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第五話:王都動乱の序曲
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幽閉生活が始まって、一月が過ぎた。
私は文字通り、鳥かごの鳥だった。窓の外の空を眺めることしか許されず、侍女アガサの氷のような視線が、常に私を監視していた。しかし、私の心は絶望に染まってはいなかった。胸元に隠した黒鳥のブローチが、かすかな熱を帯びてルシアンの存在を伝えてくれるからだ。
『マーカスは騎士団の魔術師たちを総動員し、昼夜を問わず研究を続けている。だが、君の理論の根幹を理解できず、皆疲弊しているようだ』
『先日、実験室で小規模な魔力逆流があったらしい。負傷者も出たとか』
ブローチを通して聞こえるルシアンの声は、私の唯一の希望だった。私たちは夜ごと、マーカスの動向を分析し、来るべき日に備えて計画を練り上げていった。それはまるで、二人だけで戦う秘密の戦争のようで、不思議な高揚感が私を支えていた。
一方、マーカスは日に日に追い詰められていた。屋敷に戻っても書斎に閉じこもり、時折聞こえてくるのは、羊皮紙を引き裂く音や、苛立ちに満ちた怒声ばかり。私の不在が、彼の自信と才能が砂上の楼閣であったことを、何よりも雄弁に物語っていた。
そして、運命の日は突然訪れた。
ある朝、王家からの使者が訪れ、マーカスに一通の書状を届けたのだ。
「……三週間後、建国記念式典の場で、『王盾の天蓋』の初披露を行え、と……国王陛下直々のご命令だ……」
書斎から出てきたマーカスの顔は、紙のように真っ白だった。後がなくなったのだ。王命となれば、もう失敗は許されない。彼は震える手で私の方へ歩み寄ると、牢の鍵を開ける看守のような目で、封印していた研究室の扉を開けた。
「フィオナ。お前が必要だ。この計画を完成させろ」
そこには、かつての傲慢な命令口調とは違う、懇願するような響きが混じっていた。
「完成させてくれるなら、お前の望むものを何でもやろう。外出も許す。だから……!」
「……ええ、マーカス様。お引き受けいたしますわ」
私は静かに答えた。彼の無様な姿に、もはや何の感情も湧かなかった。ただ、復讐の最後の舞台が整ったことだけを、冷徹に理解していた。
◇◇◇
その夜から、私は再び研究室に籠もった。
ブローチを通して、ルシアンと対話しながら、私は二種類の羊皮紙を準備していた。
一枚は、マーカスに渡すための『不完全な設計図』。
それは一見、完璧な魔法陣に見えるが、中心となる制御核に致命的な欠陥を抱えていた。発動すれば、凄まじい魔力を集積するものの、制御できずに暴走する運命にある、時限爆弾のような代物だ。
そしてもう一枚は、ルシアンに託すための『真の設計図』。
そこには、暴走した魔力を鎮め、完全に制御下におくための『調律の詠唱』が、古代妖精語で記されていた。それは、私が設計した全ての魔法陣に密かに組み込んでいた、私だけの安全装置。設計者である私と、その言語を理解できるルシアンだけが使える、絶対的な支配権を握るための鍵だった。
『ルシアン、聞こえますか? これが最後の切り札です』
『ああ、受け取った。フィオナ、君は本当にすごい。これはもはや魔術ではなく、神々の詩だ』
彼の賞賛の言葉が、私の心を温める。
設計図が完成した夜、私は久しぶりにマーカスの寝室を訪れた。
「……できましたわ」
やつれた顔で待っていたマーカスに羊皮紙を差し出すと、彼は貪るようにそれに目を通し、狂喜の声を上げた。
「これだ! これだ! やはり君は天才だ!」
彼は私を強く抱きしめ、感謝の言葉を繰り返す。しかし、その腕に込められているのが、私への愛情ではなく、ただ己の破滅から救われた安堵だけであることが、手に取るようにわかった。
その夜、彼は勝利を確信し、久しぶりに私を求めた。
以前のような、心を殺した屈辱はもうなかった。
闇の中、私は彼の腕の中で目を閉じる。
(可哀想な人)
もうすぐ、あなたの築き上げた偽りの全てが、音を立てて崩れ落ちるというのに。
私はただ、来るべき式典の日を待った。
断罪の劇場の、幕が上がるのを。
私は文字通り、鳥かごの鳥だった。窓の外の空を眺めることしか許されず、侍女アガサの氷のような視線が、常に私を監視していた。しかし、私の心は絶望に染まってはいなかった。胸元に隠した黒鳥のブローチが、かすかな熱を帯びてルシアンの存在を伝えてくれるからだ。
『マーカスは騎士団の魔術師たちを総動員し、昼夜を問わず研究を続けている。だが、君の理論の根幹を理解できず、皆疲弊しているようだ』
『先日、実験室で小規模な魔力逆流があったらしい。負傷者も出たとか』
ブローチを通して聞こえるルシアンの声は、私の唯一の希望だった。私たちは夜ごと、マーカスの動向を分析し、来るべき日に備えて計画を練り上げていった。それはまるで、二人だけで戦う秘密の戦争のようで、不思議な高揚感が私を支えていた。
一方、マーカスは日に日に追い詰められていた。屋敷に戻っても書斎に閉じこもり、時折聞こえてくるのは、羊皮紙を引き裂く音や、苛立ちに満ちた怒声ばかり。私の不在が、彼の自信と才能が砂上の楼閣であったことを、何よりも雄弁に物語っていた。
そして、運命の日は突然訪れた。
ある朝、王家からの使者が訪れ、マーカスに一通の書状を届けたのだ。
「……三週間後、建国記念式典の場で、『王盾の天蓋』の初披露を行え、と……国王陛下直々のご命令だ……」
書斎から出てきたマーカスの顔は、紙のように真っ白だった。後がなくなったのだ。王命となれば、もう失敗は許されない。彼は震える手で私の方へ歩み寄ると、牢の鍵を開ける看守のような目で、封印していた研究室の扉を開けた。
「フィオナ。お前が必要だ。この計画を完成させろ」
そこには、かつての傲慢な命令口調とは違う、懇願するような響きが混じっていた。
「完成させてくれるなら、お前の望むものを何でもやろう。外出も許す。だから……!」
「……ええ、マーカス様。お引き受けいたしますわ」
私は静かに答えた。彼の無様な姿に、もはや何の感情も湧かなかった。ただ、復讐の最後の舞台が整ったことだけを、冷徹に理解していた。
◇◇◇
その夜から、私は再び研究室に籠もった。
ブローチを通して、ルシアンと対話しながら、私は二種類の羊皮紙を準備していた。
一枚は、マーカスに渡すための『不完全な設計図』。
それは一見、完璧な魔法陣に見えるが、中心となる制御核に致命的な欠陥を抱えていた。発動すれば、凄まじい魔力を集積するものの、制御できずに暴走する運命にある、時限爆弾のような代物だ。
そしてもう一枚は、ルシアンに託すための『真の設計図』。
そこには、暴走した魔力を鎮め、完全に制御下におくための『調律の詠唱』が、古代妖精語で記されていた。それは、私が設計した全ての魔法陣に密かに組み込んでいた、私だけの安全装置。設計者である私と、その言語を理解できるルシアンだけが使える、絶対的な支配権を握るための鍵だった。
『ルシアン、聞こえますか? これが最後の切り札です』
『ああ、受け取った。フィオナ、君は本当にすごい。これはもはや魔術ではなく、神々の詩だ』
彼の賞賛の言葉が、私の心を温める。
設計図が完成した夜、私は久しぶりにマーカスの寝室を訪れた。
「……できましたわ」
やつれた顔で待っていたマーカスに羊皮紙を差し出すと、彼は貪るようにそれに目を通し、狂喜の声を上げた。
「これだ! これだ! やはり君は天才だ!」
彼は私を強く抱きしめ、感謝の言葉を繰り返す。しかし、その腕に込められているのが、私への愛情ではなく、ただ己の破滅から救われた安堵だけであることが、手に取るようにわかった。
その夜、彼は勝利を確信し、久しぶりに私を求めた。
以前のような、心を殺した屈辱はもうなかった。
闇の中、私は彼の腕の中で目を閉じる。
(可哀想な人)
もうすぐ、あなたの築き上げた偽りの全てが、音を立てて崩れ落ちるというのに。
私はただ、来るべき式典の日を待った。
断罪の劇場の、幕が上がるのを。
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