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第六話:断罪の劇場
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建国記念式典の日、王都は祝祭の熱気に包まれていた。
王城前の広場には国内外の貴族たちが集い、民衆の喧騒が遠雷のように響いている。私はその中心、国王陛下の観覧席のすぐそばで、マーカスの隣に座っていた。英雄の妻、フィオナ・アシュレイ伯爵夫人。今日、この日のために誂えられた、血のように赤いドレスをまとって。
「見たか、フィオナ。皆が私を見ている」
マーカスは、恍惚とした表情で囁いた。彼の瞳には、成功への渇望と、それを手にする自分への陶酔だけが映っている。
私はただ微笑みを返し、胸に付けた黒鳥のブローチにそっと触れた。かすかな魔力の脈動が、遠く離れた場所にいるルシアンの存在を伝えてくれる。準備は、整った。
やがて、ファンファーレが鳴り響き、マーカスが登壇した。
「本日、皆様にご覧いただくのは、我が王国の未来を盤石にする大魔術! 『王盾の天蓋』でございます!」
高らかな宣言と共に、彼が広場の中央に設えられた巨大な魔法陣に魔力を注ぎ込む。途端に、地面に刻まれた術式がまばゆい光を放ち、天へと光の柱を立ち上らせた。光は上空で美しい天蓋のように広がり、王都全体を覆い尽くさんとする。その荘厳な光景に、広場からは割れんばかりの感嘆の声が上がった。
マーカスは両手を広げ、万雷の喝采を浴びる。彼の栄光が、今、頂点に達した。
——だが、その栄光は、砂の城よりも脆かった。
私が設計図に仕込んだ「欠陥」が、その牙を剥き始める。天蓋を形成する魔力の色が、徐々に神聖な白から、不吉な紫黒色へと淀んでいく。空には暗雲が渦を巻き、突風が広場の旗を引き裂いた。
「なっ……! どうしたというのだ!?」
人々の感嘆は、恐怖の悲鳴へと変わる。天蓋から紫の稲妻が迸り、広場の石畳を穿った。魔力が制御を失い、凄まじい嵐となって暴走を始めたのだ。
「マーカス! 何とかしろ!」
国王の怒声が飛ぶ。しかし、当のマーカスは、顔面蒼白で立ち尽くすだけだった。
「う、動け! 鎮まれ! なぜだ、なぜ私の言うことを聞かん!」
彼は意味のない言葉を叫びながら、狼狽するばかり。天才魔術師の仮面は剥がれ落ち、そこには己の力を過信した、無能で哀れな男の姿しかなかった。
その時だった。
「そこまでです、マーカス様!」
凛とした声が、混乱の広場に響き渡る。全ての視線が、声の主——静かに立ち上がった私、フィオナに注がれた。
私は夫を押し退け、荒れ狂う魔法陣の中心へと進み出る。
「——古き詩に、魂の響きを乗せて。乱れし流れよ、我が声を聞け!」
失われた古代妖精語による、真実の詠唱。私の声が、魔力の嵐と共鳴する。
すると、奇跡が起きた。
群衆の中にいた一人の男がフードを取り、私の詠唱に応えるように、力強い対の旋律を紡ぎ始めたのだ。ルシアンだった。
二人の声が、広場で一つに重なり合う。私たちが仕込んだ最後の切り札、『調律の詠唱』が発動した。
途端に、暴走していた紫黒の魔力は勢いを失い、その嵐は美しいオーロラのような七色の光の帯へと変わる。光の帯は、まるで天に還る竜のように、穏やかに空へと昇り、跡形もなく消えていった。
後に残ったのは、嘘のような静寂と、呆然と立ち尽くす人々だけだった。
静まり返った広場を、ルシアンがゆっくりと横切り、国王陛下の前で跪いた。
「陛下。長年にわたり王国を欺き、今日この日、王都を未曾有の危機に陥れた偽りの英雄に、真実の裁きを」
彼は懐から数枚の羊皮紙を取り出した。マーカスがアカデミーに提出した論文と、その元となった私の研究日誌の写し。誰の目にも明らかな、功績の詐取の証拠だった。
「そ、そんな……、私は、騙されたのだ!」
マーカスはみっともなく叫んだが、もう誰も彼の言葉を信じない。
全てを悟った国王が、冷徹な声で宣告した。
「マーカス・アシュレイ。貴様の伯爵位を剥奪し、国家反逆罪の容疑で身柄を拘束する!」
兵士たちに両腕を掴まれ、その場に崩れ落ちるマーカス。
私は、偽りの英雄が引きずられていくその姿を、静かな瞳で見つめていた。
長かった鳥かごでの生活。屈辱と絶望の日々。
その全てが、今、終わる。
王城前の広場には国内外の貴族たちが集い、民衆の喧騒が遠雷のように響いている。私はその中心、国王陛下の観覧席のすぐそばで、マーカスの隣に座っていた。英雄の妻、フィオナ・アシュレイ伯爵夫人。今日、この日のために誂えられた、血のように赤いドレスをまとって。
「見たか、フィオナ。皆が私を見ている」
マーカスは、恍惚とした表情で囁いた。彼の瞳には、成功への渇望と、それを手にする自分への陶酔だけが映っている。
私はただ微笑みを返し、胸に付けた黒鳥のブローチにそっと触れた。かすかな魔力の脈動が、遠く離れた場所にいるルシアンの存在を伝えてくれる。準備は、整った。
やがて、ファンファーレが鳴り響き、マーカスが登壇した。
「本日、皆様にご覧いただくのは、我が王国の未来を盤石にする大魔術! 『王盾の天蓋』でございます!」
高らかな宣言と共に、彼が広場の中央に設えられた巨大な魔法陣に魔力を注ぎ込む。途端に、地面に刻まれた術式がまばゆい光を放ち、天へと光の柱を立ち上らせた。光は上空で美しい天蓋のように広がり、王都全体を覆い尽くさんとする。その荘厳な光景に、広場からは割れんばかりの感嘆の声が上がった。
マーカスは両手を広げ、万雷の喝采を浴びる。彼の栄光が、今、頂点に達した。
——だが、その栄光は、砂の城よりも脆かった。
私が設計図に仕込んだ「欠陥」が、その牙を剥き始める。天蓋を形成する魔力の色が、徐々に神聖な白から、不吉な紫黒色へと淀んでいく。空には暗雲が渦を巻き、突風が広場の旗を引き裂いた。
「なっ……! どうしたというのだ!?」
人々の感嘆は、恐怖の悲鳴へと変わる。天蓋から紫の稲妻が迸り、広場の石畳を穿った。魔力が制御を失い、凄まじい嵐となって暴走を始めたのだ。
「マーカス! 何とかしろ!」
国王の怒声が飛ぶ。しかし、当のマーカスは、顔面蒼白で立ち尽くすだけだった。
「う、動け! 鎮まれ! なぜだ、なぜ私の言うことを聞かん!」
彼は意味のない言葉を叫びながら、狼狽するばかり。天才魔術師の仮面は剥がれ落ち、そこには己の力を過信した、無能で哀れな男の姿しかなかった。
その時だった。
「そこまでです、マーカス様!」
凛とした声が、混乱の広場に響き渡る。全ての視線が、声の主——静かに立ち上がった私、フィオナに注がれた。
私は夫を押し退け、荒れ狂う魔法陣の中心へと進み出る。
「——古き詩に、魂の響きを乗せて。乱れし流れよ、我が声を聞け!」
失われた古代妖精語による、真実の詠唱。私の声が、魔力の嵐と共鳴する。
すると、奇跡が起きた。
群衆の中にいた一人の男がフードを取り、私の詠唱に応えるように、力強い対の旋律を紡ぎ始めたのだ。ルシアンだった。
二人の声が、広場で一つに重なり合う。私たちが仕込んだ最後の切り札、『調律の詠唱』が発動した。
途端に、暴走していた紫黒の魔力は勢いを失い、その嵐は美しいオーロラのような七色の光の帯へと変わる。光の帯は、まるで天に還る竜のように、穏やかに空へと昇り、跡形もなく消えていった。
後に残ったのは、嘘のような静寂と、呆然と立ち尽くす人々だけだった。
静まり返った広場を、ルシアンがゆっくりと横切り、国王陛下の前で跪いた。
「陛下。長年にわたり王国を欺き、今日この日、王都を未曾有の危機に陥れた偽りの英雄に、真実の裁きを」
彼は懐から数枚の羊皮紙を取り出した。マーカスがアカデミーに提出した論文と、その元となった私の研究日誌の写し。誰の目にも明らかな、功績の詐取の証拠だった。
「そ、そんな……、私は、騙されたのだ!」
マーカスはみっともなく叫んだが、もう誰も彼の言葉を信じない。
全てを悟った国王が、冷徹な声で宣告した。
「マーカス・アシュレイ。貴様の伯爵位を剥奪し、国家反逆罪の容疑で身柄を拘束する!」
兵士たちに両腕を掴まれ、その場に崩れ落ちるマーカス。
私は、偽りの英雄が引きずられていくその姿を、静かな瞳で見つめていた。
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その全てが、今、終わる。
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