【進路には勝てないと悟った調理師志望女子のゴールデンウィーク】

カズト チガサキ

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一日目

第1話 一日目 1/5

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 これは彼女が進路希望調査書を提出するまでの物語――――。






 気づいたら僕は南側改札前の広場に着いていた。腕時計に目を落とすと、ちょうど待ち合わせの時間と同じ午前十時を指している。

 果たしてこの人ごみの中にあの子はいるだろうか。

日乃実ひのみちゃんは無事だろうか……こんなに人が多くちゃ、迷子になっていても無理ないな」

 今日はゴールデンウィーク初日。都心部の主要駅であるこの駅の構内は、これから旅行の家族連れ、あるいは観光に来た若者のグループ、そしてゴールデンウィーク中でありながらも休むことを許されなかった悲しきサラリーマンなどでごった返している。

 そんな風に人が行き交う都心の駅構内で、出かけるでもなくぼっと立っている僕は何をしているのかというと。

 ズバリ、待ち合わせ中だ。

 相手は女性だが、独身男性の身としては残念、交際中の思い人とかではない。
 なんとまあ、相手は中学三年生なのだ。僕の地元に住む古い友人の娘を、僕は待っている。

 右へ左へ、前へ後ろへと人々は各々の目的地に向かって忙しく流れていく。都心でしか有り得ない規模の人波を観察しているうちに、僕は上京したての頃の苦難を思い出していた。

 まず、当時の自分にとって都心の路線図は難解だったな。駅員には正しい乗り換え先を、乗り換えのたびに尋ねたものだ。
 東京に着いてからも人の多さにビビりっぱなしだった。なんなら暮らして二十年経った今だって驚いているくらいだ。

 なればこそ、中学生の日乃実ちゃんは今、それ以上に心細いことだろう。

「ひとまず通話して、予め状況だけでも把握しておいてあげるか。そんでもって、もし迷ってるようなら案内する、と……」

 心配をめぐらせつつ、僕はスマホの通話開始ボタンを押す。ほどなくして応答があった。

「おはよう日乃実ちゃん。けっこう人多くて大変だろ、そっちは大丈夫そうか? 迷ってない?」
『おっはよーシンタロー! 私はぜ~んぜん、迷ってなんかないよっ』

 日乃実ちゃんは存外元気だった。考えるより行動、なあの子のことだ。その結果として「やばいよやばいよぅ、わかんない助けて~」なテンションかと思っていたのだが。

「本当かいね? どの改札を出ればいいとか、ちゃんとわかる?」
『あ、改札はもう出ちゃったけど…まぁなんとかなるっ。それよりほら、私たち直接会うのって今日が初めてじゃん? なんか特徴教えてくれないとどれがシンタローなのかわかんないよぅ』

 ゑ? 改札出たのかいね? 僕はその改札前でずっと待っていたのですが。まぁいいか。

『さ、シンタローはどんな人ですか?』

 それはそうと、僕の特徴か。
 店舗のガラスに映る自分を見ても、これといった特徴はない。仕方なしに見たままを伝える。

「そうさな……あごひげで、くせ毛っぽい髪。んでそれから……」
『ふんふん、それでそれで?』
「下はジーンズとスニーカーで、上は……?」

 自分の格好そっくりそのままをなぞる口が動きを止めた。

『んー、上は?』

 前述のあごひげをさすって僕は思案する。白地に無数の黒い線が縦横に入った上着なのだが、これの呼び方は一体なんだったか。

「あぁいや、白黒の…ボーダー?だよ。あと、眼鏡をかけているんだ。丸くて黒いやつ」
『ん、わかったー』

 ボーダー、で合っていたのだろうか。週刊誌記者をやっている割に、僕はファッションに疎い。というか週刊誌はファッション誌じゃない。誤解されることはままあるけど。

『う~ん。ボーダーでジーンズで……メガネで……どこ~』

 服装をそのままに伝えるも、受話口からしょげた声が漏れ聞こえる。何か他に情報は……と。

「そうだ、いま新幹線の改札前にいてだな」
「あ! いま新幹線の改札前にいて、しかも電話をしてる人。なるほどっ、みーっけ!」

 声が喜びに一変。すると視界の横からぴょんと、肩まで下りた栗色のサイドテールを揺らして声の主が現れる。

「どうも! 計屋(はかりや)日乃(ひの)実(み)、調理師志望の中学三年15才です! 趣味はお料理、特技はお料理、夢は調理師!」

 高らかに宣言するのは、キャリーバッグにリュックサックという大荷物持ちの少女。きっと泊まり込みのために色んな用意をしてきたのだろう。
 間違いなくこの子が日乃実ちゃんだ。

 少女の目を認めて、危うく僕は声を漏らしそうになる。

「あちゃ、私ってば自分の夢二回も叫んじった。」

 僕が上京する以前。幼少から高校時代もの間。
 幼い頃から日乃実ちゃんの両親とは幾度となく顔を突き合わせてきた。日乃実ちゃんはその娘で、だから二人と顔がよく似ていたくらいで僕はそこまで驚いたりしない。

 しない、けど。

「ゴールデンウィークの五日間! これからよろしくね、シンタロー!」

 日乃実ちゃんの目に湛えられた昔の友人たちの面影が。

 見飽きるほど目にしたはずのその面影が少女に重なり、不意にあの頃の思い出を突き付けてくる。

「あれ、シンタロー?お~い、お~…ぉよ?」

 待ち合わせなんだから、この子が来ることはわかっていたのに。

 あれから二十年の時を経て、昔の友人に娘ができて。

 こうして目の前に本人がいると思うと、何だか――――。

「はっ! もしかして泣いてる……? 私、何かやらかしたかも? ってこの人の上着、よく見たらボーダーじゃなくてギンガムチェックだしっ! こ、こほんっ、セーダイに人違いしちゃったみたいなので私はこのまま失礼しますサヨナラっ!」

 しまった。ばつの悪さに耐え切れない彼女はキャリーバッグを勢い良く転がして去ってしまう。
 感慨に耽って見失っては、この大変な人ごみの中からもう一度彼女を探し当てなくてはならなくなる。

「いや待て合ってる、人違いじゃないから止まってもらえると!」

 声を投げたとき、すでに彼女は豆粒ほどの大きさになっていた。僕と日乃実ちゃんの間に何人も人を挟んでいたが、幸い彼女の去る足がピタッと収まる。

 が、僕が慌てて駆け寄ったとき、彼女はわかりやすくムスッとしていた。

「それ……すぐゆってよ! 知らない人だと思ってすっっごい恥ずかしかったんだからね! わかる!?」
「すまん、つい……目頭が熱くて」
「な……うわ、やっぱり泣いてるの? 急にっ?」

 怪訝そうに歪む彼女の目と、僕の目が合う。そんな目元すら友人に似ていて、やはりあいつらの娘だなと思わされる。

 それでもって今日から、ゴールデンウィークの五日間、僕が昔馴染みどもの娘を預かるわけだ。

「責任重大だな、よし……」

 言って、日乃実ちゃんに右手を真っ直ぐ差し出す。むろん握手の意だ。

「会うなりボーっとしててすまんな、前から話していた通り、僕が島慎太郎しんたろうだよ。怪しくないからよろしく」

 僕は彼女へ、さらに手をずいと押し出す。

 週刊誌記者の心を開かせるテクニックその一が、握手。取材対象には心を開いてもらってなんぼ。距離が近くなってからが取材本番だ。

 もちろん日乃実ちゃんに取材の予定はない。僕はただ、日乃実ちゃんに遠慮を感じてほしくないのだ。

 でもまぁ、安心した。

「ん…シンタロー、なんか照れくさいぞっ、こーいうの」
「そうかいね? でもたしかに、今どき同級生たちと改まって握手なんかしないわな」

 とりあえず、日乃実ちゃんは僕の手を取ってくれるみたいだ。

 手が重なる。そしてお互いの信頼を感じ合うように軽く上下させたら、どちらからともなく相手の手の平を開放してやるのだ。

「ひとまず荷物を置きに行こう。観光とかはそのあとで行ってみようかいね」

「やったぁ、トーキョー見物~♪ 調理師学校の見学は日程的に明日からだし、今日はおいしいのい~っっぱい食べるんだーっ!」

 美味しいものを食べに、か。そういうところはやはり調理師志望ならではだろうか。

「そういえばさ、シンタローはさっき電話でボーダー着てきたって言ってたけど嘘だよねっ。それギンガムチェックだし」
「おっとそんなはずないけどね僕の村だとこの模様はボーダーで通ってるはずだから…」
「いや私たち同郷だから。シンタローの素性はおかーさんからちゃーんと聞いてるもんっ」

 勘違いじゃなければ、ひとまず打ち解けている感じがする。

 実を言うと、僕は昨日までこの日を迎えることに渋かった。
 四十代独身男性が女子中学生を部屋に連れ込む現場をお隣さんなんかにでも目撃されれば一発通報モノだとか、未成年者の手前お酒が飲みづらくなるな、とかそういうので。

(それでも……)

 色々懸念は残る。けど第一歩は良し、だ。

 多少憂鬱でも、事実として、僕は日乃実ちゃんを五日間迎え入れると決めたのだ。

 そして現在。

 進路、夢と無邪気に語る彼女を目の前にすると、無性に口出ししたくなってしまう。

 調理師の専門なんて無謀じゃないかいね?
 いまじゃなくて大学からとかでもよくないかいね?

 と。でももちろん、最終的に決めるのは日乃実ちゃん自身で、僕は五日間のサポートをするに過ぎない。諌めるべきなら諌める。そうでないなら応援する。それ以上の物言いは野暮だ。

 ま、真面目な話は後々に置いておいて、それより。

「くっ……それを言えば日乃実ちゃんさ、待ち合わせのとき僕の横側から現れたけど」

 わざとらしい悔しさを見せて話を切り出す。子供っぽい日乃実ちゃんにからかわれっぱなしでは大人として立場がない。

「それがどうかしたの?」

 報復さ。ギンガムチェックをからかわれた。
 待ち合わせに着いたときの日乃実ちゃんは、横からぬっと現れたのだ、約束した場所の改札からではなく。

 つまりは。

「さては、出る改札間違えてしばらく迷子になってたろ? あっはっはっはわかる、わかるよ。僕も以前は散々迷子になったもんさ」

 わかるわかる、とサラサラな脳天をぽんぽん撫でてやる。

「ぐっ。大の大人が中学生相手にからかってからに~…フンだっ、あとでたっくさん奢ってもらうんだからっ、おすしとか」

 日乃実ちゃんはまたもやわかりやすく膨れる。

 そんなこんなで泊まり込む準備いっぱいな日乃実ちゃんの荷物を一旦僕の自宅マンションに預け置くべく、構内の雑踏を抜け僕たちは駅を後にした。

 高くも安くもないマンションの一室にたどり着いて、僕がいつもの動作で鍵を開けてやると。

「おっじゃましま~す!」

 まるで遠慮のないのひと声とともに居間へ駆け込んだ。

「マンションのお部屋って何気に初めてで楽しみっ」

 本当に楽しいとばかりに日乃実ちゃんはキッチンやらカーペットの裏やら、一応僕の許可を取ったのちに冷蔵庫を中身を物色し、風呂場にトイレ、終いにベランダを観光のテンションで見て回っている。

「ふーん、エッチな本ないんだねっ……」
(こんな感じで大丈夫なのか、いや真面目な話さ……)

 ほんの一瞬、日乃実ちゃんの浮かれ様に僕は一抹の不安を覚えた。
 でもすぐに、それは神経質になりすぎだと思い直す。

 人の子を預かる身として責任を自覚するのは良いのだろうけど、そこまで肩肘張っていては僕の気力が持ちそうにない。

 なにせ五日間だ。もう少し気楽にならないとじゃじゃ馬らしいこの子の面倒なんてとても見切れないだろうから。
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