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第6章 終末を告げる音と最後のピース

301 彼らの行く先

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「さあ、一歩間違えれば街の住人達が砕けて散るぞ! 救世の転生者!」

 学園都市トコハの繁華街上空にその巨躯を留まらせながら、眼下に残された無数の石像に向けて土を押し固めたような塊を幾度もばら撒くテネシス。
 相対する俺は、循環共鳴状態の風の刃を放って全て粉微塵に切り刻み、一片たりとも石と化した人々に到達しないように防ぎ続けた。
 それらはゴルゴーンの少女化魔物ロリータの力によって生成された石塊ではない。
 ベヒモスの少女化魔物ムートが有する複数の力の内の一つによるものだ。
 故に、もし石像に命中してしまえば粉々に打ち砕かれること間違いない。
 万が一そうなった状態で石化を解除されでもしたら、即死は当然として、目も当てられないような悲惨な状態になってしまうことだろう。

「この、卑怯者めっ!!」

 そのような人質を利用した戦法を躊躇なく実行に移している相手には、何ら響かない言葉だとは分かっている。こちらの苦しさを示すだけだとも。
 だが、真実苦しいからこそ俺は非難せずにはいられなかった。

「恥ずかしいと思わないのかっ!?」
「目的を果たすためなら、俺は何と言われようと構わん」

 俺の問いかけを簡潔な言葉で一蹴したテネシスは、当然と言うべきか、全く堪えた様子を見せることなく攻撃を継続する。
 防戦一方の苦しい状況には僅かたりとも変化が生じない。
 ……とは言え、彼らは本気で街の住人達を殺すつもりなどないはずだ。
 何故なら、特異思念集積体コンプレックスユニークと謳われるベヒモスの力ならば、やろうと思えば土の塊を一々作り出さずとも直接石像を破壊することぐらい造作もないからだ。
 勿論、だからと言って俺が何もせずに攻撃を見送ったりしたら、石像は容赦なく砕かれることになるだろう。
 テネシスは、俺に防がれることまで考慮に入れた上で、救世の転生者をこの場に釘づけにするために絶妙に加減した攻撃を繰り返しているのだ。

「その目的とやらは、こんな非道な真似をしてまで果たさなきゃいけないものなのかっ!? それでお前は満足なのかっ!?」
「無論」

 糾弾に近い俺の問いかけにも、テネシスは少しも揺らぐことなく一言で返す。
 確固たる信念。いや、どこか狂気の気配も感じられるそれは、視野狭窄の果ての境地とても言った方がいいだろうか。
 だが、その目的とやらの中に俺の命を奪うことは入っていないようだ。
 幾人もの人質を取っている以上、全ての複合発露エクスコンプレックスを解除して無防備に攻撃を受けろ、と脅迫することも決して不可能ではない。
 しかし、彼らとしても最凶の人形化魔物ピグマリオン【ガラテア】へのカウンターである救世の転生者を、正に終局が迫るさ中に失わせるような真似は避けたいに違いない。
 人間至上主義組織とて進んで世界を滅ぼしたい訳ではないのだから。
 つまるところ彼の言う通り、全ては時間稼ぎに過ぎない。
 しかし、そうと分かっていても状況を打開する術はなく、そうと分かっているだけに尚のこと焦燥が募る。
 ここが彼らの目的において本命ではないことも確定しているから尚更だ。

「レンリ……」

 恐らく、その本命。トリリス様の力によって建物が取り払われたホウゲツ学園。
 テネシスの攻撃への対処に追われ、あちらの状況を正確に把握することはできないが、それでも視界の端には二体の巨躯が対峙する様が映っている。
制海アビィサル神龍ヴォーテクス轟渦インカーネイト〉を以って自らを巨大な蛇の如き竜と化したレンリと、ベヒモスとしての姿を顕現させたムート。
 本来ならば同じ三大特異思念集積体として正に互角であるはずの力。にもかかわらず、レンリはそんな相手に一方的にあしらわれていた。
 恐らく、あちらにはセレスさん本人がいるのだろう。
 レンリもまた、彼女の〈不協調律ジャマークライ凶歌ヴァイオレント〉によって弱体化しているのだ。

「ちっ」

 本当なら今すぐにでも助けに行きたい。
 あそこにはレンリのみならず、夏休みが終わって再開された授業を受けていた弟達や聖女の教育を受けているラクラちゃんもいる。
 ついさっきセトがロナの複合発露を使用して巨大な竜と化していたのが一瞬だけ目に映ったことからしても、巻き込まれていることは間違いない。
 そこまでは分かるが、眼下の石化された人々を守るために意識の大部分を割いているため、あちらの細かい状況までは全く把握できていない。
 そのせいで悪い想像ばかりが脳裏に浮かぶ。
 それでも人質の存在がある以上、この場を離れることはできない。

「……調子が悪いながらも、さすがは救世の転生者だな。こうして人質を取っていなければ、俺のような凡人には足止めも到底できなかっただろうよ」

 そうした葛藤を俺の表情から読んだのか、テネシスが感心した口調で告げる。
 だが、この状況では煽られているようにしか感じない。

「凡人、だと? 謙遜も過ぎれば傲慢になるぞ」

 その救世の転生者をここまで封じ込めておきながら、よく言うものだと思う。
 単に人質があるだけでは決してこうはならない。
 彼自身に相応の力がなければ不可能だ。
 正直なところ、この人生において彼以上に厄介だと思った存在はいない。
 長期的に障害として立ち塞がっていることもそうだが……。
 何か別の意図を持った大きな流れと交差しているかのような、不可思議な感覚を抱かされてもいるからかもしれない。

「ふっ、救世の転生者にそのようなことを言われるとは、俺もそこまで捨てたものではないのかもしれないな。だが……所詮、俺は肝心な時に――」

 対してテネシスが自嘲するように何かを言いかけた正にその瞬間。
 ホウゲツ学園の傍で突如ムートがベヒモスとしての咆哮を上げた。
 山と見紛うようなその巨躯から発せられた、耳をつんざくような叫びが学園都市トコハ全体を震わせるように響き渡る。

「……合図か。また会おう、救世の転生者」
「待――」

 直後、話を打ち切ったテネシスはそう告げると、その場から転移の複合発露を用いて姿を消してしまった。
 先程までの狂騒が幻だったかのように、辺り一帯が静寂に包み込まれる。
 しかし、全て現実だったことを街中に残された石像がハッキリと示していた。
 その光景を見下ろしながら、砕けんばかりに奥歯を噛み締める。
 完全なる敗北としか言いようがない。
 俺はいいように抑え込まれ、被害ばかりが出てしまった。
 治安を維持する側は、それを乱す輩が実際に行動しなければ対処を始められないもので、常に後手に回らざるを得ないことは事実。
 被害をゼロにするというのは困難極まりない。
 だが、被害者を前にそんな言い訳はできない。面目次第もない。

「くそっ」

 とは言え、石化した被害者達を前に悔いていれば事態が解決する訳ではない。
 いずれにしても、この場に留まっていても仕方がないと俺は一先ずホウゲツ学園の状況を確認するために戻ることにした。

「これは……」

 全ての建物が取り払われた何もない平らな土地。
 そこには繁華街と同様に無数の石像が残されていた。
 その中心にはレンリとラハさんが佇んでいて、その近くには――。

「セト、ダン、トバル。それにトリリス様とディームさんまで……」

 弟達と、更には彼女達までもが石像となって乱雑に転がっていた。
 砕かれた石像に比べればマシな状態だが、目を覆いたくなる状況だ。
 被害は甚大としか言いようがない。
 それを防ぐことができなかった事実に、改めて無力感を抱く。

「旦那様、申し訳ありません。私の力が及ばず……」
「……いや、仕方がないさ。それを言ったら俺なんて奴らの術中に嵌まって、まんまと身動きが取れなくなっていた訳だからな」

 状況的に、レンリを責めるようなことはできない。
 それだけ彼らは用意周到に計画を練っていた。
 そのためだけに彼らは専念していた。
 あれもこれもと色々な問題に追われていた俺達を上回ってもおかしくはない。

「ですが、ラクラさんが拉致されてしまいました」
「な、何だってっ!? いや、何で、そんな……」
「戦いの中で彼女はユニコーンの少女化魔物と真性少女契約ロリータコントラクトを結んだのですが、どうやらそれこそが彼らの目的だったようです」

 俺の疑問に対するレンリの答えにハッとする。
 ユニコーンの少女化魔物と契約を結んだ者、即ち聖女。
 まさか、今回の事件は最初からそのために……?
 と言うか、あのラクラちゃんが本当に聖女になってしまうとは。
 驚愕から思考が勝手に巡るが、しかし、ここで考察していても何の進展もない。

「旦那様、これからどうなさいますか?」
「…………とりあえず、アコさんのところに向かおう」

 だから俺はレンリの問いにそう答え、彼女に影の中に入って貰うと特別収容施設ハスノハへと〈裂雲雷鳥イヴェイドソア不羈サンダーボルト〉を用いて一気に翔けた。
 すると、俺がそうすることを想定していたのか、その入り口には詰襟に羽織を羽織った少女が待ち構えていた。

「アコさん……」
「ああ。分かっているよ」

 俺の呟くような力のない呼びかけに、彼女は労わるように頷いて応える。
 それから即座に欲しい言葉を続けてくれた。

「大丈夫。彼らの行き先は分かっているからね。勿論、ラクラの居場所も、ね」

 それを聞いて少しだけ安堵する。
 俺が期待していた通り、彼女は遠方からテネシスやムートの姿を確認して彼らの真の目的を全て把握することができていたようだ。

「彼らの本当の望みと併せて、今教えて上げるよ」

 そうしてアコさんの口からテネシス達の真実を聞かされた後。
 俺達は彼女に見送られ、ラクラちゃんの元へと向かうために特別収容施設ハスノハを後にしたのだった。
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