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第6章 終末を告げる音と最後のピース
AR42 望んだ力はそこにある
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「結果から見れば、図らずも彼女は己が望んでいたものに手を伸ばすことのできる位置にいたことになる。勿論、だからと言って、その機会を掴み取ることができるかどうかは全く別の話だ。まあ、私達はそのような状況に至ることすらあり得ないと思っていたのだけれどね。いずれにしても――」
***
ドロドロに溶けていく。
少女の形をしていた私の体も、心さえも。
自分の意思に反して徐々に徐々に失われていく。
最初に視覚。次に聴覚と嗅覚。
味覚は……分からない。触角はむしろ鋭敏になったのかもしれない。
少女化魔物としてのそれとは全くの別物に変質してしまったけれども。
そんな中にあって。
「それ、だけは、駄目……ですっ」
私は音にならない声を発した。
常に身に着けていた腕輪と懐剣。ご主人様から貰った大切な宝物。
それらが溶け切った肉体から離れていきそうになっているのを感じ取り、希薄化して曖昧になりつつあった私の意識が僅かながら明瞭になった。
そして、その一点にのみ私に残された全てを集中させ、ドロドロの液体のようになった体を操って何とか流れを作り出す。
それによって、どうにかして腕輪と懐剣を近くに留めようとした。
「これは、私の……私の、大切な……」
しかし、この身を飲み込もうとする大きな何かが私の行動を阻もうとしている。
私が作った流れを妨げるように、新しい流れが生まれている。
それでも私は、最後の力を振り絞るように抗い続けた。
この二つが私から完全に離れた時。その時こそ、私という存在が終わりを告げる瞬間になるだろう。けれど、そうした意識は私の中にはほとんどなかった。
ただただ、私は大好きなご主人様との繋がり、絆の物理的な証とも言えるそれらを訳の分からないものに奪われたくなかった。
「う……」
とは言え、多分私の身に起こったこの現象はもっともっと大きな流れの中での出来事であり、多分それこそ世界そのものに許された事象なのだろう。
ちっぽけな一人の力で抗い続けられるようなものではない。
徐々に異なる流れに負けて、指輪と懐剣が遠ざかってしまいそうになる。
再び意識に靄がかかり始め、焦燥と諦観の入り混じった感情に囚われ始める。
そんなさ中。
「あ、う?」
少しだけ負担が軽減されて、僅かながら疑問を抱くだけの猶予が生まれた。
外敵にでも遭遇したのか、どうやら私を包むドロドロの何かは数えきれないぐらいの数に分裂し、そちらの制御に力の大部分が割かれているようだ。
おかげで私を束縛して消し去ろうという力が弱まっている。
けれども、これまでに試みた抵抗で私は既に大幅に消耗してしまった後。
どうにか大切な宝物を、胸に抱くように抱え込むのが関の山だった。
そして極々僅かな余裕は、余計なことを考えることにばかり使われる。
私は……何のために生まれてきたんだろう。
気づけばスライムの群れの中にいて。落ちこぼれとして苛められて。
少女化魔物となったことで居場所を追われて……。
それでも、ご主人様に救われて、ある程度は幸せにやってくることができた。
だから、ご主人様のために生まれてきたのだと信じたかった。
でも、私はいつしか周りの子と自分を比較して劣等感ばかり抱くようになった。
役に立つことができず、心の中で引け目を感じる日々。ご主人様は気にしなくていいと何度も言ってくれたけれど、私はどうしても納得できなかった。
そんな面倒臭い気持ちを明かした私を、ご主人様が一緒に解決しようと受け入れてくれた時は心がフッと軽くなった。けれど、その矢先に奈落の底。
やっぱり私は出来損ないのスライムに過ぎなかったのかもしれない。
救世の転生者たるご主人様の傍にいる資格のない役立たずでしかなかったのだ。
「――ル」
そうしたネガティブな思考ばかりが脳裏を駆け巡り、結局は諦観の渦に飲み込まれてしまう。それでも、せめて最後はこの宝物を抱いたまま終わりたい。
胎児のように小さくなり、思い出の中で意識を閉ざそうとする。
「――クルッ」
「え?」
そんな私を叱責するように、今一番聞きたい声が突然耳に届いた。
それだけに一瞬、幻聴か何かだと思ったけれど……。
「リクルッ!」
「ご主人、様……?」
ハッキリとその声が聞こえ、私は再び認識を開いた。
幻聴じゃない。と言うか、音でもない。
流体を通じて伝わってきているのだ。
視覚も聴覚も嗅覚も味覚も失われ、触角も少女化魔物としてのものとは大きく変質しながらも、液状となった肉体の残滓が温もりを仄かに感じ取る。
「しっかりしろっ!!」
ご主人様の強い呼びかけに、か細くなりつつあった少女契約の繋がりが少しだけ確かなものになったような気がした。
既にその機能も失われているけれど、涙が零れそうになる。
……けれど、それだけだった。
私の体には変化がないし、少しずつ少しずつ何かが削り取られていっている。
「ご主人様、助けて、です」
既に諦観に塗れていた私には、折角ご主人様の気配を感じることができても気持ちを立て直すことができず、弱々しく助けを求めることしかできなかった。
「……リクル。今の俺にはこうして呼びかけることしかできない。お前を救うことができるのは、お前自身だけだ」
対して、ご主人様は苦しげに言うと、私の置かれた状況を簡潔に口にした。
特異思念集積体始祖スライム。その欠片。そんな不完全な何かが私の正体。
最初から無意味な、存在とすら呼べないような不確かなものが私だったのだ。
そしてそれが辿る運命を聞き、絶望と共に納得の気持ちを抱いてしまう。
観測者の共通認識によって定められたあり方。
ここで終わるのが私の定めであり、だからこそ最後の最後までご主人様に迷惑をかけるばかりで他の皆のように役に立つことができなかったのだ、と。
「お別れ、なんですね」
だから、私は決定的な諦めと共に呟いた。
それに呼応するように再び意識が閉ざされていく。しかし――。
「違うっ!!」
ご主人様の魂から絞り出すような叫びに、ハッとして引き戻された。
「観測者の意思が理を定めるのなら、観測者の意思でその理を、運命を覆すことだってできるはずだ! だから願え! リクルッ! お前の本当の望みを!!」
「ご、ご主人様、でも……」
「救世の転生者である俺も願う! よく考えろっ! 今、お前の目の前にあるのは死の運命じゃないっ! お前が望んだ力だっ!!」
望んだ、力?
ご主人様の力強い言葉に導かれるように、少しだけ思考が回り出す。
視覚は閉ざされているけれど、目の前にあるのは欠片である私の本体。
即ち始祖スライム。
私はその一部だったからこそ、ご主人様と真正少女契約を結ぶこともできず、単なる第六位階では届かない高みにも昇ることができなかった。
なら、もし……もし私が、今にも始祖スライムに取り込まれそうな私が、逆に始祖スライムを取り込むことができたなら――。
「俺の役に立ちたいって言ってたなっ! だったら俺のために、リクル自身のために今この瞬間に手に入れろっ! そこにお前の望みを叶える全てがあるっ!!」
ご主人様の言う通り、私は私がかねてから望んでいたものになれる。
胸を張って大切な人の傍にいることができる!
「ご主人様、ご主人様っ!」
だから私は、大きな流れの中で弱々しく霧散しかけていた己の意思を必死にかき集め、ご主人様という存在を縁として。
宝物を守ることのみに固執することなく、自分自身の未来を掴むために。
「私は! ご主人様の役に立ちたいっ! ずっと傍にいたいっ! ですっ!!」
全ての流れを支配せんと全身全霊を懸けて願いを強く抱いたのだった。
そして私は……。
***
「今正に。彼女はここで得た力を以って君のために戦っている。その複合発露の効果は間違いなく彼女を、君を除いた個体として最強と言って差し支えない存在に押し上げた。ただ、それがこの期に及んで何の意味があるのか、申し訳ないけれど……私には、分からない」
***
ドロドロに溶けていく。
少女の形をしていた私の体も、心さえも。
自分の意思に反して徐々に徐々に失われていく。
最初に視覚。次に聴覚と嗅覚。
味覚は……分からない。触角はむしろ鋭敏になったのかもしれない。
少女化魔物としてのそれとは全くの別物に変質してしまったけれども。
そんな中にあって。
「それ、だけは、駄目……ですっ」
私は音にならない声を発した。
常に身に着けていた腕輪と懐剣。ご主人様から貰った大切な宝物。
それらが溶け切った肉体から離れていきそうになっているのを感じ取り、希薄化して曖昧になりつつあった私の意識が僅かながら明瞭になった。
そして、その一点にのみ私に残された全てを集中させ、ドロドロの液体のようになった体を操って何とか流れを作り出す。
それによって、どうにかして腕輪と懐剣を近くに留めようとした。
「これは、私の……私の、大切な……」
しかし、この身を飲み込もうとする大きな何かが私の行動を阻もうとしている。
私が作った流れを妨げるように、新しい流れが生まれている。
それでも私は、最後の力を振り絞るように抗い続けた。
この二つが私から完全に離れた時。その時こそ、私という存在が終わりを告げる瞬間になるだろう。けれど、そうした意識は私の中にはほとんどなかった。
ただただ、私は大好きなご主人様との繋がり、絆の物理的な証とも言えるそれらを訳の分からないものに奪われたくなかった。
「う……」
とは言え、多分私の身に起こったこの現象はもっともっと大きな流れの中での出来事であり、多分それこそ世界そのものに許された事象なのだろう。
ちっぽけな一人の力で抗い続けられるようなものではない。
徐々に異なる流れに負けて、指輪と懐剣が遠ざかってしまいそうになる。
再び意識に靄がかかり始め、焦燥と諦観の入り混じった感情に囚われ始める。
そんなさ中。
「あ、う?」
少しだけ負担が軽減されて、僅かながら疑問を抱くだけの猶予が生まれた。
外敵にでも遭遇したのか、どうやら私を包むドロドロの何かは数えきれないぐらいの数に分裂し、そちらの制御に力の大部分が割かれているようだ。
おかげで私を束縛して消し去ろうという力が弱まっている。
けれども、これまでに試みた抵抗で私は既に大幅に消耗してしまった後。
どうにか大切な宝物を、胸に抱くように抱え込むのが関の山だった。
そして極々僅かな余裕は、余計なことを考えることにばかり使われる。
私は……何のために生まれてきたんだろう。
気づけばスライムの群れの中にいて。落ちこぼれとして苛められて。
少女化魔物となったことで居場所を追われて……。
それでも、ご主人様に救われて、ある程度は幸せにやってくることができた。
だから、ご主人様のために生まれてきたのだと信じたかった。
でも、私はいつしか周りの子と自分を比較して劣等感ばかり抱くようになった。
役に立つことができず、心の中で引け目を感じる日々。ご主人様は気にしなくていいと何度も言ってくれたけれど、私はどうしても納得できなかった。
そんな面倒臭い気持ちを明かした私を、ご主人様が一緒に解決しようと受け入れてくれた時は心がフッと軽くなった。けれど、その矢先に奈落の底。
やっぱり私は出来損ないのスライムに過ぎなかったのかもしれない。
救世の転生者たるご主人様の傍にいる資格のない役立たずでしかなかったのだ。
「――ル」
そうしたネガティブな思考ばかりが脳裏を駆け巡り、結局は諦観の渦に飲み込まれてしまう。それでも、せめて最後はこの宝物を抱いたまま終わりたい。
胎児のように小さくなり、思い出の中で意識を閉ざそうとする。
「――クルッ」
「え?」
そんな私を叱責するように、今一番聞きたい声が突然耳に届いた。
それだけに一瞬、幻聴か何かだと思ったけれど……。
「リクルッ!」
「ご主人、様……?」
ハッキリとその声が聞こえ、私は再び認識を開いた。
幻聴じゃない。と言うか、音でもない。
流体を通じて伝わってきているのだ。
視覚も聴覚も嗅覚も味覚も失われ、触角も少女化魔物としてのものとは大きく変質しながらも、液状となった肉体の残滓が温もりを仄かに感じ取る。
「しっかりしろっ!!」
ご主人様の強い呼びかけに、か細くなりつつあった少女契約の繋がりが少しだけ確かなものになったような気がした。
既にその機能も失われているけれど、涙が零れそうになる。
……けれど、それだけだった。
私の体には変化がないし、少しずつ少しずつ何かが削り取られていっている。
「ご主人様、助けて、です」
既に諦観に塗れていた私には、折角ご主人様の気配を感じることができても気持ちを立て直すことができず、弱々しく助けを求めることしかできなかった。
「……リクル。今の俺にはこうして呼びかけることしかできない。お前を救うことができるのは、お前自身だけだ」
対して、ご主人様は苦しげに言うと、私の置かれた状況を簡潔に口にした。
特異思念集積体始祖スライム。その欠片。そんな不完全な何かが私の正体。
最初から無意味な、存在とすら呼べないような不確かなものが私だったのだ。
そしてそれが辿る運命を聞き、絶望と共に納得の気持ちを抱いてしまう。
観測者の共通認識によって定められたあり方。
ここで終わるのが私の定めであり、だからこそ最後の最後までご主人様に迷惑をかけるばかりで他の皆のように役に立つことができなかったのだ、と。
「お別れ、なんですね」
だから、私は決定的な諦めと共に呟いた。
それに呼応するように再び意識が閉ざされていく。しかし――。
「違うっ!!」
ご主人様の魂から絞り出すような叫びに、ハッとして引き戻された。
「観測者の意思が理を定めるのなら、観測者の意思でその理を、運命を覆すことだってできるはずだ! だから願え! リクルッ! お前の本当の望みを!!」
「ご、ご主人様、でも……」
「救世の転生者である俺も願う! よく考えろっ! 今、お前の目の前にあるのは死の運命じゃないっ! お前が望んだ力だっ!!」
望んだ、力?
ご主人様の力強い言葉に導かれるように、少しだけ思考が回り出す。
視覚は閉ざされているけれど、目の前にあるのは欠片である私の本体。
即ち始祖スライム。
私はその一部だったからこそ、ご主人様と真正少女契約を結ぶこともできず、単なる第六位階では届かない高みにも昇ることができなかった。
なら、もし……もし私が、今にも始祖スライムに取り込まれそうな私が、逆に始祖スライムを取り込むことができたなら――。
「俺の役に立ちたいって言ってたなっ! だったら俺のために、リクル自身のために今この瞬間に手に入れろっ! そこにお前の望みを叶える全てがあるっ!!」
ご主人様の言う通り、私は私がかねてから望んでいたものになれる。
胸を張って大切な人の傍にいることができる!
「ご主人様、ご主人様っ!」
だから私は、大きな流れの中で弱々しく霧散しかけていた己の意思を必死にかき集め、ご主人様という存在を縁として。
宝物を守ることのみに固執することなく、自分自身の未来を掴むために。
「私は! ご主人様の役に立ちたいっ! ずっと傍にいたいっ! ですっ!!」
全ての流れを支配せんと全身全霊を懸けて願いを強く抱いたのだった。
そして私は……。
***
「今正に。彼女はここで得た力を以って君のために戦っている。その複合発露の効果は間違いなく彼女を、君を除いた個体として最強と言って差し支えない存在に押し上げた。ただ、それがこの期に及んで何の意味があるのか、申し訳ないけれど……私には、分からない」
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