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4. 実験2: 類似性の法則(別名: 付け焼き刃)
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司令室(自室)に戻った私は、ペンを片手に腕を組んだ。
壁に貼られた報告書には、これまでの実験結果がまとめられている。
【実験1:単純接触効果に関する中間報告】
仮説: 繰り返し接触することで、対象の警戒心を解き、親近感を醸成する。
結果: 対象(ケイン様)および、その周辺人物(近衛騎士団)への認知度向上には著しく成功。しかし、副次的効果として「神出鬼没の不気味な令嬢」という新たな社会的評価(ブランドイメージ)を確立。
考察: 認知はされたが、それが好意に転じていない。接触の「量」だけでなく「質」の向上が今後の課題である。
「ただ顔を見せるだけではダメ。次のステップに進む必要があるわね」
私は計画書の次のページをめくった。
そこに記されているのは、『実験2:類似性の法則』。
(人は、自分と似た人間に好意を抱きやすい。価値観、趣味、知性…。共通点を見出すことで、相手は無意識にこちらを「仲間」と認識する。つまり、私がケイン様と同じ興味を持っていると示せばいいのよ!)
幸い、私には乙女ゲーム『永遠のラピスラズリ』で培った、彼の詳細なプロファイルデータがある。
趣味:剣術鑑賞、乗馬。
好きな読書分野:古代軍事戦略論。
「…完璧。これほど分かりやすい対象も珍しいわ」
私は不敵な笑みを浮かべ、最初の実験場として王城の図書館へと向かった。
*
図書館の奥、軍事戦略書が並ぶ一角。
ゲームの知識通り、ケイン様はそこにいた。分厚い革張りの本を、真剣な眼差しで読みふけっている。その知的な横顔だけでご飯三杯はいける。
いけない、今は任務中だ。
私はさりげなく彼の近くの書架へ向かい、これ見よがしに背表紙が難しそうな本を手に取った。『竜騎士団の戦術的展開における比較考察』。中身はさっぱり分からないが、問題ない。ハッタリも重要な戦術だ。
しばらくして、私は意を決し、彼に聞こえるくらいの声で独り言を呟いた。
「…なるほど。ヴァレリウス将軍の鉗形戦術は、やはり東部のゴブリン戦役でこそ真価を発揮したのね」
ゲーム内で彼が感銘を受けていた、有名な将軍の名前だ。これで彼も「おや、この令嬢、話が分かるな?」となるはず…!
すると、ケイン様はゆっくりと本から顔を上げた。そして、静かに口を開いた。
「…セラフィナ嬢。恐縮ながら、ヴァレリウス将軍の鉗形戦術が用いられたのは、南部のオーク戦線です。東部のゴブリン戦役は、後年のゲイル将軍による焦土作戦が主でした。よく混同されがちな史実ですが」
「…………。ま、まあ! ご指摘、感謝いたしますわ。わたくし、つい夢中になってしまって…!」
顔から火が出そうだった。生半可な知識で専門家に挑むという、最も愚かなミスを犯してしまった。
しかし、ケイン様は私を侮蔑するでもなく、ただ淡々と事実を述べただけだった。その灰色の瞳には、むしろ「初心者に教える上級者」のような、ほんの少しの穏やかさすら浮かんでいるように見えた。
(…これもデータ。彼は知ったかぶりを許さない、誠実な性格…。解釈一致…尊い…)
私はそそくさと退散しながらも、しっかりと萌えを補給した。
次の実験場は、王城の厩舎。
彼の愛馬である黒馬「シャドウ」に近づき、動物好きという共通点をアピールする作戦だ。
厩舎に行くと、シャドウは一頭で藁を食んでいた。ゲームで見た通り、引き締まった体躯の美しい馬だ。
私は侍女に持たせた最高級の角砂糖を手に、ゆっくりと近づいた。
「お利口ね、シャドウ。わたくしはセラフィナよ。あなたの主君とは、少しばかりご縁があって…」
そう語りかけながら角砂糖を差し出した瞬間、シャドウは「ブルルッ!」と荒々しい鼻息を私に吹きかけ、私の手から角砂糖の入った小袋ごと奪い去っていった。
「きゃっ!?」
驚いて尻餅をついた私の前に、呆れたような声が降ってきた。
「…危なっかしい方だ」
見上げると、腕を組んだケイン様がそこに立っていた。
「シャドウは軍馬だ。淑女の甘い言葉より、実力のある乗り手を好む」
そう言って、彼はシャドウの首筋を優しく撫でた。すると、あれほど荒々しかったシャドウが、途端に猫のように大人しくなる。
(主従の絆…! 見せつけられている…! 最高のファンサービス…!)
ケイン様は、尻餅をついたままの私に、無言で手を差し伸べた。
その大きく、節くれだった、騎士の手。私は恐る恐るその手を取る。力強い引力に導かれ、すっと立ち上がることができた。
「ありがとうございます、ケイン様」
「…気をつけられるように」
それだけ言うと、彼は愛馬と共に去っていった。
残された私は、自分の右手をじっと見つめていた。まだ、彼の手の感触が残っている。
自室に戻り、私は今日の報告書をまとめた。
【実験2:類似性の法則に関する中間報告】
結果: 付け焼き刃の知識は、対象の専門性の前では無力。むしろ、対象の知識レベルの高さを再確認する結果となった。しかし、一連の失敗がきっかけで、対象との物理的接触および会話の機会が増加。
考察: 類似性を「装う」のは悪手。しかし、私の「危なっかしさ」が、対象の「庇護欲」あるいは「監視欲」を刺激し、結果的に接触回数を増やすという、意図せぬ効果を生んでいる可能性がある。
「つまり、私のポンコツっぷりが、逆に推しとのエンカウント率を上げている…?」
だとしたら、次の手は一つ。
この「危なっかしいポンコツ令嬢」という誤ったブランドイメージを、さらに巧みに利用するのだ。
私は羊皮紙に、次の実験計画を書き記した。
『実験3:ハロー効果の逆利用と、戦略的ギャップ萌えの導入について』
――氷の令嬢の仮面の下に、計算し尽くされた「ドジ」を仕込む。
壁に貼られた報告書には、これまでの実験結果がまとめられている。
【実験1:単純接触効果に関する中間報告】
仮説: 繰り返し接触することで、対象の警戒心を解き、親近感を醸成する。
結果: 対象(ケイン様)および、その周辺人物(近衛騎士団)への認知度向上には著しく成功。しかし、副次的効果として「神出鬼没の不気味な令嬢」という新たな社会的評価(ブランドイメージ)を確立。
考察: 認知はされたが、それが好意に転じていない。接触の「量」だけでなく「質」の向上が今後の課題である。
「ただ顔を見せるだけではダメ。次のステップに進む必要があるわね」
私は計画書の次のページをめくった。
そこに記されているのは、『実験2:類似性の法則』。
(人は、自分と似た人間に好意を抱きやすい。価値観、趣味、知性…。共通点を見出すことで、相手は無意識にこちらを「仲間」と認識する。つまり、私がケイン様と同じ興味を持っていると示せばいいのよ!)
幸い、私には乙女ゲーム『永遠のラピスラズリ』で培った、彼の詳細なプロファイルデータがある。
趣味:剣術鑑賞、乗馬。
好きな読書分野:古代軍事戦略論。
「…完璧。これほど分かりやすい対象も珍しいわ」
私は不敵な笑みを浮かべ、最初の実験場として王城の図書館へと向かった。
*
図書館の奥、軍事戦略書が並ぶ一角。
ゲームの知識通り、ケイン様はそこにいた。分厚い革張りの本を、真剣な眼差しで読みふけっている。その知的な横顔だけでご飯三杯はいける。
いけない、今は任務中だ。
私はさりげなく彼の近くの書架へ向かい、これ見よがしに背表紙が難しそうな本を手に取った。『竜騎士団の戦術的展開における比較考察』。中身はさっぱり分からないが、問題ない。ハッタリも重要な戦術だ。
しばらくして、私は意を決し、彼に聞こえるくらいの声で独り言を呟いた。
「…なるほど。ヴァレリウス将軍の鉗形戦術は、やはり東部のゴブリン戦役でこそ真価を発揮したのね」
ゲーム内で彼が感銘を受けていた、有名な将軍の名前だ。これで彼も「おや、この令嬢、話が分かるな?」となるはず…!
すると、ケイン様はゆっくりと本から顔を上げた。そして、静かに口を開いた。
「…セラフィナ嬢。恐縮ながら、ヴァレリウス将軍の鉗形戦術が用いられたのは、南部のオーク戦線です。東部のゴブリン戦役は、後年のゲイル将軍による焦土作戦が主でした。よく混同されがちな史実ですが」
「…………。ま、まあ! ご指摘、感謝いたしますわ。わたくし、つい夢中になってしまって…!」
顔から火が出そうだった。生半可な知識で専門家に挑むという、最も愚かなミスを犯してしまった。
しかし、ケイン様は私を侮蔑するでもなく、ただ淡々と事実を述べただけだった。その灰色の瞳には、むしろ「初心者に教える上級者」のような、ほんの少しの穏やかさすら浮かんでいるように見えた。
(…これもデータ。彼は知ったかぶりを許さない、誠実な性格…。解釈一致…尊い…)
私はそそくさと退散しながらも、しっかりと萌えを補給した。
次の実験場は、王城の厩舎。
彼の愛馬である黒馬「シャドウ」に近づき、動物好きという共通点をアピールする作戦だ。
厩舎に行くと、シャドウは一頭で藁を食んでいた。ゲームで見た通り、引き締まった体躯の美しい馬だ。
私は侍女に持たせた最高級の角砂糖を手に、ゆっくりと近づいた。
「お利口ね、シャドウ。わたくしはセラフィナよ。あなたの主君とは、少しばかりご縁があって…」
そう語りかけながら角砂糖を差し出した瞬間、シャドウは「ブルルッ!」と荒々しい鼻息を私に吹きかけ、私の手から角砂糖の入った小袋ごと奪い去っていった。
「きゃっ!?」
驚いて尻餅をついた私の前に、呆れたような声が降ってきた。
「…危なっかしい方だ」
見上げると、腕を組んだケイン様がそこに立っていた。
「シャドウは軍馬だ。淑女の甘い言葉より、実力のある乗り手を好む」
そう言って、彼はシャドウの首筋を優しく撫でた。すると、あれほど荒々しかったシャドウが、途端に猫のように大人しくなる。
(主従の絆…! 見せつけられている…! 最高のファンサービス…!)
ケイン様は、尻餅をついたままの私に、無言で手を差し伸べた。
その大きく、節くれだった、騎士の手。私は恐る恐るその手を取る。力強い引力に導かれ、すっと立ち上がることができた。
「ありがとうございます、ケイン様」
「…気をつけられるように」
それだけ言うと、彼は愛馬と共に去っていった。
残された私は、自分の右手をじっと見つめていた。まだ、彼の手の感触が残っている。
自室に戻り、私は今日の報告書をまとめた。
【実験2:類似性の法則に関する中間報告】
結果: 付け焼き刃の知識は、対象の専門性の前では無力。むしろ、対象の知識レベルの高さを再確認する結果となった。しかし、一連の失敗がきっかけで、対象との物理的接触および会話の機会が増加。
考察: 類似性を「装う」のは悪手。しかし、私の「危なっかしさ」が、対象の「庇護欲」あるいは「監視欲」を刺激し、結果的に接触回数を増やすという、意図せぬ効果を生んでいる可能性がある。
「つまり、私のポンコツっぷりが、逆に推しとのエンカウント率を上げている…?」
だとしたら、次の手は一つ。
この「危なっかしいポンコツ令嬢」という誤ったブランドイメージを、さらに巧みに利用するのだ。
私は羊皮紙に、次の実験計画を書き記した。
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