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第十一話:癒える傷、灯る光
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城の一室を借り、私は持ち帰ったばかりの薬草の調合に取り掛かった。石の乳鉢で『竜の吐息』の赤い花弁を丁寧にすり潰し、『陽炎苔』と混ぜ合わせる。独特の甘く、そして少しだけスパイシーな香りが部屋に満ちた。リアン様は何も言わず、ただ壁際でその全工程を静かに見守っていた。彼の信頼が、無言の圧力ではなく、温かい励ましとして私の背中を押してくれた。
完成した深緑色の軟膏を、ギデオン様の古傷へと丁寧に塗り込んでいく。薬が肌に触れた瞬間、彼が「うっ」と息をのんだ。
「熱い……いや、違う。温かい。まるで、傷の奥深くで凍りついていた氷が、ゆっくりと溶けていくようだ……」
その言葉に、私は静かに頷いた。呪毒は浄化され始めている。
奇跡が起きたのは、翌朝のことだった。
城の訓練場で、信じられない光景が広がっていた。ギデオン様が、これまでほとんど動かすことのできなかった左腕で、ゆっくりと、しかし力強く木剣を振っていたのだ。
「痛くない……痛みが、ない……! まるで十年前に戻ったかのようだ!」
彼の歓喜の声に、集まっていた他の騎士たちからどよめきが起こる。彼らは最初、遠巻きに私を見ていたが、やがて一人、また一人と近づいてきては、「クララ薬師殿、ありがとう」「どうか、我々のことも診てはくれまいか」と頭を下げた。
「領主様が連れてきた謎の娘」を見る目は、そこにはもうなかった。
その輪の中心で、リアン様が私の前に立った。彼は周囲の目も憚らず、深く、深く、その頭を下げた。
「クララ。礼を言う。ギデオンは俺の師であり、家族も同然の存在なのだ。本当に、ありがとう」
その真摯な感謝の言葉に、私の胸は熱くなる。王都で失った全てのものが、今ここで、形を変えて報われたような気がした。
「お前の力を、この領のために貸してほしい」
顔を上げたリアン様は、真剣な瞳で私を見つめた。「この城の一室を、お前のための工房として使ってくれ。もちろん、薬師として相応の礼も約束する」
それは、私がこの地で生きていくための、揺るぎない礎だった。
「……はい。喜んで」
私は、涙がこぼれないように、ただ力強く頷いた。
新たな希望を胸に、私は炭焼き小屋へと戻った。ギデオン様の呪毒を中和した知見は、父の病にも応用できるはずだ。私は不眠不休で新しい薬を調合し、眠る父にそっと飲ませた。
その夜のことだった。
父の枕元でうたた寝をしていた私は、微かな寝返りの気配にはっと目を覚ます。見ると、父の指がぴくりと動き、そして、閉ざされていた瞼が、ゆっくりと、本当にゆっくりと開かれていく。
「……父さん!」
私の呼びかけに、父の瞳が、かろうじて焦点を結んだ。その瞳にはまだ力はない。だが、確かに私の姿を映していた。
「……く、らら……か……」
「はい、父さん! 私です!」
「……立派に、なったな……」
かすれた声でそう呟くと、父は安心したように、穏やかな寝息を立て始めた。私はその皺の刻まれた手を握りしめ、声を殺して泣いた。嬉し涙が、こんなにも温かいことを、私は初めて知った。
そっと戸口の方を見ると、いつからそこにいたのか、リアン様が静かに立っていた。彼は何も言わず、ただ、その灰色の瞳を和らげ、穏やかな表情で私たち親子を見守っていた。
厳しい北の辺境で、私は確かに、自分の居場所と、かけがえのない光を取り戻し始めていた。
完成した深緑色の軟膏を、ギデオン様の古傷へと丁寧に塗り込んでいく。薬が肌に触れた瞬間、彼が「うっ」と息をのんだ。
「熱い……いや、違う。温かい。まるで、傷の奥深くで凍りついていた氷が、ゆっくりと溶けていくようだ……」
その言葉に、私は静かに頷いた。呪毒は浄化され始めている。
奇跡が起きたのは、翌朝のことだった。
城の訓練場で、信じられない光景が広がっていた。ギデオン様が、これまでほとんど動かすことのできなかった左腕で、ゆっくりと、しかし力強く木剣を振っていたのだ。
「痛くない……痛みが、ない……! まるで十年前に戻ったかのようだ!」
彼の歓喜の声に、集まっていた他の騎士たちからどよめきが起こる。彼らは最初、遠巻きに私を見ていたが、やがて一人、また一人と近づいてきては、「クララ薬師殿、ありがとう」「どうか、我々のことも診てはくれまいか」と頭を下げた。
「領主様が連れてきた謎の娘」を見る目は、そこにはもうなかった。
その輪の中心で、リアン様が私の前に立った。彼は周囲の目も憚らず、深く、深く、その頭を下げた。
「クララ。礼を言う。ギデオンは俺の師であり、家族も同然の存在なのだ。本当に、ありがとう」
その真摯な感謝の言葉に、私の胸は熱くなる。王都で失った全てのものが、今ここで、形を変えて報われたような気がした。
「お前の力を、この領のために貸してほしい」
顔を上げたリアン様は、真剣な瞳で私を見つめた。「この城の一室を、お前のための工房として使ってくれ。もちろん、薬師として相応の礼も約束する」
それは、私がこの地で生きていくための、揺るぎない礎だった。
「……はい。喜んで」
私は、涙がこぼれないように、ただ力強く頷いた。
新たな希望を胸に、私は炭焼き小屋へと戻った。ギデオン様の呪毒を中和した知見は、父の病にも応用できるはずだ。私は不眠不休で新しい薬を調合し、眠る父にそっと飲ませた。
その夜のことだった。
父の枕元でうたた寝をしていた私は、微かな寝返りの気配にはっと目を覚ます。見ると、父の指がぴくりと動き、そして、閉ざされていた瞼が、ゆっくりと、本当にゆっくりと開かれていく。
「……父さん!」
私の呼びかけに、父の瞳が、かろうじて焦点を結んだ。その瞳にはまだ力はない。だが、確かに私の姿を映していた。
「……く、らら……か……」
「はい、父さん! 私です!」
「……立派に、なったな……」
かすれた声でそう呟くと、父は安心したように、穏やかな寝息を立て始めた。私はその皺の刻まれた手を握りしめ、声を殺して泣いた。嬉し涙が、こんなにも温かいことを、私は初めて知った。
そっと戸口の方を見ると、いつからそこにいたのか、リアン様が静かに立っていた。彼は何も言わず、ただ、その灰色の瞳を和らげ、穏やかな表情で私たち親子を見守っていた。
厳しい北の辺境で、私は確かに、自分の居場所と、かけがえのない光を取り戻し始めていた。
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