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第四話:論理の破綻
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「――大罪人である!」
エドワード王子の声が、静寂を取り戻した大広間にこだまする。しかし、糾弾された当の本人である私は、表情ひとつ変えなかった。
「それで? それが第一の罪状ですの? 冒涜し、捻じ曲げたとは、ずいぶんと主観的で具体性に欠ける表現ですこと。罪状として成立させるには、どの法のどの条項に触れるのか、明確にご提示いただかなくては」
「なっ……口答えをするか!」
私のあまりに冷静な反応に、王子の顔が怒りで引きつる。彼は動揺を隠すように、さらに声を張り上げた。
「第二に! 貴様は、その邪な心から、神に愛されし聖女であるセシリアに対し、嫉妬から数々の嫌がらせを行った! その罪は万死に値する!」
その言葉を合図に、王子の腕の中にいたセシリアが、おずおずと一歩前に進み出た。その大きな瞳には涙が浮かび、か細い声が、聴衆の同情を誘うように響く。
「わたくし……リディア様に、何度も意地悪をされました……。階段で突き飛ばされそうになったことも……私の大切な聖典に、インクをこぼされたことも……。でも、エドワード様にご心配をおかけしたくなくて、ずっと黙っておりました……っ」
可憐に泣き崩れるセシリアに、周囲から「なんてお労しい……」「公爵令嬢はそこまで非道だったのか」という同情の声が上がる。王子の取り巻きである侯爵令息たちも、次々と「証言」を始めた。
「そうだ! 私も見たぞ! リディア様がセシリア嬢を睨みつけているのを!」
「僕も聞いた! 彼女の魔法を『非効率』と罵っていたのを!」
なるほど。これが彼らの描いた脚本か。あまりの稚拙さに、私は心の内でため息をついた。茶番が長引くのは好まない。早く終わらせてしまおう。
私は、騒がしい「証人」たちが言い終わるのを待ってから、静かに口を開いた。その声は、不思議なほどよく通った。
「セシリア様」
「……っ、は、はい」
「あなた様が階段で転びそうになったと仰るのは、3日前の午後2時過ぎ、学園の西館にある螺旋階段でのこと。違いますか?」
「え、ええ……そうですわ」
「奇遇ですわね。その時刻、わたくしは学園の大図書館の最奥、第三書庫にて『古代結界術式における位相幾何学』という禁帯出の文献を閲覧しておりました。時刻は入退館記録に残っておりますし、担当の司書も証人となるでしょう。物理的に不可能ですわ。それとも、わたくしが時間と空間を超える魔法でも使ったと、そう仰りたいのかしら?」
セシリアの顔から、さっと血の気が引いた。まさか完璧なアリバイがあるとは思わなかったのだろう。私は次に、王子の取り巻きたちへと視線を移す。
「皆様の証言にも、致命的な欠陥がございます。あなたがわたくしをご覧になったという時刻、そしてそちらの方がわたくしの声を聞いたという場所。それらを地図上にプロットした場合、わたくしはまるで分身でもしているかのように、同時に複数の場所に存在していることになりますわ。皆様、集団で幻覚でもご覧になったのではなくて?」
私の指摘は、すべて揺るぎない事実と論理に基づいていた。偽りの証言をした者たちは、誰もが顔を青ざめさせ、視線を泳がせる。
会場の空気が、明らかに変化した。最初は私に向けられていた非難の目が、今や王子と、その取り巻きたちへの不審の色を帯び始めている。
「どういうことだ……?」
「アリバイがあるのなら、話は全く別ではないか……」
追い詰められたのは、断罪されるべき私ではなく、断罪しようとした王子の方だった。自分の描いた脚本が、目の前でズタズタに破られていく。理性を失った彼は、ついに論理を放棄し、感情を爆発させた。
「黙れ、黙れ、黙れぇ! 小賢しい理屈を並べるな! 私が罪だと言っているのだ! 王家の次期当主である、この私が! それが全てであり、絶対の真実なのだ!」
その絶叫は、彼の愚かさと器の小ささを、満座の前に晒すものだった。これまで沈黙を保っていた私の父、アークライト公爵さえもが、そのあまりの暴論に苦々しく顔をしかめるのが見えた。
だが、王子は自らの失態に気づかず、むしろ論破したとでもいうように、勝利を確信した歪んだ笑みを浮かべた。そして、最後の宣告を突きつける。
「もはや議論の余地はない! リディア・フォン・アークライト! 貴様との婚約は、ただ今この時をもって破棄する!」
会場が大きくどよめく。だが、王子の言葉はまだ終わらない。彼はシャンデリアの光を浴びながら、この茶番劇のクライマックスを、高らかに宣言した。
「そして、二度とこの国の土を踏めぬよう、貴様を我が国から永久に追放する!」
婚約破棄、そして国外追放。
貴族の令嬢にとって、それは死刑宣告にも等しい罰。
しかし、その言葉を聞いた私の表情は、絶望とはあまりにかけ離れていた。その瞳には、静かだが確かな光が宿っていた。
まるで、その言葉を、ずっと、ずっと、待ち焦がれていたかのように。
エドワード王子の声が、静寂を取り戻した大広間にこだまする。しかし、糾弾された当の本人である私は、表情ひとつ変えなかった。
「それで? それが第一の罪状ですの? 冒涜し、捻じ曲げたとは、ずいぶんと主観的で具体性に欠ける表現ですこと。罪状として成立させるには、どの法のどの条項に触れるのか、明確にご提示いただかなくては」
「なっ……口答えをするか!」
私のあまりに冷静な反応に、王子の顔が怒りで引きつる。彼は動揺を隠すように、さらに声を張り上げた。
「第二に! 貴様は、その邪な心から、神に愛されし聖女であるセシリアに対し、嫉妬から数々の嫌がらせを行った! その罪は万死に値する!」
その言葉を合図に、王子の腕の中にいたセシリアが、おずおずと一歩前に進み出た。その大きな瞳には涙が浮かび、か細い声が、聴衆の同情を誘うように響く。
「わたくし……リディア様に、何度も意地悪をされました……。階段で突き飛ばされそうになったことも……私の大切な聖典に、インクをこぼされたことも……。でも、エドワード様にご心配をおかけしたくなくて、ずっと黙っておりました……っ」
可憐に泣き崩れるセシリアに、周囲から「なんてお労しい……」「公爵令嬢はそこまで非道だったのか」という同情の声が上がる。王子の取り巻きである侯爵令息たちも、次々と「証言」を始めた。
「そうだ! 私も見たぞ! リディア様がセシリア嬢を睨みつけているのを!」
「僕も聞いた! 彼女の魔法を『非効率』と罵っていたのを!」
なるほど。これが彼らの描いた脚本か。あまりの稚拙さに、私は心の内でため息をついた。茶番が長引くのは好まない。早く終わらせてしまおう。
私は、騒がしい「証人」たちが言い終わるのを待ってから、静かに口を開いた。その声は、不思議なほどよく通った。
「セシリア様」
「……っ、は、はい」
「あなた様が階段で転びそうになったと仰るのは、3日前の午後2時過ぎ、学園の西館にある螺旋階段でのこと。違いますか?」
「え、ええ……そうですわ」
「奇遇ですわね。その時刻、わたくしは学園の大図書館の最奥、第三書庫にて『古代結界術式における位相幾何学』という禁帯出の文献を閲覧しておりました。時刻は入退館記録に残っておりますし、担当の司書も証人となるでしょう。物理的に不可能ですわ。それとも、わたくしが時間と空間を超える魔法でも使ったと、そう仰りたいのかしら?」
セシリアの顔から、さっと血の気が引いた。まさか完璧なアリバイがあるとは思わなかったのだろう。私は次に、王子の取り巻きたちへと視線を移す。
「皆様の証言にも、致命的な欠陥がございます。あなたがわたくしをご覧になったという時刻、そしてそちらの方がわたくしの声を聞いたという場所。それらを地図上にプロットした場合、わたくしはまるで分身でもしているかのように、同時に複数の場所に存在していることになりますわ。皆様、集団で幻覚でもご覧になったのではなくて?」
私の指摘は、すべて揺るぎない事実と論理に基づいていた。偽りの証言をした者たちは、誰もが顔を青ざめさせ、視線を泳がせる。
会場の空気が、明らかに変化した。最初は私に向けられていた非難の目が、今や王子と、その取り巻きたちへの不審の色を帯び始めている。
「どういうことだ……?」
「アリバイがあるのなら、話は全く別ではないか……」
追い詰められたのは、断罪されるべき私ではなく、断罪しようとした王子の方だった。自分の描いた脚本が、目の前でズタズタに破られていく。理性を失った彼は、ついに論理を放棄し、感情を爆発させた。
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その絶叫は、彼の愚かさと器の小ささを、満座の前に晒すものだった。これまで沈黙を保っていた私の父、アークライト公爵さえもが、そのあまりの暴論に苦々しく顔をしかめるのが見えた。
だが、王子は自らの失態に気づかず、むしろ論破したとでもいうように、勝利を確信した歪んだ笑みを浮かべた。そして、最後の宣告を突きつける。
「もはや議論の余地はない! リディア・フォン・アークライト! 貴様との婚約は、ただ今この時をもって破棄する!」
会場が大きくどよめく。だが、王子の言葉はまだ終わらない。彼はシャンデリアの光を浴びながら、この茶番劇のクライマックスを、高らかに宣言した。
「そして、二度とこの国の土を踏めぬよう、貴様を我が国から永久に追放する!」
婚約破棄、そして国外追放。
貴族の令嬢にとって、それは死刑宣告にも等しい罰。
しかし、その言葉を聞いた私の表情は、絶望とはあまりにかけ離れていた。その瞳には、静かだが確かな光が宿っていた。
まるで、その言葉を、ずっと、ずっと、待ち焦がれていたかのように。
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