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第八話:聖女の祈りと帝国の鎖
シルヴァリア公国の作戦司令室は、重苦しい空気に満ちていた。将軍たちは地図を囲み、いかにしてガルドラ帝国の圧倒的な軍事力を食い止めるか、実現性の低い防衛策を議論し続けていた。
その張り詰めた空気の中、私とアシェルは入室した。私が口を開くより先に、アシェルが一同を制す。
「これより、クラリスが祈りを捧げる。全軍、彼女の祈りが終わるまで、国境線にて待機せよ!」
「お待ちください、アシェル殿下!」
老将軍が血相を変えて進み出た。「聖女様お一人に、この国の命運を託すなど、あまりに危険です!」
他の将軍たちも同意するように頷く。無理もなかった。
祈りは奇跡であっても、戦争の駒ではない。
アシェルは、動揺する彼らを静かな、しかし有無を言わせぬ力強い声で諭した。
「彼女の力は、諸君らが考える戦争の常識を超えている。我らが為すべきは、ただ一つ。聖女を信じ、その結果を待つことだ」
◇
私は、アシェルと共に『嘆きの森』の中心、再生した古代樹の前に立っていた。瑞々しい若葉を茂らせるこの場所は、今やシルヴァリアで最も清浄な魔力に満ちた聖地となっている。
「大丈夫かい、クラリス」
心配そうに見つめるアシェルに、私は力強く頷いてみせた。
「はい。もう、迷いません」
私は一人、古代樹の前に進み出ると、その幹にそっと手を触れ、目を閉じた。
憎しみを力に変えるのではない。怒りで敵を滅ぼすのでもない。ただ、この争いの連鎖が、ここで終わるように。
「聖なる力に願います。彼の地にいる兵士たちが、剣を置く理由を思い出せますように。守るべき故郷を、愛する家族の顔を、心に描けますように。戦う意味が、失われますように――」
私の祈りは、誰かを傷つけるためのものではない。ただ、因果の糸を、ほんの少しだけ手繰り寄せるだけ。
私の体から放たれた虹色の光は、天高く昇ると、目に見えない波紋となって世界に広がっていった。
◇
その頃、旧王国領を進軍していたガルドラ帝国軍の最前線では、信じられない事態が連鎖していた。
「なんだと!? 魔導砲が暴走した!?」
帝国の誇る最新鋭の魔導兵器が、突如エネルギーを逆流させ、天に向かって光線を乱射。そのうちの一筋が、はるか後方に架かっていた帝国軍唯一の補給路である石橋を、轟音と共に木っ端微塵に破壊してしまった。
「皇子殿下! ご決断を!」
副官が指揮官である皇子の天幕に駆け込むと、彼は顔を真っ青にしてベッドにうずくまっていた。
「…頭が、腹が…割れるように痛い…」
冷酷非情で知られた皇子は、かねてからの持病が最悪のタイミングで悪化し、指揮を執れる状態ではなくなっていた。
さらに、兵士たちの間でも奇妙な現象が起きていた。故郷に残してきた妻や子供の顔が不意に脳裏をよぎり、強烈な望郷の念に駆られる者が続出したのだ。
「なぜ、俺はこんな場所で戦っているんだ…?」
厭戦気分が、まるで伝染病のように部隊全体に広がっていく。
補給路の断絶、指揮官の不在、そして兵士の士気の崩壊。
これらの「不運な偶然」が、完璧なまでに連鎖した結果、ガルドラ帝国軍は、シルヴァリア軍と一戦も交えることなく、進軍を完全に停止せざるを得なくなった。
◇
「帝国軍、進軍を停止!」「原因不明のトラブルにより、補給路が完全に断たれた模様!」「指揮官が病に倒れ、統制が取れていないとの情報も!」
シルヴァリアの司令室に、斥候からの報告が雪崩のように舞い込んでくる。将軍たちは、何が起こったのか理解できず、ただ唖然としていた。一人の少女の祈りが、最強と謳われた帝国軍を、指一本触れずに止めてしまったのだ。
アシェルだけが、「やはり、君の力は…」と静かに呟き、安堵の息を漏らした。
祈りを終えた私の元にも、すぐに帝国軍停止の報せが届いた。しかし、安堵したのも束の間、血相を変えた伝令兵が新たな報告を告げる。
「申し上げます! 進軍を停止した帝国軍の陣営から、使者がこちらに向かっている模様! ただちに、『聖女クラリス』との会見を求めている、と!」
敵は、この不可解な現象が私の仕業だと気づいたのだ。
静かになった戦場で、新たな嵐が生まれようとしていた。
その張り詰めた空気の中、私とアシェルは入室した。私が口を開くより先に、アシェルが一同を制す。
「これより、クラリスが祈りを捧げる。全軍、彼女の祈りが終わるまで、国境線にて待機せよ!」
「お待ちください、アシェル殿下!」
老将軍が血相を変えて進み出た。「聖女様お一人に、この国の命運を託すなど、あまりに危険です!」
他の将軍たちも同意するように頷く。無理もなかった。
祈りは奇跡であっても、戦争の駒ではない。
アシェルは、動揺する彼らを静かな、しかし有無を言わせぬ力強い声で諭した。
「彼女の力は、諸君らが考える戦争の常識を超えている。我らが為すべきは、ただ一つ。聖女を信じ、その結果を待つことだ」
◇
私は、アシェルと共に『嘆きの森』の中心、再生した古代樹の前に立っていた。瑞々しい若葉を茂らせるこの場所は、今やシルヴァリアで最も清浄な魔力に満ちた聖地となっている。
「大丈夫かい、クラリス」
心配そうに見つめるアシェルに、私は力強く頷いてみせた。
「はい。もう、迷いません」
私は一人、古代樹の前に進み出ると、その幹にそっと手を触れ、目を閉じた。
憎しみを力に変えるのではない。怒りで敵を滅ぼすのでもない。ただ、この争いの連鎖が、ここで終わるように。
「聖なる力に願います。彼の地にいる兵士たちが、剣を置く理由を思い出せますように。守るべき故郷を、愛する家族の顔を、心に描けますように。戦う意味が、失われますように――」
私の祈りは、誰かを傷つけるためのものではない。ただ、因果の糸を、ほんの少しだけ手繰り寄せるだけ。
私の体から放たれた虹色の光は、天高く昇ると、目に見えない波紋となって世界に広がっていった。
◇
その頃、旧王国領を進軍していたガルドラ帝国軍の最前線では、信じられない事態が連鎖していた。
「なんだと!? 魔導砲が暴走した!?」
帝国の誇る最新鋭の魔導兵器が、突如エネルギーを逆流させ、天に向かって光線を乱射。そのうちの一筋が、はるか後方に架かっていた帝国軍唯一の補給路である石橋を、轟音と共に木っ端微塵に破壊してしまった。
「皇子殿下! ご決断を!」
副官が指揮官である皇子の天幕に駆け込むと、彼は顔を真っ青にしてベッドにうずくまっていた。
「…頭が、腹が…割れるように痛い…」
冷酷非情で知られた皇子は、かねてからの持病が最悪のタイミングで悪化し、指揮を執れる状態ではなくなっていた。
さらに、兵士たちの間でも奇妙な現象が起きていた。故郷に残してきた妻や子供の顔が不意に脳裏をよぎり、強烈な望郷の念に駆られる者が続出したのだ。
「なぜ、俺はこんな場所で戦っているんだ…?」
厭戦気分が、まるで伝染病のように部隊全体に広がっていく。
補給路の断絶、指揮官の不在、そして兵士の士気の崩壊。
これらの「不運な偶然」が、完璧なまでに連鎖した結果、ガルドラ帝国軍は、シルヴァリア軍と一戦も交えることなく、進軍を完全に停止せざるを得なくなった。
◇
「帝国軍、進軍を停止!」「原因不明のトラブルにより、補給路が完全に断たれた模様!」「指揮官が病に倒れ、統制が取れていないとの情報も!」
シルヴァリアの司令室に、斥候からの報告が雪崩のように舞い込んでくる。将軍たちは、何が起こったのか理解できず、ただ唖然としていた。一人の少女の祈りが、最強と謳われた帝国軍を、指一本触れずに止めてしまったのだ。
アシェルだけが、「やはり、君の力は…」と静かに呟き、安堵の息を漏らした。
祈りを終えた私の元にも、すぐに帝国軍停止の報せが届いた。しかし、安堵したのも束の間、血相を変えた伝令兵が新たな報告を告げる。
「申し上げます! 進軍を停止した帝国軍の陣営から、使者がこちらに向かっている模様! ただちに、『聖女クラリス』との会見を求めている、と!」
敵は、この不可解な現象が私の仕業だと気づいたのだ。
静かになった戦場で、新たな嵐が生まれようとしていた。
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