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第6章 終末を告げる音と最後のピース
306 傍に
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「主様、このままでは危険です」
絨毯爆撃の如く空から降り注ぐ氷の杭は、時間を追うごとに威力が増していく。
それは若干ながらも俺達を傷つけるに足るレベルにまで至っていて、さすがのアスカも余裕をなくしたように注意を促してくる程だった。
「あのセイレーンもどきー、増え過ぎなのですー」
複合発露を用いて生成した土柱で無数の氷を防ぐと共に周囲を飛び回るそれを粉砕しながら告げたムートの雰囲気もまた、間延びした口調に反して極めて険しい。
その元凶。フェリトの〈共鳴調律・想歌〉の力を有した始祖スライムの分裂体達は、絶え間なく増殖を続けて今や辺り一帯を覆い尽くす程になっていた。
まるで蝗害の時のバッタのような様相だ。
流体的な外見のおかげで、それよりは幾分かマシな光景ではあるが……。
いずれにしても。塵も積もれば山となると言わんばかりに数の力で循環共鳴を幾重にも積み重ねた始祖スライムは、俺達を脅かし得る存在に成り果てていた。
いくら特異思念集積体とは言え、分類上は単なる魔物にもかかわらず。
「あー、もうー、鬱陶しいのですー。何でこんなに増えているのですかー。地上からでは全容も分からないぐらいなのですー」
「……多分〈支天神鳥・煌翼〉の力で巨大化可能な分全てを分裂体のリソースにしているんだろう。再生力もあるせいで、倒しても倒しても補充されていっている」
忌々しげなムートの問いかけに平静を装いながら確度の高い推測を口にする。
救世の転生者と三大特異思念集積体全員に始祖スライムが対抗するには、出力の向上が必要不可欠だ。これ以外にない妙手と言えなくもない。
勿論、こちらが即時討伐を目的としていない前提があってこその話ではあるが。
どちらにせよ、この分裂体を倒すだけでは根本的な解決には至らないのは間違いない。結局のところ、本体を狙わなければ埒が明かない。
とは言え――。
「ですが、削り取らなければ時間が経過するごとに始祖スライムの力が増していくだけです。一時的にせよ、倒せばその部分だけはリセットすることができます」
周囲の小型セイレーンもどきを各々のやり方で消滅させていく中でラハさんが冷静に告げた通り、それを怠れば一気に不利な状況に追い込まれてしまうだろう。
ただ、夥しい数のそれはかなり広範囲にわたって存在しているようで、倒し続けても焼け石に水のような状態になってしまっている感もある。
と言うのも、外輪の部分にまでこちらの攻撃が届いていないが故に、循環共鳴を継続している個体も存在し、そのせいで威力は今も尚増大を続けているからだ。
近いところの分裂体は殲滅しているので、その速度は若干抑えられているが。
ならばと外輪を狙おうにも、その前に素早く補充されて駆除に追われる。
「……このままだとジリ貧だな。ここらで状況を変えないと」
俺達の目的は始祖スライムに取り込まれたリクルを取り戻すこと。
分裂体に対処しているだけでは、そのための手を打てるような状況にならない。
何にしても、この分裂体が邪魔だ。しかし……。
「このセイレーンもどきもー、耐久力が上がってきているのですー」
循環共鳴によって、この流体の翼人の方もまた〈支天神鳥・煌翼〉の身体強化的な効果の恩恵を受けて強固になってきているようだ。
まだ倒せない程ではないが、ムート達の殲滅速度が徐々に落ちてきている。
余計、外輪にいるそれらに辿り着くのが困難になる。
こうなると循環共鳴の効果が高まる一方だ。
更に分裂体が倒し辛くなって……と悪循環に陥ってしまう。
あれこれと考えている暇はない。だから――。
「フェリト、すまないけど全力で頼む」
「分かったわ。本家本元の力、見せてやりましょ」
俺はフェリトにそう呼びかけ、彼女はそれに快く応じて己の力を発現させた。
それに伴い、俺もまた彼女の力を用いて互いに循環共鳴状態に入る。
全力。即ち、相手方の増幅速度に負けないようにフェリトには自ら狂化隷属の矢を使用して貰い、初っ端から真・暴走・複合発露まで強化した上でだ。
「サユキ!」
「うん!」
同時に、彼女にもフェリトと同様に己の力の底上げをして貰う。
場合によっては長期戦もあり得るので、アスカの強化は温存だ。
「三人共、一旦分裂体を一掃する! 後から湧いてくる奴らは任せた!」
「任されましてございまする」
「いいでしょう」
「了解ですー。時間稼ぎですねー」
三者三様な彼女達の返答に小さく頷くと、俺は〈裂雲雷鳥・不羈〉を以って一気に上空の始祖スライム本体の方へと翔け上がった。
対する流体の鳥は氷の杭をばら撒いて迎撃しようとするが、さすがに雷速に近い俺を捉えることは不可能。
その全てを置き去りにするように最小限の動きで回避すると共に、始祖スライムの脇を通り抜けて更に高度を上げる。
「防御をっ!」
高高度から全ての分裂体を視界に収めながら、地上の三人に合図を出した直後。
俺は循環共鳴で大幅に強化された〈万有凍結・封緘〉を以って一帯を凍結した。
中心にはドーム状に隆起した氷漬けの土があり、三人が退避したことが分かる。
だから俺は即座に氷漬けにした全てを粉々に砕け散らせ、氷と共に凝固していた流体のセイレーンもどき達を一網打尽にした。
「よし」
これで一旦、リセットがかかるはず。
後は地上の三人に任せておけば、ある程度の猶予は得られるだろう。
俺が抜けても始祖スライムの強化は一定を維持した状態に抑えられるはずだ。
「リクル!!」
その隙に始祖スライムの傍に改めて接近し、中にいるはずの彼女に干渉せんと叫ぶ。が、やはり変化はなく、対象は防衛本能のままに氷の杭を放ってくる。
「リクル! 返事をしてくれ!」
それでも尚、叫び続けるが、徐々に焦燥が強くなる。
あるいはリクルの欠片のようなものは残っていても、既に意思と呼べるものは消え去ってしまっているのではないか。そんな危惧が脳裏を過ぎる。
「リクルちゃん。もう、いなくなっちゃったの?」
同じことを思ったのか、サユキが悲しげに呟く。
基本的にマイペースで俺以外のことにほとんど興味のない彼女だが、身内であるリクルに対しては親愛の情があることは間違いない。
そんなサユキのためにも自分自身のためにも諦めたくはないと弱気な想像は頭の片隅に追いやって、何か見落としはないかと始祖スライム本体を注視する。
すると――。
「あの部分、何か変だな」
絶え間なく対流している始祖スライムの体内。
その流れの中に一部不自然なところがあった。
そこに目を凝らすと青みがかった透明の中に、透明度の極めて低い濃い青の部分があって、内部に何やら異物が見て取れる。
しかも見覚えのある形状だ。
「腕輪と、短刀?」
何年も前の話。雪妖精の魔物だった頃のサユキにプレゼントを贈る際に、ついでのように渡した液体が幾重にも捻じれて輪っかになったような腕輪。
三ヶ月程前。皆で出かけた際に、お守りとして俺から送った黒塗りの懐剣。
透明な部分はそれらを排除しようという流れを作っており、透明度の低い濃い青は留めようとしているように流れを妨害し続けている。
明確な意思を感じないという方が不自然だろう。
「そうか。抗っているんだな。リクル」
そこに彼女の心が確かに残されていることを感じ取り、僅かに生じつつあった弱気は完全に霧散する。
同時に、彼女自身の意思を頼みにした不確実な方法を、微々たるものではあるものの手助けすることができるかもしれない一つの手段を思いつく。
「今、傍に行くぞ。一緒に、抗おう」
そして俺は、彼女とのか細い絆たる複合発露〈如意鋳我〉を発動させた。
始祖スライムがリクルを通じて俺と彼女の力を扱えるのなら、俺もまたリクルを通じて始祖スライムの力を真似ることができるはず。
今や彼女は少女化魔物リクルであり、始祖スライムの一部でもあるのだから。
故に俺は己の体をスライムに近い状態へと変化させながら、氷の杭を掻い潜って始祖スライム本体の中へと自らを取り込ませるように突っ込んだのだった。
絨毯爆撃の如く空から降り注ぐ氷の杭は、時間を追うごとに威力が増していく。
それは若干ながらも俺達を傷つけるに足るレベルにまで至っていて、さすがのアスカも余裕をなくしたように注意を促してくる程だった。
「あのセイレーンもどきー、増え過ぎなのですー」
複合発露を用いて生成した土柱で無数の氷を防ぐと共に周囲を飛び回るそれを粉砕しながら告げたムートの雰囲気もまた、間延びした口調に反して極めて険しい。
その元凶。フェリトの〈共鳴調律・想歌〉の力を有した始祖スライムの分裂体達は、絶え間なく増殖を続けて今や辺り一帯を覆い尽くす程になっていた。
まるで蝗害の時のバッタのような様相だ。
流体的な外見のおかげで、それよりは幾分かマシな光景ではあるが……。
いずれにしても。塵も積もれば山となると言わんばかりに数の力で循環共鳴を幾重にも積み重ねた始祖スライムは、俺達を脅かし得る存在に成り果てていた。
いくら特異思念集積体とは言え、分類上は単なる魔物にもかかわらず。
「あー、もうー、鬱陶しいのですー。何でこんなに増えているのですかー。地上からでは全容も分からないぐらいなのですー」
「……多分〈支天神鳥・煌翼〉の力で巨大化可能な分全てを分裂体のリソースにしているんだろう。再生力もあるせいで、倒しても倒しても補充されていっている」
忌々しげなムートの問いかけに平静を装いながら確度の高い推測を口にする。
救世の転生者と三大特異思念集積体全員に始祖スライムが対抗するには、出力の向上が必要不可欠だ。これ以外にない妙手と言えなくもない。
勿論、こちらが即時討伐を目的としていない前提があってこその話ではあるが。
どちらにせよ、この分裂体を倒すだけでは根本的な解決には至らないのは間違いない。結局のところ、本体を狙わなければ埒が明かない。
とは言え――。
「ですが、削り取らなければ時間が経過するごとに始祖スライムの力が増していくだけです。一時的にせよ、倒せばその部分だけはリセットすることができます」
周囲の小型セイレーンもどきを各々のやり方で消滅させていく中でラハさんが冷静に告げた通り、それを怠れば一気に不利な状況に追い込まれてしまうだろう。
ただ、夥しい数のそれはかなり広範囲にわたって存在しているようで、倒し続けても焼け石に水のような状態になってしまっている感もある。
と言うのも、外輪の部分にまでこちらの攻撃が届いていないが故に、循環共鳴を継続している個体も存在し、そのせいで威力は今も尚増大を続けているからだ。
近いところの分裂体は殲滅しているので、その速度は若干抑えられているが。
ならばと外輪を狙おうにも、その前に素早く補充されて駆除に追われる。
「……このままだとジリ貧だな。ここらで状況を変えないと」
俺達の目的は始祖スライムに取り込まれたリクルを取り戻すこと。
分裂体に対処しているだけでは、そのための手を打てるような状況にならない。
何にしても、この分裂体が邪魔だ。しかし……。
「このセイレーンもどきもー、耐久力が上がってきているのですー」
循環共鳴によって、この流体の翼人の方もまた〈支天神鳥・煌翼〉の身体強化的な効果の恩恵を受けて強固になってきているようだ。
まだ倒せない程ではないが、ムート達の殲滅速度が徐々に落ちてきている。
余計、外輪にいるそれらに辿り着くのが困難になる。
こうなると循環共鳴の効果が高まる一方だ。
更に分裂体が倒し辛くなって……と悪循環に陥ってしまう。
あれこれと考えている暇はない。だから――。
「フェリト、すまないけど全力で頼む」
「分かったわ。本家本元の力、見せてやりましょ」
俺はフェリトにそう呼びかけ、彼女はそれに快く応じて己の力を発現させた。
それに伴い、俺もまた彼女の力を用いて互いに循環共鳴状態に入る。
全力。即ち、相手方の増幅速度に負けないようにフェリトには自ら狂化隷属の矢を使用して貰い、初っ端から真・暴走・複合発露まで強化した上でだ。
「サユキ!」
「うん!」
同時に、彼女にもフェリトと同様に己の力の底上げをして貰う。
場合によっては長期戦もあり得るので、アスカの強化は温存だ。
「三人共、一旦分裂体を一掃する! 後から湧いてくる奴らは任せた!」
「任されましてございまする」
「いいでしょう」
「了解ですー。時間稼ぎですねー」
三者三様な彼女達の返答に小さく頷くと、俺は〈裂雲雷鳥・不羈〉を以って一気に上空の始祖スライム本体の方へと翔け上がった。
対する流体の鳥は氷の杭をばら撒いて迎撃しようとするが、さすがに雷速に近い俺を捉えることは不可能。
その全てを置き去りにするように最小限の動きで回避すると共に、始祖スライムの脇を通り抜けて更に高度を上げる。
「防御をっ!」
高高度から全ての分裂体を視界に収めながら、地上の三人に合図を出した直後。
俺は循環共鳴で大幅に強化された〈万有凍結・封緘〉を以って一帯を凍結した。
中心にはドーム状に隆起した氷漬けの土があり、三人が退避したことが分かる。
だから俺は即座に氷漬けにした全てを粉々に砕け散らせ、氷と共に凝固していた流体のセイレーンもどき達を一網打尽にした。
「よし」
これで一旦、リセットがかかるはず。
後は地上の三人に任せておけば、ある程度の猶予は得られるだろう。
俺が抜けても始祖スライムの強化は一定を維持した状態に抑えられるはずだ。
「リクル!!」
その隙に始祖スライムの傍に改めて接近し、中にいるはずの彼女に干渉せんと叫ぶ。が、やはり変化はなく、対象は防衛本能のままに氷の杭を放ってくる。
「リクル! 返事をしてくれ!」
それでも尚、叫び続けるが、徐々に焦燥が強くなる。
あるいはリクルの欠片のようなものは残っていても、既に意思と呼べるものは消え去ってしまっているのではないか。そんな危惧が脳裏を過ぎる。
「リクルちゃん。もう、いなくなっちゃったの?」
同じことを思ったのか、サユキが悲しげに呟く。
基本的にマイペースで俺以外のことにほとんど興味のない彼女だが、身内であるリクルに対しては親愛の情があることは間違いない。
そんなサユキのためにも自分自身のためにも諦めたくはないと弱気な想像は頭の片隅に追いやって、何か見落としはないかと始祖スライム本体を注視する。
すると――。
「あの部分、何か変だな」
絶え間なく対流している始祖スライムの体内。
その流れの中に一部不自然なところがあった。
そこに目を凝らすと青みがかった透明の中に、透明度の極めて低い濃い青の部分があって、内部に何やら異物が見て取れる。
しかも見覚えのある形状だ。
「腕輪と、短刀?」
何年も前の話。雪妖精の魔物だった頃のサユキにプレゼントを贈る際に、ついでのように渡した液体が幾重にも捻じれて輪っかになったような腕輪。
三ヶ月程前。皆で出かけた際に、お守りとして俺から送った黒塗りの懐剣。
透明な部分はそれらを排除しようという流れを作っており、透明度の低い濃い青は留めようとしているように流れを妨害し続けている。
明確な意思を感じないという方が不自然だろう。
「そうか。抗っているんだな。リクル」
そこに彼女の心が確かに残されていることを感じ取り、僅かに生じつつあった弱気は完全に霧散する。
同時に、彼女自身の意思を頼みにした不確実な方法を、微々たるものではあるものの手助けすることができるかもしれない一つの手段を思いつく。
「今、傍に行くぞ。一緒に、抗おう」
そして俺は、彼女とのか細い絆たる複合発露〈如意鋳我〉を発動させた。
始祖スライムがリクルを通じて俺と彼女の力を扱えるのなら、俺もまたリクルを通じて始祖スライムの力を真似ることができるはず。
今や彼女は少女化魔物リクルであり、始祖スライムの一部でもあるのだから。
故に俺は己の体をスライムに近い状態へと変化させながら、氷の杭を掻い潜って始祖スライム本体の中へと自らを取り込ませるように突っ込んだのだった。
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