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第2章 雄飛の青少年期編

閑話06 地方の伏竜鳳雛(とある記者視点)

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 県内有数のクラブチームだった村山マダーレッドサフフラワーズ。
 それが企業チーム化するというので、私はデスクに命じられて取材に来ていた。
 予定としては一通り練習風景を見学し、運営企業の社長とチームの監督、キャプテン辺りにインタビューをする。
 その後は定型に従って文章を書くだけだ。

 クラブチームが企業チームに変わることはそこまで珍しい話ではない。
 短絡的な経営陣が軽々に手を出すことが結構あったりする。
 理由は一獲千金の皮算用だったり、税金対策だったりと色々。
 表向きは選手のモチベーションアップを声高に叫んで実行に移し、失敗するか微妙な結果に終わったりするのがほとんどだ。
 継続できていれば、まあ、成功だろう。
 一応、大成功という事例もあるにはあるが、かなり昔まで遡ることになる。
 それこそ現在古豪と呼ばれている全国常連のチームが、実は結成当初は普通のクラブチームだった、とかそのレベルだ。

 妙に強いクラブチームが出てくるのも、珍しくはあれ、そこそこ起きる出来事。
 珍事というには少々足りないところだ。
 村山マダーレッドサフフラワーズも最初こそ驚かれはしたものの、全国では1回戦か2回戦敗退ばかりなので新鮮味が薄れつつある。
 当該地区のレベルが弱い中で台頭しただけという評価に留まっている。
 なので、全国紙の記者やテレビ局が来るようなレベルではないのが現状。
 もし必要があれば、私の記事が転載されるかも、という程度のものだ。

 まあ、淡々と、機械的に仕事をして帰ろう。
 そう思っていたのだが……。

「すみません、鈴木社長。あの子達、随分と若くありませんか?」
「ああ……そうですね。2人共、16歳です」
「高校生ということですか?」
「いえ、高校は中退していますので、正式な村山マダーレッドサフフラワーズの選手……ウチの社員ということになります」
「高校中退で社会人野球に……?」

 それは中々珍しい経歴だ。
 改めてグラウンドに目を向ける。
 すると、件の2人が尾高監督に促されて挨拶を始めるところだった。

「野村秀治郎です。ポジションはどこでもやれますが、ピッチャーとキャッチャーがメインです。目標はこのチームを3部リーグに昇格させることです」

 ……中々奇天烈なことを言う子だな。
 ピッチャーとキャッチャーがメインとは。
 そんなトンデモが許されるのは人数が少ない弱小チームぐらいのものだ。
 3部リーグ昇格に関しては、まあ、子供の夢というところか。

「……鈴木茜。ポジションはしゅー君専用のキャッチャー。しゅー君がピッチャーじゃない時は……セカンドとかショートとか」

 こちらは、最初の子とは別ベクトルでヤバい子だ。
 でも、まあ。社会人にも稀にいるんだよな。
 いい年して常識的な振る舞いもできないような奴が。
 まだ彼女の場合は16歳だからギリギリ許容できくもないが、2年後、3年後も同じだったら白い目で見られても不思議じゃない。

「はあ、あの子は本当に……」

 と、隣で頭を抱える鈴木社長。
 ……鈴木、か。
 ありふれた名字ではあるけれども――。

「もしかして、ご息女ですか?」
「ええ。お恥ずかしながら」

 成程。コネか。
 あの様子だと就職活動もままならない感じがするしな。
 ましてや高校中退では……いや、何故中退?
 あんなのでも高校ぐらいは卒業できるだろうに。

「どうして高校をお辞めになられたんですか?」
「いや、その、あの子に関しては隣の野村秀治郎君が諸々の事情で高校を辞めることになったから一緒に、というだけです」

 だけ、などと言って許容していい理由か? それは。
 いくら何でもエキセントリック過ぎる。

「では、彼は?」
「彼は、元々裕福な家庭の生まれではなかったのですが、父親が脳卒中で倒れてしまいまして。重い後遺症で仕事ができなくなり……」

 家計が苦しくなってしまい、高校も辞めざるを得なくなった訳か。
 まあ、ないとは言えない話だな。
 私の同情心など何の役にも立たないが、憐れな境遇だとは思う。

「それが何故、社会人野球のチームに?」
「彼は娘と同じ保育園に通ってまして、その時からのつき合いだったのですが、昔から野球が得意で、戦力になってくれると思って誘った次第です」

 コネと言えばコネ。
 しかし、こちらは比較的理解できなくもないな。
 と言うか、娘の方はちょっと異常過ぎる。
 そんな私の思いは、表情と視線から伝わってしまったようだ。

「言い訳になってしまいますが……あの子は昔、先天的な虚弱体質でした」
「先天性、虚弱……?」
「はい。長くは生きられない、生きることができたとしても一生病気とつきあっていく必要がある。医者にはそう言われました」

 治療法のない原因不明の奇病。
 比較的珍しいが、一般にも広く知られているものだ。
 ひたすら体力がなく、症状が重ければ生きるだけで精一杯。
 鈴木社長の発言を信じるなら、彼女もそのレベルだったようだが……。

「野球をやれているということは、完治されたのですね」
「はい」

 稀ではあるが、そうした事例はいくつか報告されている。
 しかし、回復の要因はいずれも不明。
 言い方は悪いが、運のよし悪しと考えるしかない。
 彼女は運がよかったのだ。

「……彼と出会ってしばらくしてから、見る見る内に症状が改善されました。私達にとって、あの子にとっても、彼は守り神のような存在なのです」

 ふむ。
 それが故に、こうして家計のサポートをするような形でチームに加えた訳か。
 美談ではあるが、企業チームを運営する社長としてはどうなんだろうな。
 本気でチームを強くする気があるんだろうか。

 そんなことを考えながら練習風景を眺める。
 しばらくすると、バッティング練習が始まった。
 バッティングピッチャーは先程の野村秀治郎君。
 キャッチャーは鈴木茜さんだった。

 選手というより、裏方として加入させたのだろうか。
 そう思いながら彼らを見守り、少し驚く。

「……意外とやりますね」

 球速は140km/h前後で、変化球も多彩。
 16歳でこれなら、高3で中堅高校ぐらいのレギュラーは取れそうなレベルだ。
 4年後ぐらいには中核を担う選手になれるポテンシャルもあるかもしれない。
 コネとは言え、彼をチームに入れたことは悪くない選択と言えそうだ。

 鈴木茜さんの方も、バッターが空振りした時には危なげなく捕球している。
 こちらもチームスタッフとしてなら普通に使えそうだ。
 頭の中でそんな風に勝手な評価を下していると――。

「彼の力はまだまだですよ」
「……それは、どういう意味――?」

 ――パァン!!

 顔を鈴木社長に向けた瞬間、一際大きな捕球音が鳴った。
 慌てて視線を戻す。
 野村秀治郎君が新しいボールを手にし、大きく振りかぶる。

「え?」

 そして目の当たりにしたのは150km/h超えの直球と、先程よりもキレのある変化球を投じる野村秀治郎君の姿だった。
 空振りの頻度が増える。
 だが、鈴木茜さんはこともなげに捕っている。
 その光景を目の当たりにして、私の体が意図せずブルリと震えた。

「ふ、2つの段階を随分と器用に切り替えますね」

 別のバッターになっても同様。
 バッティングフォームとヒッティングポイントを調整するための打撃練習。
 実戦形式の打撃練習。
 それを繰り返しているようだ。

「いえ、もう1段階、上があります」
「は?」

 否定の言葉と続く内容に、思わず変な声が出た。
 鈴木社長を見るが、彼はグラウンドに顔を向けたまま。
 発言の意味を理解しあぐねながら、私も視線を戻す。

 次にバッターボックスに入ってきたのは内海良蔵選手。
 強打を誇る村山マダーレッドサフフラワーズのレギュラー選手だ。
 昨年末の社会人野球日本選手権でも、得意の内角打ちで活躍している。

「じゃあ、本気で行きますね!」

 と、第1、第2段階を経た後で野村秀治郎君がマウンドからそう声をかけた。

「ああ、来い!」

 対して、力を込めて応じる内海選手。
 そうして投じられた球は想像を超えていた。

「嘘だろ……」

 思わず素のリアクションをしてしまう程に。

 160km/h近い直球と、笑うしかない鋭さの変化球。
 これはあの新たな神童、磐城巧君に匹敵するどころか超えている。
 それを捕る方も捕る方だ。しかも、女の子という。
 コネだの何だのと考えていた自分が恥ずかしい。
 利があるのは、むしろ逆。
 村山マダーレッドサフフラワーズの方だ。
 あれ程の逸材とのコネを持っていた鈴木社長の縁を、羨むべきだろう。

 ……都市対抗野球の本戦にも出場できるこのチームに、彼らが加わる訳か。
 攻撃力に反して、村山マダーレッドサフフラワーズは投手力に難があった。
 このレベルの投手が加われば、あるいは。
 野村秀治郎君が挨拶の時に口にしていた、3部リーグ昇格という目標も夢物語ではないかもしれない。そう思えてきた。

 心臓の鼓動が速まる。
 久々に野球選手を見て昂りを覚えた。

「あの、鈴木社長。彼の取材をさせていただけますか?」
「申し訳ありません。彼とチームの意向で都市対抗野球までは……」

 即座に断られてしまったが、納得もする。
 あの2人はチームの隠し玉なのだ。
 他のチームにマークされたくないと思うのは当然のことだろう。

 しかし、この山形県にまたも隠れていた才能。
 記事にできれば、話題を呼ぶのは間違いないはずだ。
 今すぐにでもそうしてしまいたい気持ちが胸の内に湧き上がる。
 だが、どの業界も仁義は大事。
 今後の野球界を席巻するかもしれない存在が相手と考えると、ここで無理をして関係を拗らせるのは下策も下策だ。
 後々取材拒否などされてはたまったものじゃない。

 今はまだ、彼らの存在は私の心の中に留めておくとしよう。
 とは言え、布石は打っておかなければ。

「都市対抗野球の際には、改めてチームと彼を取材させていただけますか?」
「はい。その時は、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、是非よろしくお願いいたします!」

 実力に加えてドラマ性のあるバックグラウンド。
 時代のスターとなり得る素養に溢れている逸材。
 そんな彼らが世に出る時が待ち遠しい。

 私は打算に塗れた大人だ。
 だが、同時に単なる野球好きでもある。
 純粋に彼らが日本野球界にもたらすものを見届けたい。
 そんな気持ちもまた大きかった。

 スポーツ記者として、一野球ファンとして。
 彼らの活躍をずっと追いかけていくことができたら幸せなことだろう。
 今度はバッターとして始めた打撃練習で柵越えを連発している彼に一層その思いを強くしながら、私は時間いっぱいまで練習を見守ったのだった。
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