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最終章 英雄の燔祭と最後の救世
344 決断の時を前に
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砕け散った霊鏡ホウゲツと印刀ホウゲツの残骸を一瞥してから、俺はムートが作り出した通路を抜けて地下の部屋から地上に戻った。
すると、入口のところで皆が待ち構えていて――。
「イサク!」「イサク君!」「旦那様!」
真っ先にサユキとルトアさん、そしてレンリが深い安堵の表情を浮かべながら勢いよく抱き着いてきた。
一歩遅れて、テアもまた空いている背中の辺りにしがみついてくる。
どうやら今は、【ガラテア】は奥に引っ込んでいるようだ。
「勝ったのじゃな?」
と、そこへ父さんと一緒に近づいてきた母さんが、そう僅かな緊張感を残しながら尋ねてきた。
その背中からはロナが顔を出し、こちらを心配そうに見詰めている。
対して俺が頷いて答えると、三人はようやく体の力を抜いて微笑んだ。
「さすがは妾達の息子じゃ。のう、主よ」
「ああ。……本当に、よかった」
続けて両親はそんな言葉を交わし、それから近くにいた二人へと視線を向ける。
一人は最後の最後のところで切り札になってくれたアロン兄さん。
すぐ隣にいるのは悪魔(シャイターン)の少女化魔物たるマニさん。
状況が状況だっただけに、まともな状態で対面するのはこれが初めてだ。
「お前達も、病み上がりのような状態でよくやってくれたな。今日この日まで無事であったことと言い、妾は誇りに思うぞ」
母さんは、そう兄さんだけでなくマニさんにまで母親風を吹かせながら言う。
【ガラテア】に強制されたこととは言え、真性少女契約を結んでいるのは事実。
彼女はもう母さんの中では娘なのだろう。
まあ、いつものことだ。一つ区切りがついた実感が湧く。
しかし、そんな俺とは対照的に。
「あ、いえ、その」
母さんの態度と言葉を受け、マニさんは戸惑いの表情を浮かべた。
不慣れ故でもあるだろうが、どちらかと言うと別の理由が大きそうだ。
「けど、操られていたとは言え、俺は【ガラテア】に加担して……」
罪悪感を強く滲ませながら呟いたアロン兄さん同様、状況的に称賛など相応しくないと思い込んでしまっているからだろう。
「あー、その、アロン兄さん? 実は――」
そうした二人に正にその【ガラテア】と契約した身として気まずさを抱き、適切なフォローを頭の中で探しながら口を開く。が、その途中で。
「然り。お前は操られていた。この私にな」
俺の言葉を遮り、テアと入れ替わって表に出てきた【ガラテア】が告げる。
「元凶たるこの私をおいて、お前が罪に問われることなどなかろうよ。私の行為の責任も咎も、向けられる感情も。全てこの私のものだ。操り人形なぞに譲らん」
「な、何を……」
突然偉そうに上から目線で言われ、アロン兄さんは困惑の声を上げた。
普段のテアを知る両親も、彼女の変貌に混乱したように顔を見合わせている。
「テア。お前は一体何を言っておるのじゃ。……そう言えば、以前はあった忌避感のような感覚がなくなっているようじゃが」
「いや、あの、実はね」
この有様では包み隠さず話した方がいいだろう。
そう考え、俺は【ガラテア】の居城での出来事を全て説明した。
改めて救世の真実にも触れながら。
「な……つ、つまり、そこにいるのは正真正銘の――」
「然り。私こそドールの人形化魔物にして破滅欲求の化身たる【ガラテア】そのもの。……だが、今はイサクの味方。共に運命を覆さんと抗う同志だ」
胸を張って告げる彼女に、複雑な感情の視線が突き刺さる。
人類の敵として認識してきた存在を前に、冷静でいられる者は少ないだろう。
観測者としてより強固になったおかげか、忌避感が薄れた様子なのは幸いだが。
一先ず、この場は彼女との力〈我ら天上より万象を繰る〉を利用して、偏見なく事実を事実として吟味して貰えるように思考を誘導させて貰う。
それでも尚、反感や憎しみが勝れば、もはやどうしようもないが……。
「【ガラテア】もまた観測者がそのあり方を定め、生み出した存在。俺と同じ、役割を与えられた運命の操り人形みたいなものだから」
「……まあ、今は否定できんな。故に、この私を糾弾したければ少し待て。この身に絡まる糸を全て断ち切ってこそ、我が所業は真の意味で我がものとなろう」
【ガラテア】はそう告げると更に「もっとも、糾弾されたからと言って断罪されてやるつもりはないがな」と不敵に笑って続けた。
対して彼女に思うところのある者は、挑発と受け取ったように眉をひそめる。
俺は慌ててフォローするために口を開いた。
「【ガラテア】の言い方はどうかとは思うけど、実際のところ、この【ガラテア】を討っても俺の死と連動させて破滅欲求を一時的に消さない限り、どこかの場所で復活するだけだからね。それも間髪容れずに」
どうしても罪を償わせたいと言うのなら、俺ごと殺すか、生かさず殺さず罰を与え続ける以外にない。
俺の命がかかっているからではないが、正直前者では堪えないだろうし、未来に新たな犠牲と罪が生まれるだけだ。やるなら後者をお勧めしたいところだ。
「それに、これから俺がやろうとしていることには彼女の存在が不可欠なんだ。思うところはあるだろうけど、今は抑えて欲しい」
もっとも、これについては存在が必要なだけで人格は別に必要ないのだが、そこはこの場では黙っておく。
心臓を撃ち抜かれた状況から何とかここまでひっくり返すことができたのは、彼女の力によるところがほとんどだ。恩知らずにはなりたくない。
「……仕方あるまい。イサクと真なる契約を結んだとあらば、この者も妾の娘。とんだはねっ返りのようじゃが、更生させるも親の役目というものじゃろう」
割と張り詰めた空気の中、真面目な顔で相変わらずなことを言い出す母さん。
その内容に、さすがの【ガラテア】も驚いたように目を見開いた。
「……イサク。君の母親は、中々に面白い少女化魔物だな」
「そりゃあ、俺の母さんだし」
「ふむ。そうだな。さもありなんというところか。何せ、仇敵たるこの私を味方に引き入れた唯一無二の存在の母親な訳だからな。……しかし、更生とは大きく出たものだ。どのようなことをしてくれるのか、楽しみにさせて貰おうか。母よ」
「よかろう。妾が母親の偉大さというものを教えてやる。そういう訳じゃから、アロン、マニ。この者については一先ず妾に預けろ。よいな?」
「……分かった」「は、はい」
兄さんは熟考の末、マニさんはどこか流されるように頷く。
他の面々も、拉致された被害者当人が飲み込むのであればとこの場はとりあえず棚上げにしておくことにしてくれたようだった。一安心する。
「ありがとう。特に、アロン兄さんとマニさん」
「母さんと……弟の言うことだからな。気にするな。イサク」
「うん。全部終わったら、色々話そう。ライムさんも一緒に」
頷いて言いながら、家族の会話を邪魔しないように配慮してか俺達の様子を静かに見守っていた彼に顔を向ける。
アロン兄さんはその俺の視線を辿り、それから一つ頷いた。
「ああ。どうやら、随分と心配をかけたみたいだしな。そうしよう」
若干ぎこちない態度は、ほとんど初対面だから仕方がない。
だが、運命を覆すことができれば仲を深める時間はいくらでも作れる。
皆の幸せはこれからだ。
そう考えながら、少し離れた位置にいるセト達に視線を向ける。
護衛の約束を果たすように近くにいるラハさんは置いておいて。
隣にいるラクラちゃんとダンが家族の輪に入るように促しているようだが、真面目なセトは掟に抵触するからと首を横に振っていた。
とは言え、救世の転生者が不要となれば、掟もまた無用の長物。
遠くない未来に家族全員が集まる機会も得られるだろう。
「ムートも、ロトも助かった」
「私は借りを返しただけですー。でもー、感謝は受け取っておきますー」
間延びしたムートの言葉に同意するようにロトも頷く。
彼らについては家族とは別方向でよく知った仲だ。
多くを語る必要はないだろう。微笑んで頷き返すに留める。
「さて」
一先ず【ガラテア】の件を後回しにし、少しずつ穏やかな空気が流れ始める中。
一人、離れたところで俯いている少女の姿があり、俺は彼女に近づいた。
「イリュファ」
「イサク様……」
名前を読んだ俺に彼女は顔を上げ、しかし、すぐに気まずそうに視線を逸らす。
俺を裏切ったと罪の意識を感じているのだろう。
これから俺は、そんな彼女に最後の決断を強要しなければならない。
そのことでイリュファが傷ついたりすることのないように。
俺は言葉を選びながら口を開いた。
すると、入口のところで皆が待ち構えていて――。
「イサク!」「イサク君!」「旦那様!」
真っ先にサユキとルトアさん、そしてレンリが深い安堵の表情を浮かべながら勢いよく抱き着いてきた。
一歩遅れて、テアもまた空いている背中の辺りにしがみついてくる。
どうやら今は、【ガラテア】は奥に引っ込んでいるようだ。
「勝ったのじゃな?」
と、そこへ父さんと一緒に近づいてきた母さんが、そう僅かな緊張感を残しながら尋ねてきた。
その背中からはロナが顔を出し、こちらを心配そうに見詰めている。
対して俺が頷いて答えると、三人はようやく体の力を抜いて微笑んだ。
「さすがは妾達の息子じゃ。のう、主よ」
「ああ。……本当に、よかった」
続けて両親はそんな言葉を交わし、それから近くにいた二人へと視線を向ける。
一人は最後の最後のところで切り札になってくれたアロン兄さん。
すぐ隣にいるのは悪魔(シャイターン)の少女化魔物たるマニさん。
状況が状況だっただけに、まともな状態で対面するのはこれが初めてだ。
「お前達も、病み上がりのような状態でよくやってくれたな。今日この日まで無事であったことと言い、妾は誇りに思うぞ」
母さんは、そう兄さんだけでなくマニさんにまで母親風を吹かせながら言う。
【ガラテア】に強制されたこととは言え、真性少女契約を結んでいるのは事実。
彼女はもう母さんの中では娘なのだろう。
まあ、いつものことだ。一つ区切りがついた実感が湧く。
しかし、そんな俺とは対照的に。
「あ、いえ、その」
母さんの態度と言葉を受け、マニさんは戸惑いの表情を浮かべた。
不慣れ故でもあるだろうが、どちらかと言うと別の理由が大きそうだ。
「けど、操られていたとは言え、俺は【ガラテア】に加担して……」
罪悪感を強く滲ませながら呟いたアロン兄さん同様、状況的に称賛など相応しくないと思い込んでしまっているからだろう。
「あー、その、アロン兄さん? 実は――」
そうした二人に正にその【ガラテア】と契約した身として気まずさを抱き、適切なフォローを頭の中で探しながら口を開く。が、その途中で。
「然り。お前は操られていた。この私にな」
俺の言葉を遮り、テアと入れ替わって表に出てきた【ガラテア】が告げる。
「元凶たるこの私をおいて、お前が罪に問われることなどなかろうよ。私の行為の責任も咎も、向けられる感情も。全てこの私のものだ。操り人形なぞに譲らん」
「な、何を……」
突然偉そうに上から目線で言われ、アロン兄さんは困惑の声を上げた。
普段のテアを知る両親も、彼女の変貌に混乱したように顔を見合わせている。
「テア。お前は一体何を言っておるのじゃ。……そう言えば、以前はあった忌避感のような感覚がなくなっているようじゃが」
「いや、あの、実はね」
この有様では包み隠さず話した方がいいだろう。
そう考え、俺は【ガラテア】の居城での出来事を全て説明した。
改めて救世の真実にも触れながら。
「な……つ、つまり、そこにいるのは正真正銘の――」
「然り。私こそドールの人形化魔物にして破滅欲求の化身たる【ガラテア】そのもの。……だが、今はイサクの味方。共に運命を覆さんと抗う同志だ」
胸を張って告げる彼女に、複雑な感情の視線が突き刺さる。
人類の敵として認識してきた存在を前に、冷静でいられる者は少ないだろう。
観測者としてより強固になったおかげか、忌避感が薄れた様子なのは幸いだが。
一先ず、この場は彼女との力〈我ら天上より万象を繰る〉を利用して、偏見なく事実を事実として吟味して貰えるように思考を誘導させて貰う。
それでも尚、反感や憎しみが勝れば、もはやどうしようもないが……。
「【ガラテア】もまた観測者がそのあり方を定め、生み出した存在。俺と同じ、役割を与えられた運命の操り人形みたいなものだから」
「……まあ、今は否定できんな。故に、この私を糾弾したければ少し待て。この身に絡まる糸を全て断ち切ってこそ、我が所業は真の意味で我がものとなろう」
【ガラテア】はそう告げると更に「もっとも、糾弾されたからと言って断罪されてやるつもりはないがな」と不敵に笑って続けた。
対して彼女に思うところのある者は、挑発と受け取ったように眉をひそめる。
俺は慌ててフォローするために口を開いた。
「【ガラテア】の言い方はどうかとは思うけど、実際のところ、この【ガラテア】を討っても俺の死と連動させて破滅欲求を一時的に消さない限り、どこかの場所で復活するだけだからね。それも間髪容れずに」
どうしても罪を償わせたいと言うのなら、俺ごと殺すか、生かさず殺さず罰を与え続ける以外にない。
俺の命がかかっているからではないが、正直前者では堪えないだろうし、未来に新たな犠牲と罪が生まれるだけだ。やるなら後者をお勧めしたいところだ。
「それに、これから俺がやろうとしていることには彼女の存在が不可欠なんだ。思うところはあるだろうけど、今は抑えて欲しい」
もっとも、これについては存在が必要なだけで人格は別に必要ないのだが、そこはこの場では黙っておく。
心臓を撃ち抜かれた状況から何とかここまでひっくり返すことができたのは、彼女の力によるところがほとんどだ。恩知らずにはなりたくない。
「……仕方あるまい。イサクと真なる契約を結んだとあらば、この者も妾の娘。とんだはねっ返りのようじゃが、更生させるも親の役目というものじゃろう」
割と張り詰めた空気の中、真面目な顔で相変わらずなことを言い出す母さん。
その内容に、さすがの【ガラテア】も驚いたように目を見開いた。
「……イサク。君の母親は、中々に面白い少女化魔物だな」
「そりゃあ、俺の母さんだし」
「ふむ。そうだな。さもありなんというところか。何せ、仇敵たるこの私を味方に引き入れた唯一無二の存在の母親な訳だからな。……しかし、更生とは大きく出たものだ。どのようなことをしてくれるのか、楽しみにさせて貰おうか。母よ」
「よかろう。妾が母親の偉大さというものを教えてやる。そういう訳じゃから、アロン、マニ。この者については一先ず妾に預けろ。よいな?」
「……分かった」「は、はい」
兄さんは熟考の末、マニさんはどこか流されるように頷く。
他の面々も、拉致された被害者当人が飲み込むのであればとこの場はとりあえず棚上げにしておくことにしてくれたようだった。一安心する。
「ありがとう。特に、アロン兄さんとマニさん」
「母さんと……弟の言うことだからな。気にするな。イサク」
「うん。全部終わったら、色々話そう。ライムさんも一緒に」
頷いて言いながら、家族の会話を邪魔しないように配慮してか俺達の様子を静かに見守っていた彼に顔を向ける。
アロン兄さんはその俺の視線を辿り、それから一つ頷いた。
「ああ。どうやら、随分と心配をかけたみたいだしな。そうしよう」
若干ぎこちない態度は、ほとんど初対面だから仕方がない。
だが、運命を覆すことができれば仲を深める時間はいくらでも作れる。
皆の幸せはこれからだ。
そう考えながら、少し離れた位置にいるセト達に視線を向ける。
護衛の約束を果たすように近くにいるラハさんは置いておいて。
隣にいるラクラちゃんとダンが家族の輪に入るように促しているようだが、真面目なセトは掟に抵触するからと首を横に振っていた。
とは言え、救世の転生者が不要となれば、掟もまた無用の長物。
遠くない未来に家族全員が集まる機会も得られるだろう。
「ムートも、ロトも助かった」
「私は借りを返しただけですー。でもー、感謝は受け取っておきますー」
間延びしたムートの言葉に同意するようにロトも頷く。
彼らについては家族とは別方向でよく知った仲だ。
多くを語る必要はないだろう。微笑んで頷き返すに留める。
「さて」
一先ず【ガラテア】の件を後回しにし、少しずつ穏やかな空気が流れ始める中。
一人、離れたところで俯いている少女の姿があり、俺は彼女に近づいた。
「イリュファ」
「イサク様……」
名前を読んだ俺に彼女は顔を上げ、しかし、すぐに気まずそうに視線を逸らす。
俺を裏切ったと罪の意識を感じているのだろう。
これから俺は、そんな彼女に最後の決断を強要しなければならない。
そのことでイリュファが傷ついたりすることのないように。
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