見守る役目を仰せつかったからだ。
既に掟は達成しているが、都市に行ったことがないということで例外的に。
俺も都会デビューする時が来た訳だ。
「母さん、母さん。俺は時々戻ってくるからさ」
「じゃがぁ、じゃがあぁ!!」
収拾がつかない。
母さんがこの有り様なせいで、一番の当事者で本来一番に寂しさを感じるはずのセトが逆に冷静になって困ったように母さんを見ているぐらいだ。
総出で見送りに来ている村人達も呆れ顔だ。
とは言え、気持ちは分からなくはない。
掟によれば、一度村を出た子供は少女化魔物のパートナー(つまり真性少女契約を結んだ相手)を得ない限り、村に帰ることは許されない。
その上、親との接触も禁じられている。
セトはまだよく分かっていないが、これが今生の別れになる可能性もあるのだ。
加えて、行方不明のままになっているアロン兄さんの件もある。
母さんが取り乱してしまうのも当然のことと言えるかもしれない。
ただ、交通機関の時間もあるし、余り出立が遅れても困る。なので――。
「あー、えっと……そうだ。前に俺が作った写真、サユキとツーショットの奴、覚えてるでしょ? ああいうのをたくさん作るからさ。セトの成長が分かるように」
もので釣って何とかなだめようとする。
果たして、それは効果があったようで……。
「…………ほ、本当じゃな?」
「勿論」
俺が力強く頷いて確約すると、母さんはようやく落ち着いてくれたようだった。
「それは是非俺も見たいな」
そのやり取りを受け、父さんが母さんの隣で言う。
最低数年はセトと会えなくなるため、父さんも見送りのために村に戻って来ていた。
母さんの醜態を完全放置していたのは、兄さんの時に既に同じ経験をしていて自分ではどうしようもないと諦めているからに違いない。
「イサク、セト達を頼むぞ」
「ああ、うん。それは勿論。ただ………イリュファも俺についてくることになる訳だけどさ。母さんが家に独りぼっちにならない?」
「そうならないよう、なるべく一緒に仕事をするようにするつもりだ。だから、イサクとは都市で度々会うことになるかもしれないな。掟があるからセトには会えないが」
「……そっか」
なら尚のこと、俺は別にしんみりする必要はないな。
俺は兄として弟や弟分達が健やかに暮らせるように気をつけよう。
……皆、母さんのせいで今この場で感情を出すことができずにいるから、村を出てから一気に寂しさやら悲しさが襲ってくるかもしれない。
その時はちゃんとフォローしてやろう。
「ヴィオレ。ダンをよろしくな」
「分かってる。アタシに任せなよ」
ちょっと離れたところでは、トバルの両親であるエノスさんとクレーフさんが、トバルと少女契約をしているヴィオレさんに頭を下げていた。
ダンの両親のアベルさんとルムンさんも同様に、ランさんとトリンさんに息子のことを重ね重ねお願いしている。
さすがに母さん程取り乱してはいないが、皆一様に真剣だ。当然だろう。
「皆、本当にこの村に馴染んだわよね」
その様子を前に、影から出ているフェリトが微笑んで言う。
近しい境遇にあり、共に村で過ごした三人には特にシンパシーを感じているに違いない。
「そう言うフェリトちゃんもね。あんな多くの村の人の前に顔を出してるし」
そんな彼女の顔を、定位置のように俺の隣にいるサユキが悪戯っぽく覗き込む。
「ま、まあ、合計すると五年も経ったしね。さすがに村の中ぐらいなら外に出られるわ」
「寝る時は未だに影の中だけどねー」
「そ、それは、もう慣れちゃったんだから仕方ないでしょ! その、他のところで寝ようとすると落ち着かなくて眠れないのよ」
からかうように続けるサユキを、顔を真っ赤にして睨むフェリト。
こちらはこちらで姉妹のように馴染んでいる。
「リクルちゃんの寝相が悪くても?」
「もうそれは諦めてるわ」
「うぅ、ごめんなさいです」
深く嘆息するフェリトに、リクルが申し訳なさそうに謝る。
サユキやフェリトが俺と一緒の部屋で寝ているのを見ると急に寂しくなったらしく、この五年の間に彼女もまた俺の影の中で眠るようになっていた。
寝相が相当悪いそうだが、それでも追い出さない辺りフェリトも口調程悪くは思っていないようだ。
「皆さん、そろそろ出発しませんと間に合いませんよ」
と、イリュファが手を叩いて注意を引きながら言う。
それを合図に各々の家庭で、両親と旅立つ子供が最後の抱擁を交わし始める。
お目付け役みたいな俺には視線だけ。対して俺は頷いて返す。
こちらはこれで十分だ。
「じゃあ、行ってきます」
そしてセトとダンとトバル。主役三人とついでに俺も声を揃えて言い、歩き出す。
意図的に作られた結界の隙間から村を出て、振り返って手を振りながら進んでいく。
そうして俺達は、学園都市トコハへの旅を始めたのだった。
号泣である。
早朝。十二歳になる年の四月に村を離れて学園都市トコハに向かう掟に従い、俺の弟のセトと従弟のダン、友人のトバルが今正に旅立とうとしているのだが……。
「うぐううううぅ!!」
母さんが凄いことになっていた。
涙は滝のように溢れ、鼻水も垂れっ放し。アニメの過剰表現みたいな泣き顔だ。
ちなみに俺の名前まで呼んでいるのは、俺もまた三人のお供として都市に向かい、そのまま彼らの傍で見守る役目を仰せつかったからだ。
既に掟は達成しているが、都市に行ったことがないということで例外的に。
俺も都会デビューする時が来た訳だ。
「母さん、母さん。俺は時々戻ってくるからさ」
「じゃがぁ、じゃがあぁ!!」
収拾がつかない。
母さんがこの有り様なせいで、一番の当事者で本来一番に寂しさを感じるはずのセトが逆に冷静になって困ったように母さんを見ているぐらいだ。
総出で見送りに来ている村人達も呆れ顔だ。
とは言え、気持ちは分からなくはない。
掟によれば、一度村を出た子供は少女化魔物のパートナー(つまり真性少女契約を結んだ相手)を得ない限り、村に帰ることは許されない。
その上、親との接触も禁じられている。
セトはまだよく分かっていないが、これが今生の別れになる可能性もあるのだ。
加えて、行方不明のままになっているアロン兄さんの件もある。
母さんが取り乱してしまうのも当然のことと言えるかもしれない。
ただ、交通機関の時間もあるし、余り出立が遅れても困る。なので――。
「あー、えっと……そうだ。前に俺が作った写真、サユキとツーショットの奴、覚えてるでしょ? ああいうのをたくさん作るからさ。セトの成長が分かるように」
もので釣って何とかなだめようとする。
果たして、それは効果があったようで……。
「…………ほ、本当じゃな?」
「勿論」
俺が力強く頷いて確約すると、母さんはようやく落ち着いてくれたようだった。
「それは是非俺も見たいな」
そのやり取りを受け、父さんが母さんの隣で言う。
最低数年はセトと会えなくなるため、父さんも見送りのために村に戻って来ていた。
母さんの醜態を完全放置していたのは、兄さんの時に既に同じ経験をしていて自分ではどうしようもないと諦めているからに違いない。
「イサク、セト達を頼むぞ」
「ああ、うん。それは勿論。ただ………イリュファも俺についてくることになる訳だけどさ。母さんが家に独りぼっちにならない?」
「そうならないよう、なるべく一緒に仕事をするようにするつもりだ。だから、イサクとは都市で度々会うことになるかもしれないな。掟があるからセトには会えないが」
「……そっか」
なら尚のこと、俺は別にしんみりする必要はないな。
俺は兄として弟や弟分達が健やかに暮らせるように気をつけよう。
……皆、母さんのせいで今この場で感情を出すことができずにいるから、村を出てから一気に寂しさやら悲しさが襲ってくるかもしれない。
その時はちゃんとフォローしてやろう。
「ヴィオレ。ダンをよろしくな」
「分かってる。アタシに任せなよ」
ちょっと離れたところでは、トバルの両親であるエノスさんとクレーフさんが、トバルと少女契約をしているヴィオレさんに頭を下げていた。
ダンの両親のアベルさんとルムンさんも同様に、ランさんとトリンさんに息子のことを重ね重ねお願いしている。
さすがに母さん程取り乱してはいないが、皆一様に真剣だ。当然だろう。
「皆、本当にこの村に馴染んだわよね」
その様子を前に、影から出ているフェリトが微笑んで言う。
近しい境遇にあり、共に村で過ごした三人には特にシンパシーを感じているに違いない。
「そう言うフェリトちゃんもね。あんな多くの村の人の前に顔を出してるし」
そんな彼女の顔を、定位置のように俺の隣にいるサユキが悪戯っぽく覗き込む。
「ま、まあ、合計すると五年も経ったしね。さすがに村の中ぐらいなら外に出られるわ」
「寝る時は未だに影の中だけどねー」
「そ、それは、もう慣れちゃったんだから仕方ないでしょ! その、他のところで寝ようとすると落ち着かなくて眠れないのよ」
からかうように続けるサユキを、顔を真っ赤にして睨むフェリト。
こちらはこちらで姉妹のように馴染んでいる。
「リクルちゃんの寝相が悪くても?」
「もうそれは諦めてるわ」
「うぅ、ごめんなさいです」
深く嘆息するフェリトに、リクルが申し訳なさそうに謝る。
サユキやフェリトが俺と一緒の部屋で寝ているのを見ると急に寂しくなったらしく、この五年の間に彼女もまた俺の影の中で眠るようになっていた。
寝相が相当悪いそうだが、それでも追い出さない辺りフェリトも口調程悪くは思っていないようだ。
「皆さん、そろそろ出発しませんと間に合いませんよ」
と、イリュファが手を叩いて注意を引きながら言う。
それを合図に各々の家庭で、両親と旅立つ子供が最後の抱擁を交わし始める。
お目付け役みたいな俺には視線だけ。対して俺は頷いて返す。
こちらはこれで十分だ。
「じゃあ、行ってきます」
そしてセトとダンとトバル。主役三人とついでに俺も声を揃えて言い、歩き出す。
意図的に作られた結界の隙間から村を出て、振り返って手を振りながら進んでいく。
そうして俺達は、学園都市トコハへの旅を始めたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
【完結】487222760年間女神様に仕えてきた俺は、そろそろ普通の異世界転生をしてもいいと思う
こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
異世界転生の女神様に四億年近くも仕えてきた、名も無きオリ主。
億千の異世界転生を繰り返してきた彼は、女神様に"休暇"と称して『普通の異世界転生がしたい』とお願いする。
彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。
四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?
道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!
気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?
※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。
独身貴族の異世界転生~ゲームの能力を引き継いで俺TUEEEチート生活
髙龍
ファンタジー
MMORPGで念願のアイテムを入手した次の瞬間大量の水に押し流され無念の中生涯を終えてしまう。
しかし神は彼を見捨てていなかった。
そんなにゲームが好きならと手にしたステータスとアイテムを持ったままゲームに似た世界に転生させてやろうと。
これは俺TUEEEしながら異世界に新しい風を巻き起こす一人の男の物語。
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~
ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。
食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。
最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。
それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。
※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。
カクヨムで先行投稿中!
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
初
ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。
リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。
これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。
セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~
空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。
もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。
【お知らせ】6/22 完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる