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二章「憧れの裏世界」
59.黄炎
しおりを挟む迷いの森へとその性質を違えた森の様子は一変していた。その気配すら窺い知れなかった筈の魔物が次々と姿を現し、歩けど止まれど関係なく襲い掛かって来る。
「――ッ!? しまっ……!」
泥濘んだ地面に足を取られ、セイスはバランスを崩す。その所為でセイス目掛けて飛び込んできた魔物からの攻撃をモロに食らいそうになったのだが、間一髪後方からの援護が間に合い、直撃は免れた。
「足場が悪い。ここは王都の訓練場じゃないんだ、状況を見極めてもっと慎重に戦え」
「悪い、助かった」
獣の姿と思わしき素早い魔物の身体を正確に捉える水撃が、次々に襲い来る魔物を吹き飛ばす。こうして戦地に立つリアの姿を目にするのは初めてのことだが――今まではサボっているか、セイス自身に見ている余裕が無かった――、自分よりも遥かに慣れた様子で魔物の相手をしている姿に、セイスは負けてはいられないと思った。
自分は剣。フォードに乗せられ大見得を切ったのだから、守られているだけではいけない。シロツキから譲り受けた新たな刀の柄を握り直し、セイスは力強く刃を振るった。
静謐の森に住まう魔物は、今までセイスが戦ったことのある魔物と比べ物にならない強さを持っていた。セイスはそれを、肌で痛感する。勘違いなどではない、それを証拠に、あのリアがサボることなく共に応戦しているのだ。
(王都で多少なりとも訓練してなかったら、詰んでたかもしんねぇな、これ……)
敵の動きが見えていない訳ではない。王都にやって来る前の自分であったなら、こうして戦えていなかったかも知れない。
「行ったぞセイス」
「よっしゃあ! 貰った!!」
「直ぐ調子に乗るな愚か者、右だ」
「うわっ」
無駄な動きが多く、こうして油断までもが多い。リアの魔術が、セイスを襲う魔物を捕える音を何度も聞いた。
わたわたと落ち着かないセイスはこちらに来た魔物だけを確実に斬り、ただの一歩も動いていないリアと必要以上に離れないよう――離れたら死ぬ――、彼と背中合わせに刀を構える。
「なぁリア」
「何だ」
「お前って剣術にも長けてるって聞いたんだけど、王都で特訓出来ない間はお前が練習相手になってくれるっていうアレは無い?」
「は? 貴様、それを誰から」
「シロツキさんに決まってんだろ!」
陽が落ちてきたことで、素早く動く魔物の姿を視認するのが難しくなってきた。それでも、数の減ってきた魔物を的確に倒しながら、セイスはちらりと背後の様子を窺う。
「分かってんだろお前。お前は放っといても死なないけど、放っとかれたら俺が死ぬ」
「随分と潔いな。先程の威勢はどこに消えた」
「元々このスタンスだよ! お前に助けられたそん時からな!!」
相変わらず、リアはその場から一歩も動かない。それは怠惰だからなどではなく、魔物の攻撃を受けるよりも速く倒してしまっているからに他ならない。見せつけられた力量の差に、セイスは最早笑うしかなかった。常々セイス達を守ると口にするリアだが、本当に守られる必要などない程に、彼は強かった。
(だったら俺も強くなるしかないんだよなぁ、護衛対象の力を借りてでも)
皮肉でも卑屈でも劣情でも何でもない。ただの事実としてそれを受け止め、目視で最後の魔物をセイスが斬り付け……ようとした瞬間。
目の前の魔物が、鋭い水撃の餌食となって弾け飛んだ。
「……え?」
「良いだろう。その案に乗ってやる、僕を護衛する為だけに強くなりたいのなら御免被るところだったが、それがお前を生かすというのなら話は別だ」
「リア!? お前、後ろ!!」
振り向いた先のリアは、身体の向きごとこちらに向け、至極面倒臭そうな顔で腰に手を当てていた。まるで戦闘が終わったような態度だが、彼の背後には未だ、二体の魔物の姿がある。
「嗚呼、心配するな」
「何が!? どれを!?」
何故、その魔物を放ってこちらの魔物を片付けたのか。セイスが指摘しても全く意に介さないリアに痺れを切らし、構えたままの刀を手にセイスは地を蹴った。
「この僕がわざわざ戦線に加わっていたんだぞ」
だが、それでもリアは変わらない。
そして背後の魔物が、一斉にリアに飛び掛かった。
「リア!!」
「――主たる者の魔力の色に気付かない愚かな護衛など、僕は雇っていない」
――パンッ!
暗がりに光る青瞳の背後で、黒い二つの影が悲鳴を上げて崩れ落ちた。何かが弾けるような小さな音と共にセイスが目にしたのは、魔物の影が横に一閃、上下に斬られた姿と。
それを刃渡り数センチと思わしきナイフ一本でやってのけた、男の姿。
ばしゃん、と魔物の死体が泥濘に散らばる音の後、それよりも軽い着地音がする。
すっかり静かになった辺りの様子を感じて。自分達のよく知る長身が、鋭い目付きでこちらを見ていた。
「リア様! ご無事で何よりなのですが、突然振るのやめませんか!?」
「いいかセイス、貴様も僕の魔力の色を覚えておけ。はぐれた際の目印になる」
「い、色? お前が言ってる色って、見た目の色の話じゃないよな?」
「それが分かっているだけで良い。お前にも、その内分かるようになるだろう」
そして二人はそんな彼を無視した。
「ご、ごめんなさい! 突然居なくなったから怒ってるんだよね!? また勝手な行動取ったから!! ごめんね、本当にごめんなさい! もうしません!! 無視は悲しいよ……」
リアよりも頭一つ分背の高い男がしょぼくれている様は実に可哀想だったので、セイスとリアは直ぐに謝罪を口にした彼のことを許した。掌を合わせて寂しそうに謝る男、それは勿論、森に消えていたウィルトその人だった。
「よく戻った。元よりノースウィクスの者に立派過ぎる護衛など僕は求めていない、大事な時に戻ってくるぐらいの奔放さで丁度良い」
「ウィルトー! もうどこも行かないでくれー! 俺一人じゃあ荷が重過ぎるんだー!!」
「あれ? リア様とセイスくんの温度差が凄い」
ばっと切り替え武器をしまったセイスは、思わずウィルトに正面からしがみ付く。クールに腕を組むリアとの対比にウィルトは困惑した様子だったが、セイスとしてはもうこの手を離さないぐらいの重い気持ちだった。こんなにも強い魔物が徘徊する森に置き去りはもう懲り懲りである。
冗談はさておき。
「お前、今度はどこ行ってたんだよ。こっちはなんか、森に閉じ込められてるっつうか何つうか」
「うん、何となく察してる。こっちは……さっきの男の子を追ってたんだ」
はっきりしない状況説明に対しても、ウィルトはあっさり頷いた。それからくるりと振り返り、改めて魔物の居なくなった辺りを確認してから、誰も居ない筈の木陰に声を掛ける。
「もう良いよ、出ておいで」
ウィルトの視線を追って、セイスとリアの二人もその木陰を眺める。するとそこから顔を覗かせたのは、二人も良く知る少年カラだった。
それと。
「ほら、お前も。大丈夫だよ、後ろの奴らはウィルト兄ちゃんの知り合いだから。いわば金魚のフンだよ」
「誰が不要物だ、――ッ!?」
ぐい、と。木陰から出てきたカラは、もう一人そこに居る誰かの腕を引いていた。
誰か。――身体に炎を纏った、あの少年の腕を。
「お前!」
「待てセイス、あれは先程の少年ではない」
「え?」
思わず刀に触れたセイスだったが、リアに動きを制され、ウィルトへと視線を投げた。リアが止めなければ止めるつもりでいたのだろうウィルトはほっとした様子で笑い、二人の少年を己の傍まで呼び付ける。
「さっきの子が何をしたのか、リア様達はご存知なんですね」
「僕らは貴様と別れた後、王国軍の軍拠点に居た。先程の少年がそこを襲撃した話は聞いている」
「こ、この森を抜ける為には、そいつを見つけなきゃならないって話も聞いたんだけど……」
「ごめんなさい」
そして今の自分達の行動目的を露わにし、簡単な情報共有を終えた刹那。ウィルトの傍に寄った少年は、とても小さな声でそう一言謝罪した。
「俺がレニを止められなかったから、ウィルト兄ちゃん達に迷惑を掛けた」
「ゼランの所為じゃないよ。大丈夫、ゼレニのことは心配しないで」
「でも」
「ゼレニが悪いんだ、人の話なんて全く利かないし!! 急に無茶苦茶なんだよ!!」
「リア、あの子」
「嗚呼、色が違う」
ウィルトが炎を纏う少年――ゼランの肩に手を置き諭す横で、腹を立てているのがカラ。
向こうの状況はさっぱり掴めない中、セイスが察せたのはただひとつ。リアがゼランを先程の少年ではないと言い切れた理由だった。声を潜めリアに確認を取れば、直ぐに首肯が返ってくる。
雨降る森の中で見た少年は、その身に青色の焔を宿していた。それに対し彼は、本来の炎の色よりかなり明るい黄色の焔を纏っている。向こうが話しているのを良いことに観察を続けると、正確には右の顔半分と片腕から、強い炎の放出が窺えた。
「色が変えられるっていう可能性は?」
「僕の目が正しければ、先程の青い炎は腕ではなく脚から放出されていた。顔の炎も右ではなく左だったと記憶している」
「お前……あの一瞬でよくそこまで……」
田舎育ちの森育ちで、人よりかなり目が良いつもりでいたセイスだが、上には上が居ることを悟った瞬間だった。
「とにかく、早々にウィルトと合流出来たんだ。話を聞いて策を練るとしよう、本来の目的もこの都市で出来た目的も、こんな森に囚われたままでは何も果たせないだろう」
「だな。流石の俺も、シュラトの地巡礼はまた今度にするぜ」
「するつもりだったのか」
いつ如何なる時でも好きな物は忘れない。
セイスのその要らないプロ根性のようなものに、リアは呆れを通り越して若干感動すら覚えていた。
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