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第6章 終末を告げる音と最後のピース
307 最後のピース
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「私は! ご主人様の役に立ちたいっ! ずっと傍にいたいっ! ですっ!!」
始祖スライム本体の内部。
リクルとの少女契約を介して対象の能力を模倣し、体を半ば液体化することで同化するように入り込んだそこに彼女の心の底からの叫びが響き渡る。
その声が確かに耳に届いた瞬間、変動の余波を受けたように突如として液体化を保てなくなった俺は、始祖スライム本体から外へと急速に弾き出された。
「くっ」
浮遊感と共に流体となっていた肉体が散らばりそうになる中。
即座に複合発露〈如意鋳我〉を解除しながら、始祖スライムとアスカ達が暴れたせいで広い空き地ができてしまったアマゾン熱帯雨林に降り立つ。すると――。
「どうやらー、うまくいったようですねー」
傍に駆け寄ってきたムートが、三割増しぐらいの間延びした口調で言った。
先程までは確かにあった緊迫感が薄れている。
周囲を見回すと、あれだけいた分裂体、セイレーンもどき達は消え去っていた。
どうやら彼女は、その状況を以って俺の目的が果たされたと判断したようだ。
しかし、まだ確定した訳ではない。
ムートへの返事は保留にして、遅れて空から落下してきたものに目を向ける。
「……リクル、か?」
巨大な液滴のようなその物体は、地面に激突しながらも弾力による変形に全てのエネルギーを消費して一塊を保ち、それから徐々に形を変形させていく。
やがてそれは俺の呼びかけに応じるように少女の形を、先程までの始祖スライムのような溶けかかったそれではない見覚えのある真っ当な女の子の形となった。
そして――。
「はいです! スライム改め始祖スライムの少女化魔物リクル。ご主人様との未来のために生まれ変わりました、です!」
彼女は朗らかな笑みと共に、そう元気よく告げた。
行方不明となる前にあった憂慮のようなものは、もはや微塵も感じられない。
全ての悩みから解放されたかのような晴れやかな顔だ。
その姿にようやくリクルを取り戻すことができた実感を抱き、俺もまた彼女に釣られるように自然と表情が和らいだ。
リクルが行方不明になって以来、常に心にのしかかっていた重荷が全て取り払われたかのようだ。解放感の大きさの余り、力が抜けそうになる。
「よかった……」
「わわっ、ご、ご主人様?」
へたり込まないように耐えながら深い安堵と共に呟いた俺は、彼女の傍に歩み寄って華奢なその体を強く抱き締めた。
対するリクルは少し戸惑ってあたふたしたようだったが、俺が離さずにいるとおずおずと手を腰に回してきて、彼女の方からも力を込めてきた。
嬉しそうな微笑みを愛らしい顔に浮かべながら。
「ご主人様、今度こそ私と真正少女契約を結んで下さい! です!」
そしてリクルは、躊躇いも気負いも何もない全くの自然体で続けた。
俺と死を一方的に共有することになるそれ。
理解していない訳ではなく、十分に理解していながら。
彼女にとって、そうすることが当たり前であるかのように。
事実。そうできない己に悩み続けてきたリクルには渇望の瞬間に違いない。
「ああ。勿論」
そんな長らく積み重ねてきたリクルの強い想いをくみ取り、改めて「本当にいいのか」などとは尋ねる無粋な真似はせずに頷いてから、一旦体を離す。
それから俺は、一つ軽く咳払いをしてから口を開いた。
「じゃあ……ここに我、イサク・ファイム・ヨスキと少女化魔物たるリクルとの真なる契約を執り行う。リクル。汝は我と共に歩み、死の果てでさえも同じ世界を観続けると誓うか?」
「はい! 誓いますですっ!!」
真正少女契約の定型文の問いかけに対し、喜びの声と共に即答するリクル。
正にその瞬間。
「あっ……」
彼女はより確かな観測者へと昇華され、その感覚の変化に大きく目を見開いた。
それは今度こそ真正少女契約を結ぶことができた明確な証拠であり、リクルは感極まったように目に涙を浮かべながら今度は彼女の方から抱き着いてくる。
俺は体当たりするようなその勢いを正面から受け止め、強く頬を擦りつけてくるリクルの背中をポンポンと宥めるように軽く叩いた。
「主様、リクル殿。よかったでありまするな」
と、アスカのしみじみとした呟きが耳に届き、ハッとして周りを見回す。
完全にリクルのことしか目に入っていなかった。
まあ、見られて困るようなことは何もしていないけれども、少し恥ずかしい。
しかし、リクルはそれすら気づかず、全力で抱き着いたままだ。
彼女はこのままにしておいてあげよう。
そうした俺達の姿を見て素直に嬉しそうなのはアスカだけだった。
ムートはいつもの笑顔に何だかからかうような気配を滲ませているので、スルーしておく。対照的に、ラハさんは割とどうでもよさそうな冷めた顔だ。
とは言え、二人は俺の依頼をわざわざ請け負って、こんなところまで同行してくれた相手なので文句を言うつもりはない。
彼女達がどういうモチベーションで行動したにせよ、リクルのために協力してくれたことには深く感謝しなければ。そう考えて頭を下げる。
「三人共、ありがとう。助かった」
もしも分裂体を放置していたら、始祖スライム本体の強さが増すばかりで、恐らくリクルが逆に乗っ取ることもできなかっただろう。
三大特異思念集積体勢揃いというこの類稀な状況でもなければ、彼女を取り戻すことは不可能だったに違いない。
「礼はいいのですー。救世の転生者として使命を果たしてくれさえすればー」
「ワタクシは報酬を要求しておきましょう。レンリの望みを叶えて下さい。意思の力で運命を覆すことができると言うのなら」
「……分かりました」
俺の礼に対し、各々の形で応じるムートとラハさん。
陸海空。それぞれを司る彼女達が協力すれば、今回のように何ら手がかりのない対象を探し出すこともできる。実体があれば探せないものはないだろう。
即ち最凶の人形化魔物【ガラテア】の居場所を特定することができるのも時間の問題ということであり……最終決戦は間近ということになる。
救世の転生者という特殊な存在に依ることなく世界を救う方法を見つけ出したいレンリとしては、その前にどうにかしたいところだろう。
俺としても、ラハさんに対価として要求されるまでもなく、そうできるのであればそうしたい。解決手段が一つしかない状況は危険極まりなくて心配だ。
生まれて二十年弱。
滅んで欲しくないと思う程度にはこの世界には愛着がある。大切な人もいる。
周期的に世界に危機が訪れるような状況は看過できない。
人口増加によって破綻しかけているとなれば尚更だ。
そして……俺の頭の中には朧気ながら、これまでの様々な経験から可能性がありそうな方法が思い浮かびつつあった。
本格的に【ガラテア】の捜索に入る前に一度レンリと、それと彼女と話をしなければならないと思っていたところだ。
「じゃあ、帰りましょうか」
そんなことを考えながら、ホウゲツへの帰途につく。
真っ直ぐ学園都市トコハへと翔けていき……。
「ではまた会いましょー」
まず特別収容施設ハスノハに寄ってアコさんに報告すると共にムートと別れ、ラハさんも一緒にホウゲツ学園へと戻る。
「ワタクシはこれで。レンリを呼んできます」
敷地に入ってすぐに去っていったラハさんの背を見送り、職員寮の自室に戻ってしばらく待つとレンリの駆けてくる足音が聞こえてきた。
ラハさんとセト達の護衛を交代してきたのだろう。
勢いよく部屋の中に入ってきた彼女は、リクルの姿を目にして胸に手を当てながらホッと息を吐いた。本心から喜んでくれていることが伝わってくる。
「リクルさん……よかったです……」
しかし、そう呟いたレンリは、打って変わって申し訳なさそうに俯いた。
「その、私、本当はもっと早くリクルさんのこと……」
その口から零れた中途半端な懺悔の言葉に、何となく事情を察する。
「いいんだ。レンリも悩んでいたんだろ?」
きっと彼女は、もっと早い段階で真実を知ってしまっていたのだろう。
その上で過去の事例から救うことができないと判断し、そのことを伝えることで俺達が苦しめてしまうのではないかと憂えていたに違いない。
勿論、それで実際にリクルを救えなかったなら少しは思うところもあったかもしれないが、今となっては彼女の優しさと苦悩を冷静に受け止めることができる。
とは言え、不可能と思われていることを可能にしようとしている彼女だけに、一言ぐらいは言っておかなければならない。
「リクルを救うこと。レンリは不可能だと思ってしまったんだろう? けど、実際は不可能じゃなかった。観測者の観測に絶対はないってことだ」
そう。救世の転生者でなければ救世を果たせないという事実も含めて。
そうした含意に気づいたのか、レンリは表情を引き締めて「はい」と頷いた。
割とこじつけ気味の理屈でも、己の中にあった不可能が覆った事実は彼女にとって小さくも確かな希望となったことだろう。
俺もまた、この世界の一つの真理に至ったような気がする。
だからこそ俺は、そんなレンリに頷きを返し……。
「それでレンリ。それとイリュファ。少し話したいことがあるんだけど――」
俺達の明日をよりよいものにするために口を開いたのだった。
始祖スライム本体の内部。
リクルとの少女契約を介して対象の能力を模倣し、体を半ば液体化することで同化するように入り込んだそこに彼女の心の底からの叫びが響き渡る。
その声が確かに耳に届いた瞬間、変動の余波を受けたように突如として液体化を保てなくなった俺は、始祖スライム本体から外へと急速に弾き出された。
「くっ」
浮遊感と共に流体となっていた肉体が散らばりそうになる中。
即座に複合発露〈如意鋳我〉を解除しながら、始祖スライムとアスカ達が暴れたせいで広い空き地ができてしまったアマゾン熱帯雨林に降り立つ。すると――。
「どうやらー、うまくいったようですねー」
傍に駆け寄ってきたムートが、三割増しぐらいの間延びした口調で言った。
先程までは確かにあった緊迫感が薄れている。
周囲を見回すと、あれだけいた分裂体、セイレーンもどき達は消え去っていた。
どうやら彼女は、その状況を以って俺の目的が果たされたと判断したようだ。
しかし、まだ確定した訳ではない。
ムートへの返事は保留にして、遅れて空から落下してきたものに目を向ける。
「……リクル、か?」
巨大な液滴のようなその物体は、地面に激突しながらも弾力による変形に全てのエネルギーを消費して一塊を保ち、それから徐々に形を変形させていく。
やがてそれは俺の呼びかけに応じるように少女の形を、先程までの始祖スライムのような溶けかかったそれではない見覚えのある真っ当な女の子の形となった。
そして――。
「はいです! スライム改め始祖スライムの少女化魔物リクル。ご主人様との未来のために生まれ変わりました、です!」
彼女は朗らかな笑みと共に、そう元気よく告げた。
行方不明となる前にあった憂慮のようなものは、もはや微塵も感じられない。
全ての悩みから解放されたかのような晴れやかな顔だ。
その姿にようやくリクルを取り戻すことができた実感を抱き、俺もまた彼女に釣られるように自然と表情が和らいだ。
リクルが行方不明になって以来、常に心にのしかかっていた重荷が全て取り払われたかのようだ。解放感の大きさの余り、力が抜けそうになる。
「よかった……」
「わわっ、ご、ご主人様?」
へたり込まないように耐えながら深い安堵と共に呟いた俺は、彼女の傍に歩み寄って華奢なその体を強く抱き締めた。
対するリクルは少し戸惑ってあたふたしたようだったが、俺が離さずにいるとおずおずと手を腰に回してきて、彼女の方からも力を込めてきた。
嬉しそうな微笑みを愛らしい顔に浮かべながら。
「ご主人様、今度こそ私と真正少女契約を結んで下さい! です!」
そしてリクルは、躊躇いも気負いも何もない全くの自然体で続けた。
俺と死を一方的に共有することになるそれ。
理解していない訳ではなく、十分に理解していながら。
彼女にとって、そうすることが当たり前であるかのように。
事実。そうできない己に悩み続けてきたリクルには渇望の瞬間に違いない。
「ああ。勿論」
そんな長らく積み重ねてきたリクルの強い想いをくみ取り、改めて「本当にいいのか」などとは尋ねる無粋な真似はせずに頷いてから、一旦体を離す。
それから俺は、一つ軽く咳払いをしてから口を開いた。
「じゃあ……ここに我、イサク・ファイム・ヨスキと少女化魔物たるリクルとの真なる契約を執り行う。リクル。汝は我と共に歩み、死の果てでさえも同じ世界を観続けると誓うか?」
「はい! 誓いますですっ!!」
真正少女契約の定型文の問いかけに対し、喜びの声と共に即答するリクル。
正にその瞬間。
「あっ……」
彼女はより確かな観測者へと昇華され、その感覚の変化に大きく目を見開いた。
それは今度こそ真正少女契約を結ぶことができた明確な証拠であり、リクルは感極まったように目に涙を浮かべながら今度は彼女の方から抱き着いてくる。
俺は体当たりするようなその勢いを正面から受け止め、強く頬を擦りつけてくるリクルの背中をポンポンと宥めるように軽く叩いた。
「主様、リクル殿。よかったでありまするな」
と、アスカのしみじみとした呟きが耳に届き、ハッとして周りを見回す。
完全にリクルのことしか目に入っていなかった。
まあ、見られて困るようなことは何もしていないけれども、少し恥ずかしい。
しかし、リクルはそれすら気づかず、全力で抱き着いたままだ。
彼女はこのままにしておいてあげよう。
そうした俺達の姿を見て素直に嬉しそうなのはアスカだけだった。
ムートはいつもの笑顔に何だかからかうような気配を滲ませているので、スルーしておく。対照的に、ラハさんは割とどうでもよさそうな冷めた顔だ。
とは言え、二人は俺の依頼をわざわざ請け負って、こんなところまで同行してくれた相手なので文句を言うつもりはない。
彼女達がどういうモチベーションで行動したにせよ、リクルのために協力してくれたことには深く感謝しなければ。そう考えて頭を下げる。
「三人共、ありがとう。助かった」
もしも分裂体を放置していたら、始祖スライム本体の強さが増すばかりで、恐らくリクルが逆に乗っ取ることもできなかっただろう。
三大特異思念集積体勢揃いというこの類稀な状況でもなければ、彼女を取り戻すことは不可能だったに違いない。
「礼はいいのですー。救世の転生者として使命を果たしてくれさえすればー」
「ワタクシは報酬を要求しておきましょう。レンリの望みを叶えて下さい。意思の力で運命を覆すことができると言うのなら」
「……分かりました」
俺の礼に対し、各々の形で応じるムートとラハさん。
陸海空。それぞれを司る彼女達が協力すれば、今回のように何ら手がかりのない対象を探し出すこともできる。実体があれば探せないものはないだろう。
即ち最凶の人形化魔物【ガラテア】の居場所を特定することができるのも時間の問題ということであり……最終決戦は間近ということになる。
救世の転生者という特殊な存在に依ることなく世界を救う方法を見つけ出したいレンリとしては、その前にどうにかしたいところだろう。
俺としても、ラハさんに対価として要求されるまでもなく、そうできるのであればそうしたい。解決手段が一つしかない状況は危険極まりなくて心配だ。
生まれて二十年弱。
滅んで欲しくないと思う程度にはこの世界には愛着がある。大切な人もいる。
周期的に世界に危機が訪れるような状況は看過できない。
人口増加によって破綻しかけているとなれば尚更だ。
そして……俺の頭の中には朧気ながら、これまでの様々な経験から可能性がありそうな方法が思い浮かびつつあった。
本格的に【ガラテア】の捜索に入る前に一度レンリと、それと彼女と話をしなければならないと思っていたところだ。
「じゃあ、帰りましょうか」
そんなことを考えながら、ホウゲツへの帰途につく。
真っ直ぐ学園都市トコハへと翔けていき……。
「ではまた会いましょー」
まず特別収容施設ハスノハに寄ってアコさんに報告すると共にムートと別れ、ラハさんも一緒にホウゲツ学園へと戻る。
「ワタクシはこれで。レンリを呼んできます」
敷地に入ってすぐに去っていったラハさんの背を見送り、職員寮の自室に戻ってしばらく待つとレンリの駆けてくる足音が聞こえてきた。
ラハさんとセト達の護衛を交代してきたのだろう。
勢いよく部屋の中に入ってきた彼女は、リクルの姿を目にして胸に手を当てながらホッと息を吐いた。本心から喜んでくれていることが伝わってくる。
「リクルさん……よかったです……」
しかし、そう呟いたレンリは、打って変わって申し訳なさそうに俯いた。
「その、私、本当はもっと早くリクルさんのこと……」
その口から零れた中途半端な懺悔の言葉に、何となく事情を察する。
「いいんだ。レンリも悩んでいたんだろ?」
きっと彼女は、もっと早い段階で真実を知ってしまっていたのだろう。
その上で過去の事例から救うことができないと判断し、そのことを伝えることで俺達が苦しめてしまうのではないかと憂えていたに違いない。
勿論、それで実際にリクルを救えなかったなら少しは思うところもあったかもしれないが、今となっては彼女の優しさと苦悩を冷静に受け止めることができる。
とは言え、不可能と思われていることを可能にしようとしている彼女だけに、一言ぐらいは言っておかなければならない。
「リクルを救うこと。レンリは不可能だと思ってしまったんだろう? けど、実際は不可能じゃなかった。観測者の観測に絶対はないってことだ」
そう。救世の転生者でなければ救世を果たせないという事実も含めて。
そうした含意に気づいたのか、レンリは表情を引き締めて「はい」と頷いた。
割とこじつけ気味の理屈でも、己の中にあった不可能が覆った事実は彼女にとって小さくも確かな希望となったことだろう。
俺もまた、この世界の一つの真理に至ったような気がする。
だからこそ俺は、そんなレンリに頷きを返し……。
「それでレンリ。それとイリュファ。少し話したいことがあるんだけど――」
俺達の明日をよりよいものにするために口を開いたのだった。
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