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最終章 英雄の燔祭と最後の救世
AR45 鏡像
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「こんなところかな。……ああ。あの時のレンリの話か。そうだね。彼女はあの瞬間、あの場に居合わせることができなかった。分かっていながら防ぐことができなかったのだから、その悔いは計り知れないものだったろう。けれど、それを責めるのは酷というものだ。何せ――」
***
旦那様を見送り、御義母様達と共に人間や少女化魔物を保護しながら、絶え間なく襲いかかってくる人形化魔物共を叩き壊し続けること数十分。
突如として、それらの動きが大きく変化した。
ただ単に命令を順守しているだけであるかのような、正に操り人形の如き単純さが消え失せ、各々が独立した行動に出始めている。
それによって、分かり易くも組織立った細かい連携こそなくなったが……。
逆に先読みし辛い無軌道さが出てきていて、これはこれでやりにくい。
しかし、私にはそんなことはどうでもよかった。
その変化が意味することは唯一つ。
過去四度にわたって繰り返された規定通りの救世が完遂される瞬間が、すぐそこまで迫っているということに他ならないからだ。だから――。
「御義母様、御義父様! この異変、旦那様が【ガラテア】を打倒したことによるものと思われます! 私を、旦那様の下へ行かせて下さい!!」
「む…………分かった。先に行け。所詮は烏合の衆。あのような奴らの相手なぞ妾達で十分じゃ。レンリ。我が義娘よ。イサクを頼む」
「はい! ありがとうございます、御義母様! 必ずや旦那様をお救いします!」
私は御義母様に感謝を告げ、その場から駆け出そうとした。
しかし、正にその直後。
そうした私の行動を妨げようとするかのように。
「なっ!?」
突然、何もないところから発生した存在が、横合いから殴打を放ってきた。
その瞬間まで、周囲に常に展開している水の粒子は何も感知していなかった。
かと言って、転移による出現とは気配が違う。
水の粒子が感じ取ったものを丸ごと信じるならば、私の真横に現在進行形で実体を構築しながら攻撃を仕かけてきたかのような奇妙な現象だった。
それ故にか。
「レンリッ!?」
御義母様がそう驚愕と共に叫ぶことしかできなかったように。
誰も対応することができず、私も何とか防御だけは間に合ったものの、衝撃を受けとめ切れずに吹き飛ばされて廊下の壁に叩きつけられてしまった。
その勢いはほとんど減衰することなく、身体強化状態にあった私の肉体よりも脆いそこを突き抜けて屋外へと追いやられてしまう。
「く、う……い、一体、何が」
地を転がる勢いを利用して起き上がり、追撃を警戒しながら周囲を見回す。
そんな私を嘲笑うかのように僅かな間を置いて、ようやくハッキリとした形状を完全に構築した存在が黒く禍々しい城から出てきた。
水の粒子は城の中、御義母様達の下へも似たような何かが現れつつあることを示している。けれど、私はその事実よりも眼前の敵の外見に意識を囚われていた。
「これは……私?」
私が状況を認識するのを待つように、緩やかに歩み寄ってくる瓜二つの存在。
その姿を目の当たりにして戸惑いを抱く。
勿論、私に一卵性の双子などいない。
世の中には三人はそっくりな人間がいると言うらしいが、それならば服装はおろか四肢に備えた祈望之器までもが全く同じなどあり得ない。
「……ドッペルゲンガーの少女化魔物?」
強さや出現の仕方が甚だ疑問だが、その可能性はないとは言い切れない。
一瞬そう思ったが、よくよく見ると眼前の存在は私そのものではなかった。
厳密に言えば左右対称になっている。
その事実は逆に私の考えを否定する。
まるで鏡に映った像のようなこれは……。
「…………そうか。これが、これこそが」
近づいてくる鏡像は、その身に私と同じく異形の特徴を発現させ始めた。
三大特異思念集積体が一体、リヴァイアサンの如き特徴を。
そのこと自体にはもう驚きはない。
何故なら私には、その正体に心当たりがあったからだ。
だからこそ、激しい怒りが燃え盛る炎の如く私の心に湧き上がった。
「どうしても、どうしても旦那様の命を犠牲にしたいのかっ!! 誰かに犠牲を強いる救済に、何の違和感も持たないのかっ!?」
その激情のままに叫ぶが、鏡像は何の反論も口にすることなく地面を蹴る。
迫り来る速度は私の全力と同じ。
周囲には私が展開したものとは別の水の粒子がばら撒かれ、触手のような水の鞭をいくつも展開しながら突っ込んでくる。
それを受け、私もまた同様に水を無数に束ねながら正面から迎え撃った。
「この、偽者がっ!!」
水の鞭が互いを打って爆ぜ、周囲に水飛沫を撒き散らす。
相対する鏡像は、まるで自分こそが本当の私だと主張するかのように、わざとらしく私と全く同じ戦い方を以って攻め立ててくる。
攻防は完全に互角。
互いの能力に値があれば等号で結ばれているに違いない。
対照的なものと言えば心。それが表れた顔つき。
その無機質さ、冷たさはまるで銀膜を張ったガラスのようだ。
アレがこうした力を持つことは御祖母様から聞いて知っていた。
「ふざけるな。ふざけるなっ!」
けれど、私の障害として私の劣悪な模造品を立ち塞がらせる悪辣さが心底腹立たしく、拮抗状態で冷静さを欠くべきではないと分かっていながら苛立ちが募る。
しかし、それを回避することは不可能だ。
御祖母様の数十年にも及ぶ願い。
それ以上に私の心を占めている、私自身の旦那様への強い想い。
その感情を嘲笑うような真似をされて、理性を保つことはできない。
「私は、絶対に認めない!」
ならば、その激情を力に変えて、無言で迫る鏡像へと叩きつけるしかない。
偽物には存在しないこの気持ちで上回ろうとする以外、やれることはない。
「旦那様は、旦那様はっ!! もう少しで辿り着ける!! 救世の転生者に依らない救世に! それを、全てを諦めたお前達などに妨げられてなるものかっ!!」
この命に宿った力ごと、この瞬間に全てを絞り出そうとするように。
私自身を奮い立たせる言葉として、同時に彼女達への糾弾として叫ぶ。
ひたすら叫び続けながら攻撃を繰り返す。しかし――。
「たとえ今の世界が壊れてしまうとしても! 生贄として呼び出された旦那様にだけは、そうする権利がある!!」
反撃も私の叫びも全て。単なる悪足掻きにしかならない。
アレの性質上、たとえ私が私自身を超えることができたとしても、相手はその状態の私へと即座に上書きされてしまうだけなのだから。
その代わり、私が力尽きて弱体化したとしても同じようになるが……。
いずれにしても、この均衡を破ることはできない。
逃亡しようとしても、すぐ間近に鏡像を再構築されてしまうだけ。
これでは旦那様の下に辿り着くことはできない。
「邪魔を、するなあああああああっ!!」
だとしても。
アレが私にリソースを割くことによって、その機能をたとえ僅かであろうと低下させることができると信じて。
私は力の限り、この鏡像に戦いを挑み続けるより他なかった。
***
「御覧の通りさ。彼女はあの時、敵の襲撃を受けていたんだ。……そう敵だ。レンリにとっては最大にして最悪の、最も憎むべき敵の力の具現。五百年、救世が維持され続けた一つの要因たる力の根幹。それこそが彼女を襲った鏡像の正体だ」
***
旦那様を見送り、御義母様達と共に人間や少女化魔物を保護しながら、絶え間なく襲いかかってくる人形化魔物共を叩き壊し続けること数十分。
突如として、それらの動きが大きく変化した。
ただ単に命令を順守しているだけであるかのような、正に操り人形の如き単純さが消え失せ、各々が独立した行動に出始めている。
それによって、分かり易くも組織立った細かい連携こそなくなったが……。
逆に先読みし辛い無軌道さが出てきていて、これはこれでやりにくい。
しかし、私にはそんなことはどうでもよかった。
その変化が意味することは唯一つ。
過去四度にわたって繰り返された規定通りの救世が完遂される瞬間が、すぐそこまで迫っているということに他ならないからだ。だから――。
「御義母様、御義父様! この異変、旦那様が【ガラテア】を打倒したことによるものと思われます! 私を、旦那様の下へ行かせて下さい!!」
「む…………分かった。先に行け。所詮は烏合の衆。あのような奴らの相手なぞ妾達で十分じゃ。レンリ。我が義娘よ。イサクを頼む」
「はい! ありがとうございます、御義母様! 必ずや旦那様をお救いします!」
私は御義母様に感謝を告げ、その場から駆け出そうとした。
しかし、正にその直後。
そうした私の行動を妨げようとするかのように。
「なっ!?」
突然、何もないところから発生した存在が、横合いから殴打を放ってきた。
その瞬間まで、周囲に常に展開している水の粒子は何も感知していなかった。
かと言って、転移による出現とは気配が違う。
水の粒子が感じ取ったものを丸ごと信じるならば、私の真横に現在進行形で実体を構築しながら攻撃を仕かけてきたかのような奇妙な現象だった。
それ故にか。
「レンリッ!?」
御義母様がそう驚愕と共に叫ぶことしかできなかったように。
誰も対応することができず、私も何とか防御だけは間に合ったものの、衝撃を受けとめ切れずに吹き飛ばされて廊下の壁に叩きつけられてしまった。
その勢いはほとんど減衰することなく、身体強化状態にあった私の肉体よりも脆いそこを突き抜けて屋外へと追いやられてしまう。
「く、う……い、一体、何が」
地を転がる勢いを利用して起き上がり、追撃を警戒しながら周囲を見回す。
そんな私を嘲笑うかのように僅かな間を置いて、ようやくハッキリとした形状を完全に構築した存在が黒く禍々しい城から出てきた。
水の粒子は城の中、御義母様達の下へも似たような何かが現れつつあることを示している。けれど、私はその事実よりも眼前の敵の外見に意識を囚われていた。
「これは……私?」
私が状況を認識するのを待つように、緩やかに歩み寄ってくる瓜二つの存在。
その姿を目の当たりにして戸惑いを抱く。
勿論、私に一卵性の双子などいない。
世の中には三人はそっくりな人間がいると言うらしいが、それならば服装はおろか四肢に備えた祈望之器までもが全く同じなどあり得ない。
「……ドッペルゲンガーの少女化魔物?」
強さや出現の仕方が甚だ疑問だが、その可能性はないとは言い切れない。
一瞬そう思ったが、よくよく見ると眼前の存在は私そのものではなかった。
厳密に言えば左右対称になっている。
その事実は逆に私の考えを否定する。
まるで鏡に映った像のようなこれは……。
「…………そうか。これが、これこそが」
近づいてくる鏡像は、その身に私と同じく異形の特徴を発現させ始めた。
三大特異思念集積体が一体、リヴァイアサンの如き特徴を。
そのこと自体にはもう驚きはない。
何故なら私には、その正体に心当たりがあったからだ。
だからこそ、激しい怒りが燃え盛る炎の如く私の心に湧き上がった。
「どうしても、どうしても旦那様の命を犠牲にしたいのかっ!! 誰かに犠牲を強いる救済に、何の違和感も持たないのかっ!?」
その激情のままに叫ぶが、鏡像は何の反論も口にすることなく地面を蹴る。
迫り来る速度は私の全力と同じ。
周囲には私が展開したものとは別の水の粒子がばら撒かれ、触手のような水の鞭をいくつも展開しながら突っ込んでくる。
それを受け、私もまた同様に水を無数に束ねながら正面から迎え撃った。
「この、偽者がっ!!」
水の鞭が互いを打って爆ぜ、周囲に水飛沫を撒き散らす。
相対する鏡像は、まるで自分こそが本当の私だと主張するかのように、わざとらしく私と全く同じ戦い方を以って攻め立ててくる。
攻防は完全に互角。
互いの能力に値があれば等号で結ばれているに違いない。
対照的なものと言えば心。それが表れた顔つき。
その無機質さ、冷たさはまるで銀膜を張ったガラスのようだ。
アレがこうした力を持つことは御祖母様から聞いて知っていた。
「ふざけるな。ふざけるなっ!」
けれど、私の障害として私の劣悪な模造品を立ち塞がらせる悪辣さが心底腹立たしく、拮抗状態で冷静さを欠くべきではないと分かっていながら苛立ちが募る。
しかし、それを回避することは不可能だ。
御祖母様の数十年にも及ぶ願い。
それ以上に私の心を占めている、私自身の旦那様への強い想い。
その感情を嘲笑うような真似をされて、理性を保つことはできない。
「私は、絶対に認めない!」
ならば、その激情を力に変えて、無言で迫る鏡像へと叩きつけるしかない。
偽物には存在しないこの気持ちで上回ろうとする以外、やれることはない。
「旦那様は、旦那様はっ!! もう少しで辿り着ける!! 救世の転生者に依らない救世に! それを、全てを諦めたお前達などに妨げられてなるものかっ!!」
この命に宿った力ごと、この瞬間に全てを絞り出そうとするように。
私自身を奮い立たせる言葉として、同時に彼女達への糾弾として叫ぶ。
ひたすら叫び続けながら攻撃を繰り返す。しかし――。
「たとえ今の世界が壊れてしまうとしても! 生贄として呼び出された旦那様にだけは、そうする権利がある!!」
反撃も私の叫びも全て。単なる悪足掻きにしかならない。
アレの性質上、たとえ私が私自身を超えることができたとしても、相手はその状態の私へと即座に上書きされてしまうだけなのだから。
その代わり、私が力尽きて弱体化したとしても同じようになるが……。
いずれにしても、この均衡を破ることはできない。
逃亡しようとしても、すぐ間近に鏡像を再構築されてしまうだけ。
これでは旦那様の下に辿り着くことはできない。
「邪魔を、するなあああああああっ!!」
だとしても。
アレが私にリソースを割くことによって、その機能をたとえ僅かであろうと低下させることができると信じて。
私は力の限り、この鏡像に戦いを挑み続けるより他なかった。
***
「御覧の通りさ。彼女はあの時、敵の襲撃を受けていたんだ。……そう敵だ。レンリにとっては最大にして最悪の、最も憎むべき敵の力の具現。五百年、救世が維持され続けた一つの要因たる力の根幹。それこそが彼女を襲った鏡像の正体だ」
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