追放された薬師は北の辺境で真実の薬を作る

希羽

文字の大きさ
10 / 25

第十話:断崖の赤い花

しおりを挟む
 翌朝、私が城門へ向かうと、リアン様は既に出立の準備を整えて待っていた。軽装の武人姿の彼は、昨日よりもさらに精悍せいかんに見える。

「行くぞ。俺の馬に乗れ」

 有無を言わさぬ口調に、私は少し戸惑いながらも頷いた。彼が軽々と馬に跨り、私に手を差し伸べる。その無骨で大きな手に引かれ、私は彼の背後へと乗り込んだ。馬がゆっくりと歩き出すと、彼の背中の温もりと、すぐそばで聞こえる規則正しい呼吸に、心臓が大きく音を立てた。

「この谷は薬草の宝庫だ。だが同時に、危険な獣も多い。一人で森に入るな」

 馬に揺られながら、リアン様はぽつりぽつりと、この土地について語ってくれた。厳しい冬を越える知恵、春の芽吹きを待つ人々の思い、そして、この土地を守るという彼の揺るぎない覚悟。彼の言葉の一つ一つから、彼がいかにこのスターリング領を深く愛し、熟知しているかが伝わってきた。

 やがて私たちは、霧深い谷を見下ろす断崖絶壁にたどり着いた。

「……あそこだ」

 リアン様が指差す先、切り立った崖の中腹に、まるで血の滴りのように鮮やかな赤い花が数輪、風に揺れていた。あれが『竜の吐息』。ギデオン様を救う、最後の鍵。

 リアン様は手際よく岩にロープを固定すると、私に向き直った。

「ここで待っていろ。俺が採ってくる」
「いえ、参ります」

 私は、きっぱりと首を振った。「薬草は、その根や茎の状態まで確かめて採らねば、最高の薬効は得られません。それは、薬師にしか分からないことです」

 私の頑なな瞳を見て、リアン様は諦めたように短く息をついた。

「……分かった。だが、無茶はするな」

 彼の真剣な声に、私は力強く頷いた。

 腰にロープを巻きつけ、リアン様に支えられながら、私はゆっくりと崖を降りていく。眼下には雲海のような霧が広がり、まるで空を歩いているかのようだった。

 目的の花に、あと少しで手が届こうとした、その瞬間。

 私が足をかけた岩が、ガラリと音を立てて崩れ落ちた。

「きゃっ!」

 体がぐらりと傾き、宙に投げ出される。死を覚悟した私を、しかし、上からの強烈な力ぐいっと引き止めた。ロープが、私の体に食い込む。

「クララッ!」

 初めて名前を呼ばれた。彼の、焦りを滲ませた声だった。

 渾身の力で引き上げられ、崖の上で倒れ込むように助け出された私の手には、鮮やかな赤い花が、確かに握りしめられていた。

「……す、すみません……」
「馬鹿者。なぜ手を離さなかった」

 荒い息をつく彼の声は怒っているようで、それでいて、心の底から安堵しているのが分かった。すぐ目の前にある彼の灰色の瞳が、これまでにないほど強く、私を捉えている。

 帰りの道は、どちらからともなく無言だった。

 夕焼けが、荒涼とした谷間を燃えるような赤色に染めている。その美しい光景を眺めながら、私はリアン様の背中に、先ほどよりも強く温もりを感じていた。

「……礼を言う。ギデオンも、喜ぶだろう」

 城砦が見えてきた頃、彼がぽつりと呟いた。
 そして、少しの間を置いて、言葉を続ける。

「お前は……ただの薬師ではないな」

 その言葉に含まれた、確かな信頼と敬意。

 私は彼の背中に向かって、誰にも見えないように、そっと微笑んだ。二人の間を流れる空気が、出会った頃とは全く違う色に染まっていることに、私たちはもう、気づいていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

公爵家の家政を10年回した私が出ていったら、3ヶ月で領地が破綻しました

歩人
ファンタジー
エレナは公爵家に嫁いで10年、夫は愛人に入れ込み、義母には「家政婦代わり」と 罵られた。だが領地の財務も、商会との交渉も、使用人の管理も、全部エレナが やっていた。ある日、義母から「あなたの代わりなんていくらでもいる」と言われ、 エレナは静かに離縁届を出した。「では、代わりの方にお任せください」 辺境の町で小さな商会を開いたエレナ。10年間の実務経験は伊達ではなかった。 商会はたちまち繁盛する。一方、エレナがいなくなった公爵家は3ヶ月で経営破綻。 元夫が「戻ってこい」と泣きつくが—— 「お断りです。あと、10年分の未払い給金を請求いたしますね」

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

婚約破棄されたので、隠していた聖女の力で聖樹を咲かせてみました

Megumi
恋愛
偽聖女と蔑まれ、婚約破棄されたイザベラ。 「お前は地味で、暗くて、何の取り柄もない」 元婚約者である王子はそう言い放った。 十年間、寡黙な令嬢を演じ続けた彼女。 その沈黙には、理由があった。 その夜、王都を照らす奇跡の光。 枯れた聖樹が満開に咲き誇り、人々は囁いた。 「真の聖女が目覚めた」と——

心を病んでいるという嘘をつかれ追放された私、調香の才能で見返したら調香が社交界追放されました

er
恋愛
心を病んだと濡れ衣を着せられ、夫アンドレに離縁されたセリーヌ。愛人と結婚したかった夫の陰謀だったが、誰も信じてくれない。失意の中、亡き母から受け継いだ調香の才能に目覚めた彼女は、東の別邸で香水作りに没頭する。やがて「春風の工房」として王都で評判になり、冷酷な北方公爵マグナスの目に留まる。マグナスの支援で宮廷調香師に推薦された矢先、元夫が妨害工作を仕掛けてきたのだが?

追放即死と思ったら転生して最強薬師、元家族に天罰を

タマ マコト
ファンタジー
名門薬師一族に生まれたエリシアは、才能なしと蔑まれ、家名を守るために追放される。 だがそれは建前で、彼女の異質な才能を恐れた家族による処刑だった。 雨の夜、毒を盛られ十七歳で命を落とした彼女は、同じ世界の片隅で赤子として転生する。 血の繋がらない治療師たちに拾われ、前世の記憶と復讐心を胸に抱いたまま、 “最強薬師”としての二度目の人生が静かに始まる。

騎士団長を追放した平和ボケ王国は、七日で滅びました

藤原遊
ファンタジー
長らく戦のなかった王国で、 騎士団長の父を病で失った令嬢は、その座を引き継いだ。 だが王城に呼び出された彼女に告げられたのは、 騎士団の解体と婚約破棄。 理由はただ一つ―― 「武力を持つ者は危険だから」。 平和ボケした王子は、 非力で可愛い令嬢を侍らせ、 彼女を“国の火種”として国外追放する。 しかし王国が攻められなかった本当の理由は、 騎士団長家が持つ“戦況を覆す力”への恐れだった。 追放された令嬢は、即座に隣国帝国へ迎えられ、 軍人として正当に評価され、安泰な地位を得る。 ――そして一週間後。 守りを捨てた王国は、あっけなく陥落した。 これは、 「守る力」を理解しなかった国の末路と、 追放された騎士団長令嬢のその後の物語。

月読みの巫女~追放されたので、女神様と女子会しながら隣国で冒険者ライフを楽しむことにします~

しえろ あい
ファンタジー
 リュンヌ王国の「月読みの巫女」アリアは、建国以来続くしきたりに縛られ、神殿と王家から冷遇される日々を送っていた。治癒や浄化といった「聖女らしい加護」を持たない彼女は、王太子ギルバートからも「無能」と蔑まれ、ついには身勝手な理由で婚約破棄と国外追放を言い渡されてしまう。  しかし、それこそがアリアの狙いだった。彼女が女神から授かった真の加護は、姿を変え、身体を強化し、無限の荷物を運べる「最強の冒険者セット」だったのである。 「やっと自由になれるわ!」 アリアは意気揚々と隣国へ向かい、正体を隠してBランク冒険者「リア」として第二の人生をスタートさせるのだった。 ※小説家になろう様にも投稿しています※

神託の聖女様~偽義妹を置き去りにすることにしました

青の雀
恋愛
半年前に両親を亡くした公爵令嬢のバレンシアは、相続権を王位から認められ、晴れて公爵位を叙勲されることになった。 それから半年後、突如現れた義妹と称する女に王太子殿下との婚約まで奪われることになったため、怒りに任せて家出をするはずが、公爵家の使用人もろとも家を出ることに……。

処理中です...