あの日の誓いを忘れない

青空顎門

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第四話 焔火斂は空気を読まない⑦

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「間もなく矢は消える。それと同時に敵が来るぞ」

 堅苦しい鎧を解き放ち、征示は一同を見回しながら告げた。

「……これは露払いの爆撃みたいなもんか」
「そんなところだろう。全く迷惑な話だ」
「か、火斂、何を普通に――」

 動じずに会話を続ける火斂と、全容を知るテレジアとは対照的に、那由多達三人は動揺の色を濃くしたままだった。

「征示……お前、本物なのか?」
「模糊の妹、その問答は後にしろ。来るぞ」

 そうテレジアが那由多を窘めると同時に矢が止まり、再び強大な魔力が励起した。
 そして、砕けた空に生じた空間の大穴から無数の影が舞い降りる。

「あれは、魔導機兵、なのか?」

 それはテレジアが用いるふざけたデザインの魔導機兵とは全く趣が異なり、明らかに他者を傷つけるためにあると視覚的にも分かる鋭利な形状をしていた。

『……愚かな末妹の入れ知恵か。そこそこ高等な魔法を使う猿がいるようだな』

 そして、中心から〈魔導界ヴェルタール〉語による侮蔑的な言葉と共に男が現れる。距離的に言葉が届くはずがないが、恐らく風属性の魔法を利用しているのだろう。

「シュタルク・フォン・ヴェルトラウム。長兄のお出ましか」
「ヴェルトラウム? っちゅうことは、テレジアの関係者か何かなんか?」

 三人の中で逸早く落ち着きを取り戻したらしい旋風が問う。

「ああ。テレジア様の兄だ」

 テレジアとシュタルクを比べれば、シュタルクが金髪碧眼であることを除けば、誰が見ても顔立ちが似ていると感じることだろう。

「〈魔導界ヴェルタール〉の全てを支配する帝国の第一皇子。魔導師としての力はテレジア様を遥かに上回る。それでも父たる皇帝に比べれば、所詮尖兵に過ぎないけどな」
「ど、どうするんですか?」

 不安の滲み出た口調ながら、状況は受け止められた様子の水瀬が問う。

「言っただろ? 四人は魔導機兵を、俺とテレジア様で奴を叩く」

 そう告げるとテレジアと視線を交わし合い、征示は敵の許へと向かおうとした。と、火斂がその行く手を遮るように目の前へと歩み出てくる。

「待てよ。俺も親玉の相手をするぜ」
「火斂?」
「テレジアよりも遥かに強いんだろ? 勝てる保証はあるのか?」

 その問いに思わず黙り込んでしまう。あれはこれまでの誰よりも強大な敵だ。いや、初めての、本当の敵と言った方が正確かもしれない。
 対策は十二分に立てているものの絶対ではない。
 隙を見せれば、命を取られるだろう。

「俺も力を貸す」
「しかし、魔導機兵を野放しにする訳にも――」
「それぐらい今の大原や海保なら楽勝だろ?」

 挑発するように尋ねる火斂に旋風は「今回は見せ場を譲ったるわ」と声高に告げ、それに流されるように水瀬も頷く。

「危険な奴の相手をさせたくないって気持ちはありがたいけどな。お前は色々一人で背負い過ぎだ。少しぐらい俺にも背負わせろ。つうか、今までのあれやこれはそのための準備だったんだろ? 今となっちゃ俺達を気遣う必要なんてないじゃないか」
「……本当に、察しがいい」

 何だかんだと頼りになる火斂へと苦笑を向け、それから頷きを交わす。

「よし。なら、行こうぜ」
「ま、待て待て。隊長である私を差し置いて話を進めるな。私も行くぞ」
「な、那由多もか?」
「全容は分からないが、私はもう征示に置いていかれたくない。本当の意味で肩を並べて戦いたいのだ」

 そう告げて真っ直ぐ視線を逸らさない那由多に、征示は同じだけ真剣に見詰め返した。

「……ここから先は命の保証はないぞ? 覚悟はあるのか?」
「結果思い違いだったとしても、俺達は命張って戦ってきたつもりだ。むしろ、精神的に場数が足りないのはお前の方じゃないか? ずっと茶番を続けてきたんだからな」
「……違いないな。なら、行くぞ、二人共」
「ああ」「ありがとう、征示」
「旋風と水瀬も、形が違っても魔導機兵の性能はそう変わらない。蹴散らしてしまえ!」
「任せてえな」「了解です」

 色々と混乱しているだろうにすぐに団結してくれる皆に心の中で感謝しつつ、テレジアを振り返る。と、彼女はそんな一同の様子を眩しそうに見守っていた。

「いい仲間を持ったな、征示。……やはり私は間違えていなかった」

 それから空にある兄へと鋭い視線を向け、テレジアは静かに告げた。

「二五年。全てはこの時のためにあった。さあ、本当の戦いを始めるとしよう」
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