あの日の誓いを忘れない

青空顎門

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第四話 焔火斂は空気を読まない②

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(懐かしい夢を見たもんだな)

 火斂は通夜のような状態にある作戦室の隅で、朝に見た夢を思い返していた。

(あれから何度も征示とは衝突したっけ)

 そして、その度に彼の鋼のような使命感を肌に感じたものだった。
 時と共にいつの間にか敵愾心も完全に消え、最終的には全力の一騎打ちをして全て清算し、親友のような関係になったことも懐かしい。
 懐かしく思う以上に、そうやって振り返る自分とそうさせる現状に火斂は腹が立った。

 征示がテレジアに殺されてから一日。
 初めて〈リントヴルム〉から殉職者が出たことについて、学院に大きな混乱は見られなかった。と言うのも、模糊を始めとする教師達がその情報を隠匿し、あの場にいた火斂達にも堅く口止めしたからだ。

(混乱を避けるため、か)

 火斂は頭をかきながら作戦室を見回した。
 昨日あれだけ復讐を叫んでいた旋風や戦意を途切れさせなかった水瀬も、冷静になって彼我の戦力差ぐらいは理解したのだろう。
 完全に次の一手を見失って俯いている。

(それに一人でいると悪い考えばかりが浮かぶしな。とは言え、何だか傷をなめ合ってるって感じでイラつくな。俺自身も人のことを言えた義理じゃないが)

 火斂は口の中で軽く舌打ちし、主のいない隊長席に視線を向けた。

(征示の奴、状況を整えてる間に死にやがって。つうか、一年もかけて何をやってたんだか。……いや、何を、なんて分かり切ったことか)

 使命。征示が優先するものはそれだけだ。そして、そのために死んでいった。
 それを知っているからか、火斂は悲しみを余り感じていなかった。あるいは、まだ実感が湧いていないだけかもしれないが。
 ともかく、今あるのはあの場で肩を並べられなかった己の弱さへの怒りだけだ。

「征示先輩、うちはどうしたら……」

 自由を信条としているはずの旋風が、誰かに道筋を与えられることを望んでいる。
 行くべき道を、何よりも己の意思を見失えば迷子になるのが自由というものだ。
 彼女はまだ本当の意味で自由を貫くには幼く弱いのだろう。

「僕の力じゃ……」

 水瀬は彼我の戦力差という壁に直面し、再び自信を失いつつあった。
 しかし、大なり小なり高みを目指し続けるのであれば壁は何度でも生じるもの。
 乗り越えられない者に先の景色を見ることなどできはしない。

(……袋小路に入り込んでる感じだな)

 それでも、この場に来るだけの根性が残っているだけ、二人共那由多よりマシだが。

(ここは……あえて空気を読まずに、征示の真似ごとでもしてみますかね)

 それこそ征示が望み、火斂自身も変わるつもりのない自分らしい立ち位置なのだから。

「大原、海保。そうやってれば何かが解決するのか?」

 火斂が立ち上がって征示のような冷静な口調を装って問うと、二人は顔を上げて表情を苛立ちの色で染めた。そして、間髪容れずに旋風が口を開く。

「さっきからぼけっとしとる先輩に言われたないわ!」

 咄嗟に言い返す程度の気力があることに安堵する。
 隣の水瀬の方も、珍しく睨むような鋭い視線を向けてきていた。

「俺は考えを整理してただけだ。あいつらに勝つためにな」
「……勝てるんか?」

 どこか縋るように尋ねてくる旋風に「そんなこと分かるか」と素っ気なく答える。

「そ、そない、無責任な」
「あの時の征示は俺達の誰よりも強かった。なのに、テレジアには敵わなかった。そんな敵を相手に勝利を保証できる訳がない。けどな――」

 火斂は二人の顔を順に見据え、十分に間を取ってから再び口を開いた。

「やれることもやらずに腐るのは馬鹿のすることだ。何の意味もないっての」
「そらそうやろうけど……うちらにやれることって何があるんや?」
「当然、特訓だ。強くなって強敵を倒す。王道だろ?」
「そないな中身のない正論はどうでもええ。うちは具体的にどうするかを聞きたいんや」

 苛々したように身を乗り出す旋風。正直火斂としても結論だけを告げる方が性分に合っていたが、この場も空気を読まずに征示のように勿体ぶることにする。

「あの日の俺達と征示や理事長代理を比較すれば、俺達の未熟さは明らかだ。はっきり言って、同じ土俵にすら立ててないわな」

 回りくどい前振りは旋風や水瀬に、そして己自身に今の自分達が敵よりも、それどころか味方にさえ劣っていることをはっきりと自覚させるためだ。
 とは言え、当然聞いていて気持ちのいいものであるはずもなく、旋風は眉をひそめ、水瀬は俯いた。

「けど、俺は昔、征示に言われた。努力次第で理事長代理よりも強くなれるってな」

 この〈リントヴルム〉に選ばれたということは、イコールそういうことだとも。

「あ……」「あん時……」

 二人共その言葉に思うところがあったのか、ハッとしたように顔を上げた。

「少なくとも俺達には、それぐらいの伸び代があるはずなんだよ」
「つまり、理事長代理に教えを乞う訳やな? あん人、ゲベットと互角に戦っとったし」
「……結論を先回りするなよ。空気を読めよ。言わせてくれよ」

 察しのいい旋風のせいで全く締まらない展開になり、火斂は思わず肩を落とした。

「焔先輩に言われたないわ。それに、焔先輩はこん感じがお似合いやっちゅうの」

 僅かな希望を見出したのか、少しは調子を取り戻した様子の旋風が軽く言う。

「ど、どんまいです。焔先輩」

 困ったようにフォローする水瀬も、完全とは行かないが目に光を取り戻している。
 この二人の様子を見れば、ぞんざいな扱いを受けた甲斐があったというものだ。

(気を取り直して――)

「そういう訳で二人共、理事長代理のところに行くぞ!」
「はい!」「了解や!」

(方針を得たら、すぐに立ち直ったか。こいつらは意外と頼もしいな)

 それだけに火斂は那由多のことが心配だった。
 恐らく模糊から似たような説得は受けているはずなのに、立ち上がることすらできなくなっている彼女のことが。

(征示。あの人がこのままなのはお前にとっても都合が悪いはずだろ? 自分がいなくなればこうなることぐらい予想してただろうに、何の対策も立ててなかったのか?)

 火斂はそんな疑問を脳裏に浮かべ、一瞬だけ普段彼が座っていた隊長席の隣を見た。
 しかし、今は一先ず模糊の許へと向かうために、すぐに視線を外して立ち上がる。
 そうして作戦室の扉に手をかけたところで、ふと火斂は思った。

(あるいは……信じてたのか? 俺達ならあの人を立ち直らせることができると)
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