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源次郎は敵か味方か
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春が来た。秀吉様お亡くなりになったあと、わいも左近も大阪城にずっとおる。
「家康を斬る」
ここんとここれが左近のきまり文句や。
「問題はいつそれをするか……やな?」
「左様」
「信頼できる者にはぼちぼち家康の首をとること言ってええんちゃう?」
「殿、信頼できるものなどおりませぬ。見つけ次第斬ってよろしいかと」
「それもそうやな」
ざっくりいうと現時点でわかっとるわいの敵は加藤、福島。こいつらは秀吉様の恩を受けながら家康に加担しとるのは目にとれてわかるわ。それもわいを気に入らんっちゅう理由でな。それはまあええが、皮肉なことに秀吉様の長年の妻であるお方もなんや。正妻の北政所様は秀吉様としょっちゅう対等な喧嘩もされるほどに事実上政権握っとった上に前述の三人可愛がっておられるのわかるし、わいもあのお方に好かれとる気はせえへん。
味方は確実な者は左近。これはいつも目を血走らせながら言うわ。長年の付き合いやし秀吉様やわしに対する忠義は本音や。
「さて、天下はどう転ぶかな」
で、今対面し碁を打っとる相手の大谷吉継はツレやし。
「決まっとるやろ。やけど、問題はあの狸を血祭りにする時期だけや」
「くっくっく、おぬしもおもしろい男だ。俺もお前の意見にのったぞ」
「まあ笑うなや。笑うのは家康の首を見物しながらでも遅くないやろ?」
「同感だ」
話してて気い合うのはおるわ。上杉景勝とかもそうやしな。せやけど、わいは簡単には信用せえへんさかい。どう転ぶかはわからへんよな。
で、今は亡き前田利家はんやろ? 亡くなったからこそ言えるが、息子らに遺言で言ったんやしな。豊臣につけと。が、今は亡きやしその息子はどう転ぶかようわからん。そして秀頼様の母上であられる淀様や。この方はまあ言うまでもないやろ。秀吉様の子孫お産みになられたしやな。さて、あの者はどうやろな。
もちろん真田源次郎のことや。わいはあの男を気に入った。あいつはわいや、わいと似とる。せやけどわからんのは同じや。裏切るかどうかはな。
あいつもずっと大阪城内におるが、城内でも家康に媚びうるのぼちぼちおるやろ。どこで会話聞かれとるかわからんしやな。
「源次郎、明日暇か?」
「はっ、三成殿。何でございましょう」
「飲み行こうや」
「はっ、ありがたき光栄なことでござる!」
その翌日。はるばる京まで来たわ。個室で飲める酒場を選び、わいは源次郎とそこで男と男の話し合いをすることにした。こいつがほんまもんか、わいはこの耳と目でしっかり見極めるで。
「石田三成をどうするかだな」
と聞こえてきたのは、隣の部屋からや。
「どうするか、とは?」
「目を見ればわかる。あいつはいずれ俺に歯向かうだろう? だがただ殺すだけではつまらんだろ?」
「くっくっく、上様もお人が悪い」
会話内容でよくわかったんやが、家康と本多正信の声やな。憎らしいいやらしい声やわほんま。刀持っとるし、今すぐふすま蹴破って二人まとめて叩き切りたい衝動にかられるが、それやっても人数おるかもしれんし、仮にできたとこで豊臣家の印象はどうなるかや。まあええんやけど、慎重にならなあかんよな。ここは堪えんと。
上様やと? 家康がってことやろな。たぬきの分際で。上様と呼ばれていいんか? 日本でただ一人秀吉様のご子孫秀頼様のみ呼ばれるべきあだ名やろそれは。拳握りしめ頭に血が上るがわいなりに我慢したで。
襖から離れたが、源次郎は気づいとったんかな? 首かしげとるが。
せやけどまてよ? わいは鋭い頭脳で考えたで。わいと源次郎が飲む日に同じ場所でこんな偶然あるか? 源次郎、まだお前を信用するんは保留しとくで。わいを狼狽えさせようって考えもあるやん。
「場所移すで」
とだけ小声で言って、わいは源次郎連れて隣の店に入ることにした。
まあ家康の首をとれというのは置いといてやな、こいつと気が合うかどうかやなまずは。
「源次郎」
「は、何でございましょう三成殿」
「お前は恋をしているか?」
ここで頭を過ぎったのはあの女忍者や。あいつは源次郎とわい、どっち選ぶんかな。
純朴な青年やで、こいつは。こいつが顔真っ赤に染めて一輪の花をあの女忍者に渡すとする。わいが同じことしてあの女忍者はわいに惚れるか?
「拙者は恋はしておりませぬ」
「どういうおなごが好きや」
「そ、そうでございますねー……」
そうか。顔真っ赤にはせえへんが、目をそらしおる。あまり下品な話は苦手そうやな。大丈夫や、わいもや。せやけどお前のその純粋な感じ、あの女忍者は
「……嫁のような女、ですかね」
「嫁おったんかい! で、恋しとるやないかい!」
かと言って油断できへんな。童貞でないなら一気にこいつが手慣れてる感でてまうやろ。下手したらわいより経験多いかもしれへんしやな。
わいは顔だけやろ。その顔なら伊達政宗もいい勝負しとるし、それなら噂通り政宗が手下の小十郎とデキてて女役がわでもどっちもいけんならなぜか自信もてへんわ。
まあええ、話題変えるわ。
「お前は徳川家康をどう思う?」
本題に入ってもうたわ。源次郎はまだわからんやろ? あいつの企みを。
「感じの良いお方です」
源次郎の答えに、わいはずっこけそうになったわ。まあええ、ならこれや。
「秀吉様を愛しているか?」
わいがそう言うと、源次郎はやっぱりな的な変な目で見おった。わかるわ、わいがそういう噂たてられとんのわ。もうええわ。
「秀吉様を心から尊敬しとるか」
わいの前やし、どう答えるか当然な聞き方をしたが、
「感謝しております」
そうやな。わかるわそれもわいは源次郎の手を取り、迷いのない目を見つめてやったわ。
まあ、まだ言わへんけどな。わいが万が一死んだら家康の首はお前がとれとは。
店から出るときにちょうど隣の店から家康と本多が出てくるとこやったから引っ込んで身を隠したわ。
「狐め、わしの前で首を斬られるのを拝むのが楽しみだ」
「上様、狐とは?」
「石田三成よ」
「大人しく俺に従えばそんな目にあわぬと知って馬鹿な狐よ」
そんだけの会話したあとで家康と本多は大笑いしおった。わいはキレたわ。さすがに辛抱ならんわこれは。
「狐……やと……?」
わいは刀を抜きかけたで、冷静にならんと。せやけど、この怒りの衝動だけなぜか抑えきれへんやん。
「家康殿!!」
先に刀を抜いて飛び出しおったのは源次郎やった。
家康と本多の顔から笑顔消えたわ。本多が刀をゆっくり抜いたわ。
「源次郎、行くぞ。馬鹿にかまっとる暇はないわ」
わいは源次郎をなだめた。油断して背を向けても負けへん自信あるさかい。
「これはこれは、頭のいいことで有名な石田三成ではないか。剣の腕の方はあれから磨かれたのか?」
家康が小馬鹿にした口調でわいを見おった。わいが豊臣家に仕えた頃に一度木刀で争ったが、ボコボコに負けたのは忘れてへんが、さすがに今はお前に負けへんで。勘違いすんなや? アホンダラ。
「試してみるか? 真剣で」
わいは口角をあげて余裕の笑みを浮かべてやったわ。家康はわなわなと震えだした。おっさん、動けへんやろ? 鍛えとるっちゅうわけとちゃう肥満体やしな。手下のそいつもどうや、お爺ちゃんやろ。
「上様、行きますぞ」
焦った様子の正信が家康をうながし、家康は最後にわいを睨むと去っていきおったわ。正信は馬に乗るまでわいらを警戒しとった。
勝ったな。あっちは勝てへんと見たわけや。
血の気の多い左近なら斬っとったかもしれんな。ここで斬らな家康をいつ斬るって考えやし。まあ源次郎はわいに止められたらできへんやろそれ。
問題ないんちゃう? 何者か秀吉様の悪い噂吹き込みまわり民からの好感度下がっとっても、無礼な会話しとったのはほんまやし。仇討ちの残党がどうこう言ってもどっちみちでかい戦は避けられんやろ。
頭で考えすぎんのもと葛藤しとったが、馬に乗って去った家康と正信の姿はもう見えなくなってもうた。
「源次郎」
「はっ、何でございましょう三成殿」
「ああ、もしわいに何かあればお前が家康の首とれよ」
「はっ、もちろんでござりまする!」
やはりこいつは信頼できる奴やなと確信に変わったわ。わいと源次郎はがっつり握手かわし、肩くんで鼻歌歌いながら帰ったわ。まさかわいが秀吉様の命令でふざける場合以外にもこんな陽気な奴と思わんやろし、驚いたやろな源次郎も。
「家康を斬る」
ここんとここれが左近のきまり文句や。
「問題はいつそれをするか……やな?」
「左様」
「信頼できる者にはぼちぼち家康の首をとること言ってええんちゃう?」
「殿、信頼できるものなどおりませぬ。見つけ次第斬ってよろしいかと」
「それもそうやな」
ざっくりいうと現時点でわかっとるわいの敵は加藤、福島。こいつらは秀吉様の恩を受けながら家康に加担しとるのは目にとれてわかるわ。それもわいを気に入らんっちゅう理由でな。それはまあええが、皮肉なことに秀吉様の長年の妻であるお方もなんや。正妻の北政所様は秀吉様としょっちゅう対等な喧嘩もされるほどに事実上政権握っとった上に前述の三人可愛がっておられるのわかるし、わいもあのお方に好かれとる気はせえへん。
味方は確実な者は左近。これはいつも目を血走らせながら言うわ。長年の付き合いやし秀吉様やわしに対する忠義は本音や。
「さて、天下はどう転ぶかな」
で、今対面し碁を打っとる相手の大谷吉継はツレやし。
「決まっとるやろ。やけど、問題はあの狸を血祭りにする時期だけや」
「くっくっく、おぬしもおもしろい男だ。俺もお前の意見にのったぞ」
「まあ笑うなや。笑うのは家康の首を見物しながらでも遅くないやろ?」
「同感だ」
話してて気い合うのはおるわ。上杉景勝とかもそうやしな。せやけど、わいは簡単には信用せえへんさかい。どう転ぶかはわからへんよな。
で、今は亡き前田利家はんやろ? 亡くなったからこそ言えるが、息子らに遺言で言ったんやしな。豊臣につけと。が、今は亡きやしその息子はどう転ぶかようわからん。そして秀頼様の母上であられる淀様や。この方はまあ言うまでもないやろ。秀吉様の子孫お産みになられたしやな。さて、あの者はどうやろな。
もちろん真田源次郎のことや。わいはあの男を気に入った。あいつはわいや、わいと似とる。せやけどわからんのは同じや。裏切るかどうかはな。
あいつもずっと大阪城内におるが、城内でも家康に媚びうるのぼちぼちおるやろ。どこで会話聞かれとるかわからんしやな。
「源次郎、明日暇か?」
「はっ、三成殿。何でございましょう」
「飲み行こうや」
「はっ、ありがたき光栄なことでござる!」
その翌日。はるばる京まで来たわ。個室で飲める酒場を選び、わいは源次郎とそこで男と男の話し合いをすることにした。こいつがほんまもんか、わいはこの耳と目でしっかり見極めるで。
「石田三成をどうするかだな」
と聞こえてきたのは、隣の部屋からや。
「どうするか、とは?」
「目を見ればわかる。あいつはいずれ俺に歯向かうだろう? だがただ殺すだけではつまらんだろ?」
「くっくっく、上様もお人が悪い」
会話内容でよくわかったんやが、家康と本多正信の声やな。憎らしいいやらしい声やわほんま。刀持っとるし、今すぐふすま蹴破って二人まとめて叩き切りたい衝動にかられるが、それやっても人数おるかもしれんし、仮にできたとこで豊臣家の印象はどうなるかや。まあええんやけど、慎重にならなあかんよな。ここは堪えんと。
上様やと? 家康がってことやろな。たぬきの分際で。上様と呼ばれていいんか? 日本でただ一人秀吉様のご子孫秀頼様のみ呼ばれるべきあだ名やろそれは。拳握りしめ頭に血が上るがわいなりに我慢したで。
襖から離れたが、源次郎は気づいとったんかな? 首かしげとるが。
せやけどまてよ? わいは鋭い頭脳で考えたで。わいと源次郎が飲む日に同じ場所でこんな偶然あるか? 源次郎、まだお前を信用するんは保留しとくで。わいを狼狽えさせようって考えもあるやん。
「場所移すで」
とだけ小声で言って、わいは源次郎連れて隣の店に入ることにした。
まあ家康の首をとれというのは置いといてやな、こいつと気が合うかどうかやなまずは。
「源次郎」
「は、何でございましょう三成殿」
「お前は恋をしているか?」
ここで頭を過ぎったのはあの女忍者や。あいつは源次郎とわい、どっち選ぶんかな。
純朴な青年やで、こいつは。こいつが顔真っ赤に染めて一輪の花をあの女忍者に渡すとする。わいが同じことしてあの女忍者はわいに惚れるか?
「拙者は恋はしておりませぬ」
「どういうおなごが好きや」
「そ、そうでございますねー……」
そうか。顔真っ赤にはせえへんが、目をそらしおる。あまり下品な話は苦手そうやな。大丈夫や、わいもや。せやけどお前のその純粋な感じ、あの女忍者は
「……嫁のような女、ですかね」
「嫁おったんかい! で、恋しとるやないかい!」
かと言って油断できへんな。童貞でないなら一気にこいつが手慣れてる感でてまうやろ。下手したらわいより経験多いかもしれへんしやな。
わいは顔だけやろ。その顔なら伊達政宗もいい勝負しとるし、それなら噂通り政宗が手下の小十郎とデキてて女役がわでもどっちもいけんならなぜか自信もてへんわ。
まあええ、話題変えるわ。
「お前は徳川家康をどう思う?」
本題に入ってもうたわ。源次郎はまだわからんやろ? あいつの企みを。
「感じの良いお方です」
源次郎の答えに、わいはずっこけそうになったわ。まあええ、ならこれや。
「秀吉様を愛しているか?」
わいがそう言うと、源次郎はやっぱりな的な変な目で見おった。わかるわ、わいがそういう噂たてられとんのわ。もうええわ。
「秀吉様を心から尊敬しとるか」
わいの前やし、どう答えるか当然な聞き方をしたが、
「感謝しております」
そうやな。わかるわそれもわいは源次郎の手を取り、迷いのない目を見つめてやったわ。
まあ、まだ言わへんけどな。わいが万が一死んだら家康の首はお前がとれとは。
店から出るときにちょうど隣の店から家康と本多が出てくるとこやったから引っ込んで身を隠したわ。
「狐め、わしの前で首を斬られるのを拝むのが楽しみだ」
「上様、狐とは?」
「石田三成よ」
「大人しく俺に従えばそんな目にあわぬと知って馬鹿な狐よ」
そんだけの会話したあとで家康と本多は大笑いしおった。わいはキレたわ。さすがに辛抱ならんわこれは。
「狐……やと……?」
わいは刀を抜きかけたで、冷静にならんと。せやけど、この怒りの衝動だけなぜか抑えきれへんやん。
「家康殿!!」
先に刀を抜いて飛び出しおったのは源次郎やった。
家康と本多の顔から笑顔消えたわ。本多が刀をゆっくり抜いたわ。
「源次郎、行くぞ。馬鹿にかまっとる暇はないわ」
わいは源次郎をなだめた。油断して背を向けても負けへん自信あるさかい。
「これはこれは、頭のいいことで有名な石田三成ではないか。剣の腕の方はあれから磨かれたのか?」
家康が小馬鹿にした口調でわいを見おった。わいが豊臣家に仕えた頃に一度木刀で争ったが、ボコボコに負けたのは忘れてへんが、さすがに今はお前に負けへんで。勘違いすんなや? アホンダラ。
「試してみるか? 真剣で」
わいは口角をあげて余裕の笑みを浮かべてやったわ。家康はわなわなと震えだした。おっさん、動けへんやろ? 鍛えとるっちゅうわけとちゃう肥満体やしな。手下のそいつもどうや、お爺ちゃんやろ。
「上様、行きますぞ」
焦った様子の正信が家康をうながし、家康は最後にわいを睨むと去っていきおったわ。正信は馬に乗るまでわいらを警戒しとった。
勝ったな。あっちは勝てへんと見たわけや。
血の気の多い左近なら斬っとったかもしれんな。ここで斬らな家康をいつ斬るって考えやし。まあ源次郎はわいに止められたらできへんやろそれ。
問題ないんちゃう? 何者か秀吉様の悪い噂吹き込みまわり民からの好感度下がっとっても、無礼な会話しとったのはほんまやし。仇討ちの残党がどうこう言ってもどっちみちでかい戦は避けられんやろ。
頭で考えすぎんのもと葛藤しとったが、馬に乗って去った家康と正信の姿はもう見えなくなってもうた。
「源次郎」
「はっ、何でございましょう三成殿」
「ああ、もしわいに何かあればお前が家康の首とれよ」
「はっ、もちろんでござりまする!」
やはりこいつは信頼できる奴やなと確信に変わったわ。わいと源次郎はがっつり握手かわし、肩くんで鼻歌歌いながら帰ったわ。まさかわいが秀吉様の命令でふざける場合以外にもこんな陽気な奴と思わんやろし、驚いたやろな源次郎も。
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