永遠を巡る刻の果てには、

禄式 進

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一章「憧れの新世界」

11.暗紅

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 翌日。
 セイスはリアと共に二晩を過ごした森を抜け、辺り一面に草原の広がる街道を歩いていた。

「森を抜けた先に、こんな草原が広がってたんだな……」
「スール平原は初めてか?」
「俺、カストラから先に行ったことなかったから」

 セイスの暮らすアウルムという村は、ルミナム大陸の辺境にある村だった。外は危険だから、一人で遠くに行ってはいけないよ……などと注意されたことは一度だってなかったが、それでもセイスが森を抜けて外の世界を見に行くことなど、生まれてこの方考えたことすらなかった。

「そうする必要なんてないって分かってたんだろうなぁ……」
「危ないことはしないに越したことはないということだ」

 平和な田舎暮らしにどっぷり染まっていた自分に気付いて溜息を吐いてから、セイスは辺りを見回した。
 スール平原。カストラやアウルム周辺の森を抜けた先にある一面の草っぱら。何年も前に人が歩き易いようにと均された道は、いつしか街道と呼ばれるようになった。街道周辺には魔物の気配も少なく、人々が比較的安全に行き来出来るようになっている。だがそれは魔法壁のように、約束された安全ではない。だからこそ夜に街道を歩く人影はほぼゼロに等しく、陽の高い昼間の内に、人々は都市から都市へと移り歩くのだという。
 リアがセイスにそんなような説明をしていると、セイスは物凄く嬉しそうにきらきらと瞳を輝かせた。話を聞いていた最中、正面から街道を歩く人影があった。話の途中だったこともあり言葉を交わすことはなかったものの、リアは小さく会釈。セイスもつられてそれを真似た。元々村の外で他の人とすれ違うこなど皆無に等しかったセイスにとって、森を出て直ぐ人とすれ違ったことが新鮮だったのだ。
 思わずすれ違った行商人と思わしき通行人を振り返り、高揚感を隠すことなくリアの肩を揺すったりしたが、リアには何だお前みたいな目で見られただけで終わる。

「リア、聞いてくれ」
「何だ」
「今凄く走りたい」
「勝手にやってくれ」
「そして大草原の真ん中で心のまま喉が張り裂ける限界ぎりぎりの音量で叫びたい」
「前言撤回だ、魔物が寄って来るからやめてくれ」

 誰が往なすと思ってるんだ、と、フードの奥でげんなりとした表情を見せるリアだったが、そんな表情セイスにはおかまいなしだった。まぁ流石に、叫ぶのはやめておいたが。
 ここまで色々あり過ぎた所為で成りを潜めていたが、元来セイスという男は外の世界に強い憧れを抱き続けてきた一人の少年である。まだ村近隣の森を抜けた程度とはいえ、未知の世界の空気に気持ちが昂らない訳が無い。

「じゃあどうすればいい、この煮え滾ったわくわく感と震え上がる衝動をどこにぶつければいい……!?」
「おいセイス、貴様さては元気になればなるだけ面倒臭くなるタイプの人間だな? 出来れば大人しくしていてくれると助かるんだがな」

 武器も持っていない戦力外の同行人なのだから、少しは大人しくしていて欲しいと思うリアの素直な意見だった。こんなことなら疲労を抱えていた初日の方が大人しくて良かったと思わなくもない、というか思ったので、リアは溜息交じりにさっさと行くぞ、とセイスを促し、そそくさと街道を抜けることにした。

「看板にこの先村があるって書いてある……んえぇ……へへぇ……」
「静かに騒ぐとは、器用な奴だな……」

 注意した通り大人しくはなったので、大人しく騒ぐセイスのことはその後村に辿り着くまで無視することにした。




「ネビスに行く」
「…………え?」

 今のは、少しばかり落ち着いたセイスから今更に呈された「ところで俺達どこに行くんだ?」という疑問に対するリアの答えだった。聞き間違えだったかも知れないとセイスはたっぷり間を空けた後、聞こえなかったふりをして首を傾げる。

「耳が遠いのか? 田舎育ちの癖に」
「悪い、もういっかい」
「ネビスだ」
「……ネビス?」
「そう言っているだろう、貴様が少し屈むのならば、耳元で叫んでやるが?」

 喧騒の中でもないのに隣を歩く自分の声が聞こえないのかと、リアは怪訝そうな表情を見せながらセイスを見上げていた。身長差故にそれを強行するつもりはなかったが、セイスの初めて聞きましたと言わんばかりの反復に、今度はリアが首を傾げる。

「知らないのか?」
「そんな訳無ぇだろ!?」
「突然叫ぶな、びっくりしただろう」

 本当に驚いたのか怪しい不服そうな態度でリアは言い、視線を前方に戻した。
 リアが訪れようとしているのは、ネビスと呼ばれる大都市だった。その都市の名は、恐らくルミナムに暮らす者であれば赤子であろうと知っている。大陸の半分が平野で成るルミナムの中央部、中央ナセド平野に城壁を構える、文字通りの大都市。

「ネビス……ブライド王家の膝元」

 ――別名、王都ネビス。
 セイスは反射的に鞄に触れ、中に収まる歴史書の存在を思い出した。歴史書、始まりの物語。そこに描かれる主人公、――レイソルトの血を継ぐ一族が統治する王都に、これから向かうというのだ。
 夢とか勘違いとかタイムスリップとか、セイスの中でその辺のものが大体どうでも良くなった瞬間である。

「王都に行くのか……王都、王都だよな? え、えっ、どうしよ、俺餓鬼の頃から一度でいいから行ってみたくて……!!」
「良かったな。だがここからネビスまでは一週間以上は確実に掛かるし、徒歩の分もう少し掛か……おいセイス聞いているか?」
「いやいやいやむりむりむり流石にむりむりむり……」

 身振り素振りで慌て始めたセイス相手に溜息交じりに落ち着くよう指示をするリアだったが、それは不可能な相談なのだろうと直ぐに判断する。既に目視出来る距離までやって来ていた村に着いた暁には、さっさと宿にでも押し込んでしまおうとリアは画策した。

「ネビスに着くまで大人しくしていてくれると助かるんだがな……」
「あ、リア! 町が見えたぞ! 村だっけ?」

 そんなリアの目論見に気付くことなく、さっきから見えていた筈の村を指差してセイスは嬉しそうに笑う。

「トゥローの村って書いてあったよな、さっきの看板。俺、自分が住むとことカストラ以外の場所見るの初めてだ!」

 再び静かにしろ、と一蹴してしまおうと思ったリアだったが、そうしてはしゃぐセイスの姿はまるで年端のいかない子供のようで。その楽しげな様子に水を差す気も起きず、今一度大きく息を吐いた後「良かったな」と簡単な言葉を投げた。
 セイスはそれだけで、とても満足そうに笑った。


 ◇


 その晩、トゥローの村の宿。
 トゥローの村はセイスの暮らすアウルムの村とは違い、街道と街道を繋ぐ中継地点である。宿泊施設が充実しており、一晩の宿を取ることが出来た。二日振りの快適な寝床は容易にセイスを夢の中へ誘い、今はもう眠ってしまっている。贅沢とは呼べない質素な夕食を満足気に平らげた直後のことだった。

(まだ疲労が残っていたのか、はしゃぎ過ぎたのか)

 恐らく後者だろうなと、セイスの眠るベッドの隣のベッドに座りながらリアはそっと呆れたように微笑んだ。それから直ぐに表情を戻し、視線をすいと横にスライドさせる。視線の先にあるのは、宿の部屋に備え付けられた小さな机。その上には、セイスが粗雑に置いたウエストポーチが置いてあった。音を立てずに立ち上がったリアはそこまで移動し、指を引っ掛ければ簡単に開いてしまうセイスの鞄から、目当ての物を手に取った。

 あの、色の霞んだ紅のペンダントを。

 形、色、宝石の状態を確かめるようにまじまじと観察した後、今一度、ベッドで眠るセイスを見た。
 その手にペンダントの宝石を握り、空いたもう片方の手で懐に手を伸ばし、普段は髪留めとして使っている赤と白の十字架を取り出した。ペンダントのくすんだ赤と、十字架の鮮やかな赤。似ても似つかない色の赤を目にしても、リアの表情は曇るばかり。



「……まさかな」



 一言。まるでそうであって欲しいと懇願するかのような声音が、静かな室内にぽつりと落とされる。
 この時リアが何を思いその言葉を口にしたのか、すっかり眠りに就いていたセイスには知る由もなかった。
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