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秀吉様との思い出
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“佐吉、旅へ出るぞ! 仕度せよ!”
まだ寝とったわいに秀吉様が唐突にそう言ったときがある。
あれはわいの城佐和山城が完成する少し前や。今から五年前の晩秋の季節やな――。
わいは
「はっ!」
とだけ答えてすぐに秀吉様が用意しとった装束に着替え、外に出る。駕籠すらもあらへん。いや、わいはそれでええのですが……。
「共も連れずに、馬も乗らずですか?」
「まあよいではないか。ゆくぞ!」
普段三成とか官位でわいを呼ぶが、くだけた行事や宴のときは秀吉様は佐吉と呼ぶ。むろん、秀吉様はわいに対してそっちの趣味はないで。わいが女のような顔なため疑われとるっちゅうの感じたこともあるがな。
「どちらに向かわれます?」
目的も行き先も決めず旅籠があればそこに泊まる。飽きたら帰る。そうおっしゃった秀吉様と二人だけで。まさに夢の旅や。
銀杏や紅葉が色づき始めるなか、秀吉様の足腰が心配でもあるが、歩調を合わせながらやや背後を歩く。田舎の農業やっとるもん風装った旅装束でありながら、むろん刀は手放せんわ。
秀吉様は季節を愛するお人や。冬は雪、春は桜、夏は夏でいろいろあるが、そんで秋はこれや。
「佐吉、あのときは策士であったな」
「? いつのことでしょう」
秀吉様にお褒めいただき思わず顔を赤らめるが、それは心当たりありすぎるわ。
「あんなに茶に唐辛子まで入れたれたらこの俺もたまったものではないぞ」
なるほど。初めて秀吉様と出会ってきたときのことやな。二十年以上前か……わいもそんとき十二、三ほどでよう覚えてへんが。
ようわからんおっさん偉いんか知らんが、そんときわいが世話になっとった寺に訪ねてきて、なかなか帰られん。面倒やから熱い茶に唐辛子まで入れたんやっけな。
わいがあのような無礼を焦り言葉見つからへんの感じたからか秀吉様は笑いだした。
「ここにするか」
「はっ」
暖簾くぐると、やけにべっぴんな女将でてきたが、
「いらっしゃいませ。あら、素敵な息子様ですね」
と言ってわいの方見る。わいはこの顔のせいあってかよく女に好かれる。そのたびに焦るわ。隣のお方が秀吉様と知らず。まあ秀吉様もようわかってるさかい、毎度感じよく対応するがな。気いつかうわそりゃあ。親子に見えんとしても、片方を褒めるのはよくあられんよな。かしこい女というのはそんなことはせえへんしやな。
気を取り直すと、ここの旅籠は風呂もついとるしゆっくり休めそうや。秀吉様のお背中流すとき秀吉様のお背中がやけに小さく見えてしもうたん。こんな感覚初めてや。もちろんそういう意味ではあらへん。わいがでかくなったわけではあらへんし。なんとなく先は長くはないと思ってしもうたわ。悲しくて胸が締めつけられてもうた。
秋刀魚、牡蠣、鶏、数々の飯が運ばれてきたが、秀吉様は酒は飲まへん。わいは遠慮なく飲んだ。秀吉様もそのほうがよいとおっしゃる。
「佐吉、舞を踊ってみせよ」
秀吉様の命令でわいは鰻取りの真似したわ。酔いも手伝い滑稽にやってみせると、秀吉様は豪快に笑ってくださった。わいは嬉しくなったで。何よりもあなた様のその笑顔が見たいんやわいは。
わいが女であれば、あなた様の子をお産みいたしたのに。秀吉様はそっちの趣味あられへんし。
なんや、変な方向行くわ。秀吉様はたいそうな女大好きやし、わいも衆道はようわからんわ。
翌早朝、わいらは宿を出た。
「伊達政宗は元気しとるかな」
「はあ、どうでしょうか」
「あいつと俺はあるいざこざがある」
「それは?」
「女だ」
「しかし……」
言っていいのかわからんが、政宗といえばこんな噂もある。手下の片倉小十郎とできとるっちゅうのは、そんな変態的な思考持つ会津のほうの女どもが騒いでるわけでなくあり得る話なんや。
かといってこれもまたあり得る話やが。秀吉様のお年であの若造とはりあわれるのはさすがやが……。
「秀吉様の女を? あの小僧め、なんたる無礼者や。この三成があいつめを斬りましょうか!」
わいがそう言うと、秀吉様は嘘だと言って笑った。
「さて、毛利輝元は元気しとるかな」
「はて、気になりますな」
「よいか。くれぐれもあそことはうまくやれよ」
「はあ」
毛利はまあ日本の中心にするには場所が悪いだけやしな。確かに数百年後に「わしが征夷大将軍になるのはいったいいつだ?」とか言いそうな気するわ子孫の誰かが。
「さて、徳川家や」
「上様!」
わいは秀吉様がその名を出すのを遮ってもうた。そりゃ秀吉様の口からその名を聞きたくないからやな。
わいはもう気づき始めとるし、あの狸のたくらみを。
休み休み夕方まで歩いて、たどり着いた。
「どうだ? 佐吉」
秀吉様がわいに問いかけるも。
わいは目を見開いてなかなか言葉見つからへん。
なんや……ここ。これまで見たこともないし感じたこともないこの感覚にわいはおおいに興奮し、感動にうち震え心揺さぶられた。
生涯忘へんやろなこの旅を。そんで、秀吉様が教えてくれた秀吉様とわいしか知らんその場所。わいは死ぬ前にもういっぺん行きたいと誓った。
まだ寝とったわいに秀吉様が唐突にそう言ったときがある。
あれはわいの城佐和山城が完成する少し前や。今から五年前の晩秋の季節やな――。
わいは
「はっ!」
とだけ答えてすぐに秀吉様が用意しとった装束に着替え、外に出る。駕籠すらもあらへん。いや、わいはそれでええのですが……。
「共も連れずに、馬も乗らずですか?」
「まあよいではないか。ゆくぞ!」
普段三成とか官位でわいを呼ぶが、くだけた行事や宴のときは秀吉様は佐吉と呼ぶ。むろん、秀吉様はわいに対してそっちの趣味はないで。わいが女のような顔なため疑われとるっちゅうの感じたこともあるがな。
「どちらに向かわれます?」
目的も行き先も決めず旅籠があればそこに泊まる。飽きたら帰る。そうおっしゃった秀吉様と二人だけで。まさに夢の旅や。
銀杏や紅葉が色づき始めるなか、秀吉様の足腰が心配でもあるが、歩調を合わせながらやや背後を歩く。田舎の農業やっとるもん風装った旅装束でありながら、むろん刀は手放せんわ。
秀吉様は季節を愛するお人や。冬は雪、春は桜、夏は夏でいろいろあるが、そんで秋はこれや。
「佐吉、あのときは策士であったな」
「? いつのことでしょう」
秀吉様にお褒めいただき思わず顔を赤らめるが、それは心当たりありすぎるわ。
「あんなに茶に唐辛子まで入れたれたらこの俺もたまったものではないぞ」
なるほど。初めて秀吉様と出会ってきたときのことやな。二十年以上前か……わいもそんとき十二、三ほどでよう覚えてへんが。
ようわからんおっさん偉いんか知らんが、そんときわいが世話になっとった寺に訪ねてきて、なかなか帰られん。面倒やから熱い茶に唐辛子まで入れたんやっけな。
わいがあのような無礼を焦り言葉見つからへんの感じたからか秀吉様は笑いだした。
「ここにするか」
「はっ」
暖簾くぐると、やけにべっぴんな女将でてきたが、
「いらっしゃいませ。あら、素敵な息子様ですね」
と言ってわいの方見る。わいはこの顔のせいあってかよく女に好かれる。そのたびに焦るわ。隣のお方が秀吉様と知らず。まあ秀吉様もようわかってるさかい、毎度感じよく対応するがな。気いつかうわそりゃあ。親子に見えんとしても、片方を褒めるのはよくあられんよな。かしこい女というのはそんなことはせえへんしやな。
気を取り直すと、ここの旅籠は風呂もついとるしゆっくり休めそうや。秀吉様のお背中流すとき秀吉様のお背中がやけに小さく見えてしもうたん。こんな感覚初めてや。もちろんそういう意味ではあらへん。わいがでかくなったわけではあらへんし。なんとなく先は長くはないと思ってしもうたわ。悲しくて胸が締めつけられてもうた。
秋刀魚、牡蠣、鶏、数々の飯が運ばれてきたが、秀吉様は酒は飲まへん。わいは遠慮なく飲んだ。秀吉様もそのほうがよいとおっしゃる。
「佐吉、舞を踊ってみせよ」
秀吉様の命令でわいは鰻取りの真似したわ。酔いも手伝い滑稽にやってみせると、秀吉様は豪快に笑ってくださった。わいは嬉しくなったで。何よりもあなた様のその笑顔が見たいんやわいは。
わいが女であれば、あなた様の子をお産みいたしたのに。秀吉様はそっちの趣味あられへんし。
なんや、変な方向行くわ。秀吉様はたいそうな女大好きやし、わいも衆道はようわからんわ。
翌早朝、わいらは宿を出た。
「伊達政宗は元気しとるかな」
「はあ、どうでしょうか」
「あいつと俺はあるいざこざがある」
「それは?」
「女だ」
「しかし……」
言っていいのかわからんが、政宗といえばこんな噂もある。手下の片倉小十郎とできとるっちゅうのは、そんな変態的な思考持つ会津のほうの女どもが騒いでるわけでなくあり得る話なんや。
かといってこれもまたあり得る話やが。秀吉様のお年であの若造とはりあわれるのはさすがやが……。
「秀吉様の女を? あの小僧め、なんたる無礼者や。この三成があいつめを斬りましょうか!」
わいがそう言うと、秀吉様は嘘だと言って笑った。
「さて、毛利輝元は元気しとるかな」
「はて、気になりますな」
「よいか。くれぐれもあそことはうまくやれよ」
「はあ」
毛利はまあ日本の中心にするには場所が悪いだけやしな。確かに数百年後に「わしが征夷大将軍になるのはいったいいつだ?」とか言いそうな気するわ子孫の誰かが。
「さて、徳川家や」
「上様!」
わいは秀吉様がその名を出すのを遮ってもうた。そりゃ秀吉様の口からその名を聞きたくないからやな。
わいはもう気づき始めとるし、あの狸のたくらみを。
休み休み夕方まで歩いて、たどり着いた。
「どうだ? 佐吉」
秀吉様がわいに問いかけるも。
わいは目を見開いてなかなか言葉見つからへん。
なんや……ここ。これまで見たこともないし感じたこともないこの感覚にわいはおおいに興奮し、感動にうち震え心揺さぶられた。
生涯忘へんやろなこの旅を。そんで、秀吉様が教えてくれた秀吉様とわいしか知らんその場所。わいは死ぬ前にもういっぺん行きたいと誓った。
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