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二章「憧れの裏世界」
50.地上
しおりを挟む――禍罪(まがつみ)。
災いを意味するその言葉は本来の意味とは別に、とある故人を指して使われることがある。この世界が始まる前、彼の英雄が英雄と呼ばれる以前の時代に、“禍罪”も生まれた。
“禍罪”。それはかつて、時の魔術師が世界を破壊する起因となった存在を示したもの。
双色の魔力をその眸に宿していた“禍罪”は、その影響で人々の間で世界を脅かすものとして恐れられた。
それ故今の時代でも、色の異なる双眸を生まれ持った者を“禍罪”と呼んでいる。
災いの前触れ、不幸の象徴――それが、“禍罪”。
世界の始まりから幾億の時を越えて、彼らは今も、世界の全てから忌避されている。
◇
「ではリア様、私はこれにて。あまりにも愛らしいからといって誘拐されないようお気を付けて」
「ああ、貴様は仕事が終わるまで戻って来るな」
詰所前で待っていたリアの元に辿り着いて直ぐ、シルクは彼にも先程の話を繰り返した。先程より三割増しに余計なことを付け足していた為、リアにそんなことを言われ追い払われる始末である。
「……」
「……ウィルト?」
リアがシルクと話をしているその間、ウィルトは呆けた表情でじっとシルクを見つめていた。久し振りの一言もなく、ただぼんやりと。シルクの方も同様に、直ぐ近くに居る筈のウィルトに一切目もくれず、一通り騒いだ後そそくさと行ってしまう。
「良いのか」
「あ……シルク!!」
呼び掛けたセイスの声に無反応。リアからも尋ねられ、ウィルトはやっとのことで我に返り、見据えていた後ろ姿に向き直った。
そうすれば、呼ばれた名前の主はその歩みをぴたりと止め、見慣れない軍服姿の彼が半身振り返る。とはいえその姿は、やはりウィルトの知るシルクその人に間違いないなかった。その姿を、その顔を、たった数年離れていただけで忘れる訳がない。
彼はシルク、シルク・スノーライン。ウィルトにとって、何を差し置こうとも忘れてはならない――忘れる訳のない恩人なのだから。
「――……」
「……シルク、」
なのに、どうして言葉が続かないのか。
先程まで笑っていた筈の彼の表情が、視線が、凍て付く氷のように冷たく自分を射抜いているからなのか。
その青眸が、まるで別人のように見えてしまったからなのか。
「君は、本当にシルクなのかい?」
どうにか絞り出したその一言にも、シルクは答えをくれなかった。一瞬の冷たさが嘘のように、再び笑みを零した後、そのまま行ってしまう。
ウィルトにはそれ以降、その後ろ姿に掛ける言葉が見つからず、黙って彼を見送ることしか出来なかった。
分かっているのに。その筈だったのに。
どうしようもなく、彼が遠くに行ってしまったような気がした。
「あー……、あのさ」
理由は分からないが、物凄く雰囲気が良くないことだけは分かった。けれどセイスは敢えてそれに気付かないふりをして、冷えた静寂の中でひょいと一歩前に出る。何となく、それが正しい選択な気がした。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、良い?」
「……俺に分かることなら、勿論」
そうすればウィルトもくるりとこちらに振り返り、穏やかな笑みで応えてくれる。これで良かったのだと、セイスは内心ほっとした。
もう姿も見えなくなってしまったシルクからの言葉の意味は、セイスがいくら考えようとも分からずじまい。自分で分からないならいつものように、リアに尋ねようと思っていたのだが。
(“禍罪”が眠る場所……それがどこかの場所だっていうなら、デイヴァ出身のウィルトの方が分かるかも知れない)
そう考え直したセイスは、シルクから伝えられた言葉をそのまま口にして、その場所の在り処をウィルトに尋ねた。
――結果、セイスは再びウィルトに両肩を掴まれることになった。それはもう、物凄い力で。
「何で君がそれを知ってるんだ!? どこでそれを!?」
「いーたたたたいーたいいたーい!」
「色んなバリエーションの痛いを言ってる場合じゃないでしょアンタ、肩取れるわよ」
もう少し心からの叫びを口にしても良かったのだが、ウィルトの表情があまりにも深刻だったもので顔を逸らすのが精一杯だった。そしてウィルトも直ぐにはっとし、ごめんねと再び冷静さを取り戻して手を放す。大したことはなかったみたいな顔をするセイスだったが、この人に何かを伝える時は何かしらの大仰な前置きを入れるようにしようと全力で肝に銘じていた。
アンタは直ぐに熱くなるの気をつけなさいよ、などとリリーに指摘され反省しているウィルトに対し、セイスは足りなかった説明を補足する。
「少佐が言ったんだよ、多分」
「多分って何よ、っていうかいつ言われたの? あたし聞いてない」
「いや、最後にこそっと……? ぶっちゃけると俺もよく分かってない」
大分補足になっていない補足だった。
「ウィルト、心当たりはあるのか」
ここまで黙って話を聞いていたリアも参戦し、皆が黙って頼みのウィルトを見上げる。
正直なところ、何かを知っていることは先程の反応で一目瞭然だった。それを証拠にウィルトは小さく頷いて、皆の視線に応える。
「はい。行くなら案内するけど、どうしますか?」
「待ってろと言われたのはセイスだ。セイス、お前が決めろ」
「俺!?」
リアの視線を受け、突然決定権を委ねられ動揺するセイスだったが、場所が分かるというなら答えはひとつだった。即決と呼んで間違いない。
「んー……まぁ、他にやることないしな」
後頭部を掻きながら、そんな軽い気持ちで方針を決めた。
◇
「それで何時間待たせんのよあいつ!!!!」
シルクを待つこと数時間。すっかり夜になったデイヴァの地上にて、寒さに身体を震わせながらリリーが叫んだ。確かに待ってろと言われたが、こんなに待たされることになるとは。
「そんなに騒ぐと近所迷惑になるぞ」
「近所もへったくれもないわよ、この辺りには誰も寄り付かないってさっきウィルトが……」
文句を垂れながら、リリーは視線の矛先をウィルトに投げる。夜風から身を守る為に木々の影に座っているリリーとは違い、荒野に立ち尽くしたまま鉄柵越しの空を仰いでいるウィルト。カーキ色の外套が闇に染まるよりも前から、彼はあそこに立ち尽くしていた。タフな男である。
「ねぇ、もう宿戻らない?」
「先に戻っていてもいいぞ、僕はウィルトと共にここで待つ」
そしてそんなタフさよりも寒さが堪えているらしいリリーは、外套越しに肩を擦った。ここで待つだけという行為に大分めげてきたらしい。一方でそんなリリーの背後の木に寄り掛かって立つリアは、未だピンピンした様子をみせていた。
「護衛のあたし達がアンタ置いて戻れる訳ないでしょうが! バカ!!」
「え? 俺も戻りたい側にカウントされてんの?」
「もう寒くて駄目、凍える、凍るわ」
「聞いてねぇし」
「魔法でも覚えたらどうだ、火属性なら場を暖めるのも簡単だろう」
「何でアンタあたしの属性魔力知って……昔るーちゃんに話したわあたしぃ……!!」
「魔術の才には恵まれていないという話はムジクから聞いた」
「パパァ!!!!」
一人悶絶するリリーと、しれっとしているリア。昔馴染みが故の押し問答――大分一方的だが――に、セイスはふっと苦笑を零した。ちなみにセイス自身の属性魔力も火だが、使おうと思ったことすらないので才能以前の問題である。
「ふふ、楽しそうだね」
すると、ふっと自分達の足元が陰り、セイスは顔を上げる。ウィルトだった。
「俺も交ぜてくれるかな。シルクもまだ、来ないみたいだから」
そう言って、すっとセイスの横に座る。そんなウィルトを相手に、リリーが数々の不満をぶつけ始めたところで、セイスは改めて辺りを見回した。
“禍罪”の眠る場所というのは、デイヴァの地上にある森林の中にあった。都市の外にまで広がる森の一角だけが鉄柵内部にあり、町側から無闇矢鱈と森の奥に行けないよう仕切られている。この辺りの広大な荒野の中にこれだけ立派な森林があることにはシンプルに驚いたが、その驚きも数時間後には薄れて消えていた。
そんなことよりもセイスが気になったのは、今自分達が居る場所の近くに見える、古ぼけた置物についてだった。随分と古いそれは、一見ただの苔生した岩にしか見えない。なのにセイスはその自分の背丈程もない岩から、何故か目を離せなくなっていた。
(……ああ、そういうことか。ここは、)
「そんなことはないよ。怒ってくれるのは嬉しいけど、その怒りを向ける矛先は、少し間違っているかも知れないね」
その声に、ばっと視線を戻す。
全く別のことを考えていた所為で、その意味を直ぐに汲み取ることが出来なかった。だがその言葉と、このタイミング。それが、今自分達が居るデイヴァの地上に関する話であることを教えてくれる。きっと、リアかリリーがその手の話をウィルトに振ったのだろう。
「リア様達の目にはこのデイヴァの地上が、――俺達の故郷が、どう映ったのでしょうね」
地上と地下。同じ都市の中にありながら、双方が織り成すおかしな関係性を疑問に思う自分達の価値観を耳にしたのだろうウィルト。
暗がりに潜む彼の横顔には、いつもと変わらぬ優しい笑みが浮かんでいた。
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