追放された薬師は北の辺境で真実の薬を作る

希羽

文字の大きさ
25 / 25

第二十五話:北の地の陽だまり

しおりを挟む
 あれから、二年の歳月が流れた。

 王都アウレリアは、偽りの奇跡に沸いた熱病のような日々が嘘だったかのように、穏やかな活気を取り戻していた。国王陛下は、私の治療とアレスター先生の補佐のもと、心身ともに快復され、今では賢君として再び国を導いておられる。

 王城の一角には、私の名を冠した『メドウズ王立薬草院』が設立された。父の指導のもと、私はそこで新しい世代の薬師たちを育てている。コービンのような過ちが二度と繰り返されぬよう、真実の薬学を伝えるために。

 私の隣で、リアンは摂政評議会議長として、その辣腕で腐敗した国政を立て直した。北の蛮族と蔑まれた彼は、今や『北の賢狼』と呼ばれ、国王からも、民からも、絶大な信頼を寄せられている。

 私たちは、この国を癒すという役目を、共に果たしてきた。そして今日、その最後の務めを終えようとしていた。

「クララ薬師長、スターリング公爵。二人には、感謝の言葉もない」

 玉座の間で、すっかり健康を取り戻した国王陛下が、穏やかな顔で私たちに言った。「国は、もう大丈夫だ。そなたたちは、そなたたちの民が待つ場所へ、帰るがよい」

 王都中の人々に見送られ、私たちは長かった王都での務めを終え、北へと向かう帰路についた。二年前に絶望の中で逃げ出した道を、今、英雄として帰る。その感慨は、言葉に尽くせないものがあった。

 スターリング領に帰り着いた私たちを、領民たちは、まるで家族の帰りを祝うように、満面の笑みで迎えてくれた。私が最初に助けた男の子が、今では元気に走り回り、私に野の花で編んだ冠をプレゼントしてくれた。

 その一月後。

 スターリング城の中庭で、私たちのささやかな婚儀が執り行われた。

 王都の貴族たちのような、華美な衣装も、豪華な宝石もない。だが、そこには何よりも大切な、領民たちの温かい祝福と、騎士たちの無骨な笑顔があった。

 父の手を取り、リアンの元へと歩む。彼は、摂政としての豪奢な礼装ではなく、北の領主としての、質実剛健な装いをしていた。その、見慣れた姿が、何よりも愛おしかった。

 誓いの言葉を交わし、リアンが私のヴェールを上げる。

 その瞳には、領主としての厳しさも、戦士としての鋭さもない。ただ、一人の男が、愛する女に向ける、どこまでも深い優しさだけが、そこにあった。

 その夜、私たちは、出会ったあの頃のように、城壁の上に立っていた。

 眼下には、月明かりに照らされた、穏やかで、平和な私たちの領地が広がっている。

「幸せか、クララ」

 背後から、たくましい腕が、そっと私を抱きしめた。

「はい。夢にも見たことがないくらい、幸せです」

 私は、彼の胸に自分の体を預ける。

「リアン」
「なんだ」
「あなたは、私の盾です」
「知っている」
「そして私は、あなたの薬師です」
「……それだけか?」

 私がくすくすと笑うと、彼は私を自分の方へと向かせた。
 その瞳が、真剣な光を宿して、私を捉える。

「お前は、俺の薬師であり、俺の希望であり、そして……俺の心臓そのものだ」

 彼の唇が、そっと私の唇に重なった。
 北の澄んだ夜空に、満天の星が輝いている。

 偽りの奇跡を巡る長く厳しい戦いは、終わった。

 絶望の淵から始まった私の物語は、この愛する人と、愛する民と共に、陽だまりのような日々を紡いでいく。

 薬師クララ・メドウズの、本当の人生は、今、ここから始まるのだから。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

婚約破棄をしておけば

あんど もあ
ファンタジー
王太子アントワーヌの婚約者のレアリゼは、アントワーヌに嫌われていた。男を立てぬ女らしくないレアリゼが悪い、と皆に思われて孤立無援なレアリゼ。彼女は報われぬままひたすら国のために働いた……と思われていたが実は……。

身分は高いが立場は脆い

ファンタジー
公爵令嬢ローゼリア・アルフィーネに呼び出された、男爵令嬢ミーナ・ブラウン。 ローゼリアは、マリア・ウィロウ男爵令嬢が婚約者であるルドルフ・エーヴァルトと親しくしている、どうかマリア嬢に控えるように進言しては貰えないだろうか、と頼んできた。 それにミーナが答えたことは……。 ※複数のサイトに投稿しています。

婚約破棄のその場で転生前の記憶が戻り、悪役令嬢として反撃開始いたします

タマ マコト
ファンタジー
革命前夜の王国で、公爵令嬢レティシアは盛大な舞踏会の場で王太子アルマンから一方的に婚約を破棄され、社交界の嘲笑の的になる。その瞬間、彼女は“日本の歴史オタク女子大生”だった前世の記憶を思い出し、この国が数年後に血塗れの革命で滅びる未来を知ってしまう。 悪役令嬢として嫌われ、切り捨てられた自分の立場と、公爵家の権力・財力を「運命改変の武器」にすると決めたレティシアは、貧民街への支援や貴族の不正調査をひそかに始める。その過程で、冷静で改革派の第二王子シャルルと出会い、互いに利害と興味を抱きながら、“歴史に逆らう悪役令嬢”として静かな反撃をスタートさせていく。

婚約破棄された公爵令嬢は冒険者ギルドの魅力的な受付嬢

天田れおぽん
ファンタジー
フレイヤ・ボルケーノ公爵令嬢は、婚約破棄されので公爵令嬢だけど冒険者ギルドの受付嬢になった。 ※他サイトにも掲載中

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

婚約破棄されたら、実はわたし聖女でした~捨てられ令嬢は神殿に迎えられ、元婚約者は断罪される~

腐ったバナナ
ファンタジー
「地味で役立たずな令嬢」――そう婚約者に笑われ、社交パーティで公開婚約破棄されたエリス。 誰も味方はいない、絶望の夜。だがそのとき、神殿の大神官が告げた。「彼女こそ真の聖女だ」と――。 一夜にして立場は逆転。かつて自分を捨てた婚約者は社交界から孤立し、失態をさらす。 傷ついた心を抱えながらも、エリスは新たな力を手に、国を救う奇跡を起こし、人々の尊敬を勝ち取っていく。

婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾
恋愛
隣国の王子から「政略的にも個人的にも魅力を感じない」と婚約破棄された、ファンタジア王国第三女王タナー。 泣きも怒りもせず、彼女が考えたのは――「いつか王宮の庇護がなくなっても困らない生き方」だった。 まだ八歳。 それでも先を見据え、タナーは王都の片隅で小さなファンシーショップを開くことを決意する。 並ぶのは、かわいい雑貨。 そして、かわいい魔法の雑貨。 お茶を淹れてくれるクマのぬいぐるみ店員《テイデイ・バトラー》、 冷めないティーカップ、 時間になると小鳥が飛び出すアンティーク時計――。 静かに広がる評判の裏で、 かつての元婚約者は「お人形さんを側室にしようとして」赤っ恥をかくことに。 ざまぁは控えめ、日常はやさしく。 かわいいものに囲まれながら、女王は今日も穏やかにお店を開けています。 --- この文面は ✔ アルファポリス向け文字数 ✔ 女子読者に刺さるワード配置 ✔ ネタバレしすぎない ✔ ほのぼの感キープ を全部満たしています。 次は 👉 タグ案 👉 ランキング用超短縮あらすじ(100字) どちらにしますか?

透明な貴方

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
 政略結婚の両親は、私が生まれてから離縁した。  私の名は、マーシャ・フャルム・ククルス。  ククルス公爵家の一人娘。  父ククルス公爵は仕事人間で、殆ど家には帰って来ない。母は既に年下の伯爵と再婚し、伯爵夫人として暮らしているらしい。  複雑な環境で育つマーシャの家庭には、秘密があった。 (カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています)

処理中です...