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第2章 雄飛の青少年期編
184 指名挨拶と記者会見
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ドラフト会議の翌日。
俺とあーちゃんは母校である山形県立向上冠中学高等学校を訪れていた。
指名挨拶に赴いた尾高監督と編成部の人達に、折角だからとついてきたのだ。
サプライズゲスト的な立ち位置になる。
まあ、俺は一応投手コーチを兼任しているので(普通指名挨拶に加わるのは監督ぐらいだから異例ではあるものの)期待の表れとか言いようがある。
ただ、まあ、あーちゃんは……ほとんど賑やかし要員だな。
当人は性格的にマイペースで、場を盛り上げるようなタイプじゃないけれども。
1部リーグ初の女性プロ野球選手として注目されているし。
広報用の素材を作るのにいいんじゃないか、ということで同行している。
ただ単に俺にくっついてきている訳ではない。
「しゅー君、変なこと考えてる」
そんな思考が【以心伝心】でほんのり伝わってしまったらしい。
あーちゃんから軽くジト目を向けられてしまった。
これがあるから彼女には嘘をつけない。つく気もないけど。
「あ、はは。いや、それにしても懐かしいな。学校」
「しゅー君、誤魔化した。…………でも、ホントそう」
色々あって高校生活を僅か1年で終えてしまった。
だが、山形県立向上冠中学高等学校はその名の通り中高一貫校。
俺達は内部進学組だったので、3年以上は通っていたことになる。
その上で、学校を退学してからの2年弱の時間を慌ただしく過ごしてきた。
社会人野球。日本プロ野球3部リーグ。
そして2部リーグを経て。
遂には日本野球界最高峰のステージである1部リーグにまで登り詰めた。
そのせいか、学校生活はもう遠い過去のことのようにも感じる。
それを象徴するように。
当然ながら当時は制服姿でここを歩いていた俺達も、今や2人共スーツ姿だ。
まあ、年齢が年齢なので、傍目には就活生にしか見えないかもしれないが……。
一応、テレビに映っても侮られない程度のビジネススーツを着てはいる。
ちなみに、動きにくいからということであーちゃんもパンツスーツだ。
タイトスカート姿が世に出ることは多分ないだろう。
「校舎の中にメディアの人達がたくさんいて何だか不思議な感じ」
「だなあ」
指名挨拶の場に向かう廊下の脇には、カメラマンが誘導するように並んでいた。
業務用のゴツいビデオカメラを向けられながら、尾高監督達の後を歩いていく。
やがて会場として用意された会議室に至り……。
「失礼します」
俺達は頭を下げてから順々に中に入った。
高校だと校長室で指名挨拶が行われるのをよく見かけるが、今回は3人同時となるので広い部屋を使わせて貰うことになっていた。
既に集まっていた別のカメラマン達が激しくシャッター音を鳴らす。
点滅するフラッシュに、あーちゃんがしかめっ面になる。
それを見て、会議室の中で待っていた美海ちゃんが小さく苦笑していた。
そんな彼女と軽く視線を交わしてから、尾高監督達に合わせて椅子に座る。
机を挟んで反対側には校長先生と虻川監督(先生)。
それとこの場の主役である美海ちゃん、倉本さん、昇二が並んでいた。
「昨日のドラフト会議で浜中美海さんを1位、倉本未来さんを2位、瀬川昇二君を4位で指名させていただきました」
まず編成部の人間が定型句を使って告げる。
もっとも。1度に3人も同じ高校から同じ球団に、なんて前代未聞だろう。
こんなに名前を並べ立てることは、後にも先にもこの場だけかもしれないな。
「まず浜中美海さんはナックルとストレートのコンビネーションと制球力、そして9回を投げ切ることのできる持久力を高く評価させていただきました」
「ご存じの通り、村山マダーレッドサフフラワーズはまだまだ投手層に課題があります。浜中美海さんにはローテーションの一角を担って貰いたいと考えています」
尾高監督が指名理由について補足を入れる。
つまるところ、ちゃんと即戦力として数えているということだ。
それを改めて俺以外の人間から告げられたためか、美海ちゃんの顔が強張る。
プレッシャーを感じているのかもしれない。
「倉本未来さんはナックルを確実に捕ることのできる捕球力と、極めて高いコンタクト率とそれによる極端な三振の少なさを高く評価させていただきました」
「浜中美海さんとバッテリーを組んでいただきたいのは当然として、高い出塁率を見込めるリーディングヒッターになってくれることを期待しています」
倉本さんはギラギラとした瞳を尾高監督に向けている。
必ず結果を残したいという意気込みが窺える。
あの番組での小細工を伝えた時には、彼女は大分憤っていた。
そのこともあり、見返してやりたい気持ちが燃え上がっているようだ。
彼女の原動力は以前からそれだしな。
プロになっても懸命に、野球に向き合ってくれることだろう。
「瀬川昇二君は将来性を見込んでの指名です。夏の甲子園でキャッチャーとしてのみならず、内野手としても戦い抜いたことを高く評価させていただきました」
「将来的には村山マダーレッドサフフラワーズの正捕手として、チームの中核を担って貰いたいと考えています」
昇二は……何だか目が泳いでるな。
大丈夫か? 隈もできてるし。
「「ありがとうございます」」
「あ、あ、ありがとうございます」
美海ちゃんと倉本さんが頭を下げるのを見て、昇二も慌てたように続く。
彼は未だにドラフト指名を受けたことが信じ切れていないようだ。
現実味がないといったその様子に思わず苦笑してしまう。
あれだけ言ったのにな。
実際にその時が来ると、また違う感覚を抱くものなのかもしれない。
あるいは、ついつい評論家によるドラフト会議の採点やらネットの評価やらを見てしまって、それに影響されているのか。
そういうのは、自分に自信を持てない者にとっては毒にしかならないからな。
気にしていると目につきやすいものだから、尚更たちが悪い。
ともあれ、更に2、3言葉を交わして指名挨拶は終わり。
次は場所を移して3人の記者会見だ。
別に用意された会見場に全員で向かう。
その途中で俺は、地に足がつかない感じの昇二に近づいた。
「昇二」
「あ、秀治郎……これ、夢じゃないんだよね?」
「本気だって言ったじゃないか」
「それは、そうだったけどさ……」
「ここまで来れば、さすがに俺の独断じゃないって理解できただろ?」
「う、うん……」
「この球団にとって最善の選択として、お前を指名してるんだ」
表向き尾高監督や編成部に伝えた理屈は次の通りだ。
そもそも、あーちゃんは長く現役を続ける気がない。
そうなると、160km/h超の直球や客観的に見て尋常じゃなく切れのある変化球を難なく捕ることのできるキャッチャーが必要不可欠となる。
昇二は大松君で既に慣れているので要件を満たしてしている。
その上で気心も知れているし、やりやすい。
美海ちゃんが先発登板した時には別のポジションでも出場して無難にこなしており、キャッチャー以外でも使い勝手がいい。
加えて、バッティングや走塁もまだまだ伸び代がある。
ここでスルーして他球団の手に渡ると、間違いなく後々大きな脅威になる。
だから、今の内に獲得しておくべき。そんなところだ。
まあ、キャッチャーとしては倉本さんも他球団の正捕手レベルになれるだろう。
捕球力で言えば、むしろ彼女の方が上だ。
ただ、【軌道解析】は危機回避能力が【直感】に比べると劣ってしまう。
当然ながら軌道を予測する能力は遥かに上ではあるが……。
やはり怪我が怖い。
このレベルだと、キャッチャーミットの僅かなズレで指を痛める恐れがある。
その点、昇二は俺と同じく【怪我しない】を持っているので全く心配がない。
気兼ねなく全力で投げ込むことができる。
なので、あーちゃんの後任は彼以外にいないと思っていた。
「ん。貴方は球団に必要な存在。わたしもそれは認めてる。胸を張っていい」
と、正にその彼女も俺の言葉に続いてフォローを入れてくれた。
……立場が人を作るってのは正しいのかもな。
社会人となり、結婚もして。社交性が日々増していっている。
勿論、変わらずマイペースな部分も多々見られるけれども。
とは言え、今も昔もほぼ会話のない昇二の中のあーちゃんは昔のままだろう。
だからこそと言うべきか、彼女の言葉は彼に響いたようだ。
昇二は驚いたように大きく目を見開き、それから表情を和らげた。
「うん。ありがとう」
幾分か心が晴れたようで、足取りも確かなものになっている。
この様子なら一先ず大丈夫だろう。
あーちゃん共々そっと距離を取り、会見場の端の方で皆の様子を見守る。
「只今より村山マダーレッドサフフラワーズより指名をいただきました浜中美海選手、倉本未来選手、瀬川昇二選手の共同取材を行います」
3人分、しかも色々と物議を醸していることもあってか記者の数が多い。
大勢の大人達の注目を浴び、美海ちゃん達も少々居心地が悪そうだ。
とは言え……。
「まずは指名を受けた率直な気持ちをお聞かせ下さい。浜中美海選手から」
「は、はい。率直に……ええと、地元民として村山マダーレッドサフフラワーズの躍進はリアルタイムで見ていたので、その一員になれることを嬉しく思います」
「倉本未来選手」
「とにかくホッとしたのが1つ。それ以上に今は早くプロの世界に挑みたいっす」
「瀬川昇二選手」
「……正直なところ、僕でいいのかなとも思いましたが、指名して下さった皆さんの顔に泥を塗らないように必死に食らいついていきたいです」
記者から投げかけられる質問は無難なものがほとんどだった。
村山マダーレッドサフフラワーズの広報から、指名挨拶やこの会見の様子は動画で配信する可能性がある旨を伝えてあるおかげかもしれない。
あんまり変なことを言うと、そっちの方が炎上してしまう危険性もあるからな。
目に余るようであれば、出禁になって今を時めく村山マダーレッドサフフラワーズの取材に関われなくなる可能性もなきにしもあらずだし。
「浜中美海選手と瀬川昇二選手は野村秀治郎選手と野村茜選手とは小学校以来の幼馴染ということですが、チームメイトになることについて一言お願いします」
「秀治郎君や茜がいてくれることはとても心強いです。また一緒に野球ができることを楽しみにしていますが、その関係に甘えることのないようにしたいです」
「……秀治郎はある意味野球の師匠のような存在です。再び同じチームになることで、兄共々更なるレベルアップができると信じています」
記者会見は大体そんな感じ。
特にトラブルもなく、時間いっぱいで終了となる。
そうなれば、後は写真撮影の時間だ。
まずは定番のドラフト会議入場パス(監督のサイン入り)を持たされての撮影。
傍から見ていて、やっぱり指名挨拶と言えばこれだよな、と思う。
後は球団ユニフォームの上と帽子を身に着けての記念撮影。
これまたよく見かける光景だ。
しかし、シャッター音とフラッシュが最も激しかったのは別の趣向だ。
制服姿の美海ちゃんと倉本さん、そしてスーツ姿のあーちゃん。
元同級生の彼女達によるスリーショットの撮影。
これだけ他の数倍、時間を取っていた。
同行していた球団広報も張り切って写真を撮っている。
村山マダーレッドサフフラワーズ3人娘(仮称)として売り出す気らしい。
あーちゃんが一緒に来たのは正にこのためだ。
そんな華やかな空間の脇で。
俺は何人かの記者に囲み取材を受けていた。
「野村秀治郎選手。球団初のドラフト会議の結果について、野村秀治郎選手の考えをお聞かせ願えますでしょうか」
「そうですね。自分としては来季に向けて最高の結果を得られたと思っています」
含みがあるような質問に対し、自信満々に断言してやる。
記者達は、そんな俺の余裕のある態度に若干気圧されたようだった。
まあ、こっちは本当にそう思ってるからそう言ってるだけだからな。
別に取り繕っている訳でもない。
「きゅ、球団の現状にそぐわないのでは、との意見もあるようですが……」
「見解の相違ですね。我々は誰よりも長く彼女達を見てきました。その上で諸々考慮に入れて、我々にとっての最適解として彼女達を指名しています」
俺が余りに迷いなく言うので、記者達は言葉に詰まってしまった様子。
少し待っても次の質問が来ないので、軽く周りを見回してから再び口を開く。
「来シーズン、村山マダーレッドサフフラワーズは1部昇格初年度にして日本一の栄冠を必ずや掴み取ることでしょう。彼女達のおかげで、その目途が立ちました」
これも当たり前の事実のつもりで言う。
しかし、彼らには馬鹿げた大言壮語に聞こえるかもしれない。
「そして――」
だから、ついでとばかりに大口を重ねておくことにする。
「彼女達と一緒なら、WBWでの打倒アメリカ代表も成し得ると考えています」
しかし、その言葉は。
ドラフト会議の結果以上に大きな波紋を呼ぶこととなったのだった。
俺とあーちゃんは母校である山形県立向上冠中学高等学校を訪れていた。
指名挨拶に赴いた尾高監督と編成部の人達に、折角だからとついてきたのだ。
サプライズゲスト的な立ち位置になる。
まあ、俺は一応投手コーチを兼任しているので(普通指名挨拶に加わるのは監督ぐらいだから異例ではあるものの)期待の表れとか言いようがある。
ただ、まあ、あーちゃんは……ほとんど賑やかし要員だな。
当人は性格的にマイペースで、場を盛り上げるようなタイプじゃないけれども。
1部リーグ初の女性プロ野球選手として注目されているし。
広報用の素材を作るのにいいんじゃないか、ということで同行している。
ただ単に俺にくっついてきている訳ではない。
「しゅー君、変なこと考えてる」
そんな思考が【以心伝心】でほんのり伝わってしまったらしい。
あーちゃんから軽くジト目を向けられてしまった。
これがあるから彼女には嘘をつけない。つく気もないけど。
「あ、はは。いや、それにしても懐かしいな。学校」
「しゅー君、誤魔化した。…………でも、ホントそう」
色々あって高校生活を僅か1年で終えてしまった。
だが、山形県立向上冠中学高等学校はその名の通り中高一貫校。
俺達は内部進学組だったので、3年以上は通っていたことになる。
その上で、学校を退学してからの2年弱の時間を慌ただしく過ごしてきた。
社会人野球。日本プロ野球3部リーグ。
そして2部リーグを経て。
遂には日本野球界最高峰のステージである1部リーグにまで登り詰めた。
そのせいか、学校生活はもう遠い過去のことのようにも感じる。
それを象徴するように。
当然ながら当時は制服姿でここを歩いていた俺達も、今や2人共スーツ姿だ。
まあ、年齢が年齢なので、傍目には就活生にしか見えないかもしれないが……。
一応、テレビに映っても侮られない程度のビジネススーツを着てはいる。
ちなみに、動きにくいからということであーちゃんもパンツスーツだ。
タイトスカート姿が世に出ることは多分ないだろう。
「校舎の中にメディアの人達がたくさんいて何だか不思議な感じ」
「だなあ」
指名挨拶の場に向かう廊下の脇には、カメラマンが誘導するように並んでいた。
業務用のゴツいビデオカメラを向けられながら、尾高監督達の後を歩いていく。
やがて会場として用意された会議室に至り……。
「失礼します」
俺達は頭を下げてから順々に中に入った。
高校だと校長室で指名挨拶が行われるのをよく見かけるが、今回は3人同時となるので広い部屋を使わせて貰うことになっていた。
既に集まっていた別のカメラマン達が激しくシャッター音を鳴らす。
点滅するフラッシュに、あーちゃんがしかめっ面になる。
それを見て、会議室の中で待っていた美海ちゃんが小さく苦笑していた。
そんな彼女と軽く視線を交わしてから、尾高監督達に合わせて椅子に座る。
机を挟んで反対側には校長先生と虻川監督(先生)。
それとこの場の主役である美海ちゃん、倉本さん、昇二が並んでいた。
「昨日のドラフト会議で浜中美海さんを1位、倉本未来さんを2位、瀬川昇二君を4位で指名させていただきました」
まず編成部の人間が定型句を使って告げる。
もっとも。1度に3人も同じ高校から同じ球団に、なんて前代未聞だろう。
こんなに名前を並べ立てることは、後にも先にもこの場だけかもしれないな。
「まず浜中美海さんはナックルとストレートのコンビネーションと制球力、そして9回を投げ切ることのできる持久力を高く評価させていただきました」
「ご存じの通り、村山マダーレッドサフフラワーズはまだまだ投手層に課題があります。浜中美海さんにはローテーションの一角を担って貰いたいと考えています」
尾高監督が指名理由について補足を入れる。
つまるところ、ちゃんと即戦力として数えているということだ。
それを改めて俺以外の人間から告げられたためか、美海ちゃんの顔が強張る。
プレッシャーを感じているのかもしれない。
「倉本未来さんはナックルを確実に捕ることのできる捕球力と、極めて高いコンタクト率とそれによる極端な三振の少なさを高く評価させていただきました」
「浜中美海さんとバッテリーを組んでいただきたいのは当然として、高い出塁率を見込めるリーディングヒッターになってくれることを期待しています」
倉本さんはギラギラとした瞳を尾高監督に向けている。
必ず結果を残したいという意気込みが窺える。
あの番組での小細工を伝えた時には、彼女は大分憤っていた。
そのこともあり、見返してやりたい気持ちが燃え上がっているようだ。
彼女の原動力は以前からそれだしな。
プロになっても懸命に、野球に向き合ってくれることだろう。
「瀬川昇二君は将来性を見込んでの指名です。夏の甲子園でキャッチャーとしてのみならず、内野手としても戦い抜いたことを高く評価させていただきました」
「将来的には村山マダーレッドサフフラワーズの正捕手として、チームの中核を担って貰いたいと考えています」
昇二は……何だか目が泳いでるな。
大丈夫か? 隈もできてるし。
「「ありがとうございます」」
「あ、あ、ありがとうございます」
美海ちゃんと倉本さんが頭を下げるのを見て、昇二も慌てたように続く。
彼は未だにドラフト指名を受けたことが信じ切れていないようだ。
現実味がないといったその様子に思わず苦笑してしまう。
あれだけ言ったのにな。
実際にその時が来ると、また違う感覚を抱くものなのかもしれない。
あるいは、ついつい評論家によるドラフト会議の採点やらネットの評価やらを見てしまって、それに影響されているのか。
そういうのは、自分に自信を持てない者にとっては毒にしかならないからな。
気にしていると目につきやすいものだから、尚更たちが悪い。
ともあれ、更に2、3言葉を交わして指名挨拶は終わり。
次は場所を移して3人の記者会見だ。
別に用意された会見場に全員で向かう。
その途中で俺は、地に足がつかない感じの昇二に近づいた。
「昇二」
「あ、秀治郎……これ、夢じゃないんだよね?」
「本気だって言ったじゃないか」
「それは、そうだったけどさ……」
「ここまで来れば、さすがに俺の独断じゃないって理解できただろ?」
「う、うん……」
「この球団にとって最善の選択として、お前を指名してるんだ」
表向き尾高監督や編成部に伝えた理屈は次の通りだ。
そもそも、あーちゃんは長く現役を続ける気がない。
そうなると、160km/h超の直球や客観的に見て尋常じゃなく切れのある変化球を難なく捕ることのできるキャッチャーが必要不可欠となる。
昇二は大松君で既に慣れているので要件を満たしてしている。
その上で気心も知れているし、やりやすい。
美海ちゃんが先発登板した時には別のポジションでも出場して無難にこなしており、キャッチャー以外でも使い勝手がいい。
加えて、バッティングや走塁もまだまだ伸び代がある。
ここでスルーして他球団の手に渡ると、間違いなく後々大きな脅威になる。
だから、今の内に獲得しておくべき。そんなところだ。
まあ、キャッチャーとしては倉本さんも他球団の正捕手レベルになれるだろう。
捕球力で言えば、むしろ彼女の方が上だ。
ただ、【軌道解析】は危機回避能力が【直感】に比べると劣ってしまう。
当然ながら軌道を予測する能力は遥かに上ではあるが……。
やはり怪我が怖い。
このレベルだと、キャッチャーミットの僅かなズレで指を痛める恐れがある。
その点、昇二は俺と同じく【怪我しない】を持っているので全く心配がない。
気兼ねなく全力で投げ込むことができる。
なので、あーちゃんの後任は彼以外にいないと思っていた。
「ん。貴方は球団に必要な存在。わたしもそれは認めてる。胸を張っていい」
と、正にその彼女も俺の言葉に続いてフォローを入れてくれた。
……立場が人を作るってのは正しいのかもな。
社会人となり、結婚もして。社交性が日々増していっている。
勿論、変わらずマイペースな部分も多々見られるけれども。
とは言え、今も昔もほぼ会話のない昇二の中のあーちゃんは昔のままだろう。
だからこそと言うべきか、彼女の言葉は彼に響いたようだ。
昇二は驚いたように大きく目を見開き、それから表情を和らげた。
「うん。ありがとう」
幾分か心が晴れたようで、足取りも確かなものになっている。
この様子なら一先ず大丈夫だろう。
あーちゃん共々そっと距離を取り、会見場の端の方で皆の様子を見守る。
「只今より村山マダーレッドサフフラワーズより指名をいただきました浜中美海選手、倉本未来選手、瀬川昇二選手の共同取材を行います」
3人分、しかも色々と物議を醸していることもあってか記者の数が多い。
大勢の大人達の注目を浴び、美海ちゃん達も少々居心地が悪そうだ。
とは言え……。
「まずは指名を受けた率直な気持ちをお聞かせ下さい。浜中美海選手から」
「は、はい。率直に……ええと、地元民として村山マダーレッドサフフラワーズの躍進はリアルタイムで見ていたので、その一員になれることを嬉しく思います」
「倉本未来選手」
「とにかくホッとしたのが1つ。それ以上に今は早くプロの世界に挑みたいっす」
「瀬川昇二選手」
「……正直なところ、僕でいいのかなとも思いましたが、指名して下さった皆さんの顔に泥を塗らないように必死に食らいついていきたいです」
記者から投げかけられる質問は無難なものがほとんどだった。
村山マダーレッドサフフラワーズの広報から、指名挨拶やこの会見の様子は動画で配信する可能性がある旨を伝えてあるおかげかもしれない。
あんまり変なことを言うと、そっちの方が炎上してしまう危険性もあるからな。
目に余るようであれば、出禁になって今を時めく村山マダーレッドサフフラワーズの取材に関われなくなる可能性もなきにしもあらずだし。
「浜中美海選手と瀬川昇二選手は野村秀治郎選手と野村茜選手とは小学校以来の幼馴染ということですが、チームメイトになることについて一言お願いします」
「秀治郎君や茜がいてくれることはとても心強いです。また一緒に野球ができることを楽しみにしていますが、その関係に甘えることのないようにしたいです」
「……秀治郎はある意味野球の師匠のような存在です。再び同じチームになることで、兄共々更なるレベルアップができると信じています」
記者会見は大体そんな感じ。
特にトラブルもなく、時間いっぱいで終了となる。
そうなれば、後は写真撮影の時間だ。
まずは定番のドラフト会議入場パス(監督のサイン入り)を持たされての撮影。
傍から見ていて、やっぱり指名挨拶と言えばこれだよな、と思う。
後は球団ユニフォームの上と帽子を身に着けての記念撮影。
これまたよく見かける光景だ。
しかし、シャッター音とフラッシュが最も激しかったのは別の趣向だ。
制服姿の美海ちゃんと倉本さん、そしてスーツ姿のあーちゃん。
元同級生の彼女達によるスリーショットの撮影。
これだけ他の数倍、時間を取っていた。
同行していた球団広報も張り切って写真を撮っている。
村山マダーレッドサフフラワーズ3人娘(仮称)として売り出す気らしい。
あーちゃんが一緒に来たのは正にこのためだ。
そんな華やかな空間の脇で。
俺は何人かの記者に囲み取材を受けていた。
「野村秀治郎選手。球団初のドラフト会議の結果について、野村秀治郎選手の考えをお聞かせ願えますでしょうか」
「そうですね。自分としては来季に向けて最高の結果を得られたと思っています」
含みがあるような質問に対し、自信満々に断言してやる。
記者達は、そんな俺の余裕のある態度に若干気圧されたようだった。
まあ、こっちは本当にそう思ってるからそう言ってるだけだからな。
別に取り繕っている訳でもない。
「きゅ、球団の現状にそぐわないのでは、との意見もあるようですが……」
「見解の相違ですね。我々は誰よりも長く彼女達を見てきました。その上で諸々考慮に入れて、我々にとっての最適解として彼女達を指名しています」
俺が余りに迷いなく言うので、記者達は言葉に詰まってしまった様子。
少し待っても次の質問が来ないので、軽く周りを見回してから再び口を開く。
「来シーズン、村山マダーレッドサフフラワーズは1部昇格初年度にして日本一の栄冠を必ずや掴み取ることでしょう。彼女達のおかげで、その目途が立ちました」
これも当たり前の事実のつもりで言う。
しかし、彼らには馬鹿げた大言壮語に聞こえるかもしれない。
「そして――」
だから、ついでとばかりに大口を重ねておくことにする。
「彼女達と一緒なら、WBWでの打倒アメリカ代表も成し得ると考えています」
しかし、その言葉は。
ドラフト会議の結果以上に大きな波紋を呼ぶこととなったのだった。
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空色蜻蛉
ファンタジー
選ばれし竜の痣(竜紋)を持つ竜騎士が国の威信を掛けて戦う世界。
孤児の少年アサヒは、同じ孤児の仲間を集めて窃盗を繰り返して貧しい生活をしていた。
竜騎士なんて貧民の自分には関係の無いことだと思っていたアサヒに、ある日、転機が訪れる。
火傷の跡だと思っていたものが竜紋で、壁に住んでたヤモリが俺の竜?
いやいや、ないでしょ……。
【お知らせ】2018/2/27 完結しました。
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