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最終章 英雄の燔祭と最後の救世
343 その差を埋めたもの
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周囲にリクルが分身体をばら撒き、フェリトと共に多重循環共鳴状態を作る。
それによって俺の基礎的な能力は大幅に向上していた。
しかし、相対しているのはあくまでも世界最強の存在だ。
身体スペックの差は大分縮まっているが、天秤の傾き方は何ら変わっていない。
まして光の速度を蓄積された経験と技術で制御している相手。
真・滅尽・複合発露による思考誘導がなければ、認識する間もなく命を奪われてしまうことに変わりはない。
それでも。
防戦一方だった先程までとは大きく状況が違う。
「ぐっ」
光速からの斬撃を受け流す角度を変えられて僅かに体勢を崩したショウジ・ヨスキの鏡像は、印刀ホウゲツを激しく打ちつけられてくぐもった声を上げた。
恐らく、他とは段違いに再現の精度が高いが故のことだろう。
その性質上、痛みなど本来はあってないようなもののはずだが、こうした反応まで自然と再現されてしまうようだ。
とは言え、眼前の存在は傷ついても無限に再生可能な鏡像。虚像に過ぎない。
ある程度は能力差が縮まったことによって、一定の効果のある反撃を命中させることができるようになったが……。
ダメージが蓄積されて有利になると言ったことは全くない。
つまるところ、この戦いに勝利するためには――。
「霊鏡ホウゲツ。ここで破壊させて貰う」
「そんなことは、させはしない。できもしない。たとえ貴様がそこに辿り着くことができたとしても、それを破壊しようとした瞬間、俺が貴様を討つ」
「…………まあ、そうなるだろうな」
鏡像の攻撃を確実に防ぐことができる状態にあるとは言っても、それはあくまでも全神経をそこに集中させているからこそのことだ。
印刀ホウゲツの対となる霊鏡ホウゲツ。
思念の蓄積により、本体の強度は印刀ホウゲツと同等と見て間違いない。
即ち破壊にはこの印刀ホウゲツによる一撃が必要不可欠。
しかし、鏡像の攻撃を防ぐことができるのもまたこれだけだ。
別の対象に刀を振るおうと僅かでも意識を逸らしてしまえば、光速からの斬撃を弾くことができなくなり、既定通りの救世が果たされてしまうだろう。
場合によっては共倒れして、ヒメ様達に一層の苦痛と負荷を与えながら救世の転生者を生贄としたそれが歪な形で続けられる、といった事態にもなりかねない。
結果、人類が滅びに向かう可能性も大きい。
俺が俺の生を諦めないのなら、霊鏡ホウゲツを打ち砕き、尚且つ自分自身も確実に生き残る。そうでなければ何の意味もない。
多少、反撃の余地を得られたところで千日手の様相は変わらない。しかし――。
「俺一人だけならな」
俺がそう告げた次の瞬間、地上……鎮守の樹海の中央付近に大穴が開いた。
ベヒモスの少女化魔物ムートの〈統陸神獣・抱壌〉の力による現象だ。
「……愚かな。手を出せば、容赦はしないと言ったはずだ」
それを見下ろしながら鏡像は呆れ果てたように、しかし、どことなく安堵の感情をも抱いているかのような声色で告げる。
半ば八方塞がりの状況に陥っていたのは、恐らく彼もだったに違いない。
ヒメ様達との盟約により、救世の転生者以外に対しては直接的に命を奪うことのないように対象の能力をコピーするに留めた鏡像としていたが……。
「アコ、お前が証人だ」
あくまでそれは、思惑通りに救世が進んでいた場合の話だったのだろう。
自らの複合発露によってこの状況を見ることができる彼女に対して重々しく告げた瞬間、ショウジ・ヨスキの鏡像の存在感が大幅に薄まった。
同時に、地上にいる仲間達の前にそれぞれの鏡像が発生する。
恐らくは、リクルとフェリトによる多重循環共鳴の力を加えた状態の俺との能力差の分を、全てそちらに振り分けたのだろう。
「先んじて一体ずつ処分して、貴様の戦力を削ってやる」
そして眼前の鏡像は、そう俺に宣言するように告げた。
地上の鏡像達は各々の姿を取ってこそいるものの、それぞれの上位互換の性能を有していることが僅かな動きから即座に見て取れる。
想定された戦力差でぶつかれば、どうなるかは火を見るよりも明らかだ。
そして、地上のルトアさん一人殺されただけで俺は大幅に弱体化してしまう。
彼としてはそうなればそうなったでよく、もし泡を食って助けに向かおうとすれば、その隙を突いて俺を仕留める気でいたに違いない。
しかし、だからこそ俺は微動だにせずに目の前の鏡像を見据えた。
決して勝機を逃すことのないように。
「なっ!?」
直後、彼は明らかな動揺を示す。
何故なら、各鏡像は逆に仲間達の反撃を受けて抑え込まれてしまったからだ。
彼の敗因は、余剰分の力で均等の割合で強化するように思考誘導によって疑問もなく選択させられてしまったこと。
加えて、まだ一つ。見過ごしていたものがあったことだ。
「終わりだ」
そして俺は、動揺して無防備を晒した鏡像を氷の刃で一刀の下に両断した。
間違いなく、多重循環共鳴によって大幅に増幅された三大特異思念集積体の身体強化と同等の強度を有しているであろうその鏡像を。
それに留まらず。
「ば、馬鹿、な……」
呆然とした言葉と共に砕け散るそれにも、地上で抗う彼女達にも目もくれず。
いくつも力を分散させた上に、俺と互角の力は持たせていたはずの鏡像を一撃で破壊された想定外によって生まれたその一瞬の空隙を逃すことなく。
俺はムートが作り出した穴へと雷鳴を轟かせながら突っ込んだ。
「やめ――」
地を司る彼女の力によって作り出されたそれは、霊鏡ホウゲツが安置されている地下深くの部屋への直通路。
精度優先の光速とまでは行かない速度であれ、その刹那は致命的な遅れとなる。
結果、わざと印刀ホウゲツ自体をメギンギョルズで強化することなく放った雷速の突きは、霊鏡ホウゲツへと最大威力でぶち当たり……。
「ぐ、あああああああああっ!?」
その衝撃によって、印刀ホウゲツと霊鏡ホウゲツは諸共に砕け散った。
対という概念がある以上、どちらかが無事なら再生してしまう可能性がある。
メギンギョルズで強度を高めなかったのはそれを危惧してのことであり、これから先の世界に救世の転生者の証などもはや必要ないと考えてのことだった。
「な、何故……だ」
霊鏡ホウゲツが破壊される直前、ギリギリのところで傍に出現しただけといった形で再構成された鏡像が幾度目かの問いを口にする。
その輪郭は曖昧に崩れかけており、勝負は既に決していることが分かる。
「フェリトの〈共鳴調律・想歌〉、リクルの〈如意鋳我・合一〉。これらによる多重循環共鳴。それが全てだと思い込んでいたんだろう。けど、ここにはもう一つ、俺を、俺達を強化する要素があった」
「何、だと?」
「アロン兄さんと悪魔(シャイターン)の少女化魔物マニさん。二人の真・暴走・複合発露〈士気高揚・天佑〉。仲間と認識した全てを強化する、もう一つの循環共鳴」
父さんの影の中に身を潜めていた彼らの力。
そのおかげで地上の仲間達は強化された己の鏡像に押し切られることなく、俺もまた自分と同等の存在を容易く打ち破ることができた。
それが英雄の思考を宿した霊鏡ホウゲツに隙を作り、この結果に至ったのだ。
「最後の最後まで、都合のいい、ことだ」
俺が告げた事実を前にして、まるで運で負けたと負け惜しみを言うようにショウジ・ヨスキの声が自嘲気味に呟く。
しかし、実際に。何一つ欠けても辿り着けなかった結末なのは間違いない。
大きな運命の流れのようなものがあったようにも感じられる。
「あるいは、これもまたこの世界の観測者達の選択なのかもしれない。百年毎の苦難。それを厭う人達の思念の蓄積が、新しい形での救世を望んだことによる、な」
「そんな、ふざけた話が……あって、たまるか」
「…………そうだな。これは俺の選択、俺の救世だ。その責任から逃げるような真似はしない。これから先、何があろうとも」
「ならば、せめて。この世界の美しさが、少しでも、保たれるよう……」
最後にそう告げて、陽炎のような像は薄れて消えていく。
こうして。五百年という長きにわたって一つの信念と共に世界の守護者としてあり続けたであろう存在は、終わりの時を迎えたのだった。
それによって俺の基礎的な能力は大幅に向上していた。
しかし、相対しているのはあくまでも世界最強の存在だ。
身体スペックの差は大分縮まっているが、天秤の傾き方は何ら変わっていない。
まして光の速度を蓄積された経験と技術で制御している相手。
真・滅尽・複合発露による思考誘導がなければ、認識する間もなく命を奪われてしまうことに変わりはない。
それでも。
防戦一方だった先程までとは大きく状況が違う。
「ぐっ」
光速からの斬撃を受け流す角度を変えられて僅かに体勢を崩したショウジ・ヨスキの鏡像は、印刀ホウゲツを激しく打ちつけられてくぐもった声を上げた。
恐らく、他とは段違いに再現の精度が高いが故のことだろう。
その性質上、痛みなど本来はあってないようなもののはずだが、こうした反応まで自然と再現されてしまうようだ。
とは言え、眼前の存在は傷ついても無限に再生可能な鏡像。虚像に過ぎない。
ある程度は能力差が縮まったことによって、一定の効果のある反撃を命中させることができるようになったが……。
ダメージが蓄積されて有利になると言ったことは全くない。
つまるところ、この戦いに勝利するためには――。
「霊鏡ホウゲツ。ここで破壊させて貰う」
「そんなことは、させはしない。できもしない。たとえ貴様がそこに辿り着くことができたとしても、それを破壊しようとした瞬間、俺が貴様を討つ」
「…………まあ、そうなるだろうな」
鏡像の攻撃を確実に防ぐことができる状態にあるとは言っても、それはあくまでも全神経をそこに集中させているからこそのことだ。
印刀ホウゲツの対となる霊鏡ホウゲツ。
思念の蓄積により、本体の強度は印刀ホウゲツと同等と見て間違いない。
即ち破壊にはこの印刀ホウゲツによる一撃が必要不可欠。
しかし、鏡像の攻撃を防ぐことができるのもまたこれだけだ。
別の対象に刀を振るおうと僅かでも意識を逸らしてしまえば、光速からの斬撃を弾くことができなくなり、既定通りの救世が果たされてしまうだろう。
場合によっては共倒れして、ヒメ様達に一層の苦痛と負荷を与えながら救世の転生者を生贄としたそれが歪な形で続けられる、といった事態にもなりかねない。
結果、人類が滅びに向かう可能性も大きい。
俺が俺の生を諦めないのなら、霊鏡ホウゲツを打ち砕き、尚且つ自分自身も確実に生き残る。そうでなければ何の意味もない。
多少、反撃の余地を得られたところで千日手の様相は変わらない。しかし――。
「俺一人だけならな」
俺がそう告げた次の瞬間、地上……鎮守の樹海の中央付近に大穴が開いた。
ベヒモスの少女化魔物ムートの〈統陸神獣・抱壌〉の力による現象だ。
「……愚かな。手を出せば、容赦はしないと言ったはずだ」
それを見下ろしながら鏡像は呆れ果てたように、しかし、どことなく安堵の感情をも抱いているかのような声色で告げる。
半ば八方塞がりの状況に陥っていたのは、恐らく彼もだったに違いない。
ヒメ様達との盟約により、救世の転生者以外に対しては直接的に命を奪うことのないように対象の能力をコピーするに留めた鏡像としていたが……。
「アコ、お前が証人だ」
あくまでそれは、思惑通りに救世が進んでいた場合の話だったのだろう。
自らの複合発露によってこの状況を見ることができる彼女に対して重々しく告げた瞬間、ショウジ・ヨスキの鏡像の存在感が大幅に薄まった。
同時に、地上にいる仲間達の前にそれぞれの鏡像が発生する。
恐らくは、リクルとフェリトによる多重循環共鳴の力を加えた状態の俺との能力差の分を、全てそちらに振り分けたのだろう。
「先んじて一体ずつ処分して、貴様の戦力を削ってやる」
そして眼前の鏡像は、そう俺に宣言するように告げた。
地上の鏡像達は各々の姿を取ってこそいるものの、それぞれの上位互換の性能を有していることが僅かな動きから即座に見て取れる。
想定された戦力差でぶつかれば、どうなるかは火を見るよりも明らかだ。
そして、地上のルトアさん一人殺されただけで俺は大幅に弱体化してしまう。
彼としてはそうなればそうなったでよく、もし泡を食って助けに向かおうとすれば、その隙を突いて俺を仕留める気でいたに違いない。
しかし、だからこそ俺は微動だにせずに目の前の鏡像を見据えた。
決して勝機を逃すことのないように。
「なっ!?」
直後、彼は明らかな動揺を示す。
何故なら、各鏡像は逆に仲間達の反撃を受けて抑え込まれてしまったからだ。
彼の敗因は、余剰分の力で均等の割合で強化するように思考誘導によって疑問もなく選択させられてしまったこと。
加えて、まだ一つ。見過ごしていたものがあったことだ。
「終わりだ」
そして俺は、動揺して無防備を晒した鏡像を氷の刃で一刀の下に両断した。
間違いなく、多重循環共鳴によって大幅に増幅された三大特異思念集積体の身体強化と同等の強度を有しているであろうその鏡像を。
それに留まらず。
「ば、馬鹿、な……」
呆然とした言葉と共に砕け散るそれにも、地上で抗う彼女達にも目もくれず。
いくつも力を分散させた上に、俺と互角の力は持たせていたはずの鏡像を一撃で破壊された想定外によって生まれたその一瞬の空隙を逃すことなく。
俺はムートが作り出した穴へと雷鳴を轟かせながら突っ込んだ。
「やめ――」
地を司る彼女の力によって作り出されたそれは、霊鏡ホウゲツが安置されている地下深くの部屋への直通路。
精度優先の光速とまでは行かない速度であれ、その刹那は致命的な遅れとなる。
結果、わざと印刀ホウゲツ自体をメギンギョルズで強化することなく放った雷速の突きは、霊鏡ホウゲツへと最大威力でぶち当たり……。
「ぐ、あああああああああっ!?」
その衝撃によって、印刀ホウゲツと霊鏡ホウゲツは諸共に砕け散った。
対という概念がある以上、どちらかが無事なら再生してしまう可能性がある。
メギンギョルズで強度を高めなかったのはそれを危惧してのことであり、これから先の世界に救世の転生者の証などもはや必要ないと考えてのことだった。
「な、何故……だ」
霊鏡ホウゲツが破壊される直前、ギリギリのところで傍に出現しただけといった形で再構成された鏡像が幾度目かの問いを口にする。
その輪郭は曖昧に崩れかけており、勝負は既に決していることが分かる。
「フェリトの〈共鳴調律・想歌〉、リクルの〈如意鋳我・合一〉。これらによる多重循環共鳴。それが全てだと思い込んでいたんだろう。けど、ここにはもう一つ、俺を、俺達を強化する要素があった」
「何、だと?」
「アロン兄さんと悪魔(シャイターン)の少女化魔物マニさん。二人の真・暴走・複合発露〈士気高揚・天佑〉。仲間と認識した全てを強化する、もう一つの循環共鳴」
父さんの影の中に身を潜めていた彼らの力。
そのおかげで地上の仲間達は強化された己の鏡像に押し切られることなく、俺もまた自分と同等の存在を容易く打ち破ることができた。
それが英雄の思考を宿した霊鏡ホウゲツに隙を作り、この結果に至ったのだ。
「最後の最後まで、都合のいい、ことだ」
俺が告げた事実を前にして、まるで運で負けたと負け惜しみを言うようにショウジ・ヨスキの声が自嘲気味に呟く。
しかし、実際に。何一つ欠けても辿り着けなかった結末なのは間違いない。
大きな運命の流れのようなものがあったようにも感じられる。
「あるいは、これもまたこの世界の観測者達の選択なのかもしれない。百年毎の苦難。それを厭う人達の思念の蓄積が、新しい形での救世を望んだことによる、な」
「そんな、ふざけた話が……あって、たまるか」
「…………そうだな。これは俺の選択、俺の救世だ。その責任から逃げるような真似はしない。これから先、何があろうとも」
「ならば、せめて。この世界の美しさが、少しでも、保たれるよう……」
最後にそう告げて、陽炎のような像は薄れて消えていく。
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