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第2章 雄飛の青少年期編

147 不足している人材について

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 3部昇格後を見据えて色々と動いている内に10月に入り、中旬になった。
 プロ野球のペナントレースは全日程が終了し、今はプレーオフの真っ只中だ。
 リーグによっては中々順位が確定せず、ゲーム差1の中に2位から4位のチームが入ったり、順位が入れ替わったりと最後までハラハラする展開だったが……。
 最終的には地力通りの結果となっていた。
 具体的には、俺達が東京から帰ってきた頃の順位そのままだ。

 入れ替え戦は1部、2部、3部いずれも10月下旬。
 全てプレーオフと日本シリーズの間の空白期間を埋めるように行われる。
 本当にもう間もなくというところだ。
 試合間隔が大分空いただけに、どのチームも今は練習に余念がないだろう。
 村山マダーレッドサフフラワーズも私営3部イーストリーグ最下位の山形マンダリンダックスとの決戦に向け、いつものレンタル球場で最終調整を行っている。

 そんな大事な時期に。
 俺は練習もせず、会社の会議室で机に向かってタブレットと睨めっこしていた。

「秀治郎、よさそうな人はいたか?」
「うーん。そうですねえ……」
「芳しくない反応。駄目だったみたい」

 俺の様子を見て、傍にいたあーちゃんが解説を入れる。
 残念だが、彼女の言う通りだった。

 画面に映っているのは、中途採用の募集に対して送られてきた自己PR動画。
 まずは書類選考と動画選考から、ということで履歴書と一緒に要求したものだ。

 撮影時の状態になってしまうが、映像だけでもステータスを確認できるからな。
 動画選考は中々に効率的だ。
 とは言え、それで分かるのはあくまでも野球に関わる能力だけ。
 野球以外の部分については、精々保有しているスキルの中に実生活で応用が利きそうなものがあるとかそれぐらいだ。

「……やっぱり選手としての能力じゃないと見極めは難しいみたいです」

 今回は正にその実生活で応用が利きそうなスキルの有無の方が焦点。
 あるかないかの2つに1つなので、実のところ見極め自体は簡単だ。
 なので、これは【マニュアル操作】の存在やその中身を知っている者からすると少しズレた発言になってしまう。
 まあ、明彦氏に対しての言い訳だ。

「いや、野球の才能が何となく分かるだけでも凄いことだけどね」
「とは言え、自分から見せて欲しいと言い出したことですから」

 わざわざタブレットと動画を用意して貰っただけに、成果を上げることができなかったのは本当に申し訳ない。

「構わないよ。有能な人材を見逃さずに済むなら、それに越したことはないさ」

 これまでの流れで薄々分かるだろうが、村山マダーレッドサフフラワーズが出したのはチームスタッフの募集だ。
 3部リーグに上がれば、とにかく人が不足することは目に見えている。
 それを見越して、今の内から人手を確保しようとしている訳だ。
 合わせて俺の方でも集めておきたい人材があり、こうして応募者の自己PR動画を見せて貰っているのだった。
 尚、俺も会社の従業員ではあるし、採用に関わることと利用目的の逸脱もしていないので個人情報保護の観点での問題はない。

 ……それはともかくとして。
 俺の最終目標は変わらずWBWでアメリカ代表を打倒することだ。
 そのために将来同じチームで共にあの強大なレジェンド達に立ち向かうことができる選手達を探してきた訳だが、当然ながら戦うのは選手だけではない。
 チームスタッフも一丸となって挑まなければ、勝ち目はないだろう。
 つまり、そこにもいい人材を配置しなければならない訳だ。
 今回の俺の行動は正にそれが目的となる。

 勿論、村山マダーレッドサフフラワーズのスタッフをそのままWBW代表チームのスタッフに捻じ込むことができるとは限らない。
 それでも人材は確保しておきたい。
 野球界に引き込んでさえおけば、あるいはそこに繋がるかもしれないのだから。
 備えあれば患いなし。
 対アメリカ代表戦に向けて、やれる限りのことはやっておかなければならない。
 そのためにもまずは。

「スコアラー部隊は是非整えたいところなのですが……」
「やりたい人にやらせるのは駄目なの?」
「海外の情報収集まで考えると普通の人だけじゃ難しいからな」

 WBWが国際情勢を決める関係で野球選手は前世における軍人のような立ち位置にもあり、野球に関わる技術は軍事技術のような扱いにもなる。
 そのため、海外の試合の映像は大事な部分が隠されているし、プロの試合には観客が撮影機器を持ち込むことはできない。
 スタンドでスマホを出したり、メモを取ったりといった行動も禁止されている。
 チケットの規約とかではなく、明確に刑法によって。
 つまり、それらに違反すると普通に逮捕される。
 更に他国のスパイと見なされると、かなり重い刑罰を科せられることになる。
 野球に狂った世界ならではの法律、だな。

 勿論、海外旅行や仕事での海外出張は普通にできる。
 外国の人間が現地のプロ野球の試合を観戦することもできる。
 そういった部分に制限はない。
 しかし、明らかな偵察行為は厳禁。
 なので、現地で情報を収集するのはほぼ不可能と言っても過言ではない。
 目に焼きつけて、それを言葉で伝えることぐらいしかできない。
 とは言え、記憶を頼りにそうするのは困難だし、不正確極まりない。
 受け取る側も100の内10伝わればいい方だろう。

「だからこそ視野が広く、記憶力に優れた人材が欲しかったんだ」

 それもスキルで保証された特異なレベルのものを。
 実際、母さんの胎内で確認した限り、そちらの方面で効果を発揮できそうな【生得スキル】がいくつかあった。

 例えば【俯瞰】。
【離見の見】に若干近い部分もあるが、こちらの方が広い視野を確保できる。
 例えば【瞬間記憶】。
 一瞬の出来事を正確に記憶することができる。
 印象に強く残っていれば、記憶力にも補正がかかる。
 例えば【完全記憶(野球)】。
 こちらは野球に限ったものではあるが、いわゆる超記憶症候群のように経験した全ての出来事を忘れずにいることができる。
 野球限定なのは、全てに適用されてしまうと弊害が大きいからだろう。
 苦痛も悲劇も絶望も、何もかも忘れられないのは大き過ぎるデメリットだ。

 この他にもいくつか使えそうなスキルがあったが……。
 ともかく、こうした【生得スキル】を持つ者がいないか探していたのだ。
 しかし、少なくとも今まで確認した応募者の中にはいなかった。

「ふぅ……」
「しゅー君、少し休んだ方がいい」
「そうだぞ。まだ今ある半分ぐらいだし、締め切ってもいないから増え続けているんだ。何せ、今回の募集には想定外に応募が殺到しているからな」
「……皆、現金極まりない」

 やれやれと首を横に振りながら、呆れたように嘆息するあーちゃん。
 彼女の気持ちも分かるので苦笑してしまう。
 とは言え、応募者の思考も理解できなくはない。

 鮮烈に都市対抗野球を勝ち抜いた村山マダーレッドサフフラワーズ。
 その圧倒的な強さは、多くの人々に3部昇格の可能性を感じさせたことだろう。
 そこへ来てチームのスタッフ募集。
 もし採用されれば、3部とは言えプロ野球球団の関係者になることができる。
 ワンチャン成り上がりのおこぼれに預かることができるかもしれない。
 そう考えた人間が多数いた訳だ。
 現金と言えば現金だが、将来有望な企業への就職を目指すのは普通の話だ。

 何より、そのおかげで今までとは桁違いの数、言わば【生得スキル】ガチャを回すことができているのだ。
 俺としては特に文句はない。
 だが、やはりSSRはそうそう出ないものだ。
 そもそも【生得スキル】を持つ人間自体少ないのだから仕方がない。

「こればっかりは根気強く続けていくしかないな」
「ん。けど、今日はここまで」

 と、あーちゃんにタブレットを取り上げられてしまった。
 彼女は心配するような視線を俺に向けて言葉を続ける。

「もう何時間も見続けてる。そろそろ練習も終わる時間」
「……そうだな」

 つき添って隣にいたあーちゃんも疲れただろう。
 彼女は彼女で調べものをしてくれていたからな。
 今日はこの辺にしておこう。
 立ち上がって1つ大きく伸びをする。

「後はまた明日。今日は帰ろうか、あーちゃん」
「ん」
「明彦おじさん、ありがとうございました」
「ああ」

 電源を落としてタブレットを返却する。
 それから入れ替え戦までの数日、俺は主に動画の確認をしていたのだが……。
 残念ながら今ある自己PR動画を全て見ても、目的の【生得スキル】を持った応募者はいなかったのだった。
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