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第五話 木こりの休日 テントサウナ「MORZH」でととのう
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週末の朝、花崎美憂は胸を高鳴らせていた。軽トラックの荷台には、先日自宅に届いたばかりのテントサウナ「MORZH」の箱が鎮座している。
その隣には、職場から譲り受けた楢(ナラ)の木の廃材が、どっしりと積み込まれていた。向かう先は、勤め先の会社が運営するキャンプ場。人里離れたその場所で、誰にも邪魔されない、自分だけのサウナ時間を楽しむのだ。
東京での多忙な日々を捨て、木こりという仕事を選んでから一年半。都会の喧騒から離れたこの地で、美憂は文字通り自分の手で生活を築き上げてきた。チェーンソーを操り、木を伐り、重い資材を運び、急斜面を駆け上がる。その肉体労働は想像を絶するものだったが、その分、汗を流すことの清々しさ、そして自然の中で生きることの充実感を、美憂は日々噛み締めていた。そして、その生活の中で、サウナは単なるリフレッシュの手段ではなく、生きていること、そして新しい自分と向き合うための大切な時間となっていた。
キャンプ場に到着し、美憂は早速テントの設営に取りかかった。慣れない作業に戸惑いながらも、説明書を広げてひとつずつポールを組み上げていく。四角い布が少しずつ立体的な形を成していく過程は、まるでパズルのようだ。ようやく骨組みが完成し、テントの布を被せる。風に揺れるテントを見ると、美憂の顔に達成感が浮かんだ。
次に、テント内に薪ストーブを設置する。小さなストーブの脚を広げ、安定した場所に置く。そして、ストーブの上に、サウナストーンを一つずつ、丁寧に積み上げていく。ゴツゴツとした石の感触が指先に伝わる。ストーンを置くたびに、心地よいカチカチという音が響く。
(ああ、ついに…)
美憂は、自分の手で伐った木を薪にして、自分の手で熱を生み出す。この小さな空間が、自分だけの特別なサウナになるのだ。東京にいた頃には想像もできなかった、この手触り感のある作業に、美憂は深く満たされていた。
いよいよ火入れの時だ。薪ストーブの扉を開け、細い木っ端と、職場から譲り受けた楢木の廃材をくべていく。これらの廃材は、元々椎茸の原木に使う予定だったが、規格が合わず処分されるはずだったものだ。美憂はライターで火をつけ、静かに炎を見守った。最初はおそるおそる燃え始めた炎が、徐々に勢いを増し、パチパチと音を立てながら燃える薪から、どこか懐かしい、そして力強い香りが漂ってくる。
テント内がじんわりと温まり始めたのを確認し、美憂はサウナマットを敷いて座った。初めてのテントサウナ。温度計を見ると、室温はまだ70℃ほどだ。しかし、この温度でも十分心地よい。熱い空気が全身を包み込み、じんわりと汗が滲み出る。都会のサウナでは、常に満席で、他人の視線を意識しながら入っていた。しかし、ここでは誰にも気兼ねすることなく、ただただ自分と向き合うことができる。
ふと顔を上げると、テントの窓から外の景色が見えた。木漏れ日が揺れる木々、鮮やかな草の緑、そして雲一つない空の青。目の前の景色が、まるで一枚の絵画のようだ。この景色を見ながらサウナに入れるなんて、なんという贅沢だろう。都会の喧騒の中では決して見ることのなかった、このありのままの自然の姿に、美憂は心から感動していた。
汗が滴り落ち、全身の毛穴が開き始めたのを感じ、限界が近づいてきたところで、美憂はテントから飛び出した。普段なら水風呂だが、ここはキャンプ場。水風呂の代わりに、近くを流れる川へ向かう。
川岸に立ち、水面に手を浸してみる。ひんやりとした冷たさが指先に伝わってきた。肌を刺すような冷たさだ。美憂は意を決して、川へとゆっくり足を踏み入れる。心臓が跳ね上がり、全身が冷たい水に包まれる。まるで別世界にいるようだ。体中の毛穴が引き締まり、全身の感覚が研ぎ澄まされる。30秒ほどで我慢の限界が来た。体の芯まで冷え切る前に、美憂は急いで川から上がり、ポンチョを羽織ると、大きく息を吐き出した。全身から熱が放出され、湯気が立ち上る。
2セット目は、さらに温度を上げることにした。薪ストーブにどんどん薪をくべていく。テント内はみるみるうちに温度が上がり、全身から汗が噴き出した。まるで、体の中の悪いものがすべて流れ出ていくようだ。ここで、美憂は事前に用意していた桶と柄杓(ひしゃく)を取り出した。桶の中には、自分で採ってきたクロモジの枝の束が浸されており、天然のアロマ水になっている。
柄杓でそのアロマ水をすくい、熱くなったサウナストーンにゆっくりと注ぐ。「ジュー」という音とともに、真っ白な蒸気が立ち上り、テント内の温度が一気に上昇する。そして、クロモジの爽やかで甘い香りが、テントいっぱいに広がった。香りを深く吸い込むと、頭の中がすっきりとクリアになるのを感じた。
再び、水風呂代わりの川へ。冷たさに耐えながら、さっきより少しだけ長く川に浸かることができた。川から上がると、体中がビリビリと痺れるような感覚に包まれる。それが、たまらなく心地よい。
3セット目。美憂はもう一度ロウリュウをした。サウナストーンの「ジュー」という音を聞きながら、林業で働き始めてからの一年と半年を振り返る。熱中症で倒れたあの日のこと、同期の佐々木くんとの再会、そして、こうしてテントサウナを楽しめるようになった今の自分。様々な出来事が頭の中を巡り、美憂は静かに微笑んだ。都会のストレスから解放され、自然の中で働くことの充実感。それは、何よりも代えがたいものだった。
テントから出ると、空は夕焼け色に染まっていた。赤、オレンジ、紫のグラデーションが、空全体を包み込んでいる。最後の仕上げにと、美憂は川に飛び込み、ゆっくりと身体を冷やしていく。空のグラデーションが水面に映り、幻想的な光景を作り出していた。川の水の冷たさが、今日一日の疲れを洗い流してくれる。
川から上がり、ポンチョを羽織ると、美憂は近くの岩に深く腰掛けた。火照った体から湯気が立ち上り、全身が温かい空気に包まれる。目を閉じると、都会の喧騒はどこにもなく、聞こえてくるのは川のせせらぎと鳥の声だけだった。
(ああ、生きてる…)
日々の充実感が、心の底から湧き上がってくる。その時、どこからともなく金木犀の甘い香りが風に乗って運ばれてきた。その香りに誘われるように、美憂は「ととのい」の境地に立っていた。
「ととのった・・・」
その隣には、職場から譲り受けた楢(ナラ)の木の廃材が、どっしりと積み込まれていた。向かう先は、勤め先の会社が運営するキャンプ場。人里離れたその場所で、誰にも邪魔されない、自分だけのサウナ時間を楽しむのだ。
東京での多忙な日々を捨て、木こりという仕事を選んでから一年半。都会の喧騒から離れたこの地で、美憂は文字通り自分の手で生活を築き上げてきた。チェーンソーを操り、木を伐り、重い資材を運び、急斜面を駆け上がる。その肉体労働は想像を絶するものだったが、その分、汗を流すことの清々しさ、そして自然の中で生きることの充実感を、美憂は日々噛み締めていた。そして、その生活の中で、サウナは単なるリフレッシュの手段ではなく、生きていること、そして新しい自分と向き合うための大切な時間となっていた。
キャンプ場に到着し、美憂は早速テントの設営に取りかかった。慣れない作業に戸惑いながらも、説明書を広げてひとつずつポールを組み上げていく。四角い布が少しずつ立体的な形を成していく過程は、まるでパズルのようだ。ようやく骨組みが完成し、テントの布を被せる。風に揺れるテントを見ると、美憂の顔に達成感が浮かんだ。
次に、テント内に薪ストーブを設置する。小さなストーブの脚を広げ、安定した場所に置く。そして、ストーブの上に、サウナストーンを一つずつ、丁寧に積み上げていく。ゴツゴツとした石の感触が指先に伝わる。ストーンを置くたびに、心地よいカチカチという音が響く。
(ああ、ついに…)
美憂は、自分の手で伐った木を薪にして、自分の手で熱を生み出す。この小さな空間が、自分だけの特別なサウナになるのだ。東京にいた頃には想像もできなかった、この手触り感のある作業に、美憂は深く満たされていた。
いよいよ火入れの時だ。薪ストーブの扉を開け、細い木っ端と、職場から譲り受けた楢木の廃材をくべていく。これらの廃材は、元々椎茸の原木に使う予定だったが、規格が合わず処分されるはずだったものだ。美憂はライターで火をつけ、静かに炎を見守った。最初はおそるおそる燃え始めた炎が、徐々に勢いを増し、パチパチと音を立てながら燃える薪から、どこか懐かしい、そして力強い香りが漂ってくる。
テント内がじんわりと温まり始めたのを確認し、美憂はサウナマットを敷いて座った。初めてのテントサウナ。温度計を見ると、室温はまだ70℃ほどだ。しかし、この温度でも十分心地よい。熱い空気が全身を包み込み、じんわりと汗が滲み出る。都会のサウナでは、常に満席で、他人の視線を意識しながら入っていた。しかし、ここでは誰にも気兼ねすることなく、ただただ自分と向き合うことができる。
ふと顔を上げると、テントの窓から外の景色が見えた。木漏れ日が揺れる木々、鮮やかな草の緑、そして雲一つない空の青。目の前の景色が、まるで一枚の絵画のようだ。この景色を見ながらサウナに入れるなんて、なんという贅沢だろう。都会の喧騒の中では決して見ることのなかった、このありのままの自然の姿に、美憂は心から感動していた。
汗が滴り落ち、全身の毛穴が開き始めたのを感じ、限界が近づいてきたところで、美憂はテントから飛び出した。普段なら水風呂だが、ここはキャンプ場。水風呂の代わりに、近くを流れる川へ向かう。
川岸に立ち、水面に手を浸してみる。ひんやりとした冷たさが指先に伝わってきた。肌を刺すような冷たさだ。美憂は意を決して、川へとゆっくり足を踏み入れる。心臓が跳ね上がり、全身が冷たい水に包まれる。まるで別世界にいるようだ。体中の毛穴が引き締まり、全身の感覚が研ぎ澄まされる。30秒ほどで我慢の限界が来た。体の芯まで冷え切る前に、美憂は急いで川から上がり、ポンチョを羽織ると、大きく息を吐き出した。全身から熱が放出され、湯気が立ち上る。
2セット目は、さらに温度を上げることにした。薪ストーブにどんどん薪をくべていく。テント内はみるみるうちに温度が上がり、全身から汗が噴き出した。まるで、体の中の悪いものがすべて流れ出ていくようだ。ここで、美憂は事前に用意していた桶と柄杓(ひしゃく)を取り出した。桶の中には、自分で採ってきたクロモジの枝の束が浸されており、天然のアロマ水になっている。
柄杓でそのアロマ水をすくい、熱くなったサウナストーンにゆっくりと注ぐ。「ジュー」という音とともに、真っ白な蒸気が立ち上り、テント内の温度が一気に上昇する。そして、クロモジの爽やかで甘い香りが、テントいっぱいに広がった。香りを深く吸い込むと、頭の中がすっきりとクリアになるのを感じた。
再び、水風呂代わりの川へ。冷たさに耐えながら、さっきより少しだけ長く川に浸かることができた。川から上がると、体中がビリビリと痺れるような感覚に包まれる。それが、たまらなく心地よい。
3セット目。美憂はもう一度ロウリュウをした。サウナストーンの「ジュー」という音を聞きながら、林業で働き始めてからの一年と半年を振り返る。熱中症で倒れたあの日のこと、同期の佐々木くんとの再会、そして、こうしてテントサウナを楽しめるようになった今の自分。様々な出来事が頭の中を巡り、美憂は静かに微笑んだ。都会のストレスから解放され、自然の中で働くことの充実感。それは、何よりも代えがたいものだった。
テントから出ると、空は夕焼け色に染まっていた。赤、オレンジ、紫のグラデーションが、空全体を包み込んでいる。最後の仕上げにと、美憂は川に飛び込み、ゆっくりと身体を冷やしていく。空のグラデーションが水面に映り、幻想的な光景を作り出していた。川の水の冷たさが、今日一日の疲れを洗い流してくれる。
川から上がり、ポンチョを羽織ると、美憂は近くの岩に深く腰掛けた。火照った体から湯気が立ち上り、全身が温かい空気に包まれる。目を閉じると、都会の喧騒はどこにもなく、聞こえてくるのは川のせせらぎと鳥の声だけだった。
(ああ、生きてる…)
日々の充実感が、心の底から湧き上がってくる。その時、どこからともなく金木犀の甘い香りが風に乗って運ばれてきた。その香りに誘われるように、美憂は「ととのい」の境地に立っていた。
「ととのった・・・」
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