アイの間

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その日の夜は、本当に賑やかだった。
マミさんが出産した僕を、誰がどうやって面倒を見たのか。
そんな話をみんながしていた。
誰かが、マミさんが受講している間に食堂で僕を抱っこしていたとか、タミ君がバイトでいない時に僕のことを大学の相談室で面倒見てくれたとか…。

出て来る出て来る。
誰かが言い出せば『じゃあ、俺は』『それなら私は』と後から出て来る僕の赤ちゃんヒストリー。
鈴ちゃんは結構ノリノリに、朋さんは呆れながらも。
それでも、僕のことを可愛がってくれたことを教えてくれた。

勿論、僕が知ってる話もたくさんあった。
だけど、僕だけが知らない僕の話がまだまだあった。
食堂の調理員さんが見てくれたとかさ?
教務課の職員さんが何故か気にしてくれていたこととかさ。
そんなこと、普通に考えたら絶対にないことだよね?

そんな風に産まれた僕は、大学生のマミさんやタミ君、そしてそのお友達にたくさん育ててもらったお話。
というか、よく学校で赤ちゃんの僕が認められたなぁと素直に思った。
僕の素直な疑問に、大人たちは笑って応える。
「特例で認めさせたからだよ」と。
マミさんとタミ君は、僕の世話をする人がいないと大学に訴えたとのこと。

本当に、行動力のある人達。
言われた学校だって、とても困ったのだろう。
だけど、それすらも込みで2人が計画的に僕を育てたことが色々な人の話からよく分かった。

「だって、3年生が一番暇じゃん?」
そんなマミさんの一言で。
「卒論まで、やることないからねぇ?」
そう賛同したタミ君が。
僕の出産を決めたらしい。

全部、2人で相談した結果とのこと。
だけど、子育ては勿論初めてのこと。
だから、市の子育てサービスや地域支援サービスなどをたくさん使用したとのこと。
その中で、大学にも『僕の面倒を見る保護者がいないため』ともっともらしい理由で僕の存在を認めさせたらしい。

割と強引な理由。
そして、学生という身分のため大学には自由に出入りする。
そして僕をすくすく?育てたらしい。

本当にとんでもない親だと思う。
朋さんや鈴ちゃんは、巻き込まれた一番の人達。
そして、その他のお友達も結果的に巻き込まれた形になった。

朋さんはとてもカッコいい。
僕から見ても、理想?の“出来る大人”という様子だ。
鈴ちゃんが“綺麗なお姉さん代表”みたいなのと同じだろうな。
そんな朋さんが決まって『雪の世話、みんなでしてたんだぜ?今となっては良い思い出だけどな?あの頃は、マジできつかったんだよな、回りが』と僕に教えてくれる。

タミ君が言うには、マミさんはほとんど受講をしていなかったから僕のことはほぼ見てくれたらしいけれど。
だけど、週に1回はゼミが入るとのこと。
それはタミ君も同じだったと思うんだけど、何が違うのか…。
その時も、先生に協力をしてもらったらしい。

そうこうしている内に、2人は就職して卒業して僕はめでたく保育園に入園したらしい。
すごいなぁ。
たくましい過去の僕の家族の話。

「やっぱり、頼るべきはしっかりとした大人だよね?」
タミ君のおっとりとした言葉に、2人のお友達はとても呆れていた。
非難轟轟という表現がぴったりだと思うけれど、2人は変わらずニコニコだった。
どんな言葉を言われても、2人はへっちゃらだった。
「「雪がいれば何でも良い」」
そう言っていた。
僕が人知れず照れたのは言うまでもない。

いつの間にか、回復していた僕。
それは朋さんの影響も大きかった。
朋さんが、多分気を遣って何かと僕と話をしてくれた。
あの2人はいい加減で、いつでも真面目な気持ちがあまり見れなかったけれど。
だけど、僕のことには何でも全力だった、と。
嬉しいことを何度も、そう繰り返し教えてくれた。

『あいつらさ、あんな適当なのにさ?お前のことだけは、何でも最優先だったんだぜ?』
そんな朋さんの言葉。
本当は、タミ君はなりたい職業があったらしい。
入りたい会社というか、企業があったんだって。
だけどその面接選考時に、僕が熱を出してしまったらしい。

タミ君は迷うことなく、僕を優先した。
その時、朋さんも同じ会社を申し込んでいたとのこと。
朋さんは流石に、タミ君のことを説得しようと思ったんだって。
だけど、タミ君はあっさりと『雪より大事なことなんてない』と行くことを止めたんだって。

朋さんのとっておきのお話。
僕は、すっかり緩くなった涙腺で朋さんに“よしよし”と慰められた。
朋さんは、マミさん曰く今では『スーパーエリート』らしい。

「何で朋君が、雪の横にいるのよ?」
酔っぱらったのか、マミさんが少し呂律の怪しい口調で僕の隣に座る。
“あー、そろそろ寝そうだな”なんて思う僕は確実にタミ君の呑気の血が流れている。
「何だマミ。邪魔しに来たのか?」

朋さんの言葉に、マミさんはすっかり慣れたように僕をホールドする。
だけど、昨日よりも確実に力が弱い。
きっと酔っているから、僕のことを思い切り抱きしめたら苦しいと思っているのだろう。

「来るに決まってるでしょ?雪は、私の子なの!私達の子なんだから!なーんで、朋君なんかに譲らなアカンのさ!」
朋さんの苦笑に、僕はこっそりと笑ってしまう。
「マミさん、酔ってるね」
「だな。ほっとしてんだろ?」

朋さんの相槌に、僕のことでマミさんがどれだけ傷付いたのかを考える。
「僕のこと、だよね?」
「…ま、否定はしねーけど…」
「プラス、嬉しさもあってかな、と思うけど」

いつの間にか、僕と朋さんの後ろにタミ君がいた。
マミさんも手にはお酒の瓶を握っていたけれど、タミ君もガラスのコップを持っている。
「…何だよ?タミまで邪魔しに来やがって」
朋さんの呆れたような声が響き、タミ君がクスクスと笑った。

「そりゃ、来やがりますよ?邪魔するに決まってるじゃないですか?雪のお父さんは僕で、頼られるのはいつまでもタミ君でありたいからね?」
のほほんと笑うタミ君。
タミ君の話す言葉は、何だか不思議な響きだった。
その顔には、珍しくというか初めて見る赤みが差していた。
タミ君が酔う所を、僕は見たことがない。

色々な人が酔って疲れて寝てしまう中、タミ君は僕が眠るまで絶対に起きている。
それこそ、最後の1人になる所を何度も見た。
片付けとか、僕が気にすると一緒にしてくれるタミ君。
そんなタミ君が、多分酔っている。
昨日の分も蓄積しているんだろうなぁ。
そんなことをぼんやりと思った。

「朋に父親面なんてされた日には、僕はきっと正常な精神状態じゃなくなるからね?そうじゃなくても、雪が朋に懐いているの、本当に面白くないのにさ?これ以上良い所を取られるのは、絶対に阻止したいからね」
タミ君のほんわかした言葉に、朋さんはすごく嫌そうな顔をした。

「な?こいつら、すげーうぜぇんだぜ?お前のことになるとな?」
「うぜぇに決まってるじゃないですか?そんな当たり前のことを、何を今更」
朋さんの言葉に、こくりと頷く。
「…うん。知ってる」

知ってる、はずだった。
この2人は僕のことを、巻き込んでいつも賑やかで、悩みなんて何もないんだと思っていた。
でも、実はいっぱいいっぱい、僕の知らない所で相談して話をしてたくさん考えて…。
そうやって、生きて来たんだ。

僕が産まれる前から。
この2人の絆として、一緒に過ごして来たんだ。
僕が産まれてからも、この2人は変わらずに2人でしっかりと話をして相談して色々なことを共有して…。

僕の中のモヤモヤは、探すのが本当に難しいほど綺麗になくなった。
なんて単純なんだろう。
あんなに不安だった気持ちも今では見る影もない。
「何で?」「どうして?」は、これからもまだきっと出てくると思う。

きっと思い出して、不安になることもあると思う。
だけど、少しずつ僕の中で溶けて無くなって行くのだろう。
マミさんとタミ君と過ごすことで、絶対に。

いつかこの騒動も、笑い話にされるのだろう。
僕の反抗期週間とか言われて…。
そんなことを思うだけで、僕はとても楽しかった。

お酒も入って、賑やかになった夜。
明日、僕は文化祭なのに。
大丈夫かな?
2日連続で、寝不足になりそう。

だけど、寝不足な頭で少し閃いた僕は明日の朝がワクワクしていた。
本当に、さっき思いついたことだけど。
知らず知らず、何だか笑ってしまう僕。

「何1人でニヤニヤしてんだよ?」
気付いた朋さんにそんなことを聞かれる。
「ん?楽しいから、かな?」
なので、曖昧に笑ってしまう。

「そっか。ま?飲めよ」
「明日早いから飲まないよ?というか、僕未成年だからね?」
「そこは、あいつらに似ないで固いんだな?」
朋さんの言葉に、後ろにいるタミ君をちらりと見る。

「僕は、雪の意思を尊重するよ?外でお酒の失敗をするくらいなら、家で飲んだ方が良いからね?」
それはつまり?
ここで飲んでも良いと言っている?
本当に、とんでもない親だなぁ。
子どもでも知ってる標語がすぐに浮かぶ。
もう少し大人になった僕が、もしかしたら飲みたいと思う日が来るかもしれない。

だけど、それは今じゃない。
その時が来たら、2人にこっそり相談しよう。
一応、この国では未成年が飲酒することは法律で禁止されているからね?
困った僕は、きっと迷わず2人に聞くだろう。
『飲んでみても良い?』って。
その時に2人がなんて言うか、そんなことすら楽しみになる。

そんな僕の目の前で、何人かは酔いつぶれ。
何人かは眠っている。
時刻はもうすぐ23:00。
子どもは寝ている時間だろう。

この人達は、本当にいい加減だなぁ。
だけど、僕にとっては大好きな人達。
あの日変わった僕は、変わったままここにいる。
それでも、いつもの「僕」になっていた。

「愛」はいまだによく見えない。
でも、確かに僕の中にあるらしい。
それが分かっただけでも、再確認できただけでも十分だった。


「うー、飲み過ぎたぁぁ。頭、痛ぁ…」
飲み過ぎたことを反省するようなマミさんの呟き。
いつもなら、『これも、駄目な大人の定め』とか言っているはずなのに。
「こんなにお酒臭かったら、芳君に嫌われちゃうぅ」
ふらふらするマミさんは、やっぱりマミさんだった。

「うーん、2人が来るの楽しみにしていたけどね?」
僕の言葉に、マミさんは頭を抱えながら『じゃあ、尚更気にするぅー』と弱弱しく言っていた。
「はい、マミさん」
タミ君は全然変わらずマミさんを支えながら、2日酔いに効くと言うスムージーをマミさんに手渡していた。

僕は、いつもより早めに登校しようと思っていた。
寝不足でも、僕はしっかりと早起きをした。
それに気付いた2人だけが合わせるように起きて来た。

もう、中学生なんだから朝ごはんの心配とか良いのに…。
そんなことにも僕は嬉しくてつい笑ってしまう。
「適当に食べるから、まだ寝ていて良いよ?まだ時間あるから、もう少し寝た方が良いよ?」
リビングでも寝ている人達がいるから、僕は静かにそう言った。

「うぅ、優しい雪。私の子、痛ぁ…。可愛い、好き。痛ぁ」
マミさんは、頭を抱えながら忙しなく苦しんでいる。
「ほら、マミさん?雪がそう言ってるから、もう少し寝ようね?」

タミ君がマミさんの背中をさすりながらそんなことを言う。
「…ねー、タミ君?あなたは、いっつもいっつも、ちゃあんと酔ってる?嘘ナシで」
「うん。ちゃんと酔ってる。嘘ナシで」
マミさんの問いかけに、タミ君がいつものように穏やかに応える。

「なぁーんで?何で、私の方が少ないのにこんなに痛くなる?あぁ、痛ぁ…」
「ほらほら、もうソファに座って…」
「うぅ、そうするぅ」

「ところで雪、こんなに早く学校に行ってどうするの?芳くんのお手伝いでもするのかな?」
僕は苦笑する。
「ん-、半分正解、かな?ちょっと芳が気になるだけだから…。それこそ、余計なお世話なんだけど…」
「そんなことないよ。きっと、芳君は喜んでくれるよ?」
タミ君の言葉に、くすぐったい気持ちになる。

「ね、マミさん僕らも一緒に行っちゃう?」
タミ君が、またとんでもないことを呟く。
「あー、良い案かも…。保健室で寝かせてくれないかな?」
マミさんも、あっさり便乗して更にとんでもないことを言う。

「あのね?父兄が入る時間、ちゃんと決まっているからね?おたより、冷蔵庫に貼っていたでしょ?後で確認して」
「はいはい、本当に雪は僕らに似ないでしっかりしている」
タミ君の言葉に頷いて、僕は仕切り直すようにコホンと咳ばらいをする。

「じゃあ、僕はもう行くね?」
玄関に向かうと、2人は律義に着いて来る。
本当に、マメなんだから。
昨夜考えたことを、ちゃんと2人に伝えないと。

靴を履いて、2人に向き直る。
僕を見送る2人の顔。
タミ君が何か言おうと口を開いたタイミングで掌を向けて遮る。

「僕もね、2人に倣って…1つ決意したことがあります」
僕の言葉に、2人はきょとんとした顔をする。
僕が何を言うのか、分からないからだろう。

「僕は、僕なりに2人のことを認めて受け入れました。これからも、これはこれで良いと思います。マミさんが女性を好きでも、タミ君と夫婦関係を続けるのも、僕の親として責任を持ってくれるのも…2人が好きだから」
僕なりのけじめ。

「うん、ありがとう」
マミさんが笑う。
「分かったよ、雪」
タミ君も穏やかに賛同してくれた。

じゃあ、ここでもう1つのことを言わないとね?
「勿論、恋愛についても、ね?」
僕の笑顔に、2人も曖昧ながらも頷いてくれた。

「僕も…。僕が想うまま、僕の好きに生きていくことを決めました。2人を見習ってね?だから、当然2人は僕の生き方を認めてくれるんだよね?」
僕の行き先の分からない言葉に、それでも頷いてくれる2人。

2人が頷いてくれたのを確認して、僕は自分でもニヤリと思う笑みを浮かべた。
「誰を連れて来ても、認めてくれるんだよね?ありがとう」
「ちょっと!雪?…あぁ、痛ぁ」
僕の決めつけの言葉に、流石にマミさんが慌てたように僕を止めようとする。

「2人が反対することなんて、ないって信じてる」
僕はわざとウィンクする。
すると、タミ君が首を傾げる。
「でもね?雪?一応、僕らは君の両親であってね?」
そんなタミ君に、ちらりと舌を覗かせる。

「じゃあ、そういうことで。2人が言う『想像してみて?』だよ?僕が乳児とか幼児に一目惚れとか、成人して朋さんとか鈴ちゃんと結婚したいって言っても、はたまた2人よりも年上の熟女を連れて来ても、ね?ちゃんと応援してよね?」

「乳児って、赤ちゃん?幼児って、子ども?」
パニックになるマミさん。
「朋が、僕の義息子?僕と同い年なのに?いや、それより、年上って、どこまでが…?」
考え込むタミ君。

各々呟く2人に、僕は満面の笑みを浮かべる。
「マミさん、タミ君?アイシテル」
想像する2人を残し、僕は軽やかに玄関を後にした。

だけど、すぐに玄関が開く。
出て来た2人は見るからに焦っていた。
「雪!?せめて中学生!いやいや出来れば高校生まで待てないかな!?」
「雪がお婿さんになるんじゃなくて、朋に入り婿なら認めるって方向なら頑張れる気がする…」

マミさんの早口な言葉と、タミ君の考えるような言葉。
出来るだけ僕の意思を尊重しようとして、そういう結論になったんだろう。
2人の言葉を聞いて、僕は思わず吹き出してしまった。
「うん!ありがとう」
僕の返事に、マミさんは嬉しそうに、タミ君は困ったように笑ってくれた。

この先、誰を好きになるか分からないし、どんな相手かも想像できない。
でも、それでも僕は2人のようになれるパートナーを求めるのだろう。
いつか出会う誰かと、2人のような絆が生まれるように。

今日もまた、いつも通りの1日が始まり、それなりに終えていく。
朝の嘘くさいニュースも、学校で起こるハプニングも、僕は変わらずに変化しながら暮らして生きて行く。
どんな世も、慣れてしまえば是平和也。
日々の中、何かを感じながら生きていく。

きっと、笑って絶えるその日まで。
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