アイの間

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「ったく。まーた、こんなニュースばっか。全く、イイご時世だこと…」
今日の朝も、マミさんの呟きから始まる。
「何々?どれのこと?」
ネクタイを締めながら、タミ君が問いかける。

「えー?身内問題、金関係、信じられないような事件、その他諸々のオジ様たちの嘆きのお言葉、とか?」
「まぁ、いつも通りってことですかね?」
微笑んで、僕を見ると席に着くタミ君。
マミさんもニッコリと笑った。
視線は動いていないけれど。

「慣れてしまえば、これ平和ナリってね。そういや雪、プリントに雑巾って書いてあったと思うけど、持った?」
会話の途中なのに、急に僕に問いかける彼女。
毎朝、2人の会話やりとりを聞くだけの僕を、こうやって自分達の輪の中に入れたがるんだから。

僕も慣れたように、特に慌てることもなく口の中のトーストを飲み込む。
「持ったよ」
僕の返事に頷くマミさん。
「そ。健康カードは?」
答える前に小さな溜め息を漏らすのは、仕方ないだろう。
「…持った」

「ハンカチと…」
「大丈夫」
マミさんの考える言葉を遮って返答する。
「あのねマミさん。僕はもう14だから。自分のことくらい、自分で出来るよ?…それに、話しかけるならまず雑誌そこから目離そ?読むか聞くか話すか、どれかに決めたら?」

僕の言葉にタミ君はクスクス笑う。
全く僕に干渉してこようとしないこの態度。
僕に言われて、マミさんはやっと気付いたように顔を上げる。

「あ、ごめんごめん。雪、おはよう。今日も可愛いわね?」
顔を上げて僕の顔を見るなり、そんなことを言う。
本日の初対面を果たしても、いつもと同じケロリとした表情かお
「いつものことじゃない?何を今更、ねぇ?」

そして、それは振られた方も同じなのだろう。
「まぁ、いつも通りですかね?雪は本当に、僕らに似ないでしっかりしてる。上手上手」
のんびりと返すタミ君。
これだもの。

「上手って…」
止まったまま手に持つトーストに気付き、また口に運ぶ。
もう、いつもこの調子だ。
この2人はちっとも真剣じゃない。
そして、その真剣じゃない2人が僕の両親だと言う現実。

思春期の息子がいるっていうこと、思春期が、反抗期がどういうものかっていうことを、2人はちゃんと分かってるのかな?
そもそも、この2人にそんな時代があったのか。
純粋に疑問。

何で僕がそんなことを考えないといけないのか。
少し複雑な気分になる。
「雪。そのまま大きくなるんだぞ?」
「はいはい…」
マミさんの言葉を、そっと受け流す。

『返事はハイでしょ?』
そんな言葉を期待している僕。
なのに返事があったただけで、満足そうにコーヒーを飲む彼女。
その正面で、うんうんと頷いて『いただきます』と手を合わせるタミ君。

お年頃の息子に、それなりに関心・干渉を持つのが親だろう。
ましてや、1人息子なら口うるさくなるのが親と言う生き物ではないのか。
特に母親は。
だが、仕方ない。

この人達には、世間一般に当てはまるようなものが、大量に抜け落ちているのだから…。
構ってほしいわけじゃない。
クラスメイトの、『家のババアが!』『あいつ、マジでうぜぇな』『ほんと、いつまでもうるせーんだよ!』という挨拶代わりの母親の愚痴を言いたいわけじゃない。

そういうことじゃない。
構われて、過干渉されることを望んでいるわけじゃない。
だけど、ほんの少しだけ。
本当に微かに感じる『良いなぁ』と羨む感情。

僕に関心がないわけじゃない。
興味がないわけじゃない。
むしろ、僕の意思をちゃんと尊重してくれる。

とても、大事にしてくれる。
2人の子どもである僕を。
毎日、『可愛い』と『好き』と大袈裟に言ってくれる。
だけど、僕の行動や発言にはあまり触れない。

だから、釈然としない毎日。
それはこの2人を嫌いになれない僕がここにいるからだろう。
良い歳をして、両親が嫌いになれない僕。
嫌いになる理由も、思う気持ちも湧かない。

2人の中に、僕はいるの?

これがいわゆる思春期だというのだろうか?
だとしたら、恥ずかしい。
思春期真っ只中の自分が、まるで小さい子どものように感じてしまう。

だけど、そんなことを口にすれば、きっとこの2人は大喜びだろう。
そう思ってしまうのは、この家庭がおかしいと流石に僕も気付いてしまったから。
世間一般で言う所の、僕も思春期の中学生に当てはまっていないことに。

だけど、そろそろ僕にきちんと向き合ってくれないかな?
この2人が両親なのは、僕にとって幸か不幸か。
考えても仕方ないことを、トーストと一緒に飲み込んだ。

朝食を食べ終え、食器を手に立ち上がる。
「雪、いつもありがとね?本当にイイ子」
マミさんの言葉に、曖昧に頷いてシンクに食器を片付ける。
そろそろ、登校準備をしないと。

ブレザーを手に取り、荷物のことを思い浮かべる。
朝に、準備したばかりだから健康カードも、雑巾もあることを知ってる。
さっき返事したように、ハンカチもしっかりポケットにあることを確認する。
ちゃんと答えたくせに、学校で忘れ物に気付いたら帰って来てからそれこそ笑い物になってしまう。

僕が動いたことで、2人も動き始める。
タミ君はゆっくりしているのに、ごはんを食べるのが早い。
マミさんは朝はほぼコーヒーのみ。
だから、僕がシンクに食器を置いたことで動き出す。

1つの合図のように。
マミさんは、自分のカップとタミ君の食器を持ってシンクに行き、洗い物を片付ける。
タミ君は、洗面台で歯を磨いている。
本当は、僕もした方が良いのだろう。

だけど、口を漱ぐだけにする。
まるで反抗するように。
2人は各々の出勤準備をして、玄関で再度合流する。

その動きを目で追い、僕も結局同じ時間に家を出ることになったことを反省する。
先に出ちゃえば良かった。
そんなことをこっそりと思ってしまう。
毎朝の儀式があることを、今思い出したから。

「じゃ、タミ君愛してる」
「うん、マミさん愛してるよ」
「「雪、愛してる」」

お互いのラブコールの後、2人で僕に向き直る。
玄関で佇む、何とも言えない僕。
「…アイシテル。行って来ます」
ぼそぼそと言い、2人の間をすり抜ける。
視界の端に映る2人が、満面の笑みを浮かべているのが分かった。

棒読みだろうが、素っ気なかろうが口に出せば玄関ここから出してくれる。
言わないという選択がない。
だって、言わないとチューとかハグとかしつこいから。
朝から疲れる、毎朝のギシキだ。

速足で歩いていたけれど、数回角を曲がったことでホッとして歩く速度をいつも通りにする。
“愛なんて、どこにあるのか”
歩きながら、1人で呟く。
回りに誰もいないことを確認して、再度ホッとする。

3日前、僕は振られた。
多分、好きだった子に。
何故多分なのかというと、その子と一緒になると落ち着かなくなったから。
その子のことを考えると、僕の中がそわそわしてどこか心地良くなる気がしたから。

その子を見ると、その他大勢には感じない、懐かしさにも似たドキドキを感じたから、だ。
でも、振られた。
理由は簡単だ。
その子にも、他に好きな人がいたから。

それは、愛なのか?

考えるのを止め、速く歩くことに意識を向ける。
もうすぐ文化祭を迎える学校は、僕の気持ちに反して朝から賑やかで楽しそうな雰囲気だった。
「よーっす!雪。今日も、良い天気だな?」
靴を履き替えていると、僕の友達のかおるが声をかけてきた。

「くもりなのに?」
「晴れてないと、『良い天気』って言っちゃいけないのか?くもりくらいが丁度良いだろ?」
僕の言葉に3倍くらいの返事をして、芳も靴を脱いだ。
「何だかんだで、くもりの方が過ごしやすいしな?」
「それはそうだけど…」
言いながら、芳の手に持つ雑誌に目が向く。

『宇宙の神秘』という嘘くさそうな雑誌。
もう2週間くらい、こんな感じだ。
「未知数ゲージは、もう満たされた?」

気にしてしまったので、つい聞いてしまう。
なのに、芳は全て分かっているよくぞ聞いてくれましたという様子で大きく頷いた。
毎朝同じことを聞く僕。
「いんにゃ、またこれが奥が深い。中々、奥が深いんだ!お前もそう思うだろ?」

宇宙のことで同意を求められても、どう返せば良いのか。
「そっか…」
これにも曖昧に頷いた。
芳は何でも、“マイブーム”の男だ。
この前は、『流通の仕組み』に興味があって、その前は『原人と猿人』。

全てのブームにおいて脈絡はない。
いつの間にか、『すごいと思わないか?』と言い新しい何かに没頭している。
「な?俺さ、文化祭でチャネリングやろうかと思ってるんだけど」

ワクワクする表情は、どこかあの2人を彷彿とさせる。
楽しいこと、面白いことに忠実な人種なのだろう。
思わずため息を付いてしまった。
あの2人の前では遠慮してしまうけれど、芳の前では平気に出来る。

「…良いんじゃないかな?その勇気は買うよ。でもさ、文化祭のエントリーは流通の方じゃなかったっけ?」
「別に良いだろ?流通にも、宇宙の波動が影響してって、説明すりゃいけんだろ?」
芳の自信満々の返答に、もう1度聞こえるように溜め息を付く。
それは、いわゆる詐欺というのになるんじゃないかな?
エントリーした学習発表展示と、いざ行う実演発表が異なっていたら生徒会もビックリするだろう。

「通れば良いね…。そもそもこの時期に、何もしていないの、芳だけだと思うけど?」
クラスでの模擬店や、各々で担当する発表がある生徒はもうポスターや展示のための模造紙やら模型などを形にしている。

だけど、芳は割り当てられた教室のスペースに何も準備していない。
昨日も一緒に見に行ったので、それは分かってる。
「大丈夫、俺の実力はこんなもんじゃないから。それに、生徒会だって今はどこも忙しいから、俺のこんな小さな発表に一々目くじら立てないだろ?」

「そっか。じゃあ、うまくいくんじゃないかな?」
「何だよ?朝から素っ気ないなー。もっと食い付けよ?そういやお前んとこ、親来るの?」
急な話題に、僕は少しだけげんなりする。
家を出てから、折角考えないようにしていたのに。

「…あー、どうだろ?」
「来るだろ?雪大好きファミリーなんだから。てか、来てくれ頼む!」
芳の真剣な言い方に、首を傾げる。
「何で?」

「いや、いると楽しいし。客寄せしなくても、盛り上げてやってくれそうだから」
芳のあまりにも他人任せな発言に呆れる。
「…人んちの親、サクラに使わないでくれる?」
僕の釘差しにも、芳は気にしていないように笑った。

ある意味、こいつもあの2人と一緒だ。
根本が同じなんだろう。
基本的に、僕の意見を聞いていない。

僕がどんなに呆れたって、芳はいつも通りだった。
「あれ、あそこにいるのって?」
何かに気付いたように指を前に向ける。
芳は、僕の態度に構わずもう別の話題に移っていた。

芳が指差したのは、前を歩く生徒だった。
そこには、川野がいた。
クラスメイトで、特に目立つこともない僕と同じように静かな女の子。
僕が告白して振られた相手の子だった。

僕が告白したことを芳は知っている。
勿論、振られたことも。
芳は知っていて川野を指差したようだけど、それで僕がどうするわけでもない。
変わらず、ドキドキはするけれど…。
もう告白する前のような気持ちではない。

もう、終わったことなのだから。
「だから、何?」
聞き返すと、芳は珍しく言いずらそうに顎をかいている。
「いや、いるなーって思ったから言っただけ」

何だそれ。
本当に、思いついたことをそのまま口にするんだから。
呆れる僕に『そうそう』と芳は構わず話を変える。

「宇宙の始まりって、意外とショボかったって知ってたかお前?」
「…何それ?」
芳の良い所は、細かいことを気にしないことだ。
話題が逸れたことで、僕も気にしないように返答する。
会話をしながら、ぼんやりと違うことを考える。

アイシテル、か。
愛って何だろう?
それを、芳に聞くのは何だか芳に悪い気がした。

芳の親は、つい最近離婚したから。
今日の献立を言うくらいの気軽さで『親がさ、離婚したんだよね』と言っていた。
驚いた僕は、しばらく言葉が出なかった。

そんな僕に笑って、『何も変わってないんだから心配すんなって』とあっさりしていた。
家庭の事情って言っていたけど、詳しいことや理由なんかは知らないままだ。
今も同じ家で一緒に暮らしている。
芳曰く、『嫌い合っての離婚じゃない』とのこと。

意味が分からない。
だけど、芳は親が離婚する前も離婚した後も変わっていない。
名字も変わっていない。

だから、僕も勝手に気にするのはやめることにした。
芳は僕の家のことを聞いても、全く態度が変わらない。
僕だったら、きっと気まずくて他の家庭の話なんて聞きたくない。
きちんと聞けないだろう。

だけど、芳は気にしていない。
きっと僕よりも、考え方が大人なんだろう。
芳の生活も何も変わっていないらしい。
芳は聞いてもいないのに、教えてくれる。

僕が気にしてしまい聞けないことでも。
芳は、すごい。
だから逆に聞けなかった。
恋愛のことも、家族のことも。
「な?ペローんって、そんな始まりあるかっての。お前もそう思うだろ?」

芳の横顔を見ながら、僕は何度目かも分からない溜め息をそっと漏らした。
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