花にひとひら、迷い虫

カモノハシ

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36.

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天宮あまみや 花音かのん」。

「雨」ではなく、「天」と書く方の天宮。
「……理事長って、レオンって名前のアメリカ人ですか?」
 ほとんど確信しているが、念のため聞いてみる。青年は眉をひそめつつ、答えてくれた。
「今更何言ってんだ。当たり前だろ。レオン・ナインティーン。冗談みたいな名前で有名じゃないか」
 どう見ても日本人なのに、日本人離れした名前の不審な人。
 きっと、国籍を変えたときに改名したのだろう。変な名前の由来が、ようやく判った。
 天宮。
「てん・きゅう」とも読める。「てん」を「十」、「きゅう」を「九」と変換すれば、「十九」になる。英語で「十九」は、ナインティーン。
 入り婿で離婚した彼が、改名してまでこだわった名字。
 娘に見せたくて、娘に伝えたくて、ただそれだけで作り上げた学校。
「殺しても死にそうになかったのに……、交通事故で、こんなにあっさりなんてな。全校集会で黙祷もしただろう? ――ってお前、まさかそれも出てなかったのか!?」
 冗談やだじゃれが好きで、いつも楽しそうな人だった。
 勉強しかすることのなかった律に、別の世界を見せてくれた人だった。
 けれど、決して律に何かを押しつけたりはしなかった。
 
 ――きれいな花だろう? ……え? 虫の方がきれいだって?

 彼の思いとは裏腹に、律が結局興味を持ったのは花畑ではなく虫だったけれど、それでも興味が持てるものが見つかって良かったと、喜んでくれた人だった。

 ――そう、花音のように。
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