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第三話:解放の儀式
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卒業記念パーティー当日。侍女が私のために用意したのは、幾重にもフリルとレースが重ねられた、流行りの淡いピンク色のドレスだった。いかにも庇護欲をそそる、か弱き令嬢のための衣装。
「お嬢様、こちらなどいかがでしょう? エドワード様も、きっとお気に召すかと……」
侍女の言葉には、私を案じる響きがあった。今からでも王子に媚びを売り、許しを乞うべきだと、そう言いたいのだろう。私はそのドレスには目もくれず、クローゼットの奥から自らデザインした一着を取り出した。
それは、夜空の色を写し取ったかのような、深いミッドナイトブルーのドレス。装飾は最低限に抑えられ、体の動きを妨げないしなやかなシルクが、流れるようなシルエットを描き出している。華美ではないが、洗練されている。それは甘さを排した、私のための「戦闘服」だった。
「……こちらを着ます」
「お嬢様……」
「いいから」
侍女の戸惑いを無視し、私はドレスに袖を通す。そして最後に、太腿に巻いた革のバンドへ、二つの小さな道具を差し込んだ。一つは、象牙を削って自作した、手のひらサイズの精密な計算尺。もう一つは、希少な魔光石の針を使った、魔力方位磁針。追放後の辺境で、私の知識を実践するための最低限の装備。これで準備は整った。
父である公爵は、王宮へ向かう馬車の前で、苦虫を噛み潰したような顔で私に言った。
「リディア。今からでも遅くはない。パーティーの席でエドワード様に心から謝罪し、君の異端な研究を全て破棄すると誓いなさい。そうすれば……」
「お父様」
私は父の言葉を遮った。
「わたくしは、間違ったことはしておりません。真理の探求を、なぜ謝罪せねばならないのですか?」
「お前は……! もはや何を言っても無駄か……」
父との会話は、それきりだった。彼が守りたいのは、アークライト公爵家の名誉と安寧だけ。私の探求心など、彼にとっては理解不能な狂気の沙汰なのだろう。
王宮の大広間に一歩足を踏み入れた瞬間、それまでの喧騒がさざ波のように引いていくのを感じた。シャンデリアの光を浴びてきらびやかに談笑していた貴族たちが、一斉に私へと視線を向ける。その視線に含まれているのは、好奇心、軽蔑、そしてわずかな恐怖。
彼らはまるで、モーゼの十戒のように私のために道を開けた。誰一人として、私に近づこうとはしない。
完全な孤立。
しかし、それはむしろ好都合だった。私は少しも動じることなく、近くのテーブルからシャンパングラスを手に取ると、壁際の目立たない場所へと移動し、静かに「観客」に徹することにした。
しばらくして、ファンファーレが高らかに鳴り響く。会場の扉が開き、スポットライトを浴びながら、主役の二人が登場した。エドワード王子と、純白のドレスに身を包んだセシリア。王子は誇らしげに胸を張り、セシリアは天使のように微笑んでいる。会場は、割れんばかりの拍手と賞賛の声に包まれた。光の当たる場所に立つ二人と、影の中に立つ私。その対比は、あまりに分かりやすくて滑稽ですらあった。
一通りの挨拶を終えた王子が、まっすぐに私の元へと歩いてくる。セシリアは、これから起こるであろう悲劇を憂うかのように、心配そうな顔で王子の腕にしがみついている。完璧な、演技だった。
音楽が止み、全ての注目が私たち三人に集まる。大広間は水を打ったように静まり返った。
エドワード王子は、私まであと数歩のところで足を止めると、まるで汚物でも見るかのような目で見下ろし、冷酷な声で告げた。
「リディア・フォン・アークライト。君を、今この場で断罪する」
ついに、来た。会場の誰もが固唾をのむ中、私はゆっくりと手にしていたシャンパングラスをテーブルに置いた。その所作は完璧に計算され、一切の動揺も焦りも見せない。
そして、王子を見上げると、わざとらしく小さなため息をついてみせた。
「ずいぶんと芝居がかったご登場ですこと、王子。皆様をお待たせするのもよろしくありませんわ。どうぞ、手早くお済ませになって?」
予想外の反応だったのだろう。王子の眉がぴくりと動き、その顔が驚きと屈辱に歪む。私が泣いて許しを乞うとでも思っていたに違いない。彼の描いた脚本通りに動かない私に、そのプライドがひどく傷つけられたようだった。
「……ッ! この期に及んで、まだそのような口を……!」
震える指が、まっすぐに私を指さす。
「公爵令嬢リディア! まず第一に、貴様は神聖なる魔法を冒涜し、その教えを捻じ曲げた大罪人である!」
王子の声が、静まり返った大広間に響き渡る。
いよいよだ。いよいよ、私の解放の儀式が始まる。
私は静かにその言葉を受け止め、その先に待つ運命を――いや、自由を、静かに待っていた。
「お嬢様、こちらなどいかがでしょう? エドワード様も、きっとお気に召すかと……」
侍女の言葉には、私を案じる響きがあった。今からでも王子に媚びを売り、許しを乞うべきだと、そう言いたいのだろう。私はそのドレスには目もくれず、クローゼットの奥から自らデザインした一着を取り出した。
それは、夜空の色を写し取ったかのような、深いミッドナイトブルーのドレス。装飾は最低限に抑えられ、体の動きを妨げないしなやかなシルクが、流れるようなシルエットを描き出している。華美ではないが、洗練されている。それは甘さを排した、私のための「戦闘服」だった。
「……こちらを着ます」
「お嬢様……」
「いいから」
侍女の戸惑いを無視し、私はドレスに袖を通す。そして最後に、太腿に巻いた革のバンドへ、二つの小さな道具を差し込んだ。一つは、象牙を削って自作した、手のひらサイズの精密な計算尺。もう一つは、希少な魔光石の針を使った、魔力方位磁針。追放後の辺境で、私の知識を実践するための最低限の装備。これで準備は整った。
父である公爵は、王宮へ向かう馬車の前で、苦虫を噛み潰したような顔で私に言った。
「リディア。今からでも遅くはない。パーティーの席でエドワード様に心から謝罪し、君の異端な研究を全て破棄すると誓いなさい。そうすれば……」
「お父様」
私は父の言葉を遮った。
「わたくしは、間違ったことはしておりません。真理の探求を、なぜ謝罪せねばならないのですか?」
「お前は……! もはや何を言っても無駄か……」
父との会話は、それきりだった。彼が守りたいのは、アークライト公爵家の名誉と安寧だけ。私の探求心など、彼にとっては理解不能な狂気の沙汰なのだろう。
王宮の大広間に一歩足を踏み入れた瞬間、それまでの喧騒がさざ波のように引いていくのを感じた。シャンデリアの光を浴びてきらびやかに談笑していた貴族たちが、一斉に私へと視線を向ける。その視線に含まれているのは、好奇心、軽蔑、そしてわずかな恐怖。
彼らはまるで、モーゼの十戒のように私のために道を開けた。誰一人として、私に近づこうとはしない。
完全な孤立。
しかし、それはむしろ好都合だった。私は少しも動じることなく、近くのテーブルからシャンパングラスを手に取ると、壁際の目立たない場所へと移動し、静かに「観客」に徹することにした。
しばらくして、ファンファーレが高らかに鳴り響く。会場の扉が開き、スポットライトを浴びながら、主役の二人が登場した。エドワード王子と、純白のドレスに身を包んだセシリア。王子は誇らしげに胸を張り、セシリアは天使のように微笑んでいる。会場は、割れんばかりの拍手と賞賛の声に包まれた。光の当たる場所に立つ二人と、影の中に立つ私。その対比は、あまりに分かりやすくて滑稽ですらあった。
一通りの挨拶を終えた王子が、まっすぐに私の元へと歩いてくる。セシリアは、これから起こるであろう悲劇を憂うかのように、心配そうな顔で王子の腕にしがみついている。完璧な、演技だった。
音楽が止み、全ての注目が私たち三人に集まる。大広間は水を打ったように静まり返った。
エドワード王子は、私まであと数歩のところで足を止めると、まるで汚物でも見るかのような目で見下ろし、冷酷な声で告げた。
「リディア・フォン・アークライト。君を、今この場で断罪する」
ついに、来た。会場の誰もが固唾をのむ中、私はゆっくりと手にしていたシャンパングラスをテーブルに置いた。その所作は完璧に計算され、一切の動揺も焦りも見せない。
そして、王子を見上げると、わざとらしく小さなため息をついてみせた。
「ずいぶんと芝居がかったご登場ですこと、王子。皆様をお待たせするのもよろしくありませんわ。どうぞ、手早くお済ませになって?」
予想外の反応だったのだろう。王子の眉がぴくりと動き、その顔が驚きと屈辱に歪む。私が泣いて許しを乞うとでも思っていたに違いない。彼の描いた脚本通りに動かない私に、そのプライドがひどく傷つけられたようだった。
「……ッ! この期に及んで、まだそのような口を……!」
震える指が、まっすぐに私を指さす。
「公爵令嬢リディア! まず第一に、貴様は神聖なる魔法を冒涜し、その教えを捻じ曲げた大罪人である!」
王子の声が、静まり返った大広間に響き渡る。
いよいよだ。いよいよ、私の解放の儀式が始まる。
私は静かにその言葉を受け止め、その先に待つ運命を――いや、自由を、静かに待っていた。
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