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第3章 絡み合う道

170 意味深な対話(表)

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 学園長室へ向かう廊下の途中。
 右隣には静かに俺と腕を組みながら、何とも機嫌よさそうに歩くレンリ。
 美少女と言って過言ではない彼女と恋人のように歩くのは、本来なら幸せなシチュエーションだろうが、諸々の事情で素直に喜べない状況では正直心労が溜まるばかりだ。

「……なあ。結局、君の目的は何なんだ?」

 そんな状態での沈黙に耐えかね、そうレンリに尋ねる。
 救世の転生者を探し出すという第一目標を達成した今、次に彼女は何を望むのか。
 出会って早々に散々かき乱された身としては、戦々恐々としてしまう。

「壁に耳あり、障子に目あり……ですよ。旦那様」

 対してレンリは、腕を組んだまま俺の顔を覗き込むようにしながら、幼い外見相応な小さい右手の人差し指を唇に当てて悪戯っぽく答えた。
 その仕草は実に似合っていて、非常に可愛らしく感じられるのが何とも困る。
 幼い外見との相乗効果で、油断すると気を許してしまいそうだ。

 しかし、それはそれとして。
 確かに、救世の転生者に関係しそうな話を廊下で無警戒にするべきではないだろう。
 いくらトリリス様のテリトリーたるホウゲツ学園の敷地内とは言っても。
 アクエリアル帝国出身の彼女の立場からすると、むしろそこの部分こそがネックでもあるはずだし、尚のこと簡単に口を割ってくれるはずもない。
 とは言え、今はあくまで場を繋ぎたかっただけ。答えは期待していない。
 そもそも、レンリの目的は彼女をアコさんの前に連れていけば一発で分かることだ。
 話題を変えよう。

「……その旦那様ってのは、どうにかならないのか?」
「こればかりは。指切りの契約ですから」
「そうは言うけど、あの文言的に本来は、その……さ」
「他の関係を強要されるぐらいなら、私は契約を破って命を絶ちます。旦那様は、それでもよろしいのですか?」
「い、いやいや……何でそうなるんだよ」

 レンリから返ってきた言葉に思わず頭を抱える。
 契約的に優位なはずの俺が何故、こんな妙な脅しをかけられなければならないのか。
 命が惜しければ、は本来こちら側の台詞のはずなのに。
 勿論、そんなことを言うつもりはないけれども。
 …………まあ、理由の一端は正にそれなのだろう。
 俺が幼い姿の存在に甘いことが、初対面だった彼女に見抜かれてしまっているのだ。

「あのな。さすがに自分の命を人質にするのは、やめてくれないか?」
「その優しさがつけ入る隙になると旦那様が自覚なさるまでは、やめません!」
「う、うーん……?」

 何だろうな、本当に。この奇妙な感覚は。
 レンリの行動は間違いなく滅茶苦茶で、ちょっと理解し切れない部分が多い。
 にもかかわらず、サユキが言うように全て俺、もとい救世の転生者を想っての行動であるかのような雰囲気があるのは、感覚的に分かってしまう。
 だから、どうにも問答無用で強く出ることができない。
 フェリトの彼女への反論通り、好意による行動が全て相手に対してポジティブに働くとは限らないので色々と配慮を求めたいところなのだが……。

「模擬戦の時も似たようなことを言っていたけど、それはそんなにまずいことか?」
「当たり前です! だから貴方がたは――」

 と、俺の問いに興奮気味に答えかけたレンリだったが、彼女はハッとしたように口を噤むと物凄い速さで俺から体を離した。

「ど、どうした?」

 突然の行動に驚き戸惑いながら問うが、レンリは黙したまま。
 窓の外、空の彼方を仇を見るように忌々しげに睨みつけていた。

「レンリ?」
「……いえ、何でもありません。失礼致しました。少し感情が昂り過ぎたようです」

 更に続けて呼びかけた俺に対し、レンリは無理矢理ニュートラルに戻したような視線を向けながら、感情を抑え込んだ硬い口調で謝罪と言い訳をする。
 模擬戦の時よりも一歩踏み込んだ言葉を得られるかと少し期待したのだが……。
 理由はよく分からないが、自制してしまったようだ。

「それよりも、早く学園長室に向かいましょう」

 そしてレンリは露骨に話を打ち切ると、腕を組んで機嫌がよさそうだった先程までとは一転して迷子の如く心細そうな表情で俺の手を握ってきた。
 第六位階の祈望之器アガートラムの力によって常時身体強化されているとは全く思えないような、酷く弱々しい力と共に。
 演技とは思えない儚いレンリのそんな姿に、思わず一瞬だけ彼女への不審を完全に忘れ、少し強めに握り返しながら手を引いて主導するように半歩だけ前に出る。
 常々、後進を導く先達たらんとしてきた癖のようなものかもしれない。

「旦那様……」

 呟かれた言葉に軽く振り返ると、レンリは僅かに驚いたように目を開き、それから仄かに頬を染めながらも切なげに微笑む。
 そのまま彼女は、手を引かれるのに逆らわずに俺の後に続いた。
 互いの間に再び沈黙が降りるが、先程までとは質が違う。
 今度はそれを破る気になれず、俺はそんな彼女の表情の理由を問えなかった。
 やがて……そのまま学園長室の前に至り、手を繋いだまま空いた手で扉を叩く。

「入ってよいゾ」

 そして中にいるトリリス様の許可を受け、レンリと並んで部屋に入っていくと――。

「って、またか……」

 俺達の間の微妙な空気感など無視するように。
 いつもの学園長室の風景は目に映らず、眼前に全く雰囲気の異なる扉が現れた。
 突然のことながら、どことなく見覚えがある。
 この先にあるのはヒメ様に謁見した秘密の部屋か、それと同じ造りの場所だろう。

「ここは……?」
「多分、学園の地下だ。トリリス様の複合発露エクスコンプレックス迷宮悪戯メイズプランク〉で飛ばされたんだろう」

 幾分か調子を取り戻し、周囲を見回しながら呟いたレンリに説明する。
 すると彼女は、合点がいったと言うように頷いて納得の意を示した。

「ミノタウロスの少女化魔物ロリータ。その力。伝え聞いた通りですね」

 警戒するように硬い口調で言いながら、レンリは眼前の扉に手をかける。
 重々しい扉が軽々と開いていく。
 すると中には、案の定以前訪れた部屋と同じ光景が広がっており、そこにトリリス様とディームさん、それからアコさんの姿まであった。
 想定外にも俺が先に対象とガッツリ接触してしまったため、もはや四の五の言わずに彼女の複合発露〈命歌残響アカシックレコード〉を用いてレンリの情報を得るつもりのようだ。

「……行きましょう」

 ある意味敵地に乗り込むようなものだからか、レンリは気合を入れるように言うと同時に繋いでいた手を離して部屋の中へと進んでいく。
 それに半歩遅れて俺もついていき、部屋の真ん中辺りに至ったところで――。。

「よく来てくれたナ、イサク。それと……レンリ・アクエリアル」
「全く。随分と大胆な真似をしてくれたものなのです……」

 珍しく目つきに険のあるトリリス様とディームさんが口火を切った。

「…………やっぱり。君は、あの子の孫だね」

 同じく厳しく見据えながら告げたのはアコさん。
 どうやら既に複合発露を利用してレンリの情報を得たようだ。
 あの子の孫という言い方から推測するに、救世の転生者と面識があるというレンリの御祖母様とは、恐らくアコさん達も会ったことがあるのだろう。

「経歴を詐称してまでホウゲツ学園に入り込むなんて、悪い子だ」
「申し訳ありませんが、詐称には当たりません。公的文書ではレンリ・アクエリアル十二歳で間違いありませんので。手続き上の問題もないと存じますが?」
「……そうだナ。アクエリアル帝国側の記録でもその通りである以上、私達にはお前を糾弾できないのだゾ。何より、お前を追い返すのはホウゲツ学園の理念に反するしナ」

 堂々としたレンリの反論に、若干不本意そうに応じるトリリス様。
 皇帝の資格を乱用して改竄をしたのか、あるいは……。
 まあ、その辺りは追及しても詮のないことか。

「では、この呼び出しは何のために?」
「お前の目的を確認するためだゾ」

 確認? と内心首を傾げるが、一先ず話を遮らないように言葉を飲み込む。
 まるでレンリの目的に察しがついていたかのような口振りだが……。

「アコ・ロリータ。貴方が悪名高き覗き魔ですね」
「不躾な子だね。まあ、その通りだけども」

 かなり不快そうに言うレンリに、肩を竦めながら返すアコさん。
 過去を盗み見られる側からすると、覗き魔と言いたくなる気持ちも分かる。

「それで? ご想像の通りでしたか?」
「まあ、ね」

 あくまでも強気に問うレンリを前に、先程までとは対照的にハッキリとしない調子で首肯するアコさん。その声色は何とも痛ましげだ。
 見ると、トリリス様やディームさんもまた似たような視線をレンリに向けている。
 最初の刺々しい雰囲気とは対照的だ。
 ……どことなく、時折イリュファが俺に見せるものに近い。

「であれば、私を旦那様から遠ざけますか?」
「……いや。少なくともワタシ達は、お前の邪魔はしないのだゾ。余程、目に余る行動を取らない限りはナ」

 レンリの問いに対するトリリス様の返答に内心驚く。
 彼女の目的は、特に俺達の害にはならないということなのか。

「あの、トリリス様。レンリは何のためにホウゲツに――」
「悪いけれど、それを今この場でイサクに教えることはできない。高度に政治的な判断を要するものだからね。知ってしまうと、今後の生活に影響が出かねない部分もある」

 トリリス様に代わり、申し訳なさそうに答えるアコさん。
 実際、世の中には知ってしまった結果、後戻りできなくなる情報もあるものだ。
 当然、即座に納得できる訳ではないが、理解はできなくもない。
 俺も一応は、前世の二十年強の人生分だけ精神年齢が大人な訳だし。

「ただ。少なくとも彼女がイサクにとって敵となるような存在ではないことは、私が保証するよ。纏わりつかれて面倒臭いっていう害はあるかもしれないけどね」

 アコさんがそこまで言うのなら、それは事実ではあるのだろう。
 敵として認識しなくていいという保証は、正直なところ精神衛生上非常に助かる。

「イサクにも来て貰ったのは、一先ずそれを伝えておきたかったからなんだ。……もっとも、彼女の目的が私達の想像と違った場合は、別の対応が必要だっただろうけどね」
「ともかく、だ。そういう訳だからイサクはもう帰ってよいゾ」
「え? えっと、レンリは?」
「彼女には目的について、少し確認しておかなければならないことがあるのです……」

 そのためには情報を開示できない俺がいると具合が悪いということか。
 駄々を捏ねても話は進まないだろうし、是非もない。
 少なくとも緊急性はなくなったようだから、後で可能な限り教えて貰えばいい。

「……分かりました」

 そんな風に頭の中で結論し、俺が了承の意を示すと――。

「うむ。ではナ」

 直後、視界は再び瞬時に切り替わり、見慣れた学園長室が目に映ったのだった。
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