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第2章 雄飛の青少年期編

閑話11 癖のある人材(陸玖ちゃん先輩視点)

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 それからしばらくすると、部室にチラホラと人が集まり出した。
 自己紹介はまだしてない。
 連絡がついたメンバーが全員揃ってからと大島先輩に言われている。
 なので、私は部屋の隅っこで大人しく椅子に座って待っているけれども……。
 何となく居心地が悪い。
 新しい子がいるな、みたいな意識を向けられているのが分かる。
 人見知りにはちょっときついシチュエーションだ。
 あ、もう1人来た。

「……うん。とりあえず、今日はこれで全員だね」

 集まった面々を確認するように見回しながら大島先輩が言う。
 彼女と石嶺先輩を除いて6人。
 これで揃ったらしい。
 他の3人は都合がつかなかったみたいだ。

「コホン。本日、山大総合野球研究会に新しい仲間が加わりました。陸玖ちゃん後輩こと津田陸玖さんです! 皆、仲よくしてあげてね!」

 陸玖ちゃん後輩こと、は余計……。
 そう思っていると大島先輩に視線で促され、慌てて立ち上がって頭を下げる。
 ちょっと勢いをつけ過ぎてクラッと来たけど、顔を上げてそのまま口を開く。

「つ、津田陸玖です! よよ、よろしくお願いしみゃす!」

 か、嚙んじゃった。
 うぅ。恥ずかしい……。

 顔が赤くなっているのが自分で分かる。
 久し振りの後輩ポジションなのもあってか、緊張が増してしまってる気がする。

「だいじょぶ? この子」

 自己紹介だけで一杯一杯になってしまっている私を訝しげに見ながら、向かって左側にいる女性の先輩が問う。
 椅子の背もたれを抱くように逆向きに座っていて、子供っぽい印象がある。

「大丈夫大丈夫。ちょっと人見知りが酷いだけだから」
「……そんな子、どこから拾ってきたのよ」

 大島先輩の返答を受け、今度は別の先輩から質問が来る。
 こちらも女性だ。
 男性の先輩もいるが、彼らは様子を窺っている。

「村山マダーレッドサフフラワーズの野村選手の紹介でね。山形県立向上冠中学高等学校の先輩後輩の関係なんだって」
「へぇ、それはいいコネクション持ってるね!」
「今を時めく山形の星。未来のトッププロの知り合い……色々使えそうね」

 彼女達の品定めするような視線に少し怯む。
 他のメンバーの人達も似たり寄ったりだ。

「こらこら。皆、可愛い後輩を利用しようとか考えない!」
「嫌だよぉ、代表。人聞きが悪いなぁ」
「このサークルの基本はギブアンドテイク。勿論、相応の対価を払うわ」
「だったら、よし」

 いいんだ。それで。

「ただし! 本人の許可は必要不可欠! それと、利益と対価のつり合いがちゃんと取れてるかどうかは第3者判断だからね!」
「はーい」
「はいはい。分かってるわ」

 ……まあ、便宜を図れば便宜を図って貰えるというだけのことだろう。
 何かを要求されたとして、可否はこちらで決めていいなら後は内容と対価次第だ。
 だったら、場合によっては野村君に相談を持ちかけてもいいかもしれない。
 あくまでも彼の利益にもなるような対価が得られなら、の話だけど。
 そんなことを考えながら、彼女達のやり取りを見守っていると――。

「それで? 陸玖ちゃん後輩は、このサークルで何をしたいの?」

 ちょっと澄ました感じがする方の先輩が私に尋ねてくる。
 呼び方。このまま定着しちゃうんだろうな……。

 まあ、それはともかくとして。
 大島先輩達に対して宣言した内容をそのまま伝える。
 WBWでアメリカ代表に挑む野村君達の手伝いがしたい。
 その気持ちは彼らと過ごす内に確固たるものとなって、今も私の中心にある。
 理想通りになるかは分からないけど、そのために頑張っていきたい。

「ならシュシュが協力できるかも!」
「そ、そうなんですか? え、えっと……」
「シュシュは藻峰もほう珠々しゅしゅ。よろしくね! 陸玖ちゃん後輩ちゃん」
「は、はい。よろしくお願いします。そ、それで、藻峰先輩は――」
「シュシュでいいよぉ」
「で、では、シュシュ先輩は何の研究を?」
「シュシュはねえ。主に大リーグの中継の映像分析をしてるんだ。意図的に映さないようにしてる部分を浮き彫りにして、アメリカの野球を丸裸にしてやるの!」

 国際情勢を決定する重要な役割を担う野球。
 その一方で娯楽としての側面も持っている。
 特にWBWの覇者として長年君臨するアメリカ大リーグは、コンテンツとして最強と言っても過言じゃない。
 だから、大リーグの中継は全世界において放映権ビジネス中心にある。
 日本でも当然人気があり、テレビでもネットでも普通に見ることができる。
 ただ、うまい具合に色んな部分が隠されていて……。
 野村君も常々見たいところが見られないと愚痴っていた。

 シュシュ先輩の研究は、確かに彼の役に立つかもしれない。
 勿論、どの程度まで分析することができているかにもよるけれども。

「日本の方なら私かしら」
「え、えっと……」
「…………佐藤よ」
「佐藤先輩」
「何で下の名前を教えて上げないの? 御華おはなちゃん」
「珠々!」

 佐藤先輩は咎めるようにシュシュ先輩の名前を呼ぶ。
 よく分からないけど、何だか不満そうだ。

「え、ええと、佐藤華先輩ですか?」
「…………佐藤御華よ」
「あっ…………いえ。とてもいい名前だと思いますけど」

 オハナは確かハワイ語で家族とか繋がりとかそういう意味だったはず。
 そう思えば洒落てる名前だと思う。
 ただ、時代劇とかイメージに一瞬意識が引っ張られて変な反応をしてしまった。

「フォローはいいわ。昔から似た間違えられ方とリアクションをされてきたから」
「ご、ごめんなさい」
「謝らなくていいから。私のことは佐藤先輩と呼ぶこと」
「わ、分かりました」

 私自身呼ばれ方には思うところがあるので、佐藤先輩の言う通りにしよう。
 シュシュ先輩は隣で可愛い名前なのに、と唇を尖らせている。
 彼女、結構天然さんなのかも。

「そ、それで佐藤先輩は日本の野球の何を?」
「私は選手のフィジカル的な部分の変遷を研究してるわ。平均球速とかベースランニングの平均タイムとか。打球速度の平均とかね」

 それも大事な情報だ。
 私は珍プレーや珍記録ばっかり追っかけてきて、そういった部分の集計とかは全くしてこなかったから助かる。

「御華ちゃん数字に強いもんね。シュシュは数字の羅列見てると眩暈しちゃうよ」
「褒めても何も出ないわよ。と言うか、珠々の方が数字を覚えられるじゃないの」
「覚えられても、それを使いこなせるとは限らないもん。集計とか絶対無理無理無理。それに、シュシュの記憶力は野球限定だし」
「野球限定?」
「そうそう。野球に関わるものは【完全記憶】できるんだけどね。野球に関わらないものは中々覚えられないんだ。シュシュ、割とおバカさんだから」

 いや、あの。
 ここ国立大学なんだけど……。
 さすがに卑下し過ぎでは?

「陸玖ちゃん後輩ちゃん、信じてないね。ホントだよ? この大学に入れたのだって野球に関連させて無理矢理丸暗記したからだもん」
「え、ええ? それって本当なんですか?」

 荒唐無稽な話に思え、佐藤先輩に顔を向けて尋ねる。
 対して彼女は呆れ気味に嘆息しながら「それが本当なのよね」と肯定した。

 そう、なんだ。
 野球限定だなんて変な制限だなあ。
 けど、本当の完全記憶能力は結構大変だとも聞くし……。
 逆に都合がいい制限なのかもしれない。
 何にしても、これも野村君の言う人知を超えたものなのかな。

 まあ、そこはいいや。
 事実は事実として受け入れておこう。
 それよりも【完全記憶】かあ。
 確か、記憶力に長けた人材が欲しいって野村君がチラッと言ってた気がする。
 ……うん。後で彼にSMSか何かで報告しておこう。

「はいはい。込み入った話はまず自己紹介を済ませてから」

 そう考えていると、大島先輩がパンパンと手を叩きながら続きを促す。

「じゃあ、次は俺達が――」

 その後、集まった他の面々の自己紹介を受け……。
 こうして私は正式に山大総合野球研究会の一員になったのだった。
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