追放された宮廷薬師、科学の力で不毛の地を救い、聡明な第二王子に溺愛される

希羽

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第十四話:聖域の盾と、北辰への誓い

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 私の心に再び灯った炎は、村全体へと瞬く間に燃え広がった。

 アルジェント様が生きている。そして、今も戦い続けている。

 その事実は、私たちの村の目的を、生存から闘争へと変貌させた。私たちが築き上げたこの聖域は、もはや単なる避難場所ではない。彼の、そして私たちの理想を掲げるための、最後の砦なのだ。

 翌朝、私は集会所に幹部と、新たに加わったケイラン騎士を招集した。壁には、私が徹夜で描き上げた、灰の谷の巨大な地形図が貼られている。

「聖域を要塞化する」

 私は、地図を指し示しながら、私の計画を語り始めた。

「だが、闇雲に壁を建てるのは愚策だ。私たちの武器は、レンガや鉄ではない。科学と、そしてこの地形そのものだ」

 私の戦略は三つの柱で構成されていた。

 第一に、早期警戒網(早期警戒システム)。谷を見渡せる三つの高台に見張り塔を建て、フィンの鍛冶場で作らせた磨き上げた鉄板――つまり、反射鏡――を使って、太陽光による信号通信を行う。狼煙のろしよりも速く、正確に、敵の接近を探知するためのシステムだ。

 第二に、侵攻遅延(遅滞戦術)。谷への入り口は、元々隘路あいろとなっている。ここを一点集中の防衛拠点とする。ガレンの指揮のもと、石と煉瓦で強固なゲートハウスを建設し、弓兵のための射撃口を設ける。また、他の獣道には、物理学に基づいた巧妙な罠――偽装された落とし穴や、侵入者の足音を知らせるための警報装置――を設置する。

 そして第三に、迎撃能力(カウンターフォース)。フィンの鍛冶場は、今や軍需工場だ。水車の力を使い、鋼の槍先と矢尻を量産する。ガレンは村の若者たちに、騎士団仕込みの戦闘訓練を開始した。

 初めは私の「机上の空論」に半信半疑だったケイラン騎士も、地形の利を最大限に活かし、最小の労力で最大の防御効果を生み出す私の計画の合理性に、次第に目を見開いていった。

「……驚きました。リン様。あなたの戦術は、どんな熟練の将軍のそれよりも、合理的で、そして恐ろしい」

 彼が、心からの敬意を込めて言った。

「戦とは、物理現象の応用に過ぎない」

 私は答えた。「そして、私はその専門家だ」

 私とケイラン、ガレンの三人が中心となり、聖域の要塞化計画は、驚異的な速度で進んでいった。

 ◇

 村全体が、一つの目的に向かって燃えていた。

 誰もが、自分の仕事がアルジェント様を救うことに繋がると信じている。その想いが、彼らをかつてないほどに団結させていた。

 そんな中、私は夜、一人になると、ケイランから預かったアルジェント様の親書を、何度も読み返していた。

 そこに書かれていたのは、私への謝罪と、彼の無力さへの悔恨、そして、私が生きていることへの、心からの喜びだった。

『君の築いた場所を守ってくれ。それが、私の戦う唯一の理由だ。君自身を、危険に晒さないでほしい』

 その自己犠牲的な言葉が、逆に私の決意を固くさせた。

 私は、返書を書いた。
 そして、もう一つ、小さな包みを準備した。

 数日後。腕の傷も癒え、出発の準備を整えたケイランを、私は村の入り口で見送った。

「ケイラン。これをアルジェント様に」

 私は、彼に返書とその包みを渡した。

「これは……?」
「私が開発した、新しい麦の種だ。この谷の酸性土壌でも力強く育つよう、品種改良を重ねた。どんな痩せた土地でも、きっと芽吹くはずだ」

 それは、恋文などではない。私の、科学者としての回答であり、誓いだった。

 ――私は、あなたが守るべき民を、飢えさせはしない。だから、あなたは、あなたの戦いに集中して。そして、必ず生きて、この種が実る光景を見にきて。

 言葉にはしない、それが私のメッセージだった。

「……確かに、お預かりいたします」

 ケイランは、その小さな種籾の包みが持つ、途方もない重みを理解したようだった。彼は私に深く一礼すると、闇に紛れて谷を発った。

 彼が去った後、私は新設された見張り塔の一つに登った。

 眼下には、家々の窓から温かい光が漏れ、水車が力強く回り、鍛冶場の炎が決して消えることのない、私の聖域が広がっている。

 完璧な防御システム。増産される食料と鉄器。そして、揺るがぬ意志で団結した仲間たち。

 私は、北の空を見上げた。かつて星一つ見えなかった空が、今夜は澄み渡り、北の空で一つの星が、ひときわ強く輝いて見えた。

 アルジェント様。
 あなたが帰るべき場所を、国を、私が先にここに作っておく。

 私は、新たに完成したゲートハウスを見下ろした。
 それは、外部からの侵略を防ぐための盾。

 そして、いつか彼を、そして彼が守ろうとする全ての人々を、温かく迎え入れるための門でもあった。

 私たちの聖域は、今や、守るだけの砦ではない。

 未来を攻め、勝ち取るための、城となったのだ。
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