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第十二話:陽だまりの工房と影
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あれから、一月が過ぎた。
スターリング城の一室を与えられた私の工房は、今では領内で一番活気のある場所になっていた。騎士たちの訓練による怪我の手当て、村人たちの持病の相談、そして父と進める新しい薬の研究。目まぐるしい日々は、しかし、不思議なほどの充実感に満ちていた。
「クララ薬師殿、いつもすまないな」
「いいえ、ギデオン様。もう無茶はなさらないでくださいね」
すっかり元気になったギデオン様が、訓練で軽く捻ったという手首を私に差し出す。彼の周りでは若い騎士たちが笑い、工房の外では村の子供たちが私の名を呼んでいる。ここには、王都の薬草院にはなかった温かな繋がりがあった。
そして何より、私の心を照らす一番の光は、父の回復だった。
「父さん、無理はいけませんよ」
「これくらい、どうということはない。体がなまってしまうわ」
城の一室で療養を続ける父は、もうベッドから起き上がれるまでに回復していた。失われた時間を取り戻すように、彼は私が持ち帰った薬草を熱心に調べ、時には私に的確な助言を与えてくれる。穏やかな師弟関係は、あの日、王都で失ったはずの、かけがえのない宝物だった。
その日、父はいつになく真剣な顔で、私に向き直った。
「クララ、お前に話しておかねばならんことがある」
「なんでしょうか、父さん」
「……コービン・ランカスターが盗んだ、我が家の秘伝のことだ」
その名を聞いた瞬間、私の胸が小さく痛んだ。
「あの男は、秘伝の本当の恐ろしさを知らん。スターリング領の魔霧は、ただの触媒ではないのだ。薬効を増幅させると同時に、薬草が持つ微かな毒素を浄化する、唯一無二の存在なのだ」
父の言葉に、私は息をのんだ。
「では、魔霧を使わずに作ったあの薬は……」
「不完全な代物だ。いや、もっと悪い。最初は万病に効く奇跡の薬のように作用するだろう。だが、浄化されなかった毒素は、服用した者の体内に少しずつ、確実に蓄積されていく。……コービンが作った『生命の雫』は、いずれ多くの命を奪う、緩やかに効く猛毒に他ならんのだ」
父の告げた真実は、私の血の気を引かせるには十分すぎた。王都では、今も多くの人々が、あの薬を奇跡の薬と信じて服用しているはずだ。
その夜、考え込む私の工房を、リアン様が訪れた。
「邪魔する」
彼はそう言って、一輪の珍しい高山植物を差し出した。「見回りの途中で見つけた。お前の研究の役に立つかと思ってな」
「……! これは、幻の『星見草』……! ありがとうございます、スターリング様!」
彼のさりげない優しさが、不安に沈む私の心を温める。
「お父上の具合は、どうだ」
「はい。おかげさまで、すっかり」
「そうか。それは、良かった」
短い会話。だが、その言葉の奥には、確かな気遣いがあった。彼は私の隣に立ち、窓の外に広がる領地を眺める。
「この土地は、長く厳しい冬の時代にあった。だが、お前が来てから、人々の顔つきが変わった。……感謝している」
静かな彼の声は、領主としての孤独と、その肩にかかる重圧を、ほんの少しだけ滲ませているようだった。
私は、彼に父から聞いた恐ろしい真実を打ち明けるべきか、迷った。
この人が築き上げた穏やかな日常を、私の過去が乱してしまっていいのだろうか。
結局、私は何も言えなかった。
リアン様が帰った後、私は一人、窓の外に広がる闇を見つめる。南の空の向こう、遠く離れた王都では、偽りの奇跡が人々を蝕んでいる。
この辺境の地で手に入れた、陽だまりのような穏やかな日々。
だがその背後には、私の過去から伸びる、長く、そして冷たい影が、すぐそこまで迫ってきているのだった。
スターリング城の一室を与えられた私の工房は、今では領内で一番活気のある場所になっていた。騎士たちの訓練による怪我の手当て、村人たちの持病の相談、そして父と進める新しい薬の研究。目まぐるしい日々は、しかし、不思議なほどの充実感に満ちていた。
「クララ薬師殿、いつもすまないな」
「いいえ、ギデオン様。もう無茶はなさらないでくださいね」
すっかり元気になったギデオン様が、訓練で軽く捻ったという手首を私に差し出す。彼の周りでは若い騎士たちが笑い、工房の外では村の子供たちが私の名を呼んでいる。ここには、王都の薬草院にはなかった温かな繋がりがあった。
そして何より、私の心を照らす一番の光は、父の回復だった。
「父さん、無理はいけませんよ」
「これくらい、どうということはない。体がなまってしまうわ」
城の一室で療養を続ける父は、もうベッドから起き上がれるまでに回復していた。失われた時間を取り戻すように、彼は私が持ち帰った薬草を熱心に調べ、時には私に的確な助言を与えてくれる。穏やかな師弟関係は、あの日、王都で失ったはずの、かけがえのない宝物だった。
その日、父はいつになく真剣な顔で、私に向き直った。
「クララ、お前に話しておかねばならんことがある」
「なんでしょうか、父さん」
「……コービン・ランカスターが盗んだ、我が家の秘伝のことだ」
その名を聞いた瞬間、私の胸が小さく痛んだ。
「あの男は、秘伝の本当の恐ろしさを知らん。スターリング領の魔霧は、ただの触媒ではないのだ。薬効を増幅させると同時に、薬草が持つ微かな毒素を浄化する、唯一無二の存在なのだ」
父の言葉に、私は息をのんだ。
「では、魔霧を使わずに作ったあの薬は……」
「不完全な代物だ。いや、もっと悪い。最初は万病に効く奇跡の薬のように作用するだろう。だが、浄化されなかった毒素は、服用した者の体内に少しずつ、確実に蓄積されていく。……コービンが作った『生命の雫』は、いずれ多くの命を奪う、緩やかに効く猛毒に他ならんのだ」
父の告げた真実は、私の血の気を引かせるには十分すぎた。王都では、今も多くの人々が、あの薬を奇跡の薬と信じて服用しているはずだ。
その夜、考え込む私の工房を、リアン様が訪れた。
「邪魔する」
彼はそう言って、一輪の珍しい高山植物を差し出した。「見回りの途中で見つけた。お前の研究の役に立つかと思ってな」
「……! これは、幻の『星見草』……! ありがとうございます、スターリング様!」
彼のさりげない優しさが、不安に沈む私の心を温める。
「お父上の具合は、どうだ」
「はい。おかげさまで、すっかり」
「そうか。それは、良かった」
短い会話。だが、その言葉の奥には、確かな気遣いがあった。彼は私の隣に立ち、窓の外に広がる領地を眺める。
「この土地は、長く厳しい冬の時代にあった。だが、お前が来てから、人々の顔つきが変わった。……感謝している」
静かな彼の声は、領主としての孤独と、その肩にかかる重圧を、ほんの少しだけ滲ませているようだった。
私は、彼に父から聞いた恐ろしい真実を打ち明けるべきか、迷った。
この人が築き上げた穏やかな日常を、私の過去が乱してしまっていいのだろうか。
結局、私は何も言えなかった。
リアン様が帰った後、私は一人、窓の外に広がる闇を見つめる。南の空の向こう、遠く離れた王都では、偽りの奇跡が人々を蝕んでいる。
この辺境の地で手に入れた、陽だまりのような穏やかな日々。
だがその背後には、私の過去から伸びる、長く、そして冷たい影が、すぐそこまで迫ってきているのだった。
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