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第2章 人間⇔少女化魔物
106 ペンディング
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「ライムの件については、ご苦労だったナ。ヒメも感謝していたゾ」
約束していた時間通りに学園長室を訪れた俺に、一先ず軽い挨拶代わりにという感じで労いの言葉を口にするトリリス様。
彼女は、まだ二次性徴を迎えていない俺よりも小さな体に不釣り合いな机に華奢な手を乗せ、割と高さのある椅子に足をブラブラさせながら座っている。
外見は完全に可愛らしい少女の姿だ。性格には少々難があるが……。
それはともかく。
そんな彼女からの労いに、俺は若干の気まずさを感じていた。
正直なところ、スマートな解決からは程遠かったと思うから。
ライムさんとの戦いにしても、完全勝利とはとても言いがたい内容だった訳だし。
とは言え――。
「いえ、こちらこそ。色々とありがとうございました」
わざわざ水を差す必要もない。
諸々の力不足に関しては、勿論しっかりと自省しておかなければならないが。
とりあえず、無難に感謝の言葉を返しておく。
……いや、無難と言うか、この場はそうする方が正しい。間違いなく。
彼女に感謝すべき理由は、十二分にあるのだから。
「トリリス様のご尽力のおかげで無茶ができました」
俺も実働部隊として手を尽くしたのは事実だが、正直かなり強引な方法を取ってしまったように思う。身内に害が及んだことの焦りもあって。
そのためにトリリス様には捜査段階でも事前に根回しをして貰ったし、加えて事後処理に関しても完全に任せ切りだった。負担は大きかったはずだ。
更には、ライムさんとの面会のために色々と手を回してもくれている。
感謝の一つや二つ、して当たり前だろう。
「それがワタシの役目だからナ。気にする必要はないゾ」
余り謙られるのを好まないトリリス様はそう言うが、恩知らずにはなりたくない。
良好な関係を続けていくには不可欠だ。
…………彼女の性格的に、関わり合う限りは妙な悪戯を仕かけられて大分相殺されていまいそうだが、差し引きしても助力を得る割合の方が大きいはずだし。
「まあ、親しき仲にも礼儀あり、ですから」
トリリス様の言葉を社交辞令として流し、若干言い訳気味に返す。
すると彼女は、何故か嬉しそうに口元が緩ませながらも目元には切なさを湛えたような器用な表情を浮かべた。
「これは、私達に親しみを感じるぐらい気を許してくれたイサクに、いずれ救世のために無理難題を吹っかけなければならないことを申し訳なく思っている顔なのです……」
「こ、こら、ディーム。余計なことは言うものじゃないゾ」
と、普段通り傍に控えていたディームさんがサラッと理由を説明する。
それに対して、トリリス様は少し慌てたように彼女を諌めた。
何だかんだ言って、気遣ってくれる気持ちはあるようだ。
「ええと、まあ、救世の使命に関しては仕方のないことなので構いませんが……。どちらかと言うと、悪戯の方を控えてさえ頂ければ」
「イサク。それはワタシに死ねと言ってるようなものだゾ」
「……さいですか」
折角、今回の件によって俺の中で上がった株が微妙に下がる発言をするトリリス様。
何と言うか、本当に残念な人だ。
まあ、彼女らしいと言えば彼女らしいか。
「それで、今日はどうしたのです……?」
と、前置きの段階で早々に話が脱線しかけたところを、ディームさんが軌道修正してくれる。本当に、この人がいないと話が進まないな。
やはり、彼女こそ少女祭祀国家ホウゲツの良心と言えよう。
ヒメ様はヒメ様で破天荒な人だし。
何はともあれ、本題に入ろう。
この件に関しては、できれば早く答えが欲しい。
なので、要点から話すことにする。
「はい。端的に言えば、何とか第六位階の身体強化を得られないものかと相談したく」
「…………成程ナ」
そんな俺の要望に対し、トリリス様は納得したように頷く。
しかし、そこで言葉は途切れ、返答が続いて出てこない。
彼女は眉間にしわを寄せながら目を閉じ、そのまま黙り込んでしまった。
ディームさんもちょっと困ったような顔をしている。
「その、ですね。ライムさんにいとも容易く記憶を操作されたことで、改めて精神干渉系の複合発露の恐ろしさが身に染みたので……」
短くない間、沈黙したままでいる二人に戸惑いながら理由を口にする。
会話の流れが完全に滞り、何とも不格好な感じになってしまった。
全く以って締まらないな。
「ああ、うん。それは分かってるゾ」
「改めて言わなくとも、十分予想可能な話なのです……」
しかも、それを受けて口を開いたトリリス様とディームさんからは、微かな苦笑いの気配と共にそんなことを言われる。バツの悪さ倍増だ。
もっとこう、打てば響く感じでお願いしたいところだ。
「私達としても、イサクにはなるべく早く第六位階の身体強化を得て欲しいと思っているのです……」
「とは言え、真性少女契約は相性の問題もあるしナ」
「加えて、救世という世紀の大事業に挑むに当たって、生半可な少女化魔物の複合発露では、かえって危険を呼ぶことになるかもしれないのです……」
身体強化を過信して回避が疎かになったりとか、そういう感じか。
「転生者たるイサクのイメージ力は世界最強と言って過言ではないけれども、真・複合発露の威力には、少女化魔物側のイメージ力も関わってくるからナ」
トリリス様の言葉に頷く。
俺とサユキのそれが強力なのは、サユキも長年俺の傍にいることで自身の力について具体的なイメージを持つことができているからだ。
勿論、まだまだ一日の長がある俺には及ばないが、それでも彼女単独の複合発露の威力もトップクラスに達するぐらいではある。
「これから先、サユキのように鍛え上げる余裕があるかも分からない。だから、イサクには厳選した少女化魔物を紹介することを考えていたのだゾ」
「幸いにして、と言っていいかは分からないですが、周期的に、ある特異思念集積体の少女化魔物がそろそろ生まれる頃でもあるのです。もう少し待って欲しいのです……」
詰まるところ、それまでは一先ず保留という形になるようだ。
危険な戦いに巻き込むのだ。話は理解できなくもない。
とは言え、何もしないでいるのは余りにも歯痒い。
「ただ、当然ながら、鍛える時間があるかどうか不明瞭だから鍛えなくていいということにはならないゾ。別に同時進行しても構わない訳だからナ」
そんな俺の感情を読んだように、トリリス様が切り出す。
「ですが、やはり相性もありますし、難しいのでは?」
自分でお願いしようとしていて何だが、相手の気持ちというものもある。
無理矢理という訳にはいかない。
「実は私達の方で選別しておいた身体強化系の複合発露を持つ少女化魔物が、既にイサクの傍にいるのです……」
「え? そうなんですか?」
「それだけでなく、かなり親しくしていると聞いているゾ」
少女化魔物で、更に親交があるとなると候補はほとんど絞られる訳だが。
二人が選んだとなると、ヨスキ村で出会った子らは関係ないだろうし。
「ええと、ルトアさんぐらいしか思いつかないんですが……」
「正解だゾ」
パチパチパチと拍手するトリリス様。
煽っているようにしか見えないが、スルーしてディームさんを見る。
「本人は余り戦いには向かない性格ですが、あの子の複合発露は非常に便利だと思うのです。勿論、イサクが望まないなら無理にとは言わないのです……」
いや、別に嫌ではない。
正直、ルトアさんには好感を抱いている。
のだが、複合発露目当てな感が出てきてしまうと何となく気が引けてしまう。
繰り返しになるが、危険に巻き込んでしまう可能性もある訳だし。
「気持ちは分からないでもないがナ。とりあえずルトアと話してみるといいゾ」
「まあ、そう、ですね」
その辺の事情を聞いておきながら、何ごともなかったかのように振る舞う器用な真似は俺にはできない。
こうなると、ある程度率直に話をしてしまった方がいいだろう。
早速、これからルトアさんに会いに行ってみようか?
…………うん。会いに行くとしよう。
「では、トリリス様、ディームさん。今日はこの辺で失礼します」
「そうカ。また何かあれば、いつでも頼ってくれて構わないゾ」
「即戦力になるだろう特異思念集積体に関しては、出現し次第、いつものようにルトアを通じて連絡するのです……」
「分かりました。お願いします」
二人の言葉に頷き、一礼してから学園長室を後にする。
そうして俺は彼女達への相談を終え、補導員事務局へと向かった。
約束していた時間通りに学園長室を訪れた俺に、一先ず軽い挨拶代わりにという感じで労いの言葉を口にするトリリス様。
彼女は、まだ二次性徴を迎えていない俺よりも小さな体に不釣り合いな机に華奢な手を乗せ、割と高さのある椅子に足をブラブラさせながら座っている。
外見は完全に可愛らしい少女の姿だ。性格には少々難があるが……。
それはともかく。
そんな彼女からの労いに、俺は若干の気まずさを感じていた。
正直なところ、スマートな解決からは程遠かったと思うから。
ライムさんとの戦いにしても、完全勝利とはとても言いがたい内容だった訳だし。
とは言え――。
「いえ、こちらこそ。色々とありがとうございました」
わざわざ水を差す必要もない。
諸々の力不足に関しては、勿論しっかりと自省しておかなければならないが。
とりあえず、無難に感謝の言葉を返しておく。
……いや、無難と言うか、この場はそうする方が正しい。間違いなく。
彼女に感謝すべき理由は、十二分にあるのだから。
「トリリス様のご尽力のおかげで無茶ができました」
俺も実働部隊として手を尽くしたのは事実だが、正直かなり強引な方法を取ってしまったように思う。身内に害が及んだことの焦りもあって。
そのためにトリリス様には捜査段階でも事前に根回しをして貰ったし、加えて事後処理に関しても完全に任せ切りだった。負担は大きかったはずだ。
更には、ライムさんとの面会のために色々と手を回してもくれている。
感謝の一つや二つ、して当たり前だろう。
「それがワタシの役目だからナ。気にする必要はないゾ」
余り謙られるのを好まないトリリス様はそう言うが、恩知らずにはなりたくない。
良好な関係を続けていくには不可欠だ。
…………彼女の性格的に、関わり合う限りは妙な悪戯を仕かけられて大分相殺されていまいそうだが、差し引きしても助力を得る割合の方が大きいはずだし。
「まあ、親しき仲にも礼儀あり、ですから」
トリリス様の言葉を社交辞令として流し、若干言い訳気味に返す。
すると彼女は、何故か嬉しそうに口元が緩ませながらも目元には切なさを湛えたような器用な表情を浮かべた。
「これは、私達に親しみを感じるぐらい気を許してくれたイサクに、いずれ救世のために無理難題を吹っかけなければならないことを申し訳なく思っている顔なのです……」
「こ、こら、ディーム。余計なことは言うものじゃないゾ」
と、普段通り傍に控えていたディームさんがサラッと理由を説明する。
それに対して、トリリス様は少し慌てたように彼女を諌めた。
何だかんだ言って、気遣ってくれる気持ちはあるようだ。
「ええと、まあ、救世の使命に関しては仕方のないことなので構いませんが……。どちらかと言うと、悪戯の方を控えてさえ頂ければ」
「イサク。それはワタシに死ねと言ってるようなものだゾ」
「……さいですか」
折角、今回の件によって俺の中で上がった株が微妙に下がる発言をするトリリス様。
何と言うか、本当に残念な人だ。
まあ、彼女らしいと言えば彼女らしいか。
「それで、今日はどうしたのです……?」
と、前置きの段階で早々に話が脱線しかけたところを、ディームさんが軌道修正してくれる。本当に、この人がいないと話が進まないな。
やはり、彼女こそ少女祭祀国家ホウゲツの良心と言えよう。
ヒメ様はヒメ様で破天荒な人だし。
何はともあれ、本題に入ろう。
この件に関しては、できれば早く答えが欲しい。
なので、要点から話すことにする。
「はい。端的に言えば、何とか第六位階の身体強化を得られないものかと相談したく」
「…………成程ナ」
そんな俺の要望に対し、トリリス様は納得したように頷く。
しかし、そこで言葉は途切れ、返答が続いて出てこない。
彼女は眉間にしわを寄せながら目を閉じ、そのまま黙り込んでしまった。
ディームさんもちょっと困ったような顔をしている。
「その、ですね。ライムさんにいとも容易く記憶を操作されたことで、改めて精神干渉系の複合発露の恐ろしさが身に染みたので……」
短くない間、沈黙したままでいる二人に戸惑いながら理由を口にする。
会話の流れが完全に滞り、何とも不格好な感じになってしまった。
全く以って締まらないな。
「ああ、うん。それは分かってるゾ」
「改めて言わなくとも、十分予想可能な話なのです……」
しかも、それを受けて口を開いたトリリス様とディームさんからは、微かな苦笑いの気配と共にそんなことを言われる。バツの悪さ倍増だ。
もっとこう、打てば響く感じでお願いしたいところだ。
「私達としても、イサクにはなるべく早く第六位階の身体強化を得て欲しいと思っているのです……」
「とは言え、真性少女契約は相性の問題もあるしナ」
「加えて、救世という世紀の大事業に挑むに当たって、生半可な少女化魔物の複合発露では、かえって危険を呼ぶことになるかもしれないのです……」
身体強化を過信して回避が疎かになったりとか、そういう感じか。
「転生者たるイサクのイメージ力は世界最強と言って過言ではないけれども、真・複合発露の威力には、少女化魔物側のイメージ力も関わってくるからナ」
トリリス様の言葉に頷く。
俺とサユキのそれが強力なのは、サユキも長年俺の傍にいることで自身の力について具体的なイメージを持つことができているからだ。
勿論、まだまだ一日の長がある俺には及ばないが、それでも彼女単独の複合発露の威力もトップクラスに達するぐらいではある。
「これから先、サユキのように鍛え上げる余裕があるかも分からない。だから、イサクには厳選した少女化魔物を紹介することを考えていたのだゾ」
「幸いにして、と言っていいかは分からないですが、周期的に、ある特異思念集積体の少女化魔物がそろそろ生まれる頃でもあるのです。もう少し待って欲しいのです……」
詰まるところ、それまでは一先ず保留という形になるようだ。
危険な戦いに巻き込むのだ。話は理解できなくもない。
とは言え、何もしないでいるのは余りにも歯痒い。
「ただ、当然ながら、鍛える時間があるかどうか不明瞭だから鍛えなくていいということにはならないゾ。別に同時進行しても構わない訳だからナ」
そんな俺の感情を読んだように、トリリス様が切り出す。
「ですが、やはり相性もありますし、難しいのでは?」
自分でお願いしようとしていて何だが、相手の気持ちというものもある。
無理矢理という訳にはいかない。
「実は私達の方で選別しておいた身体強化系の複合発露を持つ少女化魔物が、既にイサクの傍にいるのです……」
「え? そうなんですか?」
「それだけでなく、かなり親しくしていると聞いているゾ」
少女化魔物で、更に親交があるとなると候補はほとんど絞られる訳だが。
二人が選んだとなると、ヨスキ村で出会った子らは関係ないだろうし。
「ええと、ルトアさんぐらいしか思いつかないんですが……」
「正解だゾ」
パチパチパチと拍手するトリリス様。
煽っているようにしか見えないが、スルーしてディームさんを見る。
「本人は余り戦いには向かない性格ですが、あの子の複合発露は非常に便利だと思うのです。勿論、イサクが望まないなら無理にとは言わないのです……」
いや、別に嫌ではない。
正直、ルトアさんには好感を抱いている。
のだが、複合発露目当てな感が出てきてしまうと何となく気が引けてしまう。
繰り返しになるが、危険に巻き込んでしまう可能性もある訳だし。
「気持ちは分からないでもないがナ。とりあえずルトアと話してみるといいゾ」
「まあ、そう、ですね」
その辺の事情を聞いておきながら、何ごともなかったかのように振る舞う器用な真似は俺にはできない。
こうなると、ある程度率直に話をしてしまった方がいいだろう。
早速、これからルトアさんに会いに行ってみようか?
…………うん。会いに行くとしよう。
「では、トリリス様、ディームさん。今日はこの辺で失礼します」
「そうカ。また何かあれば、いつでも頼ってくれて構わないゾ」
「即戦力になるだろう特異思念集積体に関しては、出現し次第、いつものようにルトアを通じて連絡するのです……」
「分かりました。お願いします」
二人の言葉に頷き、一礼してから学園長室を後にする。
そうして俺は彼女達への相談を終え、補導員事務局へと向かった。
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