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第6章 終末を告げる音と最後のピース
302 勝ち逃げ
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学園都市トコハを飛び立った俺は、一路西へと向かっていた。
アコさんから伝え聞いた場所。即ちテネシス達が転移していった先を目指して。
そこには彼らに連れ去られたラクラちゃん達もいるはずだ。
「…………人間至上主義組織スプレマシー代表テネシス・コンヴェルト、か」
急速に流れていく景色の中。彼らの居場所と併せて知ってしまった真実を改めて頭の中で反芻し、複雑な気持ちを抱きながら呟く。
幾度となく法に触れる行為を繰り返し、今回に至っては学園都市トコハに甚大な被害をもたらした凶悪な犯罪者であるテネシス達。
しかし、アコさんの複合発露〈命歌残響〉を介して見えてきたのは、俺達が思い描いていたものとは全く異なる彼らの姿だった。
……まあ、そもそも俺達が彼らについて知っていることなど高が知れているが。
いずれにしても真実を聞かされた今、俺の心には様々な感情が去来していた。
その中には元から抱いていた敵愾心も残っていたものの、割合としては大幅に少なくなってしまい、その分だけ薄まってしまったような感覚もあった。
「……人に歴史あり、だな」
そのせいか、そんな言葉が思わず口から零れ落ちる。
当然ながら、相手もまた独立した人格。生きた存在だ。
俺が直接見聞きした部分だけで全てが計り知れる程、単純ではない。
他人から見た俺だってそうだ。
そもそも救世の転生者であることを知る者は少ないし、知っていたとしても前世で俺がどう生きて、どう死んだのかはイリュファですらほとんど知らない。
まあ、だからと言って相手にも何か特別な事情が……と斟酌し過ぎると、心身に負担をかけるばかりで生き辛くなるだけだが。
悪行には、公平な判断による一定の報いがなければ社会が乱れてしまう。
同情と糾弾は区別して考えなければならない。
「彼女の話は、本当なんですね……」
とは言え、そこは人の情。そう簡単に切り分けられるはずもなく、影の中に入って同行しているレンリもまた複雑そうに呟いた。
信頼できるアコさんから話を聞いて尚、いや、レンリ的には逆に覗き魔などと悪し様に評していた彼女からの話だったことも一つの理由かもしれないが……。
それはそれとして。長らく俺と相対する立ち位置にいた相手のことだけに、半信半疑というか事実を事実として認めたくなかったようだ。
そういった感情が彼女の声色からハッキリと聞き取れる。
……しかし、真っ直ぐに西進すること数分経過した今。
眼下には、アコさんが口にしたことが真実だと示す光景が広がっていた。
元の世界で言えば、台湾に位置するそこは――。
「ガルファンド島……石の島とも呼ばれたその場所を実際に目にしたことはありませんでしたが、少なくともこのような普通の島ではなかったはずです」
「ああ。俺が前に来た時は、全てが石に覆われていた。人も、建物も、自然も」
十一年前、暴走したゴルゴーンの少女化魔物を殺めた結果、少女残怨によって永続的に石化の影響を受けることになってしまった場所。
ランブリク共和国での仕事の際に寄り道をして目にした光景は中々に衝撃的だったため、俺は昨日のことのようにハッキリと石化した状態を覚えている。
だが、今となってはどこにもその名残を留めていなかった。
地理的、地形的にガルファンド島だと理解できるのみだ。
不自然に石となっている部分は僅かたりとも存在しない。
「……あっちか」
そうした光景を目の当たりにしながら、あからさまに俺達を導くような風の流れを辿って島の中央部へと進んでいく。
すると、俺自身の風の探知が人だかりを感知し、視覚でもそれが確認できた。
その中心部には……。
「すまない。皆、どうやら迎えが来たようだ」
つい数十分前まで石化していただろう島の住民達全員に対して、身振り手振りを交えながら穏やかな口調でそう告げるテネシスの姿があった。
「え? あ、イサクさん」
その隣には若干困惑気味に立ち尽くしていたラクラちゃんがいて、彼の言葉に俺を振り返って安堵したような表情を見せる。
拉致された者の緊迫した気配のようなものは微塵もない。
まあ、無事でいることはアコさんの話を聞いた時点で確信していたが……。
実際に確認することができて内心安堵する。
「事情はアコさんから全て聞いた。結果としてそういう形になったとは言え、突然連れていかれて怖かっただろう。何もできず、ごめんな」
「い、いえ。イサクさんが謝ることじゃ……と言うか、イサクさんは背負い込み過ぎです。別の場所で戦ってて、ボク達まで助けて、なんて無理ですよ」
頭を下げた俺に対し、逆に気を遣って擁護してくれるラクラちゃん。
だが、そんな彼女だからこそ尚のこと申し訳なさが募る。
今回の事件自体、聖女を生み出すための策略だったが故に、俯瞰で見れば命の危険はなかったのかもしれない。だが、それは今だからこそ言えることに過ぎない。
戦いの中で感じた全ては彼女達にとっては本物だったはずだ。
中にはトラウマになった子もいるかもしれない。
もう少しうまいこと収まるようにできたんじゃないかと思ってしまう。
リクルのこともあって、未だに最善とは言いがたい状態でもあるし。
とは言え、ラクラちゃんにその辺りのことをぶつけても彼女が更に気を遣ってしまうだけだろうから、一先ず心の内で留めておく。
そして俺は、複合発露も使用せずに無防備に立っている男に視線を向けた。
「これがお前の望み、だった訳か。テネシス……いや、ロト・フェロイック」
「ああ、このために十一年。俺の全てを懸けてきた」
テネシス・コンヴェルト。本名ロト・フェイロックが頷いて肯定する。
アコさんによるとガルファンド島で生まれ育った彼は、十一年前の事件の日、たまたま用事でポーランスに出かけていて被害を免れたそうだ。
その後、戻ってきた時には、家族も友人も知り合いも石像と化していた。
肝心な時に不在で何もできなかったことを悔いた彼は、ただ一心に全員の石化を解除するため、治癒の力を追い求めて十年の時を積み重ねてきた訳だ。
人間至上主義組織に入り込み、その力を利用するなど手段を選ばずに。
聖女を作り出すというのが一応の本筋として、ウインテート連邦共和国の国宝アスクレピオスを奪おうとしたりしたのもこの一環だったようだ。
「…………もういいのか?」
そんな彼の周りに集まった島の住民達の現状に加えて。
少し離れたところで眠るユニコーンの少女化魔物スールを見る限り、真・暴走・複合発露に至った聖女の力で彼の目的は果たされたと見ていいだろう。
その事実を示すように、テネシス改めロトは俺の問いかけに黙って頷く。
それから彼は、人だかりの一番手前にいた男女を振り返って口を開いた。
「じゃあ、父さん、母さん。俺は行くよ」
「…………ああ」
「ロト、体に気をつけてね」
「それは俺の台詞だよ、母さん。……父さんも元気で」
子供の頃に戻ったように、幼い表情と共に苦笑気味に応じるロト。
その姿にまた複雑な気持ちを呼び起こされる。
母のため、父のため。大切な存在のために。たとえ悪をなしてでも意思を貫く。
そういったあり方を理解してしまう部分も心の内に全くないとは言えない。
もっとも。美化なく経緯を聞かされたらしい彼の両親が罪悪感を滲ませているのを見ると、もう少しスマートなやり方があったのではないかとは思うけれども。
協力を求められれば、ヒメ様達なら無下にはしなかったはずだし。
その辺りはサバイバーズ・ギルト的な視野狭窄もあったのかもしれない。
「……トラレ、転移を頼む」
「うん」
そんなことを考えていると、ロトは後ろに控えていた少女化魔物に声をかけた。
どうやら彼女こそ、幾度となく捕縛を妨げてきた転移の力の持ち主のようだ。
そして俺達は、ロトに与してきた他の少女化魔物達やラクラちゃん達と共に、トラレと呼ばれた少女化魔物の複合発露で学園都市トコハに戻り……。
「ロト・フェイロックだな」
「……ああ」
彼はそこで、恐らくアコさんの指示で待ち構えていた警察によって拘束された。
少しの抵抗もなく。まるで肩の荷が下りたとでも言うように。
そのまま連れていかれた彼の表情はかつてなく晴れやかで、その姿を見送った俺はどこか勝ち逃げされたかのような妙な感覚を抱いたのだった。
アコさんから伝え聞いた場所。即ちテネシス達が転移していった先を目指して。
そこには彼らに連れ去られたラクラちゃん達もいるはずだ。
「…………人間至上主義組織スプレマシー代表テネシス・コンヴェルト、か」
急速に流れていく景色の中。彼らの居場所と併せて知ってしまった真実を改めて頭の中で反芻し、複雑な気持ちを抱きながら呟く。
幾度となく法に触れる行為を繰り返し、今回に至っては学園都市トコハに甚大な被害をもたらした凶悪な犯罪者であるテネシス達。
しかし、アコさんの複合発露〈命歌残響〉を介して見えてきたのは、俺達が思い描いていたものとは全く異なる彼らの姿だった。
……まあ、そもそも俺達が彼らについて知っていることなど高が知れているが。
いずれにしても真実を聞かされた今、俺の心には様々な感情が去来していた。
その中には元から抱いていた敵愾心も残っていたものの、割合としては大幅に少なくなってしまい、その分だけ薄まってしまったような感覚もあった。
「……人に歴史あり、だな」
そのせいか、そんな言葉が思わず口から零れ落ちる。
当然ながら、相手もまた独立した人格。生きた存在だ。
俺が直接見聞きした部分だけで全てが計り知れる程、単純ではない。
他人から見た俺だってそうだ。
そもそも救世の転生者であることを知る者は少ないし、知っていたとしても前世で俺がどう生きて、どう死んだのかはイリュファですらほとんど知らない。
まあ、だからと言って相手にも何か特別な事情が……と斟酌し過ぎると、心身に負担をかけるばかりで生き辛くなるだけだが。
悪行には、公平な判断による一定の報いがなければ社会が乱れてしまう。
同情と糾弾は区別して考えなければならない。
「彼女の話は、本当なんですね……」
とは言え、そこは人の情。そう簡単に切り分けられるはずもなく、影の中に入って同行しているレンリもまた複雑そうに呟いた。
信頼できるアコさんから話を聞いて尚、いや、レンリ的には逆に覗き魔などと悪し様に評していた彼女からの話だったことも一つの理由かもしれないが……。
それはそれとして。長らく俺と相対する立ち位置にいた相手のことだけに、半信半疑というか事実を事実として認めたくなかったようだ。
そういった感情が彼女の声色からハッキリと聞き取れる。
……しかし、真っ直ぐに西進すること数分経過した今。
眼下には、アコさんが口にしたことが真実だと示す光景が広がっていた。
元の世界で言えば、台湾に位置するそこは――。
「ガルファンド島……石の島とも呼ばれたその場所を実際に目にしたことはありませんでしたが、少なくともこのような普通の島ではなかったはずです」
「ああ。俺が前に来た時は、全てが石に覆われていた。人も、建物も、自然も」
十一年前、暴走したゴルゴーンの少女化魔物を殺めた結果、少女残怨によって永続的に石化の影響を受けることになってしまった場所。
ランブリク共和国での仕事の際に寄り道をして目にした光景は中々に衝撃的だったため、俺は昨日のことのようにハッキリと石化した状態を覚えている。
だが、今となってはどこにもその名残を留めていなかった。
地理的、地形的にガルファンド島だと理解できるのみだ。
不自然に石となっている部分は僅かたりとも存在しない。
「……あっちか」
そうした光景を目の当たりにしながら、あからさまに俺達を導くような風の流れを辿って島の中央部へと進んでいく。
すると、俺自身の風の探知が人だかりを感知し、視覚でもそれが確認できた。
その中心部には……。
「すまない。皆、どうやら迎えが来たようだ」
つい数十分前まで石化していただろう島の住民達全員に対して、身振り手振りを交えながら穏やかな口調でそう告げるテネシスの姿があった。
「え? あ、イサクさん」
その隣には若干困惑気味に立ち尽くしていたラクラちゃんがいて、彼の言葉に俺を振り返って安堵したような表情を見せる。
拉致された者の緊迫した気配のようなものは微塵もない。
まあ、無事でいることはアコさんの話を聞いた時点で確信していたが……。
実際に確認することができて内心安堵する。
「事情はアコさんから全て聞いた。結果としてそういう形になったとは言え、突然連れていかれて怖かっただろう。何もできず、ごめんな」
「い、いえ。イサクさんが謝ることじゃ……と言うか、イサクさんは背負い込み過ぎです。別の場所で戦ってて、ボク達まで助けて、なんて無理ですよ」
頭を下げた俺に対し、逆に気を遣って擁護してくれるラクラちゃん。
だが、そんな彼女だからこそ尚のこと申し訳なさが募る。
今回の事件自体、聖女を生み出すための策略だったが故に、俯瞰で見れば命の危険はなかったのかもしれない。だが、それは今だからこそ言えることに過ぎない。
戦いの中で感じた全ては彼女達にとっては本物だったはずだ。
中にはトラウマになった子もいるかもしれない。
もう少しうまいこと収まるようにできたんじゃないかと思ってしまう。
リクルのこともあって、未だに最善とは言いがたい状態でもあるし。
とは言え、ラクラちゃんにその辺りのことをぶつけても彼女が更に気を遣ってしまうだけだろうから、一先ず心の内で留めておく。
そして俺は、複合発露も使用せずに無防備に立っている男に視線を向けた。
「これがお前の望み、だった訳か。テネシス……いや、ロト・フェロイック」
「ああ、このために十一年。俺の全てを懸けてきた」
テネシス・コンヴェルト。本名ロト・フェイロックが頷いて肯定する。
アコさんによるとガルファンド島で生まれ育った彼は、十一年前の事件の日、たまたま用事でポーランスに出かけていて被害を免れたそうだ。
その後、戻ってきた時には、家族も友人も知り合いも石像と化していた。
肝心な時に不在で何もできなかったことを悔いた彼は、ただ一心に全員の石化を解除するため、治癒の力を追い求めて十年の時を積み重ねてきた訳だ。
人間至上主義組織に入り込み、その力を利用するなど手段を選ばずに。
聖女を作り出すというのが一応の本筋として、ウインテート連邦共和国の国宝アスクレピオスを奪おうとしたりしたのもこの一環だったようだ。
「…………もういいのか?」
そんな彼の周りに集まった島の住民達の現状に加えて。
少し離れたところで眠るユニコーンの少女化魔物スールを見る限り、真・暴走・複合発露に至った聖女の力で彼の目的は果たされたと見ていいだろう。
その事実を示すように、テネシス改めロトは俺の問いかけに黙って頷く。
それから彼は、人だかりの一番手前にいた男女を振り返って口を開いた。
「じゃあ、父さん、母さん。俺は行くよ」
「…………ああ」
「ロト、体に気をつけてね」
「それは俺の台詞だよ、母さん。……父さんも元気で」
子供の頃に戻ったように、幼い表情と共に苦笑気味に応じるロト。
その姿にまた複雑な気持ちを呼び起こされる。
母のため、父のため。大切な存在のために。たとえ悪をなしてでも意思を貫く。
そういったあり方を理解してしまう部分も心の内に全くないとは言えない。
もっとも。美化なく経緯を聞かされたらしい彼の両親が罪悪感を滲ませているのを見ると、もう少しスマートなやり方があったのではないかとは思うけれども。
協力を求められれば、ヒメ様達なら無下にはしなかったはずだし。
その辺りはサバイバーズ・ギルト的な視野狭窄もあったのかもしれない。
「……トラレ、転移を頼む」
「うん」
そんなことを考えていると、ロトは後ろに控えていた少女化魔物に声をかけた。
どうやら彼女こそ、幾度となく捕縛を妨げてきた転移の力の持ち主のようだ。
そして俺達は、ロトに与してきた他の少女化魔物達やラクラちゃん達と共に、トラレと呼ばれた少女化魔物の複合発露で学園都市トコハに戻り……。
「ロト・フェイロックだな」
「……ああ」
彼はそこで、恐らくアコさんの指示で待ち構えていた警察によって拘束された。
少しの抵抗もなく。まるで肩の荷が下りたとでも言うように。
そのまま連れていかれた彼の表情はかつてなく晴れやかで、その姿を見送った俺はどこか勝ち逃げされたかのような妙な感覚を抱いたのだった。
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