あの日の誓いを忘れない

青空顎門

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第五話 テレジア・フォン・ヴェルトラウムは見捨てない④

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「何だとっ!?」

 攻勢に転じた彼等を見て、シュタルクが驚愕の声を上げる。

(……皆、よく育ってくれた)

 数の不利をものともせず、敵へと挑んでいく姿に不覚にも目頭が熱くなる。二五年という時の確かな成果を目の当たりにして。
 だからこそ、テレジアは己の道に誇りを持って力強く告げることができる。

「言っただろう。彼等は私などよりも真っ当に強い、と」
「く、ならば、さらに数を増やせば――」
「させると思うか? さあ、力を示せ、〈魔剣グレンツェン〉!」

 テレジアは天高く構えた剣に呼びかけ、その力を発現させた。
 瞬間、戦域全体におびただしい数の空間の穴が生じ始める。

「な、何をするつもりだ!?」
「証明するのさ。強さを」

 そう言葉を返す間にも空間の穴は増殖を続け、やがて周囲の空間は穴が占める割合の方が大きくなる。こうなるとシュタルクは、テレジアさえも身動きがままならない。
 とは言え、身体属性魔力化や〈魔剣グレンツェン〉を用いた空間転移なら退避は不可能ではないが、前者には対策がある。それは〈魔導界ヴェルタール〉では周知の方法故、あちらの人間は安易に身体属性魔力化を使うことはない。
 また、慢心の塊の如きシュタルクが後者のような逃げを今この場で実行することはないだろう。あるいは冷静であれば分からなかったが、まだ根本的な部分では己の優位を信じ、油断が抜け切っていない様子を見るに、選択肢そのものが頭から抜け落ちているかのようだ。
 故に、ここまでで既に王手チェック。そして次で詰みチェックメイトだ。

「私一人の力では兄上には敵わない。だが、私達のは兄上を超える!」

 だから、テレジアは顔だけを彼に向けて全力で叫んだ。

「征示いいいいいっ!」

 戦場を切り裂く程の大音声。その呼び声は八体の魔造精霊を叩き伏せていた征示に確かに届き、そして、彼は空高く手を掲げてテレジアに応えるように叫んだ。

〈大収斂・オーバー・流星煌雨・スターダストレイン・無量大数〉インフィニット!」

 極限まで収束されて放たれた無数の光は、全て空間の穴に吸い込まれ――。

「終わりだ、兄上! 〈無限オーバー次元ディメンション・蜂刺〉ペネトレイター!」

 吸い込まれた光はシュタルクを完全に包囲した無数の穴からランダムのタイミングで撃ち出され、空間の穴に動きを封じられた彼に襲いかかる。
 もはや回避不可能だ。

「く、ぐおおおおっ!」

 それでも尚、魔力の盾を生み出し、致命傷となる光の直撃だけは防ぎ続けるシュタルクはさすがと言うべきだろう。もし一対一の真っ向勝負だったなら、テレジアでは触れることもできなかったに違いない。しかし――。

「私は弱い。だが、私達は強い」

 圧縮された魔力を用いて発動した光の魔法を堪え切ることは、如何に彼でも叶わない。
 やがて光が弱まり空間の穴が消え去った後、そこにあったのは全身を光に貫かれて焼かれ、虫の息となった兄の姿だった。

「私達の勝ちだ。兄上」
「ふ、ふふ。早、計……だな。愚かな、テレジア。〈再生のリジェネレイト炎〉ブレイズ

 そう告げた瞬間、シュタルクの全身が炎に包まれる。
 己の身体を再生させると共に反撃に繋げるために、身体異物質化を行ったのだ。

「甘いっ! 征示っ!」
「はい、テレジア様! 〈超振オーバー指向・ディレクショナル・黒死フェイタル大共鳴〉レゾナンス!」

 既に魔造精霊を消し去り、傍に控えていた征示が魔法を発現させる。
 同時に僅かな耳鳴りがテレジアの頭の中を駆け巡った。しかし、予想はしていたことなので、顔を僅かにしかめただけで済む。
 いつか彼がゲベットとして旋風に使用した、周囲に魔力の波を放つ魔法。その強化版。
 それは圧縮魔力を用いて発動し、指向性を持たせたことで、比較的魔力の波に耐性を持つ身体異物質化状態の敵にすら耳鳴りでは済まない衝撃を与え、無力化することができる。

「ぐ、く、ああああああああああっ!」

 そして、絶叫と共にシュタルクが再び生身の姿を取る。熱傷こそ時間を戻したように治っていたが、彼は頭を抑え込み、苦悶の表情を浮かべていた。
 実体と化したからには魔法の波にこれ以上の効果はないが、攻撃の隙としては十分だ。
 テレジアは〈魔剣グレンツェン〉の代わりに闇の中から銃を取り出し――。

「〈魔銃クラフト・イリス〉全弾解放っ!」

 六発の弾丸を同時に射出した。
 膨大な魔力が込められたそれらは、容赦なくシュタルクの全身を穿っていく。

「が、はっ」

 一瞬置いて、息を吐き出す音と共に空に血飛沫が咲き乱れた。

「ぐっ、テレ、ジアアアアァッ!」
「……言ったはずだぞ、兄上。私達の勝ちだと。もはや兄上に勝ち目はない」

 血と共に吐き出された怨嗟に塗れた声と憎悪に満ちた彼の視線を、テレジアは真正面から受け止め、冷淡とも取れる静かな声を返した。

「時間稼ぎの駒すら、もはや存在しない」

 それぞれ四体の魔造精霊を倒し、合流した那由多と火斂を一瞥しつつ告げる。

「悪いが、日本語で頼む」
「こら、空気を読め、火斂」

 余裕あるかけ合いを頼もしく思いつつ、テレジアは砕けんばかりに歯を噛み締めているシュタルクへと視線を向けた。
 二人を加え、四方からシュタルクを取り囲んでいる今の状態は完全に詰みチェックメイトだ。

「私は慈悲深い。兄上には選択肢を与えて差し上げよう。今この場で死ぬか、無様に〈魔導界ヴェルタール〉に戻って父上に処断されるか。……さあ、好きな方を選べ」
「俺は……他の雑魚共とは違い、父上に必要とされている」
「っ! 何を勝手な――」

 そんな兄の都合のいい考えに苛立ちを覚え、思わず銃の引き金に指をかけてしまう。

「テレジア様」

 しかし、窘めるような征示の呼びかけに、テレジアは眉をひそめながらも指を外して絞り出すように声を出した。

「そう思うのなら、帰ればいい。そして、二度とこの世界に現れるな!」

〈魔剣グレンツェン〉を構え直して両手剣と化し、異世界への扉を作り出す。
 膨大な魔力によって扉を操り、シュタルクを呑み込ませる。目的地は〈魔導界ヴェルタール〉〈帝都ユスティーツ〉〈首城ヴァイクラフト〉の謁見の間だ。
 そして、兄の姿が消え去る直前、テレジアはさらに言葉を投げつけた。

「父上に伝えておけ。この世界をおびやかす者は誰であれ排除する、とな!」
「愚かなテレジア。父上に勝てるつもりか?」
「私達には秘策がある。たとえ父上が相手だろうと、勝って見せる!」

 そう啖呵を切るテレジアを見たシュタルクは「ふん」と鼻で笑うような音を残し、そのまま次元の穴の中へと消えていった。

「ここには私の大切なものがある。大切な、心を繋いだ本当の家族がいる。だから、何があろうとも奪わせない。必ず……勝つ」

 二五年越しの初陣を終え、嘘のような静寂が戻った空の中。
 テレジアは自らを鼓舞するように小さく呟いたのだった。
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