私のことが嫌いな同期の魔術師に不本意ながらもえっちな治療を施されております

小村辰馬

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「フィオナ副隊長?」
「えっ、」

 クルトに声を掛けられ、我に返った。
 隣を見やると、クルトが書類を抱えながらきょとんとした顔でこちらを見つめている。

「ご、ごめん、なんだっけ」
「だからー、昇進試験ですよ。受けるんですよね?」
「ああ、そうだった! 受ける、受けるつもりだよ」

 慌てて答えると、ブンブンとかぶりを振る。
 いけない、最近どうもぼんやりしている。さっさとこの事務仕事を終えて訓練でもしよう。
 書類を運ぶのを手伝ってくれたクルトを連れて、二人で廊下を進む。医務室の前を通り過ぎると、心臓が激しく脈打った。

 この部屋で私は、ユリウスの目の前であんなにもいやらしくお尻を突き出して、またもあんなことやそんなことを……うわーーっ
 
 先日、ユリウスの前で晒した痴態を思い出し、カーッと顔面に血が昇るのを感じる。
 あんな、お尻からモノを出す瞬間なんて人に見せるのなんて初めてだったし、ましてやそれでイッちゃうなんて……恥ずかしいったらない。今度の今度こそ、本当に彼と顔を合わせるのが気まずすぎる。何を言われるか分かったもんじゃない。
 それに、気絶してしまって記憶が曖昧だけれど、あの消・毒・って……
 自身のお尻の辺りを思わず片手で摩りながら、生唾を飲み込む。
 匂いが、その……男性の出すもの、に似ていた気がするのだ。ほんのり生臭いところといい、ドロっと粘液質な質感といい。
 それに、注射って言っていたあれも、どこからどう考えても……いやでもあの部屋にはユリウスしかいなかったし、そんな訳がない。たまたま、注射の形状が太めで、体を傷付けないよう弾力があって、体がびっくりしないよう温かかったに過ぎないのだ。……多分。
 けれど私がその注射の挿入に感じまくってしまっていたのは事実で、ユリウスには完全に淫乱な女認定されてしまっただろう。
 既に嫌われている彼に今更どう思われようと何もマイナスにはならないのだが、それ以前に昔馴染みの同期で、同僚なのだ。居た堪れないことには変わり無い。
 暫く無茶はせず、ユリウスの世話になるのは避けよう……。

「そういえば、今度の試験で昇進したら、副隊長は隊長になるんスよね」
「そうだね」
「副隊長は、なんでそこまで上を目指すんです? 俺とさして歳も変わらないのに、意識高いなぁって。俺当分一兵卒で良いですもん」

 クルトは、確か22だったか。
 騎士は実力主義だ。役職に年齢は関係無い。ユリウスのスピード出世が異例なだけで、私はそこそこ順当に昇進していた。けれど、歳の近い物が役職者となると、そういう感覚にもなるのだろう。
 私は思案して答える。

「私、色々あって半ば家出同然に家を出て騎士になってるんだけど、そのきっかけをくださったのがギリアム隊長なんだよね」
「そんな昔から面識あったんスか」
「そう。だから、あの人に早く追い付きたいというか、追い越したいというか、とにかく、誰から見ても立派な騎士に早くなりたいの」
「はぇえ。ご立派ですねぇ。ギリアム隊長みたく、ムキムキマッチョになった副隊長の姿が微かに見えましたよ」
「やめてよ、あそこまでムキムキゴリラにはなりたくない」

 ギリアム隊長は確かに男前で筋骨隆々だが、あれになりたいとは思わない。結婚こそできなくても良いと思っているが、それなりの乙女心はまだ残っているのだ。

「そうだ。そのゴリラ隊長と今夜飲みに行く予定があるんスけど、副隊長も一緒にどうです? なんかお疲れみたいだし、一緒にパーッと飲みましょうよ」

 片手で杯を煽る仕草をして、笑いかけてくるクルト。
 今日は確かに当直ではないし、夜に予定も無い。気分転換も同僚とのコミュニケーションも大切だ。
 私はクルトの誘いを受けた。


 * * *


「そんじゃ、今日もおつかれーい」

 ギリアム隊長の音頭と共に、ジョッキをぶつけ合う。
 王都の城下町にある酒場は、今夜も賑わっていた。
暖かな燭台の灯りと、香草や肉類の香ばしい料理の香り、客たちの喧騒で溢れかえった店内は、活気に満ち溢れている。王宮騎士団の団員行きつけの店ということもあり、見知った顔も多く来店していた。
 私は麦酒を一気に煽り、嚥下すると、深く息を吐いた。

「はぁぁああ美味しすぎるっ」
「いい飲みっぷりっすね、副隊長」
「お前そこまで強くないんだから、飲み過ぎんなよ」

 そう言って隊長はフォークに刺した大きなソーセージを豪快に噛み切る。私も摘みの燻製肉の薄切りを口に運んだ。香ばしい香りに、噛めば噛むほど塩気と旨味が滲み出て美味しい。お酒に合う!
 夢中になって頬張っていると、ふと視線を感じた。

「む、なんれすか、隊長」
「いや、食欲旺盛そうで何よりだと」
「それどういう意味ですか」
「隊長も心配してたんですよねー、副隊長のこと」
「最近ぼんやりしていることが多かったからな、お前」

 そうだったのか。食事に私を誘ってくれたのも、それもあるのかもしれない。
 ここまで周囲の人間にそう思われるほど、様子がおかしかったのか私は……。試験も近いというのに、本当に気が抜けている。

「ユリウスさんと何かあったんすか」
「へっ!? なんで」
「いや、なんとなく。その顔は図星ですね」
「まーた痴話喧嘩したのかお前ら」
「ち、ちがいます! そんなんじゃ……」

 両手を振って必死に否定するも、そうだ。その通りなのだ。
 訓練をしていても任務にあたっていても、ふとした瞬間に思い出すのは、ユリウスの手によって与えられる快感や、私を見つめる彼の視線で。もう二度とあんな目に遭うのは御免だと思うのに。その思考に反して、彼との情交を思い出すと、私の女の部分はすぐにむずむずと疼き出してしまうのだ。
 昔の仲良くしてくれていたユリウス、私に冷たくなったユリウス、私に嫌味を言うユリウス、その時々の彼の表情が、顔を赤らめて熱に浮かされた視線を向ける、あの時のユリウスと重ならなくて。その彼を思い出すとそのギャップに胸が高鳴ってしまうのだ。
 あのユリウス相手に、悔しいったらない。
 ジョッキの縁をなぞりながら、昔の仲良かった頃のユリウスの顔を思い浮かべる。

「……できれば昔みたいに仲良くしたいんですけどね、なんか今更そうもいかず」
「ほう。……まぁ、あいつのあの感じじゃあな。お前が歩み寄ったとて、難しいだろうなぁ」
「今日ユリウスさんも誘えばよかったっスかね」
「いやー、来ないよ。こういう場所嫌いだし」
「あーたしかに、ぽいですね」

 そう言ってポテトフライを口に放り込むと、クルトは何故か一点に視線を留めた。どうしたのだろう。
 彼の視線を追うと、酒場の入り口に見覚えのある藍色の髪の、やけに顔の綺麗な男が見えた。第二師団の純白の軍装を身に纏っている。

「あれユリウスさんじゃないすか」
「……だねぇ。酒場にいるなんて珍しい」
「第二師団の第三部隊の面々もいるな。飲み会か。おーい」
「あ、ちょっと隊長!」
「いいじゃないか、同じ騎士団の者同士」

 ユリウス達に向かって手を振る隊長の腕を慌てて掴み、動きを制するも時既に遅く。
 ユリウスと目が合った。何故か顔が険しい。最悪だ。
 他の隊員達もこちらに気付いたようで、人の波を縫って歩いて来た。

「よう。お前達も飲み会か」
「まあ、そうですね」
「ユリウス隊長が最近浮かない顔をしてることが多いので、外界へ引っ張って来たんです」
「マティス。言わなくていいから」

 第二師団第三部隊副隊長のマティスだ。今日もひょろっとしている。第二師団は後衛担当ということもあり、筋肉が薄い人が多い。マティスは身長は高いが、例にもよって痩せ型の男だった。
 二人はさも自然に、私たちの隣の卓へ腰掛ける。ええ~ここに座るの。

「隊長、隣失礼しますね」

 ユリウスの隣の席へ軽やかに腰掛けた女性は、メリエッタだ。白衣の女神と名高い、ユリウスと並んで王宮騎士団きっての器量良しだ。金髪碧眼の容姿も相まって、男所帯にいると輪を掛けて目立つ。王宮騎士団では彼女の治療を求めて、彼女専用の医務室には、専らギラついた目つきの負傷した男達の長蛇の列ができていた。
 メリエッタが手際良く3人分の酒と食事を注文し、あれよあれよという間に卓が賑やかになる。

「それじゃあ改めまして、皆さんお疲れ様でーす」

 クルトの掛け声に合わせて、6人でジョッキとグラスをぶつけ合った。各々酒を煽り、香草焼きや串焼き肉などの料理に舌鼓を打つ。

「いやー、にしても、今日は流石に疲れました」
「マティスは魔物の討伐に同行していたんだっけか?」
「はい、思いの外怪我人が出て、てんてこ舞いでしたよ」
「第二師団の要員は少数精鋭だからな。個々の負荷もそれだけ高いよな」
「回復魔術ってほんと便利っすよね。俺も使えたらなー、その場でパパッと自分の傷なんて治せちゃうのに」

 ギリアム隊長とクルトが、いやはやと首を唸らせている。
 基本的に攻撃魔術と回復魔術の素養が両立する者は少なく、この王宮騎士団でも双方とも高度な魔術を使いこなせるのは各師団の師団長と、団長くらいだ。
 かくいう私も回復魔術の才能はからっきしだし、ユリウスだって攻撃魔術は私よりも使いこなせなかったりする。
 けれど対象物を破壊する攻撃魔術よりも、筋繊維を再生する回復魔術の方が高度な技能と知識を共に要するため、第二師団の人数は第一師団よりも少なかった。
 第一師団は40名編成の部隊が合計5隊、第二師団は5名編成の部隊が3隊と、人数比の差は歴然だ。その中でも歳若くして隊長となったユリウスの回復魔術の腕は、察するに難くない。彼は国でも有数の有能な回復魔術師だった。

「この間副隊長が魔物に刺された時も、ユリウスさんが処置してくれて大事に至らなかったじゃないですか。いや流石っすね」
「ぶっ」
「ぶはっ」

 クルトの発言に、ユリウスと二人同時に酒を吹き出す。
 気まずくてユリウスの方をちっとも見れなかったのに、何言ってくれやがるんだ。

「へぇ、魔物に……一体何の種に襲われたんです?」

 単純な好奇心であろう。メリエッタの問い掛けに二人口籠る。
 言えるわけがない。人間の膣か腸に卵を産み付ける魔物だなんて。ユリウスに何をされーーもとい、してもらったか、公開するようなものじゃないか。

「いやー、私も気が動転していたので記憶が曖昧で……」
「そいつ処置が終わった頃には気絶してたからな。覚えてないんだろ」
「ちょっ……!」

 ユリウスお前、何を言ってやがる。
 あの時晒した痴態が脳裏に蘇り、顔が熱くなる。咄嗟にユリウスを睨み付けると、彼は素知らぬ顔で香草焼きを切り分け、口へ運んでいた。

「気絶!? そんなに大事になっていたのか……その後体に変化は無いのか?」
「まぁ……はい。ユリウスが最後消毒を施してくれたので、体内から魔物はいなくなったかと」
「んん゙っ、ゲホッゴホッ」
「ユリウス隊長、大丈夫ですか!? 食事が喉に詰まりました?」

 咀嚼していた香草焼きを喉に詰まらせたらしいユリウスが、盛大に咽せ返っている。ユリウスもあの時の私の情けない姿を思い出して、気分が悪くなったのだろうか。それはすまないことをしたけど、ちょっと胸がすく思いだ。
 ユリウスは背中をメリエッタに摩られながら、引き続き咳き込んでいる。
 ……ほう。そういう距離感なのね。
 なんとなく白んだ心地で彼らを眺めていると、ふと頭部に重量を感じた。視線を上げると、ギリアム隊長の大きな手が、私の頭に乗っかっていた。

「悪かったな、けろっとして復帰していたから、お前の体にそこまで負担が掛かっていたとは知らなかったよ……」
「い、いえ……実際けろっとしていたので」
「本当かー? お前は頑張りすぎるところがあるからな。この間のも、単独行動をとった結果だろう。俺がいる時は、もっと俺を頼っていいんだぞ」
「は、はい……ありがとうございます」

 そのままぽんぽんと頭を撫でられる。隊長とは昔馴染みのため、私をやたら子供扱いしてくる節があるのが、たまにキズだ。
 人前なのでこういうのは控えて欲しいのだけれど。
 気恥ずかしい心地で大人しく撫でられていると、何やら鋭い視線を感じる。そちらを見やると、綺麗な瞳を瞠目させるユリウスと目が合った。

「……なに見てるんだよ」
「……いや、いい歳して子供扱いされて、何嬉しそうな顔しているんだと、呆れていたんだ」
「なっ……! う、嬉しそうな顔なんかしていないし!」
「え、俺に触られて嫌だったのか!? すまん、お前が嫌がっているとは知らず……しかし少しショックだ……」
「ややこしくなるから隊長は少し黙っていてください!」

 ギリアム隊長がしゅんとなっているのは取り敢えず置いておいて、ユリウスに向き合う。

「そ、そっちだって、さっきまでメリエッタさんにお世話されてたじゃない! それに、飲んでるお酒だって甘い果実酒だし……お子様なのはそっちの方なんじゃないの?」
「なんだと!?」

 立ち上がり、ユリウスと睨み合う。
「ちょっと二人とも、」とオロオロするマティスに、「また始まったよ」と、肩を竦めるクルト、「いつもこうなんですか」とクルトに耳打ちしているメリエッタ。ギリアム隊長は未だにしょんぼりしているけど、取り敢えず置いておいて、売られた喧嘩は買わずにはいられない。

「ユリウスって昔から甘いもの好きだし、これまで私に組み手でも勝ったことないし? それで私より大人だなんて、笑わせるわ」
「……言ったな? よーし、わかった。そこまで言うならどちらの方が強いか、ここで白黒はっきり付けよう」

 そう言ってユリウスは酒のグラスを片手に取った。私も負けじとジョッキを片手に取る。

「ちょっと、ユリウス隊長。貴方お酒は……」
「うるさいマティスは黙ってろ」
「おーいいっすね! 第一師団と第二師団の二人のエリートの対決! すみませーん、追加で麦酒10杯お願いしまーす!」

 クルトが追加で頼んだ麦酒のジョッキが、卓にずらりと並べられる。
 長年に渡るユリウスとの因縁が、ここで決着が付くかもしれない。ついでにユリウスを負かせられたら、彼も改心して、私への態度も軟化するかも……。
 この戦い、負ける訳にはいかない……!
 私とユリウスは同時に片手に持った酒を一気に煽った。
 

 * * *


「うーん……」
「いまはやまさか、ユリウスくんがこんなにも弱いとは……」
「だから言ったのに、隊長……」

 ギリアム隊長とマティスに見下ろされるユリウスは、卓に突っ伏し、茹蛸のように真っ赤になった顔面を苦しそうに歪めている。

「フィオナ副隊長は何杯飲んだんでしたっけ」
「8杯」
「ユリウスさんは……」
「3杯、ですね」

 クルトとメリエッタに挟まれながら、私はポリポリと頭を掻く。
 ユリウスと酒を飲んだ経験が無かったから、まさかここまで弱いとは知らなかった。体質的にこんなに弱いのであれば、この勝負あって無いようなものじゃないか。こんなんで勝利を得ても嬉しくはないのだが。

「うーん、うーん……」
「取り敢えず飲み会はお開きですね」
「ええ~俺まだ飲み足りないんだが」

 ギリアム隊長が嘆きの声を上げる。流石大酒飲み。今日既に10杯は飲んでいたと思うがて……これで明日もケロッとした顔で走り回っているのだから、最早化け物である。

「マティスくん二軒目どうだ? 第二師団の運営の話、もっと聞きたかったんだよ」
「あ、はい。いいですね、是非。でもユリウス隊長がーー」

 ちらっとユリウスの方を見やったマティスを遮るように、クルトが割って入って片手を上げた。

「はい! 俺ユリウスさんを送って行きますよ!」
「えええ~お前来ないのかよ。じゃあフィオナーー」
「フィオナ副隊長も、俺と一緒にユリウスさんを送っていきます」
「えっ、なんで私が」

 酔っ払いの送り役なんて面倒な任務、御免被りたいのだが。ついでにそれがユリウスだなんて。後で何を言われるか分かったもんじゃない。

「あの、ユリウス隊長でしたら私が……」
「メリエッタさんも、二軒目行って来てください! ギリアム隊長と飲める機会なんて、そうそうありませんよ~(隊長、多分マティスさんにしこたま飲ませるので、介助してあげてください)」

 メリエッタさんにクルトが何やら耳打ちすると、彼女は「分かりました」と二軒目の同行を快諾した。
 かくして、何故か私とクルトがユリウスを二人で肩で担ぎながら、王宮まで戻る羽目になったわけだが。

 
 意識の無い大人を運ぶのはなかなかに骨が折れ、医務室が隣接するユリウスの部屋へ辿り着く頃には、二人揃ってくたくたになっていた。

「は~、やっと着いたねぇ」
「じゃ、あとは副隊長よろしく頼みますよっと」
「は!? え、ちょっと!」

 するりとユリウスの腕からクルトが抜けると、途端、一人分の重量が己の肩にのし掛かる。待て待て待て、何をやってるんだこの子は。

「あとはよろしくってなにーー」
「副隊長一人でユリウスさんを送り届けたって方が、ユリウスさんとの仲良し作戦に効くかな~と思って!」
「いや絶対逆効果だって! この人絶対そういう世話受けるの不服に思うから!」
「まあまあ、あとは煮るなり焼くなり、お二人でお好きにどうぞ~。俺はもう眠いんで部屋に戻りますね」

 クルトはそう言うとあっけらかんとした笑顔を浮かべながら、呑気に手を振って部屋を後にしやがった。
 後に残されたのは意識の無い酔っ払いを肩に担いだ、その酔っぱらいに嫌われている私で。
 絶対面倒臭くなったから、ユリウスのこと私に押し付けたんだ……後で覚えておけよクルト。
 私は心の中で呪詛を吐くと、仕方なくユリウスをベッドの方へ運ぶ。意識が無い大人というのは、言わずもがな大層な重量を誇る。
 華奢なユリウスも然りで、半分引き摺るようにして、私はユリウスを移動させた。

「ユリウス、ほら。部屋に着いたよそろそろ起きて」

 ユリウスに声を掛けると、彼は「うぅん……」と微かに声を漏らし、身じろぎした。
 起こして水を飲ませたら、私もお暇しよう……。
 まだ意識が無いらしいユリウスの頬を、片手でぺちぺちと叩く。

「おーい、ユリウス。このままだと、あんたの嫌いな私が一晩中この部屋に居座ることになるよ」
 
 漸く意識が浮上したのか、ユリウスの長い睫毛に縁取られた瞼が僅かに開いた。
 窓から差し込む月明かりの光が、彼の蜂蜜色の瞳を細く照らす。至近距離で視線が交わると、改めて彼との距離の近さに面食らってしまった。少し体を動かせば口付けさえしてしまえそうな距離に、びくりと体が跳ねる。と、思わずそのままバランスを崩した。

「わわわっ!?」

 背中から倒れ込み、しこたま体が床に打ち付けられたかと思いきや、痛みはいくら経っても襲って来ず。間を置いて幸いにも、私はユリウスのベッドに倒れたのだと気付いた。
 咄嗟のバランス感覚をもっと養わねばならんなと、ゆっくりと起きあがろうとするが、それが叶わない。私の上に覆い被さるものが重くて、身動きが取れないのだ。

「ユリウス? ちょっと、いい加減起きて。ここからどいて欲しいんだけど」

 背中をバシバシと叩くと、ユリウスがゆっくりと上体を起こした。
 ほんのり紅く色付いたユリウスの綺麗な顔が、私を見下ろす。艶やかなその表情に、不覚にも一瞬胸がざわついてしまったが、私はかぶりを振って彼の下から這い出ようと体を動かした。

「えっ」

 突然両手首をユリウスに掴まれると、素早く頭上でベッドに押し付けられた。

 ど、どうしよう……。

 無表情のユリウスと、見つめ合う。
 ユリウスに両手を拘束されたまま、私はこの場をどう脱して良いか分からず、冷や汗をだらりと流したのであった。
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