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第1章 雌伏の幼少期編

046 別の道へ行く前に①

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「じゃあ、まずは先攻後攻を決めるか。正樹、どっちがいい?」
「俺が決めていいのか?」
「ああ」
「……なら、俺が最初に投げる」

 正樹の答えに頷き、俺はバットを手にバッターボックスに入った。
 キャッチャーはなし。
 完全な1対1。
 判定はバックネット裏にカメラを設置し、公正に審判アプリにやって貰う。

 まずはピッチャー正樹、バッター俺。
 それで3打席勝負を行い、その後でピッチャーとバッターを交代する。
 勝利条件は結構ふわっとしているが、力づくで明白な結果にするつもりだ。

「よし……来い、正樹」

 構えを取り、投球を促す。
 何気にこっちは初対決だ。
 俺がバッティングピッチャーをして正樹が打つことはあっても、ピッチャーの正樹を相手にしたことは練習でもない。
 正樹の投球練習として誰かを打席に立たせることは何度もあったけど、俺はその時キャッチャーをしているからな。

「行くぞ、秀治郎」

 静かに告げて正樹が振りかぶる。
 1球目。
 インコース低めのストレート。
 とりあえず見逃す。

『ストライクワンッ!』
「……さすが、速く感じるな」

 体感速度は170km/h超。
 改めて、小学生が対峙するような球じゃないと強く思う。
 既にアマチュアレベルでもない。

「負けを認めるなら今の内だぞ」
「それはこっちの台詞だ」

 2球目。
 インコース高めのストレート。

『ストライクツーッ!』

 きっちりコースギリギリに投げ込んできているな。
 素晴らしいコントロールだ。

「振んないと当たんないぞ」
「分かってるさ。そんなことは」

 そして3球目。

「それは素直過ぎるぞ、正樹」

 ――カキーンッ!!

 アウトコース低め。
 遊び球なしのストライクゾーンギリギリいっぱい。
 コースに逆らわず打った球は、ライトに置かれた柵を軽々超える弾丸ライナー。
 逆方向へのホームラン。

「そ、そんな……」
「対角線に投げ込むのは基本中の基本。けど、見え見えの配球じゃ打たれるのは当然だろ? 今はキャッチャーがいないんだから、もっと考えて投げろ」

 インコース高めで上体を起こし、アウトコース低めにズバッと。
 決まればピッチャーとしてもキャッチャーとしても絶頂ものだ。
 けれど、最初から来ると分かっていれば構えが狂ったりはしない。
 これまでの成功体験から、正樹の配球は実に単純だった。
 まあ、俺が彼に指示していた配球そのままってことでもあるけども。
 俺がそうしていたのは勿論、今まではそれで打ち取れる実力差が大きい相手としか当たってなかったからに過ぎない。

「さあ、次の打席だ。今度はもっと考えろ。持ってるもの、全部出し切れ!」
「っ! この!」

 2打席目第1球。
 アウトコース低めへの球は鋭く変化し、ストライクゾーンからボールゾーンへ。
 カットボールから入ってきたか。
 ようやく正樹も本気になってきたな。

 2球目。
 インコース低めギリギリにチェンジアップ。
 振りに行くが、引っかけて3塁側へのファウル。
 1ボール1ストライク。

 3球目。
 再びアウトコース低めへの変化球。
 今度はボールからストライクゾーンに入ってくるワンシーム。
 緩急を使われたこともあり、一先ず見逃す。

『ストライクツーッ!』

 1ボール2ストライク。
 最近の正樹の態度から言って、2ボール2ストライク平行カウントにはしないだろう。
 次が勝負球のはずだ。
 しかし、4球目。

「ちっ」

 インコース高め。ボール1個分外れたところにストレートが来た。
 スイングをとめられず、若干無理な態勢で当てるだけ当てる。
 内角から逆方向にステータスの暴力で何とか飛んでいった力のないフライは、実戦だったらライト前に落ちるポテンヒットというところ。
 とは言え、ちょっと読み違えてしまった感じだ。
 俺の指示通り自分で考えて投げてくれた訳だが、少し敗北感も抱く。
 もっとも、正樹も正樹で全く納得してない様子だけど。
 形はどうあれヒットはヒットだからな。

「ま、こういうこともあるか」

【戦績】に載っている正樹の投球の癖は、俺の配球によるものがほとんど。
 キャッチャーなしだと全く当てにならない。
 正樹自身の傾向が出始めた結果だな。
 それ自体はいいことだ、それは間違いない。

 しかし、割と近い問題が、初めて組んだバッテリーと対峙する場合にもある。
 そっちはキャッチャー側の【戦績】からある程度傾向は割り出せるが……。
 今回はそうもいかない。
 何にせよ、【戦績】も盲目に信じてはいけない訳だ。
 この勝負、俺にとってもいい経験になるな。

「さて、3打席目だ」

 折角の機会だ。こちらも全力を出し切ろう。
 そのために【生得スキル】【離見の見】を発動させる。
 視界が、視点が変わる。
 前世で見慣れた野球ゲームの視点。
 それと自分本来の視点。
 加えて、少し離れたところから自分の構えを見る視点が入り混じる。
 その処理を行うために脳がフル稼働し、自ずと超集中状態に入っていく。

 正樹が無言で振りかぶった。
 世界が緩やかに動く。
 球が手を離れる瞬間が正確に目に映る。
 握りがストレートではない。
 これはチェンジアップだ。
 前の打席からの延長線上での配球。
 緩急でストライクを取りに来たのだろう。

 だが、それもここまで見抜かれてしまっては意味がない。
 インコース低め。
 狙いを定める。
 タイミングは完璧。
 すくい上げるように振ったバットの真芯を食う。
 打った感触はほぼない。
 完璧な当たりだ。
 打球はピンポン玉のように左中間へと飛んでいく。

「なっ!?」

 一瞬遅れて振り返って打球の行方を見る正樹。
 その時には既に、ボールは柵の遥か向こうに転がっていた。
 それを認識した正樹は膝から崩れ落ちる。
 呆然として口が半開きになっている。

 ピッチャー正樹。バッター俺。
 その3打席勝負は、俺の3打数3安打2本塁打という結果に終わった。
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