ワールドコード・デコード

青空顎門

文字の大きさ
13 / 25

二 血戦④

しおりを挟む
 夜。別世界の徹の鍛錬に遅くまでつき合ってから、姫子は手早く風呂を済ませると早々に布団に横になっていた。道場での会話を思い出しながら。
 そして、軽く後悔する。ぺらぺらと余計なことを喋ってしまった、と。
 彼はあくまでも徹の代用品に過ぎない。
 レオンに言われた通り、全体的に言動が頼りなく、この世界の彼とは程遠い。
 それなのに隣に彼がいるような気がして、つい言葉が多くなってしまった。
 しかし、あの徹は別人なのだ。ハッキリ区別しなければならない。
 そう自分に言い聞かせようとするが、納得し切るには至らなかった。

「納得なんて、できる訳ないよ、徹」

 元々この話を佳撫に持ちかけた時、彼女からは、並行世界の同一人物だからといって本人という訳ではない、と忠告されていた。
 それでも姫子は一縷の望みに賭け、強行したのだ。
 佳撫もまた徹の死を認め切れていないと分かっていたから、それを利用して。
 今回の件は父、県令たる龍之介の承認を取って行ったことだった。
 佳撫の固有呪法を使用して世界を繋ぐには県令の許可が必要だからだ。
 ちなみに一度も使用されていない固有呪法の正体が分かっているのは、過去の経験則と遺伝学の発達によって遺伝子から割り出せるからなのだが、それは余談だ。

 ともかく、姫子は徹との再会を望んでコネを利用し、ことを起こした訳だ。
 とは言え、県令の娘だからと言って私情で権力を振りかざせる訳もない。
 父親である龍之介もその辺は清潔なので、ただ単に娘がお願いしただけでは許してはくれない。
 全ては異常復号体を打倒するため。
 同時に、姫子が自身の持つ繋がりを利用して手柄を立てることで、県令を継ぐ蓋然性を高めるため。
 そのために、と姫子は別世界の徹の強さを多少誇張して許可を取ったのだ。

 だが、正直に言えば、姫子にとっては県令云々の話はどうでもよかった。
 実際、徹さえ死ななければ、今もそれとは距離を置いて過ごしていたことだろう。
 今、必死になって早坂優司を倒そうとしているのは、悲しみを誤魔化すための単なる復讐に過ぎない。
 八つ当たり的に、かねてから腹立たしかった世論に対しても反抗してやろうと思ってはいるが、徹がいないのであれば結果がどうなろうと価値は同じこと。
 溜飲がほんの僅かに下がる程度だ。

「徹……」

 徹とは、有能な研究者である彼の父と龍之介が知り合いだったことから、幼い頃からつき合いがあった。
 とは言っても、その頃は年に何度か会う程度だったが……。
 中等学校で同じクラスになり、成績も同等だったこともあって親しくなった。
 周囲の人々が県令の娘であることを気にして次第に言動に打算を織り交ぜていく中、彼だけは自然に接し続けてくれた。
 だから、彼に惹かれるのに時間はかからなかった。
 ただ、ハッキリと言葉に出したことはない。
 龍之介はどこから話を聞いたのか、復号師として将来有望な徹であれば交際を許す、と言っていたが、結局初恋は実る前に、勝負する以前に消え去ってしまった。

「せめて一言でも……」

 姫子はじくりと胸を刺す喪失の痛みを吐き出すように深く嘆息した。

「それはそれできつい、かな。でも――」

 眠気が薄れてしまったため、起き上がって窓に近づく。
 と、網戸越しに、月明かりに照らされて昼の間よりも趣が深い庭園が闇に慣れた目に映し出される。
 これらは何一つとして自ら得たものではない。
 全て生まれによって与えられたものに過ぎない。
 傲慢に言えば、望んだ訳でもなく、そこにあったのだ。
 だと言うのに、真に望んだものを何も得られないことは何の皮肉かと思う。
 いや――。

「……どんなものでも強く掴んでいないと零れ落ちてしまうものよね」

 家柄で与えられたものを当たり前の顔をして享受するだけで、何の対価なのかを考えずにいたから、本当に大切なものを失ってしまったのかもしれない。
 元からあった地位と生まれ持つ力に胡坐をかいているだけの存在。
 それが現在この県を支配する雪村の一族の正体なのだ。
 現に今回の問題でも自ら率先して討伐に乗り出す者もいない。勿論、符号呪法の性質的な問題もあるが、それを体のいい言い訳としてしまっている。
 皆いざという時に自分自身が出ていくだけの気概を、西洋的な言い方をするならノブレス・オブリージュのような感覚を持っていないのだ。姫子自身も含めて。
 他者を利用した、どこまでも卑怯で最低な復讐の時が刻々と近づいている。
 既に日は変わっているので、血戦の日は明後日だ。

 そも、復讐に意味がないことぐらいは姫子も分かっていた。
 異常復号体と化した早坂優司を打倒できようとできまいと、死んだあの徹が戻ってこないことは納得できずとも理解している。
 だが、憎悪を強く抱いてこそ今も心を熱く保つことができ、だからこそそれ以外の選択肢に目を向けられないのだ。
 だから、この復讐が終わってしまえば、その先は定まった道を惰性で生きていくだけの人生になるだろう。
 人生何があるか分からないとは言うが、少なくとも今はそう思う。

「後、二日、か」

 何にせよ、別世界の徹との距離は一定以上に保たなければならない。
 彼はあくまでも代用品に過ぎないのだから。
 必要以上に近づいてしまえば、彼が敗北した場合、一ヶ月前に負った傷がさらなる痛みによって抉られてしまうかもしれない。
 むしろ、今更こんな益体もないことを考え出す辺り、既に弊害が出ているのかもしれないが。
 いや、まさかこの鍛錬を通してあの情けない彼が自分の好きだった徹に近づくことを期待している訳ではあるまいし、彼と親しくなったからどうだと言うのか。
 佳撫も、あの態度を見ると言動が一致していない気がするが、それでも別人だとハッキリと言っていたではないか。
 それでも遺伝子的には同じものを持っているはずなので、もしかしたら、と思ってしまう部分も確かにある。佳撫の行動もそこから来るものなのかもしれない。
 しかし、そうだとしても、一体自分はそれでどうすると言うのか。
 死んだあの徹は戻らない。それだけははっきりと理解しているはずなのに。

 どうにも思考が滅茶苦茶で矛盾しているような気がする。
 結局、何がどうなって欲しいのかもよく分からない。
 ただ一つだけ、徹を殺した存在を許さない、という感情がはっきりとし過ぎているために、それが他のあらゆる気持ちを歪めているのかもしれない。
 姫子はそんな自分自身の揺らぐ思いを分析しようとして、余計に心を乱してしまっていた。
 だから、自分の不確かな思考を遮るようにもう一度だけ大きく息を吐き、馬鹿広い庭から目を背けると布団に入った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました

黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。 彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。 戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。 現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと! 「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」 ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。 絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。 伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進! 迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る! これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー! 美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。 人生、逆転できないことなんて何もない!

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

氷華の吸血鬼ー銀氷の貴方と誓う永血の恋ー

四片霞彩
恋愛
霧の街で目覚めた私は契約を結ぶ――氷鏡の彼の人は孤独なヴァンパイアだった。 海外に暮らす祖母の元に向かっていたエレナは古びた鍵を拾ったことでヴァンパイアの国・ワムビュルス王国に転移してしまう。 辿り着いた街で人間を「餌」として捕えるヴァンパイアたちから逃げている最中、鍵に導かれるままにとある古書店の扉を開けてしまうのだった。 そこで出会った白銀のヴァンパイアの青年――ロシィから「説明は後だ」と告げられて、主従の契約を強引に結ばれたエレナ。 契約によってロシィの従者となったエレナの姿は子供へと変化して、やがて元の姿からかけ離れた愛くるしいヴァンパイアの少女に変わってしまう。 そして主人となったロシィから「ノエリス」と名付けられたエレナは、ヴァンパイアたちから保護してもらう代わりにロシィに仕えることになるのだった。 渋々ロシィが営む古書店で働き始めたエレナだったが、素っ気ない態度ながらも甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるロシィに次第に心を許し始める。 しかし砂時計の砂が全て落ちた時に2人の立場は逆転してしまう。 エレナは「ヴァンパイアの麗しき女主人・ノエリス」、ロシィは「女主人に仕える少年従者・ロシィ」へと姿まで変わってしまうのだった。 主人と従者を行き来する2人は種族や生まれの違いから何度もすれ違って衝突するが、やがてお互いの心を深く知ることになる。 氷鏡のような白銀のヴァンパイアが異なる世界から現れた人間に心を溶かされ、やがて“等しく”交わった時、主従の信愛は番の最愛へと変わる。 ダークファンタジー×溺愛×主従の恋物語。 凍りついた主従の鎖は甘く蕩けるような番の結びとなる。 ※他サイトでも公開予定

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

処理中です...