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第2章 人間⇔少女化魔物
107 俄か成金
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「イサク様!」
補導員事務局に入ると早速、もはや聞き慣れた元気な声が出迎えてくれる。
声の方を見ると、受付から笑顔で小さく手を振ってくれるルトアさんの姿。
それを目にして、トリリス様とディームさんから聞いた彼女に関する話を受けて微妙に困ったような感じになっていた表情が緩むのを自覚する。
「おはようございます!!」
「おはようございます、ルトアさん」
気持ちのいい挨拶に俺もまた微笑と共に挨拶を返し、それから彼女の前に歩み寄る。
三割増しぐらいで気安い彼女の態度からして今は事務局に他の補導員がいないことは確実だが、俺は念のために周囲を軽く見回してから口を開いた。
「その、ルトアさん。今ちょっといいですか?」
一応、奥にはFAX的な形式で情報の伝達を行う役割を負ったムニという少女化魔物の分身体とやらがいるはずだが、基本的に彼女はこちらに反応しない。
実質的に二人きりだ。
少々込み入った話をしても構わないだろう。
「あ、はい! 大丈夫です! 丁度私もお伝えしなきゃいけないことがあったので!」
「お伝えしなきゃいけないこと?」
軽く首を傾げてルトアさんの言葉を繰り返しながら、一体何ごとかと考える。
が、特に思い当たることはない。
彼女もまた他に補導員がいないか受付から軽く身を乗り出して事務局の中を確認している辺り、余り大っぴらに話をする類のものではないようだが……。
「嘱託補導員の身分証をお貸し頂けますか?」
「身分証ですか? それは別に構いませんけど」
訝しみながらも、お願いされた通りに影の中から身分証を取り出して彼女に手渡す。
「ありがとうございます。少しだけお待ち下さい」
すると、ルトアさんはそうとだけ言い、受付の奥に引っ込んでしまった。
一人取り残されてしまい、手持無沙汰になる。
完全に出鼻を挫かれてしまった格好だ。
仕方なく俺は、補導対象の情報が張られた掲示板の前に向かい、何か目ぼしい依頼がないものか確認することにした。
依頼書は、脅威度の高さによって掲示されている場所が大まかに分けられている。
ただし、EX級とS級、A級に関しては絶対数が少ないこともあってか、一ヶ所の掲示板に纏めて張りつけられているが。
当然ながら、A級補導員としてB級以下の補導員達から仕事を奪ってしまう訳にはいかないので、己に見合った掲示板にのみ目を向ける。
短くない時間をかけ、一枚一枚依頼書を確認する。しかし――。
「…………まあ、そうそうないか」
そう都合よく、身体強化系の複合発露を持っていそうな少女化魔物はいなかった。
と言うより、EX級、S級は依頼書すらなかった。
俺自身、初っ端からA級補導員になってしまったから感覚が麻痺しているが、A級の時点で一般人からすれば災害レベルの脅威なのだ。
それを超える脅威度の少女化魔物がポコポコと出現されても困る。
特にEX級は、分類的に人間社会を滅ぼすことが可能な能力を持つ訳だから。
「イサク様! お待たせしました!!」
と、戻ってきたルトアさんが受付から声をかけてくる。
何をしていたのかは分からないが、どうやら奥での作業が終わったらしい。
「これが新しい身分証です!!」
受付の前に戻ると彼女はそう言って、笑顔で身分証を差し出してきた。
……ちょっと、いや、大分言葉が足りていない。
「ええと、新しい、ですか?」
「あ! すみません! 説明を怠りました!」
ペコリと頭を下げ、恥ずかしそうに笑うルトアさん。
受付の事務員としては手落ちもいいところだが……周りを明るくするような雰囲気のおかげで誤魔化されてしまう。
まあ、俺が人外ロリに弱過ぎるということもあるかもしれないけれども。
「実はですね! この前の事件を解決に導いたことがEX級補導相当の功績と判断されまして……イサク様はS級補導員に昇格したんです!!」
「え? 俺がS級に?」
突然の話に少し驚く。
が、改めて考えると、ライムさんはそれこそEX級と括っても違和感がない程の力を有していた。いや、むしろライムさんを捕縛する方が、難易度が高い気もする。
功績として数えて貰えるのなら、EX級相当なのはむしろ当然だろう。
……俺としては別に報酬を求めて行ったつもりはないが。
とは言え、ああしたことが評価されないと、今後似たようなことが起きた際に補導員が助力を惜しむようになってしまうかもしれないからな。
俺も聖人君子ではないし、貰える名誉と利益は貰っておこう。
「一ヶ月も経たずにですよ!! 凄いスピード出世です!! さすがイサク君です!!」
我がことのように喜びながら称賛してくれるルトアさん。
友人の立場で言ってくれているのか、イサク君になっている。
イサク様で褒められるよりも嬉しいが、何ともこそばゆい。
が、何よりも騒がしさが先立ち、俺はそんな彼女の勢いに苦笑いを浮かべながら、確かめるように身分証に視線を落とした。
どうやら意匠自体には特に大きな変化はないようだ。
勿論、A級補導員と書かれていた部分がS級補導員となってはいるが。
これだけだと今一実感が湧かないな。
そんなことを思いながら身分証の表と裏を繰り返し確認していると――。
「それと、こちらも!」
更にルトアさんが、パンパンに膨らんだ茶封筒をスッと差し出してきた。
ちょっと見た目が怪し過ぎるブツだが……。
「これは?」
「今月のお給料です! この前の事件の特別手当も含まれてます! ……その、何日か給料日を過ぎてしまいましたけど」
最後に少し申し訳なさそうにつけ足すルトアさん。
確か給料は月末締め当月二十五日払いだったか。
ライムさんの事件で慌ただしかったから受け取りそびれたのだろう。
「成程。ありがとうございま……うおっ!?」
とりあえず手に取って中身を確認すると予想以上の大金が目に映り、思わず驚きの声を上げてしまった。一瞬、思考が停止してしまう。
それから俺は深呼吸をして息を整え、もう一度だけ茶封筒を開けて覗き込んだ。
見間違いではない。それを確認し、顔を上げてルトアさんを見る。
「えっと、間違いじゃないですよね? 多くないですか?」
「いえ、全く! ちなみに来月からは、更にもう少し多くなりますよ! 何せ、イサク様はS級補導員になったんですから!!」
正しい金額だと太鼓判を押され、改めて軽く数えてみる。
茶封筒の中には日本円に換算して一千万強の紙幣が入っていた。
ちなみに単位はエンという発音で、価値は大体一エンが十円だ。
同郷の異世界人ショウジ・ヨスキが定めたのだろう。
……にしても、俄か成金になってしまったな。
A級補導員の給料プラス特別手当か。
今回のこれは一時の話だが、来月からはこれを上回る月給になる、と。
まあ、この世界においてS級補導員は皆の憧れの的。
前世で言えば超一流のプロスポーツ選手のようなものだ。
そう考えると、これぐらいは妥当なのかもしれない。
「しかし、このお金ってどこから出てくるんだ?」
ふと疑問に思い、首を傾げる。
「生徒達の授業料からか?」
正直、それだけだと足りない気がするが。
補導員は俺一人じゃないし、EX級のシニッドさんとかもいる訳だから。
「ホウゲツ学園の人件費に含まれますから、具体的な線引きは分かりませんが……補導されてホウゲツ学園で教育を受けた少女化魔物は、少女化魔物が社会に出て働いて得た給料から数年間天引きされた分で補導員の給料が賄われていると教わります」
「へえ……って、それ、納得してるのか? 皆」
「まあ、私は奨学金の返済みたいに考えてますけど……例えば補導される前に社会に迷惑をかけた少女化魔物の場合は、罪の償いという感覚もあるらしいですね」
俺の疑問に対し、比較的真面目な声色で答えるルトアさん。
そこに嘘偽りの気配はない。
とりあえず皆、受け入れているからこそ制度が保たれているのだろう。
そう納得する。
「いずれにせよ、真面目に働いてる少女化魔物は皆、補導員に感謝してますから。この社会の中で、人間と同じ世界を観て生きることができることに。だからこそ、狂乱の只中にある仲間達を救って欲しくて、進んで寄付してる子もいるぐらいですし」
補導員への感謝と、同じ少女化魔物達への想い、か。
そう聞くと、茶封筒が途端に重くなる。
金額以上の価値を感じる。
救世の転生者としての使命は使命として、補導員という仕事にも、少女化魔物にも真摯に向き合わないといけない。そう強く思う。
「ところでイサク様のお話って……」
「ああ、そうだった。実は――」
だからこそ、まず眼前の彼女に可能な限り誠実に諸々の話をするために、俺は真剣な声色と共に口を開いた。
補導員事務局に入ると早速、もはや聞き慣れた元気な声が出迎えてくれる。
声の方を見ると、受付から笑顔で小さく手を振ってくれるルトアさんの姿。
それを目にして、トリリス様とディームさんから聞いた彼女に関する話を受けて微妙に困ったような感じになっていた表情が緩むのを自覚する。
「おはようございます!!」
「おはようございます、ルトアさん」
気持ちのいい挨拶に俺もまた微笑と共に挨拶を返し、それから彼女の前に歩み寄る。
三割増しぐらいで気安い彼女の態度からして今は事務局に他の補導員がいないことは確実だが、俺は念のために周囲を軽く見回してから口を開いた。
「その、ルトアさん。今ちょっといいですか?」
一応、奥にはFAX的な形式で情報の伝達を行う役割を負ったムニという少女化魔物の分身体とやらがいるはずだが、基本的に彼女はこちらに反応しない。
実質的に二人きりだ。
少々込み入った話をしても構わないだろう。
「あ、はい! 大丈夫です! 丁度私もお伝えしなきゃいけないことがあったので!」
「お伝えしなきゃいけないこと?」
軽く首を傾げてルトアさんの言葉を繰り返しながら、一体何ごとかと考える。
が、特に思い当たることはない。
彼女もまた他に補導員がいないか受付から軽く身を乗り出して事務局の中を確認している辺り、余り大っぴらに話をする類のものではないようだが……。
「嘱託補導員の身分証をお貸し頂けますか?」
「身分証ですか? それは別に構いませんけど」
訝しみながらも、お願いされた通りに影の中から身分証を取り出して彼女に手渡す。
「ありがとうございます。少しだけお待ち下さい」
すると、ルトアさんはそうとだけ言い、受付の奥に引っ込んでしまった。
一人取り残されてしまい、手持無沙汰になる。
完全に出鼻を挫かれてしまった格好だ。
仕方なく俺は、補導対象の情報が張られた掲示板の前に向かい、何か目ぼしい依頼がないものか確認することにした。
依頼書は、脅威度の高さによって掲示されている場所が大まかに分けられている。
ただし、EX級とS級、A級に関しては絶対数が少ないこともあってか、一ヶ所の掲示板に纏めて張りつけられているが。
当然ながら、A級補導員としてB級以下の補導員達から仕事を奪ってしまう訳にはいかないので、己に見合った掲示板にのみ目を向ける。
短くない時間をかけ、一枚一枚依頼書を確認する。しかし――。
「…………まあ、そうそうないか」
そう都合よく、身体強化系の複合発露を持っていそうな少女化魔物はいなかった。
と言うより、EX級、S級は依頼書すらなかった。
俺自身、初っ端からA級補導員になってしまったから感覚が麻痺しているが、A級の時点で一般人からすれば災害レベルの脅威なのだ。
それを超える脅威度の少女化魔物がポコポコと出現されても困る。
特にEX級は、分類的に人間社会を滅ぼすことが可能な能力を持つ訳だから。
「イサク様! お待たせしました!!」
と、戻ってきたルトアさんが受付から声をかけてくる。
何をしていたのかは分からないが、どうやら奥での作業が終わったらしい。
「これが新しい身分証です!!」
受付の前に戻ると彼女はそう言って、笑顔で身分証を差し出してきた。
……ちょっと、いや、大分言葉が足りていない。
「ええと、新しい、ですか?」
「あ! すみません! 説明を怠りました!」
ペコリと頭を下げ、恥ずかしそうに笑うルトアさん。
受付の事務員としては手落ちもいいところだが……周りを明るくするような雰囲気のおかげで誤魔化されてしまう。
まあ、俺が人外ロリに弱過ぎるということもあるかもしれないけれども。
「実はですね! この前の事件を解決に導いたことがEX級補導相当の功績と判断されまして……イサク様はS級補導員に昇格したんです!!」
「え? 俺がS級に?」
突然の話に少し驚く。
が、改めて考えると、ライムさんはそれこそEX級と括っても違和感がない程の力を有していた。いや、むしろライムさんを捕縛する方が、難易度が高い気もする。
功績として数えて貰えるのなら、EX級相当なのはむしろ当然だろう。
……俺としては別に報酬を求めて行ったつもりはないが。
とは言え、ああしたことが評価されないと、今後似たようなことが起きた際に補導員が助力を惜しむようになってしまうかもしれないからな。
俺も聖人君子ではないし、貰える名誉と利益は貰っておこう。
「一ヶ月も経たずにですよ!! 凄いスピード出世です!! さすがイサク君です!!」
我がことのように喜びながら称賛してくれるルトアさん。
友人の立場で言ってくれているのか、イサク君になっている。
イサク様で褒められるよりも嬉しいが、何ともこそばゆい。
が、何よりも騒がしさが先立ち、俺はそんな彼女の勢いに苦笑いを浮かべながら、確かめるように身分証に視線を落とした。
どうやら意匠自体には特に大きな変化はないようだ。
勿論、A級補導員と書かれていた部分がS級補導員となってはいるが。
これだけだと今一実感が湧かないな。
そんなことを思いながら身分証の表と裏を繰り返し確認していると――。
「それと、こちらも!」
更にルトアさんが、パンパンに膨らんだ茶封筒をスッと差し出してきた。
ちょっと見た目が怪し過ぎるブツだが……。
「これは?」
「今月のお給料です! この前の事件の特別手当も含まれてます! ……その、何日か給料日を過ぎてしまいましたけど」
最後に少し申し訳なさそうにつけ足すルトアさん。
確か給料は月末締め当月二十五日払いだったか。
ライムさんの事件で慌ただしかったから受け取りそびれたのだろう。
「成程。ありがとうございま……うおっ!?」
とりあえず手に取って中身を確認すると予想以上の大金が目に映り、思わず驚きの声を上げてしまった。一瞬、思考が停止してしまう。
それから俺は深呼吸をして息を整え、もう一度だけ茶封筒を開けて覗き込んだ。
見間違いではない。それを確認し、顔を上げてルトアさんを見る。
「えっと、間違いじゃないですよね? 多くないですか?」
「いえ、全く! ちなみに来月からは、更にもう少し多くなりますよ! 何せ、イサク様はS級補導員になったんですから!!」
正しい金額だと太鼓判を押され、改めて軽く数えてみる。
茶封筒の中には日本円に換算して一千万強の紙幣が入っていた。
ちなみに単位はエンという発音で、価値は大体一エンが十円だ。
同郷の異世界人ショウジ・ヨスキが定めたのだろう。
……にしても、俄か成金になってしまったな。
A級補導員の給料プラス特別手当か。
今回のこれは一時の話だが、来月からはこれを上回る月給になる、と。
まあ、この世界においてS級補導員は皆の憧れの的。
前世で言えば超一流のプロスポーツ選手のようなものだ。
そう考えると、これぐらいは妥当なのかもしれない。
「しかし、このお金ってどこから出てくるんだ?」
ふと疑問に思い、首を傾げる。
「生徒達の授業料からか?」
正直、それだけだと足りない気がするが。
補導員は俺一人じゃないし、EX級のシニッドさんとかもいる訳だから。
「ホウゲツ学園の人件費に含まれますから、具体的な線引きは分かりませんが……補導されてホウゲツ学園で教育を受けた少女化魔物は、少女化魔物が社会に出て働いて得た給料から数年間天引きされた分で補導員の給料が賄われていると教わります」
「へえ……って、それ、納得してるのか? 皆」
「まあ、私は奨学金の返済みたいに考えてますけど……例えば補導される前に社会に迷惑をかけた少女化魔物の場合は、罪の償いという感覚もあるらしいですね」
俺の疑問に対し、比較的真面目な声色で答えるルトアさん。
そこに嘘偽りの気配はない。
とりあえず皆、受け入れているからこそ制度が保たれているのだろう。
そう納得する。
「いずれにせよ、真面目に働いてる少女化魔物は皆、補導員に感謝してますから。この社会の中で、人間と同じ世界を観て生きることができることに。だからこそ、狂乱の只中にある仲間達を救って欲しくて、進んで寄付してる子もいるぐらいですし」
補導員への感謝と、同じ少女化魔物達への想い、か。
そう聞くと、茶封筒が途端に重くなる。
金額以上の価値を感じる。
救世の転生者としての使命は使命として、補導員という仕事にも、少女化魔物にも真摯に向き合わないといけない。そう強く思う。
「ところでイサク様のお話って……」
「ああ、そうだった。実は――」
だからこそ、まず眼前の彼女に可能な限り誠実に諸々の話をするために、俺は真剣な声色と共に口を開いた。
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