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あれから3年が過ぎ香澄も13歳になった。
香澄は毎日、掃除をして 洗濯をして 食事を作って 庭の草を取って生活をしていた。そんなに広くない殺風景な庭に花も植えてみた。
全部が初めての事なので全然解らなくて何度も泣いたが、泣いても誰も助けてくれないし慰めてもくれない。自分で考えて自分でなんとかする事も覚えた。
当然だが ココには本もないしテレビもない。勉強をしなくて良いのは嬉しかったが如何せん暇だ。裏の森に入って行って食べて良い物と悪い物も覚えた。
おじさんは3日に1回位の頻度で帰って来たが 別段話す事もなく、おじさんも何も詮索しなかった。ただ「綺麗になったな」と家の事は毎回誉めてくれた。
「次は門と周りの柵を綺麗にしようと思っている」と話すと、次の3日後には材料を抱えておじさんが帰って来た。
今日はおじさんが出掛けない...。どうしたんだろうと思っていると朝からトンテンカンテンやり始めた。多分 柵を綺麗にしたいって言ったから作ってくれてるんだろうなと思った。
香澄は手伝おうと思ったが止めた。
今日はなんか美味しいご飯を作って「お疲れ様」って笑って言おう。そんな気分だった。美味しいご飯を準備する為に 裏山に材料を取りに入って行った時にそれは起こった。『おじさんが前に言っていた滅多にないキノコを夕食に出したら喜ぶだろうな~』そんな事を考えながら探していたら奥に入り過ぎてしまった様だった。気が付いたら右も左も解らない状態になってしまった...。
どんどんと木が多い茂り 薄暗くなって来てもはや向こうは暗くて全く見えない。
元来た道を戻ろうと思ってこうなってしまっては打つ手が無く、香澄はどうして良いか解らず立ち尽くしてしまった。
鳥の声が止んだ...
辺りが静まり返って不気味だった。
香澄は生唾をゴクンと飲み込むと少しずつ後ろ足を踏む。
『 何かに見られている』そんな気がした。
その時、バサバサバサーッッ!っと鳥が一斉に羽ばたいた。それが合図だった。
香澄は必死になって走った。何か解らないものから必死で逃げるのも滑稽だが、頭の中の警鐘が逃げろ逃げろと言っている。
家の方角は解らない。でも大声も出せない。
『おじさんが家にいるのに!!』そう思っても声も出ない出るのは涙だけ...。
涙で視界が歪む。でも走り続けた。
どんどん奥に入ってる気がする。
そう思ってた矢先に1軒の家が見えた。
香澄はホッとしてその家に向かって走る。
家の前まで来た香澄はびっくりして立ち止まった。
思考回路が一時中断した...。
そこには自分がおじさんと住んでいた家と全く同じ様な家が建っていた。
「なんで....?」
香澄は呟いた。良く見てみると門の傾き加減も屋根の崩れ具合も似ている...。
「どうして....?」
人間、理解出来ないことに直面すると 信じたい様な信じられない様な 解っている様な解ってない様な...そんな不思議な感覚になる。早く言えば、目の前の出来事が受け入れられないのだ。
香澄は門をくぐろうと思い押し留まった。
頭の中の自分が『行っちゃダメだ 』って言っている。
後ろを振り返って引き返そうとした時、またあの怖い感覚が蘇ってきた。『何かに見られている....』そしてこちらに怖いものが近づいて来る感覚。
香澄は堪らず家の門をくぐった。
すると木々が生い茂って薄暗くなっていた景色が変わってきた。
「え?...え?...」
そう思い門から出ようとすると出れない。
ガラスが張り巡らされている感覚。ドンッ!ドンッ!って叩くがびくともしない。
「出して!出してよ!!」
そう言いながら見えない壁を叩く。涙も出て来て泣きながら叩いてると後ろから声がした。
「そんなに叩いたら怪我をするよ」
香澄は勢いよく振り向いた。
そこには若く綺麗なお兄さんが立っていた。
「誰?」
香澄がそう尋ねると「僕の名前?」とおどけた返事が帰って来た。
「僕はね~ラジルド・ベルラ・ワーク」
「ココは何処?」
「ココ?ん~...まぁとりあえず、立ち話もなんだし...家に入ろうよ」
「入りたくない!家に帰りたい」
「家に帰りたいって...ココは君のお家だよ」
「え?」
香澄は納屋の方に走ると自分の部屋を開けた。確かに自分の居た家だ。
「おじさんは?」
「おじさん?」
「おじさんがいたでしょ!」
「だーかーらー 、外は危ないからさ、家に入ろう」
香澄は考えた。でも外は確かに危ない気がする。だからといって家の中はもっと危ない気がするのだ。でも選択肢がない...。
追い込まれた香澄は観念して家の中に入る事にした。
家の中に入ると美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐる。
ぐるりと家の中を見渡せば何時も生活している家とは全然違う、ビロード貼りの立派なソファーに猫足のテーブルがあってそこには豪華なティーカップが置いてあって見たことも無いお菓子が並んでいた。
「ココは私が居た家じゃない...」
そう言った香澄に
「君のお家だよ。今日からね。どうぞ、立ってないで座ったら?お茶入れるよ」
そう言ってソファーに座るように促された。
香澄はクルリと振り向きさっき入って来たドアを開ける。
ドアを開けるとそこは景色が変わっていて廊下になっていた。森にいた筈なのに... たった今居たはずの景色と全然違う景色にビックリする。
「え?」
振り向いてラジルドの方を見る。
ラジルドは何食わぬ顔でお茶を飲んでいた。
「ねぇ、ココは何処?」
香澄が聞くとラジルドがにっこり笑って
「今日から君はココで僕と一緒に暮らすんだよ。色々呼び名はあるけど...魔界って言われている」
「魔界......?」
香澄はドアノブを持っている手がカタカタ震えているのが解った。足も震えている気がする。立っているのか浮いているのか...息の仕方も忘れてしまったかの様な。まさしく絶望という名前がピッタリの感覚。
空いた口が塞がらず。声も出ない。
「君がいた世界も色々呼び方があってねーー」
「.......」
ニッコリ笑って色々説明されても全く耳に入ってこない。とにかく理由が解らず呆然としていた。
「この森はね、決定の森って言ってねーーー」
ラジルドがいつの間にか香澄を後ろから抱きしめる形を取っていてドアノブを握りしめている手を優しく両手で包んでドアノブからゆっくりと指を外す。
「神の世界と魔の世界を繋ぐ唯一の森なんだ」
そして後ろから香澄の身体を抱え込んだままソファーまで誘導すると座らせた。
そして下から香澄の顔をのぞき込んで
「解る?」
と言ったが、香澄は何も答えなかった。
何時間過ぎただろうか...
魔界だと言われた言葉が頭の中をグルグルしてたけれど、ふと我に返るとラジルドはいつの間にか居なくなっていた。『あれ?』と思い部屋を見渡してみる。1人でいる事に少しホッとした後、さっきよりも冷静になった頭で色々物事を整理してみた。
とにかくラジルドが部屋に戻って来るまで待つしかないか...と思い 立ち上がって窓から外を眺めてみた。庭は綺麗に手入れされていて眺めが良かった。今まで住んでいたおじさんの家とは雲泥の差。真下を見ると小さい緑色の生き物が何人かで物を運んでいるのが見えた。
『なんだろう?』
と不思議に思っているとその中の1人がコッチを見て目が合ってしまう。香澄は慌てて引っ込んだ。
『今の何??』
そう思ってもう一度窓から外を見ると何人かしかいなかった緑色の生き物が沢山居てコッチを見て指を指したり手を振ったりしている。
香澄は慌ててまた引っ込んだ。
『怖い.......』
そう思い、もう窓には近寄れなくなってしまった。
ラジルドが部屋に帰って来たのは外が暗くなってからだった。先程 執事と名乗るおじさんと女の人が来て食事の用意をして出て行った。
「香澄、落ち着いた?」
そう尋ねられて首を横に振る。
「お腹空かない?一緒に食事をしよう」
そう言われたが食欲はなかった。スープらしきものを啜りながら さっき見た緑色の生き物の事をラジルドに聞いて見た。
「あれは小鬼だよ。いたずらが大好きでさ、人間の肝が好物なんだ!」
とあっさり言って美味しそうに食事をする。
『はっ?小鬼って何ーーーーーー?人間の肝って...心臓の事だよね?』
香澄は途端に食欲が無くなってしまった。
「ん?どうしたの?」
ラジルドは自分の失言にも全く気が付いてないみたいだ。
香澄は話題を変えようと昼間の疑問を聞いてみた。
「私が一緒に住んでいたおじさんは何処に行っちゃったの?」
「あの人は決定の森の門番だから あの家にいないといけないんだ」
「門番?」
「そう。決定の森に案内する人。迷わずに通れたら天界へ。迷えば魔界へ行く決定の森」
「天界と魔界に行くのは どうやって決められるの?」
「まぁ、早く言えば良い行いをして来た人は天界へ。悪い行いをして来た人は魔界へ...って一般常識かな」
そう言ってハハハと笑う。
「私、何回も森に入ったけどいつも普通に家に帰れたよ」
そう言うと
「香澄は死んでなかったからね」
「しっ...死んでなかったって?」
声が大きくなる。
「香澄は公園を出た所で車に跳ねられて昏睡状態がずっと続いてたんだけど.....ね。」
昏睡状態が続いてて魔界に連れてこられたという事は自分は死んだのだろう。いくら子供でもそれ位は解る。香澄はショックで黙り込んで俯いてしまった。
自分が『死んだよ 』って言われてショックを受けない人はいないと思う。
もしかしたらって...戻れたらって...思う事も多かっただけにショックは大きく、死んでしまったらもうお父さんにもお母さんにも会えないのだろうと思うとまた涙が止まらなくなった。
「う.......う.......」
声を殺して泣く香澄を見て小さくため息をついたラジルドは
「ごめんね、香澄。何回も森に来ていた香澄を僕は見ていた。香澄は何も悪い事なんてしてないけど、僕が香澄に魔界に来て貰いたかったんだ」
そう言って立ち上がり側に来て香澄の頭を撫でた。
正直、こんな時にこんな愛の告白めいた事を言われても、今の香澄には自分が『死んだ 』と言う事実の方が数倍もショックで頭の中に入ってこない。
香澄が俯いて泣き続けた。
ラジルドは魔界には似つかわしくない容姿をしていた。
まず、金髪蒼眼。まさしく天国がお似合いの容姿。でも、背中にはその容姿には似つかわしくない黒い羽がある。
初めてその羽を見た時、思わず「綺麗...」だと呟いた。それからと言うもの この黒い羽はラジルドの一番のお気に入りだ。
ラジルドの魔界での仕事は事務官...いわゆる秘書ってやつだ。
今日も朝から天界との綿密な打ち合わせをして門番に報告。魔王の1日のスケジュールを作る。宰相にも本日決定の森に入る人間の数の報告やそれを管理する魔人の配置、魔界と言っても1つでは無く、沢山の魔の者の国があってそこのイザコザやトラブル解決もラジルド達の管轄。神の国からの迷子(侵入者)、人間界で起る天変地異までラジルド達の仕事だ。だから彼はとてつもなく忙しい。
その忙しい彼が偶然に見つけた癒し...。
彼女が花を見つけて嬉しそうに笑えば自分も楽しくなった。
泣いてる所を見れば側に行って慰めたかった。
一生懸命生きようとする姿を見る度に惹かれて行ったのかもしれない。
その日は香澄が決定の森に入る予定の日だった。
もちろん香澄は普通であれば難なく抜けれたであろう決定の森だが、朝からラジルドは神の国との話し合いに気合いが入っている。ちなみに香澄は本日のNo.116と呼ばれていた。
「ラジルドちゃ~ん、なんでNo.116は魔界行きなの~?」
「.........」
天界の審査官シャルラからの連絡である。
「はっは~ん。さてはラジルドちゃん...。目を付けていましたね~」
「........」
「この子~長い事審判されてなかった子ですよね~。門番が~えらく気に入ってた子でしょ~?」
「門番には報告に行ってる」
「えーーーー!なんで~僕も誘ってくれないかなぁ~そんな面白そうな話...」
「面白くない」
「ラジルドちゃんって真面目だよね~。なんで魔界人かなぁ~?見た目絶~対こっちなのにね~」
「魔界にいるから不真面目って定義はない!」
「んで~?門番...怒ってたでしょ~?怖いよね~あの門番~」
「怒るも怒らないもない」
実際は1発鉄拳を食らっているが...。
「まぁね~、しょうがないよね~。幸せにするんだったらね~。No.116はっと.....アイナカ・カスミ...くぅ~いいね~」
何が良いんだか全く解らず白けるラジルド。
「ちょっとでも不幸になりそうだったら即、天界に行けるようにタグ付けとくからね」
シャルラが急に真面目な声を出した。
「解った。心配しなくていい」
きっぱり言い切ると電話を切った。
そんなやり取りをした後宰相に報告に向かう。
「本日の決定の森は1367人となってます。役半分が魔界入りの予定ですが後は決定の森の判断です。今日の担当はアイベスの村です」
「アイベスの村は過疎化が進んでた所ですね?」
「はい。村に行き着くまでの手配はダスに任せてあります」
「そちらもちゃんと確認しといて下さいね」
「解りました」
あっちに報告、こっちに指示。そっちの書類に目通して重要な案件は議会にかける手配をする。身体がいくつあっても足りない。
でも、香澄との時間を取るために走り回るラジルド。
頑張れラジルド!報われる日が早く来る事を願う。
香澄は毎日、掃除をして 洗濯をして 食事を作って 庭の草を取って生活をしていた。そんなに広くない殺風景な庭に花も植えてみた。
全部が初めての事なので全然解らなくて何度も泣いたが、泣いても誰も助けてくれないし慰めてもくれない。自分で考えて自分でなんとかする事も覚えた。
当然だが ココには本もないしテレビもない。勉強をしなくて良いのは嬉しかったが如何せん暇だ。裏の森に入って行って食べて良い物と悪い物も覚えた。
おじさんは3日に1回位の頻度で帰って来たが 別段話す事もなく、おじさんも何も詮索しなかった。ただ「綺麗になったな」と家の事は毎回誉めてくれた。
「次は門と周りの柵を綺麗にしようと思っている」と話すと、次の3日後には材料を抱えておじさんが帰って来た。
今日はおじさんが出掛けない...。どうしたんだろうと思っていると朝からトンテンカンテンやり始めた。多分 柵を綺麗にしたいって言ったから作ってくれてるんだろうなと思った。
香澄は手伝おうと思ったが止めた。
今日はなんか美味しいご飯を作って「お疲れ様」って笑って言おう。そんな気分だった。美味しいご飯を準備する為に 裏山に材料を取りに入って行った時にそれは起こった。『おじさんが前に言っていた滅多にないキノコを夕食に出したら喜ぶだろうな~』そんな事を考えながら探していたら奥に入り過ぎてしまった様だった。気が付いたら右も左も解らない状態になってしまった...。
どんどんと木が多い茂り 薄暗くなって来てもはや向こうは暗くて全く見えない。
元来た道を戻ろうと思ってこうなってしまっては打つ手が無く、香澄はどうして良いか解らず立ち尽くしてしまった。
鳥の声が止んだ...
辺りが静まり返って不気味だった。
香澄は生唾をゴクンと飲み込むと少しずつ後ろ足を踏む。
『 何かに見られている』そんな気がした。
その時、バサバサバサーッッ!っと鳥が一斉に羽ばたいた。それが合図だった。
香澄は必死になって走った。何か解らないものから必死で逃げるのも滑稽だが、頭の中の警鐘が逃げろ逃げろと言っている。
家の方角は解らない。でも大声も出せない。
『おじさんが家にいるのに!!』そう思っても声も出ない出るのは涙だけ...。
涙で視界が歪む。でも走り続けた。
どんどん奥に入ってる気がする。
そう思ってた矢先に1軒の家が見えた。
香澄はホッとしてその家に向かって走る。
家の前まで来た香澄はびっくりして立ち止まった。
思考回路が一時中断した...。
そこには自分がおじさんと住んでいた家と全く同じ様な家が建っていた。
「なんで....?」
香澄は呟いた。良く見てみると門の傾き加減も屋根の崩れ具合も似ている...。
「どうして....?」
人間、理解出来ないことに直面すると 信じたい様な信じられない様な 解っている様な解ってない様な...そんな不思議な感覚になる。早く言えば、目の前の出来事が受け入れられないのだ。
香澄は門をくぐろうと思い押し留まった。
頭の中の自分が『行っちゃダメだ 』って言っている。
後ろを振り返って引き返そうとした時、またあの怖い感覚が蘇ってきた。『何かに見られている....』そしてこちらに怖いものが近づいて来る感覚。
香澄は堪らず家の門をくぐった。
すると木々が生い茂って薄暗くなっていた景色が変わってきた。
「え?...え?...」
そう思い門から出ようとすると出れない。
ガラスが張り巡らされている感覚。ドンッ!ドンッ!って叩くがびくともしない。
「出して!出してよ!!」
そう言いながら見えない壁を叩く。涙も出て来て泣きながら叩いてると後ろから声がした。
「そんなに叩いたら怪我をするよ」
香澄は勢いよく振り向いた。
そこには若く綺麗なお兄さんが立っていた。
「誰?」
香澄がそう尋ねると「僕の名前?」とおどけた返事が帰って来た。
「僕はね~ラジルド・ベルラ・ワーク」
「ココは何処?」
「ココ?ん~...まぁとりあえず、立ち話もなんだし...家に入ろうよ」
「入りたくない!家に帰りたい」
「家に帰りたいって...ココは君のお家だよ」
「え?」
香澄は納屋の方に走ると自分の部屋を開けた。確かに自分の居た家だ。
「おじさんは?」
「おじさん?」
「おじさんがいたでしょ!」
「だーかーらー 、外は危ないからさ、家に入ろう」
香澄は考えた。でも外は確かに危ない気がする。だからといって家の中はもっと危ない気がするのだ。でも選択肢がない...。
追い込まれた香澄は観念して家の中に入る事にした。
家の中に入ると美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐる。
ぐるりと家の中を見渡せば何時も生活している家とは全然違う、ビロード貼りの立派なソファーに猫足のテーブルがあってそこには豪華なティーカップが置いてあって見たことも無いお菓子が並んでいた。
「ココは私が居た家じゃない...」
そう言った香澄に
「君のお家だよ。今日からね。どうぞ、立ってないで座ったら?お茶入れるよ」
そう言ってソファーに座るように促された。
香澄はクルリと振り向きさっき入って来たドアを開ける。
ドアを開けるとそこは景色が変わっていて廊下になっていた。森にいた筈なのに... たった今居たはずの景色と全然違う景色にビックリする。
「え?」
振り向いてラジルドの方を見る。
ラジルドは何食わぬ顔でお茶を飲んでいた。
「ねぇ、ココは何処?」
香澄が聞くとラジルドがにっこり笑って
「今日から君はココで僕と一緒に暮らすんだよ。色々呼び名はあるけど...魔界って言われている」
「魔界......?」
香澄はドアノブを持っている手がカタカタ震えているのが解った。足も震えている気がする。立っているのか浮いているのか...息の仕方も忘れてしまったかの様な。まさしく絶望という名前がピッタリの感覚。
空いた口が塞がらず。声も出ない。
「君がいた世界も色々呼び方があってねーー」
「.......」
ニッコリ笑って色々説明されても全く耳に入ってこない。とにかく理由が解らず呆然としていた。
「この森はね、決定の森って言ってねーーー」
ラジルドがいつの間にか香澄を後ろから抱きしめる形を取っていてドアノブを握りしめている手を優しく両手で包んでドアノブからゆっくりと指を外す。
「神の世界と魔の世界を繋ぐ唯一の森なんだ」
そして後ろから香澄の身体を抱え込んだままソファーまで誘導すると座らせた。
そして下から香澄の顔をのぞき込んで
「解る?」
と言ったが、香澄は何も答えなかった。
何時間過ぎただろうか...
魔界だと言われた言葉が頭の中をグルグルしてたけれど、ふと我に返るとラジルドはいつの間にか居なくなっていた。『あれ?』と思い部屋を見渡してみる。1人でいる事に少しホッとした後、さっきよりも冷静になった頭で色々物事を整理してみた。
とにかくラジルドが部屋に戻って来るまで待つしかないか...と思い 立ち上がって窓から外を眺めてみた。庭は綺麗に手入れされていて眺めが良かった。今まで住んでいたおじさんの家とは雲泥の差。真下を見ると小さい緑色の生き物が何人かで物を運んでいるのが見えた。
『なんだろう?』
と不思議に思っているとその中の1人がコッチを見て目が合ってしまう。香澄は慌てて引っ込んだ。
『今の何??』
そう思ってもう一度窓から外を見ると何人かしかいなかった緑色の生き物が沢山居てコッチを見て指を指したり手を振ったりしている。
香澄は慌ててまた引っ込んだ。
『怖い.......』
そう思い、もう窓には近寄れなくなってしまった。
ラジルドが部屋に帰って来たのは外が暗くなってからだった。先程 執事と名乗るおじさんと女の人が来て食事の用意をして出て行った。
「香澄、落ち着いた?」
そう尋ねられて首を横に振る。
「お腹空かない?一緒に食事をしよう」
そう言われたが食欲はなかった。スープらしきものを啜りながら さっき見た緑色の生き物の事をラジルドに聞いて見た。
「あれは小鬼だよ。いたずらが大好きでさ、人間の肝が好物なんだ!」
とあっさり言って美味しそうに食事をする。
『はっ?小鬼って何ーーーーーー?人間の肝って...心臓の事だよね?』
香澄は途端に食欲が無くなってしまった。
「ん?どうしたの?」
ラジルドは自分の失言にも全く気が付いてないみたいだ。
香澄は話題を変えようと昼間の疑問を聞いてみた。
「私が一緒に住んでいたおじさんは何処に行っちゃったの?」
「あの人は決定の森の門番だから あの家にいないといけないんだ」
「門番?」
「そう。決定の森に案内する人。迷わずに通れたら天界へ。迷えば魔界へ行く決定の森」
「天界と魔界に行くのは どうやって決められるの?」
「まぁ、早く言えば良い行いをして来た人は天界へ。悪い行いをして来た人は魔界へ...って一般常識かな」
そう言ってハハハと笑う。
「私、何回も森に入ったけどいつも普通に家に帰れたよ」
そう言うと
「香澄は死んでなかったからね」
「しっ...死んでなかったって?」
声が大きくなる。
「香澄は公園を出た所で車に跳ねられて昏睡状態がずっと続いてたんだけど.....ね。」
昏睡状態が続いてて魔界に連れてこられたという事は自分は死んだのだろう。いくら子供でもそれ位は解る。香澄はショックで黙り込んで俯いてしまった。
自分が『死んだよ 』って言われてショックを受けない人はいないと思う。
もしかしたらって...戻れたらって...思う事も多かっただけにショックは大きく、死んでしまったらもうお父さんにもお母さんにも会えないのだろうと思うとまた涙が止まらなくなった。
「う.......う.......」
声を殺して泣く香澄を見て小さくため息をついたラジルドは
「ごめんね、香澄。何回も森に来ていた香澄を僕は見ていた。香澄は何も悪い事なんてしてないけど、僕が香澄に魔界に来て貰いたかったんだ」
そう言って立ち上がり側に来て香澄の頭を撫でた。
正直、こんな時にこんな愛の告白めいた事を言われても、今の香澄には自分が『死んだ 』と言う事実の方が数倍もショックで頭の中に入ってこない。
香澄が俯いて泣き続けた。
ラジルドは魔界には似つかわしくない容姿をしていた。
まず、金髪蒼眼。まさしく天国がお似合いの容姿。でも、背中にはその容姿には似つかわしくない黒い羽がある。
初めてその羽を見た時、思わず「綺麗...」だと呟いた。それからと言うもの この黒い羽はラジルドの一番のお気に入りだ。
ラジルドの魔界での仕事は事務官...いわゆる秘書ってやつだ。
今日も朝から天界との綿密な打ち合わせをして門番に報告。魔王の1日のスケジュールを作る。宰相にも本日決定の森に入る人間の数の報告やそれを管理する魔人の配置、魔界と言っても1つでは無く、沢山の魔の者の国があってそこのイザコザやトラブル解決もラジルド達の管轄。神の国からの迷子(侵入者)、人間界で起る天変地異までラジルド達の仕事だ。だから彼はとてつもなく忙しい。
その忙しい彼が偶然に見つけた癒し...。
彼女が花を見つけて嬉しそうに笑えば自分も楽しくなった。
泣いてる所を見れば側に行って慰めたかった。
一生懸命生きようとする姿を見る度に惹かれて行ったのかもしれない。
その日は香澄が決定の森に入る予定の日だった。
もちろん香澄は普通であれば難なく抜けれたであろう決定の森だが、朝からラジルドは神の国との話し合いに気合いが入っている。ちなみに香澄は本日のNo.116と呼ばれていた。
「ラジルドちゃ~ん、なんでNo.116は魔界行きなの~?」
「.........」
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「はっは~ん。さてはラジルドちゃん...。目を付けていましたね~」
「........」
「この子~長い事審判されてなかった子ですよね~。門番が~えらく気に入ってた子でしょ~?」
「門番には報告に行ってる」
「えーーーー!なんで~僕も誘ってくれないかなぁ~そんな面白そうな話...」
「面白くない」
「ラジルドちゃんって真面目だよね~。なんで魔界人かなぁ~?見た目絶~対こっちなのにね~」
「魔界にいるから不真面目って定義はない!」
「んで~?門番...怒ってたでしょ~?怖いよね~あの門番~」
「怒るも怒らないもない」
実際は1発鉄拳を食らっているが...。
「まぁね~、しょうがないよね~。幸せにするんだったらね~。No.116はっと.....アイナカ・カスミ...くぅ~いいね~」
何が良いんだか全く解らず白けるラジルド。
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「解った。心配しなくていい」
きっぱり言い切ると電話を切った。
そんなやり取りをした後宰相に報告に向かう。
「本日の決定の森は1367人となってます。役半分が魔界入りの予定ですが後は決定の森の判断です。今日の担当はアイベスの村です」
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「はい。村に行き着くまでの手配はダスに任せてあります」
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