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二日目
第7話 二日目 2/4
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「すごかったわねぇ日乃実ちゃんのチャーハン。他の体験生まで食べたいって言い出して、稀にみる大盛況でしたわぁ」
「そんな、ミツコセンセ、褒めすぎだってぇえへ、えへ、えへへへ~」
辛うじて謙遜しているが、口元は照れで緩みまくっている。あれだけ評判良かったんだ、浮かれるのも当然か。
「では、時間通りに始めちゃいましょうねぇ。振り返りや質疑応答の時間なのですけれども、日乃実ちゃんはどうでしょう? 進学するにあたって、何かご不安だったりご質問だったりありまして?」
日乃実ちゃんが料理の手腕を大いに発揮した実習も終わり、今はオープンキャンパス最後のプログラムである質問タイム。
コンロやシンクがあり調理師科然とした実習室とはうって変わり、学科説明会で利用したあの質素で大きい講義室に戻って来た。
「う~ん……私はダイジョーブっ。です」
「なら僕から。いくつか訊いておきたいことが」
個人的な相談などが気兼ねなくできるタイミングは僕にとってここしかない。
『専門学校の闇』と銘打たれる記事が世の中にはしばしば出回る。
日乃実ちゃんが闇に吞まれるその前に、僕が訊かなくては。
授業内容についていける学生がどんな生活をしているのか、また優秀な学生のうち素人で入学した生徒の割合は?
それから万が一のために休学のしやすさを。女子ならではの苦しみもあるだろうし、男女比も把握したい。
卒業生の進路の内訳を訊く。入学したうち何%が退学したのかなどもしつこく訊く。
最後に、入学後に日乃実ちゃんがつらい目に遭ったときの最終手段として、普通科への転学の仕組みについても訊いた。
「シンタロー、訊くことぜ~んぶ後ろ向きだね。それじゃ辞めること前提みたいじゃん」
「日乃実ちゃんはあれだけ腕を振るって美味しいチャーハン作ってましたのに、ねぇ」
「ほんとにねー」
指摘された通り、やれ休学だの退学転学だのと、たしかに話題は消極的だ。
「まぁまぁ、必要なことじゃないか。技術的なコトは僕じゃ何とも言えないけど、いざ入学したらそれ以外で躓くこともあるだろうし」
例えば男女比。一日見たところ、この調理師科には女子が少ないらしい。
勉強しに来てるのだから別に関係ないだろうと思われるかもしれないが、教え合える友人なんかは多い方が良いだろう。
さらに、日乃実ちゃんは普段からコミュニケーションが多い。しかしさしもの彼女でも、周りに女子はおらず男子だけとなれば話し相手不足で寂しさのあまり死んでしまうかもしれない。
これについては、
「勉強内容の共有や友人間での教え合いは、技能習得にはたしかに大事になりますわね」
「それだったら男子に聞けばいーじゃんっ!」
とのことなので僕も納得した。傍目にも日乃実ちゃんは可愛いからな、こんな美少女に教えてと頼まれて断れる男子はそういない。納得。
「ただ、ワタクシは非常勤講師でしてね、退学率とかは把握できてませんの。それと休学なんかの制度や仕組みのハナシは常勤職員でないと……――――あら、そうだわ」
「? ミツコセンセ?」
ミツコ先生は手をポンと打った。
「明日から日乃実ちゃんの担当になる人をお連れしますわね。在校生だけどあの子、学校側の制度についても詳しいのよ~。この学科でいろいろ大変な思いもしたみたいなの」
待っていてくださいなと席を立ち、件の人を呼びに行ってしまった。
「シンタロー、明日からの人だって。もちろん、実践コースに上げてもらえたのは嬉しいんだけどっ、やっぱりミツコセンセじゃなくなっちゃうのかなっ?」
「そうだな、そうおっしゃってたな」
実習後、日乃実ちゃんは腕を見込まれて体験生の中でもより上のコースの授業を受けさせてもらえることになっていた。
「どんな人だと思うっ!? 私はそうだねー、どんな人ならいいかな~?」
「歳はそんなに離れてないんじゃないか? 在校生って言ってたから」
そう、在校生。
ここでの学生生活を実際に過ごしているのだから、ひょっとすると講師陣より生々しいかもしれない。僕は期待してその人を待った。
声は僕らの少し後ろから聞こえて来る。
「お待たせしました、徳枝と申します」
少々冷たさすら感じる、落ち着いた男の声。
見れば黒無地のTシャツに、これまた黒いサングラスを胸ポケットに引っ掛け、カーゴパンツ――で合ってるだろうか、自信ない――を穿いた男性が立っていた。
最も目を引くのはその頭だ。一切の頭髪もないスキンヘッドの徳枝という男を、隣でごく小さな声が、
「か……カオ怖っ」
と評するのが聞こえた。
顔つきは場数を踏んだように精悍、しかし服装から滲む若干の若者らしさが徳枝さんを大学生たらしめている。
徳枝さんは何かの見間違いみたいに目立つスキンヘッドを下げてカッチリ一礼した後、担当の人が座るであろう席に座した。
「明日からの実習は自分が担当させていただきます。さて、そちら様はいくつか質問がおありだと……」
ミツコ先生が答えあぐねた質問を、僕はそのまま一通り口にした。
すると徳枝さんは一通り教えてくれた。説明はあまりにも淀みなく進むので、いかつい見た目も相まって本当に学生か? ほんとは教員なんじゃないのかといつの間にか勘繰ってしまう。
「自分にも休学や転学を考えた時期がありますので」
僕の怪訝が漏れ出ていたのか、説明の最後にサラッと付け加えられたその文言には、しかしサラッとは流しがたい重みがあった。やはり場数を踏んでいるな。
「質問の傾向から察するに、島さんはどうも計屋君の進学には懸念があるようですね」
「それはまぁ高専に入ったとなれば、就職口の狭さとか授業のペースが早いとか、いろいろと大変だろう、と……」
あごひげに手を添える僕の話に、徳枝さんは一つ頷く。
「明日になれば全て判明しますよ。はたして計屋君がウチへ来るべきか、来ないべきか」
「……マジですか?」
マジ、なんて言葉で聞き返したのは日乃実ちゃん、ではなく僕。
背中を押すべきか、止めるべきか。僕が途方もなく悩む問いに対して、徳枝さんは当然のことのように言いきる。マジか。
「判断基準は単純ですから」
マジです。とやはり自信ありな断言。僕はひとまず話は呑み込んでおく。
「それならっ」
これまで黙っていた日乃実ちゃんが唐突に声を上げた。
「その判断基準っていうの、いま教えてくださいなっ。私、調理師になりたいんですっ」
正直僕も気になっていたが、教えてくれる流れではないだろう、と訊くに訊けなかった。さすが積極性主体性◎の子は違う。
「料理が好きかどうかですよ」
いや言う流れかい。
「はいっもう大好きですっ!」
「そりゃあ日乃実ちゃんそうだろうさなぁ」
僕は素直に首肯したが、徳枝さんは否定も肯定もしない。
「……先ほど言いましたが、それは明日の実習で初めて判明することです。計屋君が料理を好きか、否か」
「つまりお料理への愛は、お料理の出来具合で示せ、ってこと? あえっと、ことですかっ?」
日乃実ちゃんの中で何かが琴線に触れたのだろう、彼女はなかなかに食い下がった。あと敬語。
「それもあります。が、料理は味が全てだ、とは思わないことです」
「それって……!」
心? 愛情とか? 机に身を乗り出し興奮気味な日乃実ちゃんを見ていると、僕の頭にそんなワードが浮かんでくる。
柔らかく温かいそんな言葉の数々に対して、しかし徳枝さんの表情は固く冷たい。
「明日の実習で答え合わせをしましょう。楽しみにしていますよ。味ともう一つ、正しい素質が計屋君に有るのか、無いのか」
成果物の味と、あとは何を見られるのだろうか。結局そこは伏せられてしまった。
「他に質問など無ければ終わりにしようと思いますが、どうでしょう?」
とのことなので、
「じゃ私から。とっきー先輩はなんで私のこと君付けなの? ……じゃなくて、なのですか?」
「男女問わず君付けで呼びます」
とのことなので、こうして僕らはオープンキャンパス初日を終えた。
「正しい素質、ねぇ」
日乃実ちゃんが調理師科に進むべきか、彼女が調理師に相応しいかなど、それらに近しい質問に徳枝さんは最後まで否定も肯定もしなかった。
「調理の腕と成果物次第、ということなのだろうか?」
他の体験生たちがまばらに帰りだす中、僕たちも徳枝さんに挨拶をして、やがて校舎の自動ドアをくぐって外へ出た。
「んぅおぉ~~……ぷはぁー」
張り詰めた気を吐息とともに解放、夕方と言うにはまだ明るい五月の日差しを一身に受けて体を伸ばすのは日乃実ちゃん。
その様子はさながら日向ぼっこの猫だな、と僕は勝手に微笑ましくなる。
これで僕たちの今日の予定は終わりだ。あとは部屋に帰るのみだが、ついでに買い物を済ますべくスーパーに寄り道したいとのことなので、僕も荷物持ちとしてついていく。
日乃実ちゃんがネギやナスを吟味する間、僕は考える。
徳枝さんが、明日にわかると言っていた『正しい素質』とやらのこと。
「日乃実ちゃんは何か言いたげだったよね、あのとき」
徳枝さんのあれは一体、何を指した言葉なのか。やがて陳列棚の野菜から顔を上げた日乃実ちゃんに問いかけてみる。
「むふふぅ~それはズバリぃ……愛だよ、あいっ!」
うおっ、まぶしっ。今回も選りすぐられたであろう、これまたツヤの眩しいナスを僕の眼前に掲げ、彼女はズバッと解答。
しかし徳枝さんの、あのコワモテの恐い口から果たして愛情なんて答えが出てくるのだろうか。
いや、少し語弊があるな。顔は生まれつきだとしても、表情が優しくないというか、何というか。
「愛情っていうには、ちょっと顔つきが険しすぎる……ような?」
疑問はうやむやなまま買い物は終わり、部屋に帰り着いた。
僕はまず、個人的に買い足した豆腐ときゅうりを野菜室にしまう。ナスは今日の晩ご飯らしいので台所へ。
食材の整理を終えた僕は仕事関連で書斎へ、日乃実ちゃんは晩ご飯の準備へ各々動き出す。
しばらくして日乃実ちゃんの鼻唄が僕の鼓膜をささやかに震わせてきた。
「そんな、ミツコセンセ、褒めすぎだってぇえへ、えへ、えへへへ~」
辛うじて謙遜しているが、口元は照れで緩みまくっている。あれだけ評判良かったんだ、浮かれるのも当然か。
「では、時間通りに始めちゃいましょうねぇ。振り返りや質疑応答の時間なのですけれども、日乃実ちゃんはどうでしょう? 進学するにあたって、何かご不安だったりご質問だったりありまして?」
日乃実ちゃんが料理の手腕を大いに発揮した実習も終わり、今はオープンキャンパス最後のプログラムである質問タイム。
コンロやシンクがあり調理師科然とした実習室とはうって変わり、学科説明会で利用したあの質素で大きい講義室に戻って来た。
「う~ん……私はダイジョーブっ。です」
「なら僕から。いくつか訊いておきたいことが」
個人的な相談などが気兼ねなくできるタイミングは僕にとってここしかない。
『専門学校の闇』と銘打たれる記事が世の中にはしばしば出回る。
日乃実ちゃんが闇に吞まれるその前に、僕が訊かなくては。
授業内容についていける学生がどんな生活をしているのか、また優秀な学生のうち素人で入学した生徒の割合は?
それから万が一のために休学のしやすさを。女子ならではの苦しみもあるだろうし、男女比も把握したい。
卒業生の進路の内訳を訊く。入学したうち何%が退学したのかなどもしつこく訊く。
最後に、入学後に日乃実ちゃんがつらい目に遭ったときの最終手段として、普通科への転学の仕組みについても訊いた。
「シンタロー、訊くことぜ~んぶ後ろ向きだね。それじゃ辞めること前提みたいじゃん」
「日乃実ちゃんはあれだけ腕を振るって美味しいチャーハン作ってましたのに、ねぇ」
「ほんとにねー」
指摘された通り、やれ休学だの退学転学だのと、たしかに話題は消極的だ。
「まぁまぁ、必要なことじゃないか。技術的なコトは僕じゃ何とも言えないけど、いざ入学したらそれ以外で躓くこともあるだろうし」
例えば男女比。一日見たところ、この調理師科には女子が少ないらしい。
勉強しに来てるのだから別に関係ないだろうと思われるかもしれないが、教え合える友人なんかは多い方が良いだろう。
さらに、日乃実ちゃんは普段からコミュニケーションが多い。しかしさしもの彼女でも、周りに女子はおらず男子だけとなれば話し相手不足で寂しさのあまり死んでしまうかもしれない。
これについては、
「勉強内容の共有や友人間での教え合いは、技能習得にはたしかに大事になりますわね」
「それだったら男子に聞けばいーじゃんっ!」
とのことなので僕も納得した。傍目にも日乃実ちゃんは可愛いからな、こんな美少女に教えてと頼まれて断れる男子はそういない。納得。
「ただ、ワタクシは非常勤講師でしてね、退学率とかは把握できてませんの。それと休学なんかの制度や仕組みのハナシは常勤職員でないと……――――あら、そうだわ」
「? ミツコセンセ?」
ミツコ先生は手をポンと打った。
「明日から日乃実ちゃんの担当になる人をお連れしますわね。在校生だけどあの子、学校側の制度についても詳しいのよ~。この学科でいろいろ大変な思いもしたみたいなの」
待っていてくださいなと席を立ち、件の人を呼びに行ってしまった。
「シンタロー、明日からの人だって。もちろん、実践コースに上げてもらえたのは嬉しいんだけどっ、やっぱりミツコセンセじゃなくなっちゃうのかなっ?」
「そうだな、そうおっしゃってたな」
実習後、日乃実ちゃんは腕を見込まれて体験生の中でもより上のコースの授業を受けさせてもらえることになっていた。
「どんな人だと思うっ!? 私はそうだねー、どんな人ならいいかな~?」
「歳はそんなに離れてないんじゃないか? 在校生って言ってたから」
そう、在校生。
ここでの学生生活を実際に過ごしているのだから、ひょっとすると講師陣より生々しいかもしれない。僕は期待してその人を待った。
声は僕らの少し後ろから聞こえて来る。
「お待たせしました、徳枝と申します」
少々冷たさすら感じる、落ち着いた男の声。
見れば黒無地のTシャツに、これまた黒いサングラスを胸ポケットに引っ掛け、カーゴパンツ――で合ってるだろうか、自信ない――を穿いた男性が立っていた。
最も目を引くのはその頭だ。一切の頭髪もないスキンヘッドの徳枝という男を、隣でごく小さな声が、
「か……カオ怖っ」
と評するのが聞こえた。
顔つきは場数を踏んだように精悍、しかし服装から滲む若干の若者らしさが徳枝さんを大学生たらしめている。
徳枝さんは何かの見間違いみたいに目立つスキンヘッドを下げてカッチリ一礼した後、担当の人が座るであろう席に座した。
「明日からの実習は自分が担当させていただきます。さて、そちら様はいくつか質問がおありだと……」
ミツコ先生が答えあぐねた質問を、僕はそのまま一通り口にした。
すると徳枝さんは一通り教えてくれた。説明はあまりにも淀みなく進むので、いかつい見た目も相まって本当に学生か? ほんとは教員なんじゃないのかといつの間にか勘繰ってしまう。
「自分にも休学や転学を考えた時期がありますので」
僕の怪訝が漏れ出ていたのか、説明の最後にサラッと付け加えられたその文言には、しかしサラッとは流しがたい重みがあった。やはり場数を踏んでいるな。
「質問の傾向から察するに、島さんはどうも計屋君の進学には懸念があるようですね」
「それはまぁ高専に入ったとなれば、就職口の狭さとか授業のペースが早いとか、いろいろと大変だろう、と……」
あごひげに手を添える僕の話に、徳枝さんは一つ頷く。
「明日になれば全て判明しますよ。はたして計屋君がウチへ来るべきか、来ないべきか」
「……マジですか?」
マジ、なんて言葉で聞き返したのは日乃実ちゃん、ではなく僕。
背中を押すべきか、止めるべきか。僕が途方もなく悩む問いに対して、徳枝さんは当然のことのように言いきる。マジか。
「判断基準は単純ですから」
マジです。とやはり自信ありな断言。僕はひとまず話は呑み込んでおく。
「それならっ」
これまで黙っていた日乃実ちゃんが唐突に声を上げた。
「その判断基準っていうの、いま教えてくださいなっ。私、調理師になりたいんですっ」
正直僕も気になっていたが、教えてくれる流れではないだろう、と訊くに訊けなかった。さすが積極性主体性◎の子は違う。
「料理が好きかどうかですよ」
いや言う流れかい。
「はいっもう大好きですっ!」
「そりゃあ日乃実ちゃんそうだろうさなぁ」
僕は素直に首肯したが、徳枝さんは否定も肯定もしない。
「……先ほど言いましたが、それは明日の実習で初めて判明することです。計屋君が料理を好きか、否か」
「つまりお料理への愛は、お料理の出来具合で示せ、ってこと? あえっと、ことですかっ?」
日乃実ちゃんの中で何かが琴線に触れたのだろう、彼女はなかなかに食い下がった。あと敬語。
「それもあります。が、料理は味が全てだ、とは思わないことです」
「それって……!」
心? 愛情とか? 机に身を乗り出し興奮気味な日乃実ちゃんを見ていると、僕の頭にそんなワードが浮かんでくる。
柔らかく温かいそんな言葉の数々に対して、しかし徳枝さんの表情は固く冷たい。
「明日の実習で答え合わせをしましょう。楽しみにしていますよ。味ともう一つ、正しい素質が計屋君に有るのか、無いのか」
成果物の味と、あとは何を見られるのだろうか。結局そこは伏せられてしまった。
「他に質問など無ければ終わりにしようと思いますが、どうでしょう?」
とのことなので、
「じゃ私から。とっきー先輩はなんで私のこと君付けなの? ……じゃなくて、なのですか?」
「男女問わず君付けで呼びます」
とのことなので、こうして僕らはオープンキャンパス初日を終えた。
「正しい素質、ねぇ」
日乃実ちゃんが調理師科に進むべきか、彼女が調理師に相応しいかなど、それらに近しい質問に徳枝さんは最後まで否定も肯定もしなかった。
「調理の腕と成果物次第、ということなのだろうか?」
他の体験生たちがまばらに帰りだす中、僕たちも徳枝さんに挨拶をして、やがて校舎の自動ドアをくぐって外へ出た。
「んぅおぉ~~……ぷはぁー」
張り詰めた気を吐息とともに解放、夕方と言うにはまだ明るい五月の日差しを一身に受けて体を伸ばすのは日乃実ちゃん。
その様子はさながら日向ぼっこの猫だな、と僕は勝手に微笑ましくなる。
これで僕たちの今日の予定は終わりだ。あとは部屋に帰るのみだが、ついでに買い物を済ますべくスーパーに寄り道したいとのことなので、僕も荷物持ちとしてついていく。
日乃実ちゃんがネギやナスを吟味する間、僕は考える。
徳枝さんが、明日にわかると言っていた『正しい素質』とやらのこと。
「日乃実ちゃんは何か言いたげだったよね、あのとき」
徳枝さんのあれは一体、何を指した言葉なのか。やがて陳列棚の野菜から顔を上げた日乃実ちゃんに問いかけてみる。
「むふふぅ~それはズバリぃ……愛だよ、あいっ!」
うおっ、まぶしっ。今回も選りすぐられたであろう、これまたツヤの眩しいナスを僕の眼前に掲げ、彼女はズバッと解答。
しかし徳枝さんの、あのコワモテの恐い口から果たして愛情なんて答えが出てくるのだろうか。
いや、少し語弊があるな。顔は生まれつきだとしても、表情が優しくないというか、何というか。
「愛情っていうには、ちょっと顔つきが険しすぎる……ような?」
疑問はうやむやなまま買い物は終わり、部屋に帰り着いた。
僕はまず、個人的に買い足した豆腐ときゅうりを野菜室にしまう。ナスは今日の晩ご飯らしいので台所へ。
食材の整理を終えた僕は仕事関連で書斎へ、日乃実ちゃんは晩ご飯の準備へ各々動き出す。
しばらくして日乃実ちゃんの鼻唄が僕の鼓膜をささやかに震わせてきた。
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