追放された薬師は北の辺境で真実の薬を作る

希羽

文字の大きさ
8 / 25

第八話:根付く信頼

しおりを挟む
 あの日を境に、打ち捨てられた炭焼き小屋は私の新しい城となった。

 噂を聞きつけた村人たちが、どこからか古びた木材や布を運んできては、雨風をしのげるようにと壁の隙間を塞ぎ、壊れた屋根を修繕してくれたのだ。日中は次々と訪れる村人たちを診察し、夜はランプの灯りの下で薬を調合する。そんな新しい日常が、驚くほど穏やかに過ぎていった。

 この辺境の地は、病や怪我の種類も王都とは全く違った。厳しい寒さがもたらす凍傷、狩りの最中に負った獣の爪痕、そして魔霧が引き起こす慢性の不調。私は父の手記を唯一の師として、この土地に自生する未知の薬草と向き合った。

「この『氷壁草ひょうへきそう』は凍傷の特効薬に……。『狼の苔おおかみごけ』は驚くほど強力な止血作用があるわ……」

 未知の効能を発見するたび、薬師としての血が沸き立った。コービン様に見せた知識など、メドウズ家の薬学のほんの上澄みに過ぎなかったのだと思い知る。

 そして、私の研究は、最も大切な人に最初の希望をもたらしてくれた。

 この土地の薬草で作った滋養の薬を根気よく飲ませ続けると、父の顔に少しずつ血のりが戻り始めたのだ。意識はまだない。だが、苦しげだった呼吸は穏やかな寝息に変わり、衰弱は明らかに食い止められていた。

「父さん、もう少しですよ……」

 眠る父の手を握りながら、私はこの地で生きていく決意を、改めて固めていた。

 そんなある日の午後、小屋の前に数人の男たちが現れた。先頭に立っていたのは、領主であるリアン・スターリング様だった。彼の従者たちは、米や干し肉、そして山と積まれた薪を黙々と小屋の前に運び始める。

「……村からの礼だ。受け取れ」

 リアン様は、相変わらずぶっきらぼうにそう言った。

「ありがとうございます。皆様に、よろしくお伝えください」

 私が頭を下げると、彼は小屋の中へと視線を移した。壁一面に吊るされた乾燥薬草や、分類されて並べられた研究道具。そして、ランプの灯りでかすかに照らされる父の手記。

「……お前は、本当に薬のことしか頭にないのだな」

 呆れたような、それでいてどこか感心したような口調だった。

「ええ。それが、私ですから」

 私が微笑んで答えると、彼の灰色の瞳が少しだけ和らいだように見えた。以前のような凍てつく厳しさは、もうそこにはない。

 リアン様が小屋を出ようとした時、ふと足を止めた。

「……ひとつ、頼みがある」

 彼は少し躊躇うように、だが意を決したように続けた。

「私の側近の一人が、古い戦の傷で、この時期になるとひどく痛むらしい。お前の薬で、どうにかならんか」

 それは、領主としての命令ではなかった。彼の瞳には、大切な部下を心から気遣う色が浮かんでいる。この厳格な領主の、初めて見る優しい一面だった。

 驚きながらも、私の胸には温かいものが込み上げてくる。薬師として、これほど嬉しい言葉はない。

「お任せください、スターリング様」

 私は、彼の灰色の瞳をまっすぐに見つめ返した。

「私が、必ずその痛みを和らげてみせます」

 私の力強い返事に、リアン様の口元にかすかな、本当にごくかすかな笑みが浮かんだように見えたのは、きっと気のせいではないだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄をしておけば

あんど もあ
ファンタジー
王太子アントワーヌの婚約者のレアリゼは、アントワーヌに嫌われていた。男を立てぬ女らしくないレアリゼが悪い、と皆に思われて孤立無援なレアリゼ。彼女は報われぬままひたすら国のために働いた……と思われていたが実は……。

身分は高いが立場は脆い

ファンタジー
公爵令嬢ローゼリア・アルフィーネに呼び出された、男爵令嬢ミーナ・ブラウン。 ローゼリアは、マリア・ウィロウ男爵令嬢が婚約者であるルドルフ・エーヴァルトと親しくしている、どうかマリア嬢に控えるように進言しては貰えないだろうか、と頼んできた。 それにミーナが答えたことは……。 ※複数のサイトに投稿しています。

婚約破棄のその場で転生前の記憶が戻り、悪役令嬢として反撃開始いたします

タマ マコト
ファンタジー
革命前夜の王国で、公爵令嬢レティシアは盛大な舞踏会の場で王太子アルマンから一方的に婚約を破棄され、社交界の嘲笑の的になる。その瞬間、彼女は“日本の歴史オタク女子大生”だった前世の記憶を思い出し、この国が数年後に血塗れの革命で滅びる未来を知ってしまう。 悪役令嬢として嫌われ、切り捨てられた自分の立場と、公爵家の権力・財力を「運命改変の武器」にすると決めたレティシアは、貧民街への支援や貴族の不正調査をひそかに始める。その過程で、冷静で改革派の第二王子シャルルと出会い、互いに利害と興味を抱きながら、“歴史に逆らう悪役令嬢”として静かな反撃をスタートさせていく。

婚約破棄された公爵令嬢は冒険者ギルドの魅力的な受付嬢

天田れおぽん
ファンタジー
フレイヤ・ボルケーノ公爵令嬢は、婚約破棄されので公爵令嬢だけど冒険者ギルドの受付嬢になった。 ※他サイトにも掲載中

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

婚約破棄されたら、実はわたし聖女でした~捨てられ令嬢は神殿に迎えられ、元婚約者は断罪される~

腐ったバナナ
ファンタジー
「地味で役立たずな令嬢」――そう婚約者に笑われ、社交パーティで公開婚約破棄されたエリス。 誰も味方はいない、絶望の夜。だがそのとき、神殿の大神官が告げた。「彼女こそ真の聖女だ」と――。 一夜にして立場は逆転。かつて自分を捨てた婚約者は社交界から孤立し、失態をさらす。 傷ついた心を抱えながらも、エリスは新たな力を手に、国を救う奇跡を起こし、人々の尊敬を勝ち取っていく。

婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾
恋愛
隣国の王子から「政略的にも個人的にも魅力を感じない」と婚約破棄された、ファンタジア王国第三女王タナー。 泣きも怒りもせず、彼女が考えたのは――「いつか王宮の庇護がなくなっても困らない生き方」だった。 まだ八歳。 それでも先を見据え、タナーは王都の片隅で小さなファンシーショップを開くことを決意する。 並ぶのは、かわいい雑貨。 そして、かわいい魔法の雑貨。 お茶を淹れてくれるクマのぬいぐるみ店員《テイデイ・バトラー》、 冷めないティーカップ、 時間になると小鳥が飛び出すアンティーク時計――。 静かに広がる評判の裏で、 かつての元婚約者は「お人形さんを側室にしようとして」赤っ恥をかくことに。 ざまぁは控えめ、日常はやさしく。 かわいいものに囲まれながら、女王は今日も穏やかにお店を開けています。 --- この文面は ✔ アルファポリス向け文字数 ✔ 女子読者に刺さるワード配置 ✔ ネタバレしすぎない ✔ ほのぼの感キープ を全部満たしています。 次は 👉 タグ案 👉 ランキング用超短縮あらすじ(100字) どちらにしますか?

透明な貴方

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
 政略結婚の両親は、私が生まれてから離縁した。  私の名は、マーシャ・フャルム・ククルス。  ククルス公爵家の一人娘。  父ククルス公爵は仕事人間で、殆ど家には帰って来ない。母は既に年下の伯爵と再婚し、伯爵夫人として暮らしているらしい。  複雑な環境で育つマーシャの家庭には、秘密があった。 (カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています)

処理中です...