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第3章 日本プロ野球1部リーグ編
220 開始早々長過ぎる攻撃
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繰り返しになるが、埼玉セルヴァグレーツとの初対戦はビジターゲームだ。
なので、ホームであるアチラが後攻。
試合は村山マダーレッドサフフラワーズの攻撃から始まることになる。
つまり、美海ちゃんが投げるのは1回の裏からだ。
今は試合前の練習も一通り終わって一旦ベンチに戻ったところ。
もう間もなく試合開始だ。
電光掲示板には既にスターティングオーダーも表示されている。
先攻 村山マダーレッドサフフラワーズ
1番 二塁手 野村茜
2番 遊撃手 野村秀治郎
3番 右翼手 瀬川昇二
4番 捕手 倉本未来
5番 三塁手 崎山武蔵(ムサシ)
6番 一塁手 大法豊
7番 左翼手 志水義信
8番 中堅手 木村大成
9番 投手 浜中美海
後攻 埼玉セルヴァグレーツ
1番 遊撃手 中井和之
2番 二塁手 辻木浩彦
3番 一塁手 麗羅加太
4番 DH 海峰永徳
5番 三塁手 石村剛太
6番 中堅手 秋倉翔二
7番 右翼手 佐治藤次
8番 左翼手 関田巧一
9番 捕手 東森博哉
投手 西牧文久
ウチはいつものメンバー(美海ちゃん先発仕様)だな。
埼玉セルヴァグレーツの方は、不振に喘いでいる球団がよく手を出す試合毎のメンバー入れ替えを行っていたりするが……。
海峰永徳選手のスキルを無視すれば、これが今シーズンのベストなのは確かだ。
まあ、それはそれとして。
「今日も皆で大量得点して援護するっすから、みなみんは気負わずに投げるっす」
表情を硬くしてベンチに座る彼女に倉本さんがそう声をかけるのを傍で見守る。
ブルペンでの美海ちゃんは少々力みが見て取れた。
それを倉本さんも感じたが故の言葉だろう。
「……ええ、分かってるわ。相手が誰であれ、できる限りの投球をする」
「みなみー、みっく。まずはそっちよりも打席に立つ方が先」
と、横からあーちゃんが「やれやれ」と言わんばかりの呆れた様子で指摘する。
「今日も村山マダーレッドサフフラワーズはDHを使ってない。9番打者だとしても6人出塁すれば打順が回ってくる」
「あー……っす」
「それは、そうね」
忘れてた、と言うようにバツが悪そうな表情を浮かべる美海ちゃんと倉本さん。
捕らぬ狸の皮算用にも程があるが、このチームなら十分あり得る話だ。
実際、今シーズンのビジターゲームで彼女が先発登板した時には何度もあった。
美海ちゃんは9番に据えられていたにもかかわらず、初回から打線が爆発して打席に立つ方がマウンドに立つよりも早い。
中々珍しい状況が連続し、ちょっとした話題にもなっていた。
当事者である美海ちゃんと彼女専属のキャッチャーである倉本さんこそ、そういう可能性があることをよく分かっているはずだが……。
やはり因縁の相手を前に緊張しているのだろう。
ピッチングの方にばかり意識が向いてしまっているようだ。
「うぅ、不覚っす」
「みなみーのために、打って打って打ちまくればいいだけ」
「その通りっすね。任せるっす!」
美海ちゃんが呆れるぐらいに打ち込んでやって馬鹿みたいに点差が開けば、彼女も気負うことなく投げられるだろう。
俺もそういう方向でサポートするつもりだ。
……っと、そろそろ投球練習が始まるな。
「あーちゃん」
先頭打者である彼女に呼びかけ、視線で促す。
「ん。みなみー、打ってくる」
「ええ。頼むわ、茜」
力強い宣言に幾分か表情を和らげる美海ちゃん。
そんな彼女に頷いたあーちゃんと共に、ネクストバッターズサークルに向かう。
そして、相手先発である西牧選手の投球を並んで観察する。
「……球は来てるように見えるけど」
「そうだな。調子が悪そうには見えない」
満員のムーンストーンドーム。
観客の視線も大半がマウンドに向けられている。
今日こそはと期待しているのか。はたまた――。
「マウンドでも悪くないのに、どうして試合だと駄目になるの?」
あーちゃんと同じような疑問を抱いているのか。
彼女は首を傾げながら続ける。
「ブルペンではいいのに、何故か試合ではよくないって話はよく聞くけど……」
いわゆる練習番長。
この場合は特にブルペンエースとか呼ばれる奴だな。
しかし、西牧選手は本番のマウンドからでも中々いい球を投げ込んできている。
正にスペック通りという感じだ。
まあ、6番手ピッチャーなのでエースピッチャーと比較すると見劣りする部分が多いのも事実ではあるが、それでもさすがは1部リーグの選手だと思わされる。
少なくとも今の村山マダーレッドサフフラワーズに移籍したら、当たり前のようにローテーションピッチャーの前の方に来ることができるだろう。
そんな西牧選手だが、これで試合だと急に調子が悪くなる。
一応、個人で大量に【マイナススキル】を持っていたりすれば、そういった状態になることもあり得ない話ではない。
しかし、今回のケースは全く話が違う。
「埼玉セルヴァグレーツは西牧選手に限ったことじゃないからな」
誰が投げても。たとえ去年まで十分な実績があった選手であっても。
マウンドではいい球を投げるのに、試合が始まると調子を崩してしまう。
それが埼玉セルヴァグレーツの現状だった。
「さすがに変」
不思議そうに首を捻るあーちゃんだが、真相は教えようがない。
何もかも海峰永徳選手が持つ【不幸の置物】が悪い。
海峰永徳選手からチームメイトへの【好感度】が低いからか、試合外で影響を受けていないだけ幾分かマシではあるだろうが……。
さすがに不憫過ぎて、どうにかしてやりたい気持ちもある。
まあ、海峰永徳選手は【成長タイプ:マニュアル】ではないので、彼を何とか球団から引き離すぐらいしか対処のしようがないけれども。
中々、その方向に持ってくスマートなアイデアが思い浮かばないんだよな……。
「オカルト?」
ともあれ、今は深みに嵌まりつつあるあーちゃんを引き戻そう。
「まあ、アイツのせいで、チームの雰囲気が恐ろしく悪いんじゃないか?」
「……だとしたら、よっぽど。だけど、さっきの感じだとちょっと分かる」
試合前にわざわざ俺達の前に来た彼の言動を思い返したのか、あーちゃんはハッキリと嫌そうな表情を浮かべた。
完全に敵認定していることが分かる。
「球団は処分しないの?」
「できないんだろうな。とにかく実績は十分だから。犯罪行為に手を染めたり、道義的にヤバいことをしていて、それが明らかになったりするぐらいじゃないと」
ただ、この世界の野球選手はある種の特権階級だからな。
少なくとも、よく噂されている漁色家っぷり程度では野球界における彼の立場が揺らぐようなことは微塵もないだろう。
「何にしても、俺達にできるのはアイツの言葉を信用できないものにすることぐらいだろうな。そのためには……」
「ん。徹底的に叩き潰すだけ」
気合を入れ直したあーちゃんに深く首肯する。
やはり、今生では野球の実力にものを言わせるのが最善だ。
「まずは第1打席。絶対に出塁する」
「ああ。そしたら俺達が必ず帰すよ」
「できれば、しゅー君に帰して欲しい」
「敬遠されなかったらな」
「ん」
苦笑気味に告げた俺にあーちゃんは頷くと、バットを利用して軽く伸びをしながらバッターボックスへと向かった。
さあ、試合開始だ。
「プレイ!」
球審のコールの後、西牧選手がキャッチャーのサインに頷く。
そして彼はノーワインドアップからのアンダースローで1球目を投じた。
「ボールッ!」
初球はインコースのストライクゾーンからボールゾーンに沈み込むシンカー。
あーちゃんは好戦的な言葉に反してキッチリと見送る。
そこから彼女は1番打者の仕事をキッチリとこなし、6球でフルカウントになるまで西牧選手に球を投げさせた。
球種は現時点でストレート、シンカー、スライダー、カーブ、チェンジアップ。
今日の調子を確認するように色々と投げてくる。
そして7球目。インコース高めに食い込んでくるシュート。
対して、あーちゃんはうまく腕を畳んでコンパクトにバットを振り抜いた。
――カンッ!
打球は少し詰まりながらもレフト前に落ちるフライ。
先頭打者がシングルヒットで出塁し、ノーアウトランナー1塁となった。
『2番、ショート、野村秀治郎』
ウグイス嬢のアナウンスを受け、粛々と左のバッターボックスに入る。
とりあえず申告敬遠はなさそうだ。
初回の上にランナーは1塁。
こんな状況でもやってくる球団はあったからな。
気持ちは分からないでもないけれども。
今回は海峰永徳選手が強要したのか、普通に投げてくれるようだ。
ならばと【生得スキル】【離見の見】を利用し、超集中状態に入る。
相手先発には申し訳ないが、今日明日の試合は徹底的にやらなければならない。
だから――。
――ガキンッ!!
初球。低めから浮き上がってきたアウトコースのストレートを思いっ切り踏み込んで的確に捉え、そのまま逆らわずに掬い上げる。
【不幸の置物】のせいか、ややコントロールが甘かった。
「「「「わあああああっ!?」」」」
スタンドからほとんど悲鳴みたいな声が上がる。
打った瞬間という打球だった。
ボールは一直線にレフトスタンドへ。
そのまま勢いが衰えることなく。
――ボンッ!!
広告看板にぶち当たった。
ケチのつけようのない2ランホームラン。
これによって村山マダーレッドサフフラワーズが先制。
まずは2-0となった。
淡々とベースを回り、次の打者である昇二とハイタッチしてからベンチに戻る。
「ちょ、ちょっとちょっと。あの看板、狙ってたの!?」
と、美海ちゃんが開口一番興奮したように問いかけてきた。
試合直前の強張りが嘘のようだ。
「あの看板?」
「あ、当たったら1億円とかいう広告看板よ!」
「みなみー、しゅー君なら狙って当てられて当然」
肩をポンポンと叩いて落ち着かせようとするあーちゃん。
美海ちゃんはこの子何とかしてという顔を向けてくる。
もっともな反応だろう。
1億円だからな。
これと似たような企画は前世でもあった。
今生の場合は恐らく、低迷する球団を発奮させようとしてのことだろう。
勿論、単純に人々の注目を集めようという意図もあるのは間違いないけれども。
何にせよ、ホームチーム、ビジターチーム問わず当てられればガチで1億円の賞金を出すと嘯いている看板がこのムーンストーンドームにはあった。
さっき俺の打球が直撃した看板が正にそれだった。
ちなみに去年もこの企画をやっていたが、その時はライト寄りの配置だった。
しかし、昨シーズンは当てることができた選手がいなかったからか、今シーズンからレフト寄りに配置換えされている。
なので、左打席で外角に来たら狙おうと意識していた部分は確かにあった。
とは言え、広告主もビジターの、それもリーグが違う交流戦の相手から持っていかれるとは微塵も思っていなかったに違いない。
まあ、話題にはなるだろうから許して欲しいところだ。
「いやいや、茜。そんな簡単な話じゃないでしょ? あれ、150m弾じゃないと当たんないって前に話題になってたじゃない!? その距離で狙うなんて――」
「しゅー君ならできる。それだけ」
「ああ、この子は、もうっ!」
――カキンッ!!
そうやってベンチで騒いでいると快音が響き渡り、見ると昇二の打球がグングン伸びていってセンターバックスクリーンに飛び込んでいた。
ソロホームラン。これで3-0だ。
「みなみー、試合に集中しないと」
「茜にだけは言われたくないわ……」
――カンッ!
倉本さんも続く。
ライト前ヒットで再びノーアウトランナー1塁。
「何か、明らかにコントロールが悪いね。甘いところにかなり来るよ」
戻ってきた昇二の言は、とりあえず事実としてベンチ内で共有される。
アンダースローで比較的遅い球。
丁寧に変化球をコントロールするのが生命線の西牧投手だが、今のところそれをなすことが全くできていない。
この短期間で【不幸の置物】の悪影響を実感させられる。
これがWBWで猛威を振るった結果があの惨状という訳だ。
恐ろしい。
――カキンッ!!
「ムサシさんのも行ったね」
ベンチに戻ってきた昇二が言う。
崎山選手も何打席か振りのホームランで5-0だ。
続く6番打者の大法さんも長打。2ベースヒット。
更に7番打者の志水さんもヒットでノーアウトランナー1塁3塁。
「みなみー、ネクストバッターズサークルに行かないと」
「そ、そうね」
有言実行。正に釣瓶打ち。
トリプルプレーにでもならない限り、美海ちゃんの打席が来る状況になった。
彼女は慌ただしく準備をしてベンチを出る。
その時には無駄な緊張は薄れていたようだ。
その効果も狙った看板ホームランだった。
そして8番打者の木村さんのタイムリーヒットの後。
――カンッ!!
美海ちゃんもまた2ベースヒットで打点を挙げる。
そうして打者1巡し、ノーアウトのまま再びあーちゃんの打順に。
「ピッチャーのみなみーを走らせる訳にはいかない」
――カキンッ!!
事前にそう告げてからベンチを出ていた彼女は、フェンスギリギリのところでポールに直撃するホームランを放って10-0。
流れで俺も2打席連続でホームランを放ち……。
その後、再び美海ちゃんの打順が回ってくるまで村山マダーレッドサフフラワーズ打線はとにかく打ち続けた。
初回打者2巡。1回表で20-0。
そこまで来てようやく3アウトチェンジ。
こうして試合開始早々余りにも長過ぎた攻撃がようやく終わり、1回の裏のマウンドに美海ちゃんが上がったのだった。
なので、ホームであるアチラが後攻。
試合は村山マダーレッドサフフラワーズの攻撃から始まることになる。
つまり、美海ちゃんが投げるのは1回の裏からだ。
今は試合前の練習も一通り終わって一旦ベンチに戻ったところ。
もう間もなく試合開始だ。
電光掲示板には既にスターティングオーダーも表示されている。
先攻 村山マダーレッドサフフラワーズ
1番 二塁手 野村茜
2番 遊撃手 野村秀治郎
3番 右翼手 瀬川昇二
4番 捕手 倉本未来
5番 三塁手 崎山武蔵(ムサシ)
6番 一塁手 大法豊
7番 左翼手 志水義信
8番 中堅手 木村大成
9番 投手 浜中美海
後攻 埼玉セルヴァグレーツ
1番 遊撃手 中井和之
2番 二塁手 辻木浩彦
3番 一塁手 麗羅加太
4番 DH 海峰永徳
5番 三塁手 石村剛太
6番 中堅手 秋倉翔二
7番 右翼手 佐治藤次
8番 左翼手 関田巧一
9番 捕手 東森博哉
投手 西牧文久
ウチはいつものメンバー(美海ちゃん先発仕様)だな。
埼玉セルヴァグレーツの方は、不振に喘いでいる球団がよく手を出す試合毎のメンバー入れ替えを行っていたりするが……。
海峰永徳選手のスキルを無視すれば、これが今シーズンのベストなのは確かだ。
まあ、それはそれとして。
「今日も皆で大量得点して援護するっすから、みなみんは気負わずに投げるっす」
表情を硬くしてベンチに座る彼女に倉本さんがそう声をかけるのを傍で見守る。
ブルペンでの美海ちゃんは少々力みが見て取れた。
それを倉本さんも感じたが故の言葉だろう。
「……ええ、分かってるわ。相手が誰であれ、できる限りの投球をする」
「みなみー、みっく。まずはそっちよりも打席に立つ方が先」
と、横からあーちゃんが「やれやれ」と言わんばかりの呆れた様子で指摘する。
「今日も村山マダーレッドサフフラワーズはDHを使ってない。9番打者だとしても6人出塁すれば打順が回ってくる」
「あー……っす」
「それは、そうね」
忘れてた、と言うようにバツが悪そうな表情を浮かべる美海ちゃんと倉本さん。
捕らぬ狸の皮算用にも程があるが、このチームなら十分あり得る話だ。
実際、今シーズンのビジターゲームで彼女が先発登板した時には何度もあった。
美海ちゃんは9番に据えられていたにもかかわらず、初回から打線が爆発して打席に立つ方がマウンドに立つよりも早い。
中々珍しい状況が連続し、ちょっとした話題にもなっていた。
当事者である美海ちゃんと彼女専属のキャッチャーである倉本さんこそ、そういう可能性があることをよく分かっているはずだが……。
やはり因縁の相手を前に緊張しているのだろう。
ピッチングの方にばかり意識が向いてしまっているようだ。
「うぅ、不覚っす」
「みなみーのために、打って打って打ちまくればいいだけ」
「その通りっすね。任せるっす!」
美海ちゃんが呆れるぐらいに打ち込んでやって馬鹿みたいに点差が開けば、彼女も気負うことなく投げられるだろう。
俺もそういう方向でサポートするつもりだ。
……っと、そろそろ投球練習が始まるな。
「あーちゃん」
先頭打者である彼女に呼びかけ、視線で促す。
「ん。みなみー、打ってくる」
「ええ。頼むわ、茜」
力強い宣言に幾分か表情を和らげる美海ちゃん。
そんな彼女に頷いたあーちゃんと共に、ネクストバッターズサークルに向かう。
そして、相手先発である西牧選手の投球を並んで観察する。
「……球は来てるように見えるけど」
「そうだな。調子が悪そうには見えない」
満員のムーンストーンドーム。
観客の視線も大半がマウンドに向けられている。
今日こそはと期待しているのか。はたまた――。
「マウンドでも悪くないのに、どうして試合だと駄目になるの?」
あーちゃんと同じような疑問を抱いているのか。
彼女は首を傾げながら続ける。
「ブルペンではいいのに、何故か試合ではよくないって話はよく聞くけど……」
いわゆる練習番長。
この場合は特にブルペンエースとか呼ばれる奴だな。
しかし、西牧選手は本番のマウンドからでも中々いい球を投げ込んできている。
正にスペック通りという感じだ。
まあ、6番手ピッチャーなのでエースピッチャーと比較すると見劣りする部分が多いのも事実ではあるが、それでもさすがは1部リーグの選手だと思わされる。
少なくとも今の村山マダーレッドサフフラワーズに移籍したら、当たり前のようにローテーションピッチャーの前の方に来ることができるだろう。
そんな西牧選手だが、これで試合だと急に調子が悪くなる。
一応、個人で大量に【マイナススキル】を持っていたりすれば、そういった状態になることもあり得ない話ではない。
しかし、今回のケースは全く話が違う。
「埼玉セルヴァグレーツは西牧選手に限ったことじゃないからな」
誰が投げても。たとえ去年まで十分な実績があった選手であっても。
マウンドではいい球を投げるのに、試合が始まると調子を崩してしまう。
それが埼玉セルヴァグレーツの現状だった。
「さすがに変」
不思議そうに首を捻るあーちゃんだが、真相は教えようがない。
何もかも海峰永徳選手が持つ【不幸の置物】が悪い。
海峰永徳選手からチームメイトへの【好感度】が低いからか、試合外で影響を受けていないだけ幾分かマシではあるだろうが……。
さすがに不憫過ぎて、どうにかしてやりたい気持ちもある。
まあ、海峰永徳選手は【成長タイプ:マニュアル】ではないので、彼を何とか球団から引き離すぐらいしか対処のしようがないけれども。
中々、その方向に持ってくスマートなアイデアが思い浮かばないんだよな……。
「オカルト?」
ともあれ、今は深みに嵌まりつつあるあーちゃんを引き戻そう。
「まあ、アイツのせいで、チームの雰囲気が恐ろしく悪いんじゃないか?」
「……だとしたら、よっぽど。だけど、さっきの感じだとちょっと分かる」
試合前にわざわざ俺達の前に来た彼の言動を思い返したのか、あーちゃんはハッキリと嫌そうな表情を浮かべた。
完全に敵認定していることが分かる。
「球団は処分しないの?」
「できないんだろうな。とにかく実績は十分だから。犯罪行為に手を染めたり、道義的にヤバいことをしていて、それが明らかになったりするぐらいじゃないと」
ただ、この世界の野球選手はある種の特権階級だからな。
少なくとも、よく噂されている漁色家っぷり程度では野球界における彼の立場が揺らぐようなことは微塵もないだろう。
「何にしても、俺達にできるのはアイツの言葉を信用できないものにすることぐらいだろうな。そのためには……」
「ん。徹底的に叩き潰すだけ」
気合を入れ直したあーちゃんに深く首肯する。
やはり、今生では野球の実力にものを言わせるのが最善だ。
「まずは第1打席。絶対に出塁する」
「ああ。そしたら俺達が必ず帰すよ」
「できれば、しゅー君に帰して欲しい」
「敬遠されなかったらな」
「ん」
苦笑気味に告げた俺にあーちゃんは頷くと、バットを利用して軽く伸びをしながらバッターボックスへと向かった。
さあ、試合開始だ。
「プレイ!」
球審のコールの後、西牧選手がキャッチャーのサインに頷く。
そして彼はノーワインドアップからのアンダースローで1球目を投じた。
「ボールッ!」
初球はインコースのストライクゾーンからボールゾーンに沈み込むシンカー。
あーちゃんは好戦的な言葉に反してキッチリと見送る。
そこから彼女は1番打者の仕事をキッチリとこなし、6球でフルカウントになるまで西牧選手に球を投げさせた。
球種は現時点でストレート、シンカー、スライダー、カーブ、チェンジアップ。
今日の調子を確認するように色々と投げてくる。
そして7球目。インコース高めに食い込んでくるシュート。
対して、あーちゃんはうまく腕を畳んでコンパクトにバットを振り抜いた。
――カンッ!
打球は少し詰まりながらもレフト前に落ちるフライ。
先頭打者がシングルヒットで出塁し、ノーアウトランナー1塁となった。
『2番、ショート、野村秀治郎』
ウグイス嬢のアナウンスを受け、粛々と左のバッターボックスに入る。
とりあえず申告敬遠はなさそうだ。
初回の上にランナーは1塁。
こんな状況でもやってくる球団はあったからな。
気持ちは分からないでもないけれども。
今回は海峰永徳選手が強要したのか、普通に投げてくれるようだ。
ならばと【生得スキル】【離見の見】を利用し、超集中状態に入る。
相手先発には申し訳ないが、今日明日の試合は徹底的にやらなければならない。
だから――。
――ガキンッ!!
初球。低めから浮き上がってきたアウトコースのストレートを思いっ切り踏み込んで的確に捉え、そのまま逆らわずに掬い上げる。
【不幸の置物】のせいか、ややコントロールが甘かった。
「「「「わあああああっ!?」」」」
スタンドからほとんど悲鳴みたいな声が上がる。
打った瞬間という打球だった。
ボールは一直線にレフトスタンドへ。
そのまま勢いが衰えることなく。
――ボンッ!!
広告看板にぶち当たった。
ケチのつけようのない2ランホームラン。
これによって村山マダーレッドサフフラワーズが先制。
まずは2-0となった。
淡々とベースを回り、次の打者である昇二とハイタッチしてからベンチに戻る。
「ちょ、ちょっとちょっと。あの看板、狙ってたの!?」
と、美海ちゃんが開口一番興奮したように問いかけてきた。
試合直前の強張りが嘘のようだ。
「あの看板?」
「あ、当たったら1億円とかいう広告看板よ!」
「みなみー、しゅー君なら狙って当てられて当然」
肩をポンポンと叩いて落ち着かせようとするあーちゃん。
美海ちゃんはこの子何とかしてという顔を向けてくる。
もっともな反応だろう。
1億円だからな。
これと似たような企画は前世でもあった。
今生の場合は恐らく、低迷する球団を発奮させようとしてのことだろう。
勿論、単純に人々の注目を集めようという意図もあるのは間違いないけれども。
何にせよ、ホームチーム、ビジターチーム問わず当てられればガチで1億円の賞金を出すと嘯いている看板がこのムーンストーンドームにはあった。
さっき俺の打球が直撃した看板が正にそれだった。
ちなみに去年もこの企画をやっていたが、その時はライト寄りの配置だった。
しかし、昨シーズンは当てることができた選手がいなかったからか、今シーズンからレフト寄りに配置換えされている。
なので、左打席で外角に来たら狙おうと意識していた部分は確かにあった。
とは言え、広告主もビジターの、それもリーグが違う交流戦の相手から持っていかれるとは微塵も思っていなかったに違いない。
まあ、話題にはなるだろうから許して欲しいところだ。
「いやいや、茜。そんな簡単な話じゃないでしょ? あれ、150m弾じゃないと当たんないって前に話題になってたじゃない!? その距離で狙うなんて――」
「しゅー君ならできる。それだけ」
「ああ、この子は、もうっ!」
――カキンッ!!
そうやってベンチで騒いでいると快音が響き渡り、見ると昇二の打球がグングン伸びていってセンターバックスクリーンに飛び込んでいた。
ソロホームラン。これで3-0だ。
「みなみー、試合に集中しないと」
「茜にだけは言われたくないわ……」
――カンッ!
倉本さんも続く。
ライト前ヒットで再びノーアウトランナー1塁。
「何か、明らかにコントロールが悪いね。甘いところにかなり来るよ」
戻ってきた昇二の言は、とりあえず事実としてベンチ内で共有される。
アンダースローで比較的遅い球。
丁寧に変化球をコントロールするのが生命線の西牧投手だが、今のところそれをなすことが全くできていない。
この短期間で【不幸の置物】の悪影響を実感させられる。
これがWBWで猛威を振るった結果があの惨状という訳だ。
恐ろしい。
――カキンッ!!
「ムサシさんのも行ったね」
ベンチに戻ってきた昇二が言う。
崎山選手も何打席か振りのホームランで5-0だ。
続く6番打者の大法さんも長打。2ベースヒット。
更に7番打者の志水さんもヒットでノーアウトランナー1塁3塁。
「みなみー、ネクストバッターズサークルに行かないと」
「そ、そうね」
有言実行。正に釣瓶打ち。
トリプルプレーにでもならない限り、美海ちゃんの打席が来る状況になった。
彼女は慌ただしく準備をしてベンチを出る。
その時には無駄な緊張は薄れていたようだ。
その効果も狙った看板ホームランだった。
そして8番打者の木村さんのタイムリーヒットの後。
――カンッ!!
美海ちゃんもまた2ベースヒットで打点を挙げる。
そうして打者1巡し、ノーアウトのまま再びあーちゃんの打順に。
「ピッチャーのみなみーを走らせる訳にはいかない」
――カキンッ!!
事前にそう告げてからベンチを出ていた彼女は、フェンスギリギリのところでポールに直撃するホームランを放って10-0。
流れで俺も2打席連続でホームランを放ち……。
その後、再び美海ちゃんの打順が回ってくるまで村山マダーレッドサフフラワーズ打線はとにかく打ち続けた。
初回打者2巡。1回表で20-0。
そこまで来てようやく3アウトチェンジ。
こうして試合開始早々余りにも長過ぎた攻撃がようやく終わり、1回の裏のマウンドに美海ちゃんが上がったのだった。
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