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二日目
第8話 二日目 3/4
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これまた山盛りの麻婆茄子と、その量に見合う白米のどんぶり。そしてさすがに普通サイズの豚汁とサラダが並ぶ、僕たちのお茶の間。
「え、そうなの? なんで?」
その一幕に、日乃実ちゃんの疑問符が添えられる。
「現場取材が入っててさ。こればっかりは行かないわけにはいかないんだ」
世間はゴールデンウィークとはいえ、仕事がずっとないわけではない。というか、日乃実ちゃんが来てからも記事作成は続いていた。
が、部屋でこなせる仕事があらかた片付けば、また記事のネタを探しに外へ出向かなければならなくなる。
明日がそうだ。
「ってことで明日の実習にはついて行けないんだけど……」
「ん、りょーかいだよっ」
「悪いね」
「いえいえ」
「うまいねコレ」
「いえ~い」
箸でナスを持ち上げる。
果肉部分は麻婆のオレンジでほのかに色づき、暗く深い紫の皮は、その色味と対照的に眩しいツヤを放っていて、見ているだけで美味しさへの期待が高まっていく。
加えて目の前の品は麻婆「茄子」であるのにも関わらず豆腐をゴロゴロ含んでいた。豆腐ときゅうりが好きだと言った僕の好みが反映されているのだろう。個人的に嬉しいポイントだ。
真っ白だったはずの豆腐もうっすらと橙色に染まっている。それは味がしっかり染み込んでいる証拠。
白米に乗せる。粒と粒の間を走る麻婆のオレンジはめぐる血液を彷彿とさせる。
掬って、食べる。
「料理長」
「んぬ……ごくんっ。はいっ、なんでしょーか」
辛味が、いの一番に舌とぶつかる。それによって、味蕾は自然と麻婆の味にフォーカスを当てる。
厳密には辛味は痛みだと聞く。だのにフォーカスは痛みの奥深くを探ろう探ろうとして止まらない。
痛いな辛いなと、さんざん味覚をいじめ抜いた先にあるものとは。
「はははっ、やるねー!」
「えっへんっ、キョーシュクです」
果たして、挽き肉の旨味、豆腐のさわやかな風味。ピーマンの苦味、ナスの甘味……ッ!
僕は親指を立てた。ささやかな膨らみの胸を張りつつ日乃実ちゃんはドヤ顔を披露。
そういえば、彼女が手料理を褒められたときドヤ顔になるのは、決まって照れ隠しのためらしい。
ミツコ先生や他の体験生に褒められたときは普通に照れ顔で頭を搔いていたので、今日気づいた。
ドヤ顔は僕と、おそらく彼女の両親にのみ見せているのだと思う。
「な、なにナニシンタロー、じっと見つめたりして」
「いやぁ得意げな顔だなぁと思って」
「得意げにもなるよー。褒めるときのシンタローって、けっこー口が上手いんだよっ」
「まあたしかに、仕事柄コミュニケーション多いから」
あれだけあった麻婆茄子の器と白米のどんぶりも、話しつつ食べていればあっという間に空になった。
豚汁も優しい口当たりだし、久々にサラダなどというちゃんとした料理の形で食べる野菜も、やや不健康な食習慣を経た身体には沁みるようだった。
「ふぃー……ごちそうさん」
美味しいとかそういうの通り越して、今日のはなんだか無性に有り難かった。
僕好みの麻婆茄子(豆腐プラス)。これまた飲みやすさ抜群な塩分優し目の豚汁。
僕に好みと身体に合わせてくれた、目の前の料理たち。
これらを作り出すのに必要なのは、やはり日乃実ちゃんから僕への愛……いやいや、愛とは言わないまでも思いやり的なモノが必須だろう。きっと。
(日乃実ちゃんが言うところの、愛=徳枝さんの言う『正しい素質』っていう考えはあながち間違いじゃないのかもしれない)
あくまで、かもしれない、だけど。
日乃実ちゃんの洗い物の邪魔にならないよう、そっとした動作で最後の食器をシンクに置いた。
「シンタロー、いま何考えてたっ?」
僕の思案を察してか、あるいは普段の気まぐれか、背中から日乃実ちゃんの声が尋ねてきた。
振り向くが、普段ならぶつかる彼女の視線は洗い物のどんぶりに落とされたままだった。
「何を……って?」
「昨日もそうだったけど、シンタローが黙ってるときってだいたい眉間がしわっしわなのっ。気づいてる?」
僕が使ったどんぶりは彼女にささっと洗われた。中学生らしからぬ、すでに母親のような手慣れ具合だ。
「なんか悩んでるかなーと思ってハナシを振ってみるんだけどさー、そーいうときに限っていっつも調子軽いから訊くに訊けないんだよねっ」
「……ひょっとして、いま以外にもそんなことがあったりする?」
「それ気になる? 気になるってことは――」
日乃実ちゃんは最後の食器に手をかけた。
「――やっぱり心当たりがあるっぽいよねっ……私に隠してる悩み? みたいな」
「え、そうなの? なんで?」
その一幕に、日乃実ちゃんの疑問符が添えられる。
「現場取材が入っててさ。こればっかりは行かないわけにはいかないんだ」
世間はゴールデンウィークとはいえ、仕事がずっとないわけではない。というか、日乃実ちゃんが来てからも記事作成は続いていた。
が、部屋でこなせる仕事があらかた片付けば、また記事のネタを探しに外へ出向かなければならなくなる。
明日がそうだ。
「ってことで明日の実習にはついて行けないんだけど……」
「ん、りょーかいだよっ」
「悪いね」
「いえいえ」
「うまいねコレ」
「いえ~い」
箸でナスを持ち上げる。
果肉部分は麻婆のオレンジでほのかに色づき、暗く深い紫の皮は、その色味と対照的に眩しいツヤを放っていて、見ているだけで美味しさへの期待が高まっていく。
加えて目の前の品は麻婆「茄子」であるのにも関わらず豆腐をゴロゴロ含んでいた。豆腐ときゅうりが好きだと言った僕の好みが反映されているのだろう。個人的に嬉しいポイントだ。
真っ白だったはずの豆腐もうっすらと橙色に染まっている。それは味がしっかり染み込んでいる証拠。
白米に乗せる。粒と粒の間を走る麻婆のオレンジはめぐる血液を彷彿とさせる。
掬って、食べる。
「料理長」
「んぬ……ごくんっ。はいっ、なんでしょーか」
辛味が、いの一番に舌とぶつかる。それによって、味蕾は自然と麻婆の味にフォーカスを当てる。
厳密には辛味は痛みだと聞く。だのにフォーカスは痛みの奥深くを探ろう探ろうとして止まらない。
痛いな辛いなと、さんざん味覚をいじめ抜いた先にあるものとは。
「はははっ、やるねー!」
「えっへんっ、キョーシュクです」
果たして、挽き肉の旨味、豆腐のさわやかな風味。ピーマンの苦味、ナスの甘味……ッ!
僕は親指を立てた。ささやかな膨らみの胸を張りつつ日乃実ちゃんはドヤ顔を披露。
そういえば、彼女が手料理を褒められたときドヤ顔になるのは、決まって照れ隠しのためらしい。
ミツコ先生や他の体験生に褒められたときは普通に照れ顔で頭を搔いていたので、今日気づいた。
ドヤ顔は僕と、おそらく彼女の両親にのみ見せているのだと思う。
「な、なにナニシンタロー、じっと見つめたりして」
「いやぁ得意げな顔だなぁと思って」
「得意げにもなるよー。褒めるときのシンタローって、けっこー口が上手いんだよっ」
「まあたしかに、仕事柄コミュニケーション多いから」
あれだけあった麻婆茄子の器と白米のどんぶりも、話しつつ食べていればあっという間に空になった。
豚汁も優しい口当たりだし、久々にサラダなどというちゃんとした料理の形で食べる野菜も、やや不健康な食習慣を経た身体には沁みるようだった。
「ふぃー……ごちそうさん」
美味しいとかそういうの通り越して、今日のはなんだか無性に有り難かった。
僕好みの麻婆茄子(豆腐プラス)。これまた飲みやすさ抜群な塩分優し目の豚汁。
僕に好みと身体に合わせてくれた、目の前の料理たち。
これらを作り出すのに必要なのは、やはり日乃実ちゃんから僕への愛……いやいや、愛とは言わないまでも思いやり的なモノが必須だろう。きっと。
(日乃実ちゃんが言うところの、愛=徳枝さんの言う『正しい素質』っていう考えはあながち間違いじゃないのかもしれない)
あくまで、かもしれない、だけど。
日乃実ちゃんの洗い物の邪魔にならないよう、そっとした動作で最後の食器をシンクに置いた。
「シンタロー、いま何考えてたっ?」
僕の思案を察してか、あるいは普段の気まぐれか、背中から日乃実ちゃんの声が尋ねてきた。
振り向くが、普段ならぶつかる彼女の視線は洗い物のどんぶりに落とされたままだった。
「何を……って?」
「昨日もそうだったけど、シンタローが黙ってるときってだいたい眉間がしわっしわなのっ。気づいてる?」
僕が使ったどんぶりは彼女にささっと洗われた。中学生らしからぬ、すでに母親のような手慣れ具合だ。
「なんか悩んでるかなーと思ってハナシを振ってみるんだけどさー、そーいうときに限っていっつも調子軽いから訊くに訊けないんだよねっ」
「……ひょっとして、いま以外にもそんなことがあったりする?」
「それ気になる? 気になるってことは――」
日乃実ちゃんは最後の食器に手をかけた。
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