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最終章 英雄の燔祭と最後の救世
340 英雄の残火
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天地逆となった光景の中、すぐさま空中で体勢を立て直して周囲を探知する。
すると、即座に俺達以外の存在が感知された。
それに従い、その方向に視線を向けると……。
「俺はそんなんじゃないぞ」
そこにはこれまでとは違い、俺とは似ても似つかない成人男性の姿があった。
顔立ちもそうだが、体格があからさまに違い過ぎる。
どこが鏡像だと文句の一つも言いたくなる。当てつけか。
「申し訳ないが、今回の救世の転生者は小さ過ぎて見栄えが悪い。体を動かしにくくもある。だから、かつての俺の姿を取らせて貰った」
若干イラっと来たところに初対面で失礼なことを言われ、更に苛立ちが募る。
俺だって好きで二次性徴前の姿でいる訳ではない。
そもそも俺の背が伸び切っていないのは、彼らの計画の綻びが根本的な原因だ。
本来ならば、俺が十分に成長して万全の準備が整った上で【ガラテア】の侵攻と救世が開始されるはずだったのだろうから。
……まあ、何にしても。
今回のような緊急事態への備えとして存在しているのだろう眼前の男と、救世の転生者が対峙することになったのは歴史上初めてのことに違いない。
アコさんの想定と若干話が違っていても仕方のないことだ。
「それで、お前は何者なんだ?」
「薄々感づいているんだろう?」
試すように質問に質問で返してきた男の印象は悪くなる一方だが、一先ず対話をする気があるのならつき合ってやろう。
「過去の英雄、異世界からの転移者。ショウジ・ヨスキか」
「正確には、霊鏡ホウゲツが映し出したショウジ・ヨスキ、だがな。オリジナルのショウジ・ヨスキと同じ行動、選択をする人格なきコピーに過ぎない」
いわゆる哲学的ゾンビのようなものだろうか。
いずれにせよ、超高度なプログラムとでも認識しておけばよさそうだ。
他の鏡像は言葉を話したりはしなかったが、それは対象の性質をどこまで映し出すかに依って変わってくるのかもしれない。
あるいは、ショウジ・ヨスキこそが最初の鏡像だからか。
人工的に共通認識を形成して霊鏡ホウゲツを祈望之器とした目的は、正にこれだろうしな。死因が寿命か何か分からないが、死んでまで御苦労なことだ。
ともあれ、この鏡像の発言はショウジ・ヨスキの発言と見なしていいのだろう。
「だったら、聞かせろ。これから先、どうやって救世を維持していくつもりだ?」
「何も変わらない。お前はこの場で死に、変わることなく救世は続く」
「馬鹿な。既に破綻しつつあることに気づいていない訳じゃないだろう!?」
「破綻などさせはしない。よき人々の幸福を保つには、これ以外の方法はないのだから。百年を維持できないのなら五十年。それでも足りなくなるなら十年。共通認識を改め、救世の転生者を生むスパンを短くすればいいだけのことだ」
「そうやって、いつまでも生贄を作り続けるつもりか!?」
淡々と告げられた彼の返答に、俺は糾弾するように声に怒りを滲ませた。
しかし――。
「そもそも一度死んだ身だろう。その上、元の世界では尊重されることのない異常性癖者。その欲を満たせる新たな生を得られただけ感謝して欲しいぐらいだ」
ショウジ・ヨスキの鏡像は、あらかじめ答えを用意していたかの如く、僅かたりとも感情を揺らすことなく答えた。
そこに同郷の誼のようなものは欠片も見られない。
この世界の守護者として、完全に情を捨てて思考しているようだ。
……彼は彼でこの世界で数多の問題に直面し、乗り越え、生き抜いてきたはず。
そうでなければ英雄などと称される訳がない。
そこには俺も想像できないような苦難が存在していたことだろう。
結果として、同胞の命などよりもこの世界の安寧を優先しようと考えるぐらいには。ここに生きる者達を愛するようになったに違いない。
彼は、よき人々の幸福を保つと言った。
その善性は負の感情を世界へと押しつけて形成されたものかもしれないが……。
例えば観測者同士の争いが絶えぬ元の世界のあり方に辟易しているような者にとっては、宝物の如く感じても不思議ではない。
人口が少なかった五百年前であれば尚のこと、観測者に対する破滅欲求の影響は小さかっただろうしな。
現在のこの世界に輪をかけて善人が多かったに違いない。
「世界の安寧を保つため、大人しく役目を果たせ。救世の転生者」
俺が生前の彼について考察している間に、そう告げて話を打ち切る鏡像。
どうやら対話はここまでのようだ。
次の瞬間、辺り一帯が光に包まれて全ての影が取り払われる。
恐らくヒメ様の複合発露〈曙光禊祓〉を写し取ったものだろう。
それによって影の中にいた者は皆、空中に放り出されてしまった。
とは言え、ほとんどが空を飛べる者なので落下死の危険性はない。
一部飛ぶことができない者は傍にいた誰かに抱えられ、体勢を立て直している。
「盟約により、お前達まで直接害したりはしない。人質とするつもりもない。しかし、この戦いに横槍を入れようと言うのなら、容赦はしない」
彼女達への追撃があるかと警戒したが、鏡像はそうとだけ告げると仲間達が退避するのを待つように口を噤んで空中に留まった。
英雄と謳われた者の残留思念の如きそれ。
邪な存在ではないことだけは間違いない。
それが誰にとっても益を与える者となる訳ではないこともまた確かだが。
「皆、下がっていてくれ」
「ですが、旦那様……」
「大丈夫。俺はもう、負けないから」
心配そうに言いながら俺の手に触れたレンリに、そう応じて笑いかける。
それから俺はアスカに抱えられているテアへと意図を込めて視線を向けた。
対する彼女は【ガラテア】の表情で頷く。
俺の考えはしっかりと伝わったようだ。
「そんなものが最後の別れでいいのか?」
「構わない。最後の別れになんてならないからな」
「……妄想に浸ったまま逝くか。それもいいだろう。では、死ね」
俺の返答に呆れたように告げた直後、鏡像はその場から姿を消した。
かと思えば、背後から俺の首を切り落とさんとするように刀らしきものを薙ぐ。
姿を消したのは転移の複合発露による現象。
武装は金属を生成する複合発露の産物というところか。
対して俺は刃の軌道に氷の盾を置きつつ、念のために雷速を以って身を躱した。
案の定と言うべきか、刀と呼ぶには無骨過ぎる形状の刃は救世の転生者が最大限の力で作り出した氷を容易く断ち切り、俺の髪を一部刈り取っていった。
太刀筋は澱みない。明らかに、技量は遥かに上だ。
氷で僅かでも速度を減じていなければ、顔の一部を失っていたかもしれない。
「よく避けた。さすがは救世の転生者。だが――」
言葉の途中で再び姿を消す鏡像。
風と氷の探知は、それが俺よりも低高度に陣取ったことを示す。
今度は死角からの奇襲ではないようだ。
「お前は、この身に勝つことはできない」
直後、鏡像がそう告げたのを合図に空を貫く光の柱が無数に立ち昇る。
一撃一撃が俺の身体強化を貫くに足る威力を有していると本能的に理解できる。
上から撃ち下ろす形ではないのは鎮守の樹海や俺の仲間達への配慮か。
何にせよ、絶対の自信あっての選択であることは間違いない。
単純なスペックは最低でも俺と同等。
それをベースとして歴代の救世の転生者を含む数々の力が加わり、能力のバリエーションでも技量でも、当然経験でも俺を圧倒的に上回っている。
この鏡像が当たり前の事実を告げるように、そしてアコさんが諦めと共に、俺達に勝ち目がないと告げるのも当然のことだろう。
しかし……。
「ふっ」
逃げ場をなくすように放たれた光線と光線のか細い隙間を雷の軌道で翔け抜けながら、小さく笑う。彼の選択は、必然的に最善ではない。
「何がおかしい」
「いや、何でもないさ」
不快げに問うたショウジ・ヨスキに表情を意識的に消して答えながら、仲間達がいるであろう方向を一瞥する。
俺は決して現実逃避している訳ではない。
どれだけの戦力差があるかは、この短期間の攻防などなくともアコさんから聞いた説明だけで十二分に理解している。
順当に行けば、百回戦おうが百万回戦おうが俺は負けるだろう。
しかし、俺はレンリに嘘を言ったつもりはない。
俺は負けない。俺達は必ず勝つ。
彼らは、犠牲の影に隠れて見過ごされてきたものによって敗北するのだ。
すると、即座に俺達以外の存在が感知された。
それに従い、その方向に視線を向けると……。
「俺はそんなんじゃないぞ」
そこにはこれまでとは違い、俺とは似ても似つかない成人男性の姿があった。
顔立ちもそうだが、体格があからさまに違い過ぎる。
どこが鏡像だと文句の一つも言いたくなる。当てつけか。
「申し訳ないが、今回の救世の転生者は小さ過ぎて見栄えが悪い。体を動かしにくくもある。だから、かつての俺の姿を取らせて貰った」
若干イラっと来たところに初対面で失礼なことを言われ、更に苛立ちが募る。
俺だって好きで二次性徴前の姿でいる訳ではない。
そもそも俺の背が伸び切っていないのは、彼らの計画の綻びが根本的な原因だ。
本来ならば、俺が十分に成長して万全の準備が整った上で【ガラテア】の侵攻と救世が開始されるはずだったのだろうから。
……まあ、何にしても。
今回のような緊急事態への備えとして存在しているのだろう眼前の男と、救世の転生者が対峙することになったのは歴史上初めてのことに違いない。
アコさんの想定と若干話が違っていても仕方のないことだ。
「それで、お前は何者なんだ?」
「薄々感づいているんだろう?」
試すように質問に質問で返してきた男の印象は悪くなる一方だが、一先ず対話をする気があるのならつき合ってやろう。
「過去の英雄、異世界からの転移者。ショウジ・ヨスキか」
「正確には、霊鏡ホウゲツが映し出したショウジ・ヨスキ、だがな。オリジナルのショウジ・ヨスキと同じ行動、選択をする人格なきコピーに過ぎない」
いわゆる哲学的ゾンビのようなものだろうか。
いずれにせよ、超高度なプログラムとでも認識しておけばよさそうだ。
他の鏡像は言葉を話したりはしなかったが、それは対象の性質をどこまで映し出すかに依って変わってくるのかもしれない。
あるいは、ショウジ・ヨスキこそが最初の鏡像だからか。
人工的に共通認識を形成して霊鏡ホウゲツを祈望之器とした目的は、正にこれだろうしな。死因が寿命か何か分からないが、死んでまで御苦労なことだ。
ともあれ、この鏡像の発言はショウジ・ヨスキの発言と見なしていいのだろう。
「だったら、聞かせろ。これから先、どうやって救世を維持していくつもりだ?」
「何も変わらない。お前はこの場で死に、変わることなく救世は続く」
「馬鹿な。既に破綻しつつあることに気づいていない訳じゃないだろう!?」
「破綻などさせはしない。よき人々の幸福を保つには、これ以外の方法はないのだから。百年を維持できないのなら五十年。それでも足りなくなるなら十年。共通認識を改め、救世の転生者を生むスパンを短くすればいいだけのことだ」
「そうやって、いつまでも生贄を作り続けるつもりか!?」
淡々と告げられた彼の返答に、俺は糾弾するように声に怒りを滲ませた。
しかし――。
「そもそも一度死んだ身だろう。その上、元の世界では尊重されることのない異常性癖者。その欲を満たせる新たな生を得られただけ感謝して欲しいぐらいだ」
ショウジ・ヨスキの鏡像は、あらかじめ答えを用意していたかの如く、僅かたりとも感情を揺らすことなく答えた。
そこに同郷の誼のようなものは欠片も見られない。
この世界の守護者として、完全に情を捨てて思考しているようだ。
……彼は彼でこの世界で数多の問題に直面し、乗り越え、生き抜いてきたはず。
そうでなければ英雄などと称される訳がない。
そこには俺も想像できないような苦難が存在していたことだろう。
結果として、同胞の命などよりもこの世界の安寧を優先しようと考えるぐらいには。ここに生きる者達を愛するようになったに違いない。
彼は、よき人々の幸福を保つと言った。
その善性は負の感情を世界へと押しつけて形成されたものかもしれないが……。
例えば観測者同士の争いが絶えぬ元の世界のあり方に辟易しているような者にとっては、宝物の如く感じても不思議ではない。
人口が少なかった五百年前であれば尚のこと、観測者に対する破滅欲求の影響は小さかっただろうしな。
現在のこの世界に輪をかけて善人が多かったに違いない。
「世界の安寧を保つため、大人しく役目を果たせ。救世の転生者」
俺が生前の彼について考察している間に、そう告げて話を打ち切る鏡像。
どうやら対話はここまでのようだ。
次の瞬間、辺り一帯が光に包まれて全ての影が取り払われる。
恐らくヒメ様の複合発露〈曙光禊祓〉を写し取ったものだろう。
それによって影の中にいた者は皆、空中に放り出されてしまった。
とは言え、ほとんどが空を飛べる者なので落下死の危険性はない。
一部飛ぶことができない者は傍にいた誰かに抱えられ、体勢を立て直している。
「盟約により、お前達まで直接害したりはしない。人質とするつもりもない。しかし、この戦いに横槍を入れようと言うのなら、容赦はしない」
彼女達への追撃があるかと警戒したが、鏡像はそうとだけ告げると仲間達が退避するのを待つように口を噤んで空中に留まった。
英雄と謳われた者の残留思念の如きそれ。
邪な存在ではないことだけは間違いない。
それが誰にとっても益を与える者となる訳ではないこともまた確かだが。
「皆、下がっていてくれ」
「ですが、旦那様……」
「大丈夫。俺はもう、負けないから」
心配そうに言いながら俺の手に触れたレンリに、そう応じて笑いかける。
それから俺はアスカに抱えられているテアへと意図を込めて視線を向けた。
対する彼女は【ガラテア】の表情で頷く。
俺の考えはしっかりと伝わったようだ。
「そんなものが最後の別れでいいのか?」
「構わない。最後の別れになんてならないからな」
「……妄想に浸ったまま逝くか。それもいいだろう。では、死ね」
俺の返答に呆れたように告げた直後、鏡像はその場から姿を消した。
かと思えば、背後から俺の首を切り落とさんとするように刀らしきものを薙ぐ。
姿を消したのは転移の複合発露による現象。
武装は金属を生成する複合発露の産物というところか。
対して俺は刃の軌道に氷の盾を置きつつ、念のために雷速を以って身を躱した。
案の定と言うべきか、刀と呼ぶには無骨過ぎる形状の刃は救世の転生者が最大限の力で作り出した氷を容易く断ち切り、俺の髪を一部刈り取っていった。
太刀筋は澱みない。明らかに、技量は遥かに上だ。
氷で僅かでも速度を減じていなければ、顔の一部を失っていたかもしれない。
「よく避けた。さすがは救世の転生者。だが――」
言葉の途中で再び姿を消す鏡像。
風と氷の探知は、それが俺よりも低高度に陣取ったことを示す。
今度は死角からの奇襲ではないようだ。
「お前は、この身に勝つことはできない」
直後、鏡像がそう告げたのを合図に空を貫く光の柱が無数に立ち昇る。
一撃一撃が俺の身体強化を貫くに足る威力を有していると本能的に理解できる。
上から撃ち下ろす形ではないのは鎮守の樹海や俺の仲間達への配慮か。
何にせよ、絶対の自信あっての選択であることは間違いない。
単純なスペックは最低でも俺と同等。
それをベースとして歴代の救世の転生者を含む数々の力が加わり、能力のバリエーションでも技量でも、当然経験でも俺を圧倒的に上回っている。
この鏡像が当たり前の事実を告げるように、そしてアコさんが諦めと共に、俺達に勝ち目がないと告げるのも当然のことだろう。
しかし……。
「ふっ」
逃げ場をなくすように放たれた光線と光線のか細い隙間を雷の軌道で翔け抜けながら、小さく笑う。彼の選択は、必然的に最善ではない。
「何がおかしい」
「いや、何でもないさ」
不快げに問うたショウジ・ヨスキに表情を意識的に消して答えながら、仲間達がいるであろう方向を一瞥する。
俺は決して現実逃避している訳ではない。
どれだけの戦力差があるかは、この短期間の攻防などなくともアコさんから聞いた説明だけで十二分に理解している。
順当に行けば、百回戦おうが百万回戦おうが俺は負けるだろう。
しかし、俺はレンリに嘘を言ったつもりはない。
俺は負けない。俺達は必ず勝つ。
彼らは、犠牲の影に隠れて見過ごされてきたものによって敗北するのだ。
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