アイの間

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リビングに行くと、そこそこ綺麗になっていてホッとした。
ただし、あくまで今朝と比べて、という条件だけど。
いつも、マミさんとタミ君が何も置かないことを心掛けているリビングは物がいっぱいだった。

床の上や部屋の端の方に、酒瓶が並んでいたり。
おもちゃ箱みたいな箱にお菓子が大量に入っていたり。
ソファの背もたれにフリースとかタオルケットみたいなものがかかっていたり。
そういうのは、もう見ないことにした。

リビングを通り、キッチンに到着する。
キッチンもいつもと比べ、何だか物が多く置いてあった。
鈴ちゃんや朋さんからの差し入れかな?

それとも、今日の夜用なのかな?
今日の夜は、もっと2人のお友達が増える。
そう言っていたから。
家でバーベキューとかするのかな?ってくらいに荷物がある。
何の準備かな?
そんな僕に構わずタミ君が、『そういえば』と口を開いた。

「川野さんは、何が好きなの?紅茶かな?それともコーヒーかな?」
タミ君の声に、首を傾げる。
いつもよりも近い距離のタミ君と視線を合わせたまま。
本当に抱っこされたままの僕。
もう降ろしてとは思わないし、何となく言わない。
だって、タミ君の気が済むまで絶対にこのままだって思えるから。

タミ君の質問を考える。
川野の好きな物?
本を読んでいる姿しか僕は知らない。
「…分からない」
僕の返答に、鈴ちゃんが笑う。

「好きな子のこと、知らないの?」
「…変かな?」
「変というか、知りたいと思わないのかなって?中学生なんて、色恋沙汰がほとんどでしょ?」
鈴ちゃんの言葉に、思わず笑う。

笑った僕と反対に、朋さんは大きな溜め息をついた。
「どんな爛れた学生生活送ってんだよ?中坊だろ?」
「うるさいわね、人生1回なんだから楽しまないと損でしょ?朋君だって、人のこと言えないじゃん?高校の時、とっかえひっかえしてたくせに」

朋さんの言葉に、鈴ちゃんはそう返す。
とっかえひっかえ?
何を?
首を傾げる僕の背中を撫で、タミ君が横にいた2人に向き直る。

「困るなぁ、僕の雪にそういう話聞かせないでくれるかな?」
タミ君の言葉に、鈴ちゃんと朋さんが顔を見合わせる。
「ほんとに親馬鹿なんだから」
鈴ちゃんの言葉に、『それはそうですよ』と平然と言うタミ君。
「大事な雪だからね」

タミ君の言葉に、恥ずかしさよりも嬉しさが勝ってしまった。
僕のことを当たり前のように『大事』と言うタミ君。
「だけどな?純粋培養だけじゃ、世の中の悪意には立ち向かえないぞ?ある程度、慣らさないといけない時がくるだろ?」
朋さんの言葉は、意味が分からない。

「ほら、こんなに純真な雪なんだから、良いのか?雪が悪女に騙されても」
朋さんの声に、タミ君はクスクス笑う。
僕が?騙される?
悪女って何?

「僕らがいるから、それはないね」
「すごいね、タミ君の自信は」
鈴ちゃんの言葉に、僕もそうだと思った。
タミ君の言葉は、本当にブレないなぁ。
そんなことを思う。

「だって、僕達が見極めれば良いことだし。そもそも?雪はきっとイイ子を選ぶから」
「タミ君…、何の話?」
「雪のお嫁さんの話」
にこりと笑うタミ君。
え?お嫁さん?
急な話に、僕はきょとんとしてしまう。

「雪が選ぶ子は、きっととてもイイ子なはず。だって雪が選ぶんだからね、間違いないよ」
タミ君の言葉に、何だか勝手に感動する。
根拠もないことを、タミ君は自信満々に言っていた。
僕は、やっぱりおかしいんだろうな。

昨日から涙腺も緩くなって、教室でも泣いて。
「そういえば雪、今日泣いたの?」
不意に聞かれ、顔を覗き込まれる。
タミ君の声に、ぎゅっと口を噤む。
すると、タミ君はふわりと笑った。
「もう、隠し事が出来ないんだから、可愛いなぁ雪は」

「何で泣いたの?」
鈴ちゃんの悪気のない興味。
「何で、鈴ちゃんはそんなことを気にするの?」
なので、聞き返す。
「許せん!私の可愛い雪を泣かす奴がいるなら、見つけて落とし前つけさせないと」

「カチコミか」
朋さんの苦笑しながらの突っ込みに、鈴ちゃんが『当たり前でしょ』と腕を組む。
「まぁ、じゃあ紅茶とコーヒーを淹れて上で選んでもらおう」
タミ君は僕を抱っこしながら、キョロキョロと回りを確認する。
「朋、お湯を沸かして?」
「はいよ」
タミ君の言葉に、何の反論もなくすぐに動く朋さん。

「じゃ、私は茶葉の準備ね?」
鈴ちゃんと朋さんがてきぱきと動く。
「ありがとう」
タミ君の言葉に、2人は『どういたしまして』と言っていた。

僕はタミ君に抱っこされたままで。
タミ君は、2人を見ているだけで。
つまり、僕達親子は何もしなかった。
僕達の家なのに、お客さんにお茶の準備をしてもらうという不思議。

「じゃ僕達は、ティータイムで雪の話をしっかり聞かないとね?」
タミ君の呑気な声に、僕がはたと止まる。
え?続くの?
僕が泣いた話。
教室での出来事を?
というか、ほとんど覚えてないんだけど。

「僕、上に飲み物持って行くね?」
逃げようと思ってそう言ったのに。
「ううん、それも鈴がやってくれるから大丈夫、ね?」
タミ君の言葉に、鈴ちゃんが『お任せ!』とピースしてくれた。

すぐにお茶は準備できて、鈴ちゃんが軽やかに上に上がって行った。
「さて、じゃあ今日何があったの?」
タミ君も、純粋に気になっているみたいだった。
リビングのソファに、僕を抱っこしたままタミ君が座る。

向かい合う形と言うよりは、膝に乗せられるような形になった。
おなかに、タミ君の両手が回りがっちりと支えられた。
「えーと…」
「うん」

僕が川野に話しかけて、小林が途中で加わって、芳が混ざって…。
カオス。
何か、途中で頭が真っ白になった辺りから、僕もよく分からない。
多分、順番通りに話しても、うまく説明できない気がする。

「好きな女を守るのに、泣いたのか?」
朋さんの言葉にも曖昧に首を傾げる。
というか、それって守れてないよね?
多分だけど。

というか、守るために泣くって何だろう?
純粋に疑問。
「守るため、なのかな?」
どっちかというと、僕の感情がコントロールできなくて泣いただけのような気も…。

「何か、違う気がする」
「うん、じゃあどうしたの?」
タミ君の言葉に、やっぱり上手には言えない気がして笑ってしまった。

「何々?何の話?」
鈴ちゃんがすぐに降りて来る。
もう少し、上にいても良かったのに…。
「今日の雪の話」
「えー、私も聞きたーい」

若干、マミさんを思わせる軽さで鈴ちゃんが僕達の横のソファに座る。
朋さんは、横に置いた別のソファに座っている。
僕の前にはコーヒー牛乳、3人はコーヒーだ。
「ほら、どうしたんだって?」

朋さんの言葉に、曖昧に頷いた。
「僕が、感情的になっちゃっただけ、かな?」
結果的に、そういうことだろう。
僕が、芳と川野のことを勝手に思って、勝手に感情的になって…。
で、気付いたら泣いていた、そんな時間だったと思う。

「それで泣いたの?」
「…うん」
タミ君の言葉にこくりと頷く。
「芳がね、それでも僕にありがとうって…言ってくれて、何でか分かんないけど」

僕の言葉に朋さんが笑い、すぐ隣にいた鈴ちゃんが僕の頭を撫でてくれた。
「本当に、雪は良い子すぎ!」
鈴ちゃんの言葉に、ゆっくりと首を振る。
「鈴ちゃんの言うような、良い子じゃないよ?僕、全然」

僕の返答に、それでも鈴ちゃんはにっこりと笑う。
「私の雪が、可愛くないわけがない。良い子じゃないわけがない」
絶対の自信でそう言ってくれる。
それにも、何だかじわりとする。

「鈴、僕の大事な雪を泣かせないでくれる?」
「怒るとこそこ?」
タミ君の声は変わらず、のんびりだ。
思わずタミ君を見つめる。

「どうしたの?雪?」
「タミ君、怒ってるの?」
僕の不思議がる視線。
表情は、いつもと同じ。
なのに、怒っているの?本当に?

「怒りますよ。僕の雪を泣かせる人に」
顔を見ても、そうは見えない。
不思議なタミ君。

「こいつ、キレる時はすげー静かだぞ。覚えとけ?雪」
朋さんの声に、分からないけれど頷いておく。
タミ君が怒る所、全然想像ができないけど。
「ほら、いつだっけか?雪が急に、タミのこと『お父さん』って言った時とか?」
朋さんが思い出したように、そう問いかける?

そんなことあったっけ?
思い出せない僕に、鈴ちゃんとタミ君が『あー』と言っている。
ということは、実際にあったんだろうなぁ。
「あれね?雪がクラスの中で浮いちゃって、先生とかクラスメイトに若干引かれていた時…だから、小学5年生の時、2学期だね」
目の前にいるタミ君は、変わらずニコニコしている。

鈴ちゃんの具体的な時期に、思わず昔を思い出す。
あれかな?
僕が、世間とのズレを修正した時?
だけど、タミ君がそんなに怒っていた記憶は全くない。
そういうものだと思って、回りを見ながら判断したんだっけ?

「僕の雪に、余計な情報を入れようとするから」
タミ君の声は、変わらず穏やかだ。
「タミは、これ以上ないかって位落ち込んでたんだからな?」
「え?何で?」

「学校の校長と担任に、雪の個性を潰すのかって脅してたもんな?」
朋さんの声は笑っていた。
「そうそう、一歩間違えたらマジもののモンスターペアレント」
鈴ちゃんも笑っていた。
だけど、僕は笑えなかった。

「え?」
初耳なんだけど。
それ、本当にあったこと?

僕の疑問に、朋さんは困ったように頷く。
「すぐに、校長から謝罪と状況説明があったもんなぁ」
そもそも、何でそんなことに?
「不思議がってる雪、可愛いなぁ」
鈴ちゃんの言葉にも、混乱する。

「え?何があって?」
「ほら、ちゃんと雪に教えてやれよ?父親だろ?」
「言う必要ある?」
僕、朋さん、タミ君の言葉が続き、鈴ちゃんの笑い声が響く。

「じゃあ、私が教えちゃう。雪の様子がおかしいって、雪の荷物にレコーダを仕込んだのはタミ君でーす!」
「え?」
レコーダーって、あのレコーダー?
声とか録音する、あの機械のこと?

「ほんとにお前は思ったことが顔に出るな。そのレコーダーだよ、タミがクラスの様子やクラスメイトや担任との会話でおかしいと思ったことや、雪に言った言葉なんかを記録してたんだって」
「え?本当に?」
信じられない僕に、鈴ちゃんがクスクスと笑った。
「タミ君は、いち担任から言われた『父親のことを名前で呼ぶなんて、非常識だ』って言ったり、『こんな子どもが育つ日本は終わりだ』ってクラスでわざと言ってたんだよね?」

そうだっけ?
そんなことを言われていたんだっけ?
何か、必死に修正することにしか意識が向かなかったな。

「これは、正しい教育なのかって、学校に問い合わせて、その後で教育委員会に掛け合いますか?って話し合いになったんだよね?」
鈴ちゃんの声は弾んでいる。
「雪にお父さんなんて言われて、他人行儀になったからだろ?」
朋さんの声も、明るいままだ。

それは、間違いなく先生が困ったことだろう。
本当に、とんでもない親だと思う。
そもそも、他人行儀なの?
お父さんって言うことが?
何で?

僕の中でのタミ君は、タミ君だけどお父さんだ。
それは間違いのない事実。
だから、お父さんって言っても良いはずなのに。
そんなことを思った。

「お前さ?一歩間違えたら、ほんとに毒親だからな?」
「雪が辛くないなら、何も問題ないよ?」
朋さんの言葉に、タミ君がそう答えていた。
どくおや?
って何だろう?

「本当に、雪は可愛くてまっすぐね」
鈴ちゃんのしみじみとした声。
「雪は、今幸せ?」
どこかで聞いたような問いかけを、鈴ちゃんからされた。
鈴ちゃんの表情はとても綺麗だった。

「うん、幸せ」
なので、迷うことなくそう答える。
「本当に、何なのこの子。マジで、タミ君私に雪を頂戴?本当に癒し」
鈴ちゃんのこの言葉は、僕が物心着く頃には聞き覚えがあった。
なので、タミ君は特に返答することもなくスルーする。

「ほんとに鈴は飽きねーな」
代わりのように朋さんがそう返答する。
呆れたような言葉にも、鈴ちゃんは全く気にしないように僕の頭を撫でた。
「何で、マミとタミ君からこういう子が産まれるの?マジで化学変化起こりすぎでしょ?」
「すごい言いようだなぁ」
タミ君の呑気な声。

「あー!何でタミ君が雪のこと抱っこしてんの?」
マミさんの声に、ハッとする。
しっかりとタミ君の膝の上に乗っていた自分に気付き、慌てて降りようとする。
だって、マミさんの後ろには川野がいたから。

抱っこだけなら、まだしも。
中学生にもなって、父親の膝の上に乗っているのってやっぱりおかしいよね?
「まだまだ」
なのに、タミ君の僕を支える腕は全く離れる気配がない。

なので、タミ君の膝の上でわたわたするだけの僕。
川野に何て思われたかな?
マザコンでファザコン。
そんな言葉がよぎる。

マミさんは遠慮なく、鈴ちゃんとは逆の僕達の隣に座る。
「美咲ちゃんも座って?」
「あ、私はそろそろ」
リビングにある時計を見て、川野は小さく手を振った。

というか、マミさんいつの間にか川野のこと名前で呼んでる。
本当に、距離を詰めるのが早いんだから。
呆れる僕に構わず、川野は『お邪魔しました』と頭を下げる。
川野が帰るなら、お見送りしないと。

「お家の人が心配するよね?下校時間よりも、大分遅いから」
マミさんの言葉に、川野は首を振る。
なのに、マミさんは『遠慮しないで?』と笑った。
「そしたら、この綺麗なお姉さんが送ってくれるから、安心して帰ってね?」
マミさんが急に鈴ちゃんのことをそう指差した。

「え?」
僕だけが驚いて、鈴ちゃんを見る。
「喜んで?」
「美咲ちゃん?さっきの話したらすごく喜んでくれるから。それで十分送迎代金になるから、安心して?」
「勿論」

マミさんの言葉に、鈴ちゃんがそう応える。
え?
何で?
というか、川野は今日初対面の鈴ちゃんに送ってもらうの、気まずくないのかな?

「美咲ちゃんの住所は、ナビで分かるよね?」
「あー、鈴の車じゃでかいだろ?じゃあ、俺が車出すよ」
朋さんの言葉に、増々首を傾げる。
「確かに、朋君の車の方が小さいもんね?」
マミさんが納得したようにそう返事をした。

え?
何で?
というか、この中では自然なの?
僕がおかしいの?

「ふふ、雪が困ってる」
鈴ちゃんの言葉に、僕はどうしたら良いのか分からなくなる。
「それに、さっきの雪の話じゃイマイチだったからな…そういうことだろ?」
朋さんの言葉も謎だ。

「じゃあ、雪君また明日」
川野は、タミ君の膝の上にいる僕ににこりと笑う。
え?
触れないの?
おかしいと思わないの?

「あ、また明日」
立ち上がろうとする僕に気付いて、タミ君がようやく手を緩めてくれた。
意外にすんなり離してもらえたことに驚いて、ラグの上に立ちあがる。
「川野ごめん、何かバタバタしていて」
「ううん、とても楽しかった。誘ってくれてありがとう」

川野の言葉は、とても落ち着いていた。
そして、その表情も穏やかだった。
ここ数日見ていた、無表情とは全く違う。
僕が気になった、少し謎というか何か秘密がありそうな雰囲気。
そんな川野だった。

鈴ちゃんと朋さんが、川野と一緒に玄関から出るのを見送る。
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